Zagreb

ザグレブはクロアチアの首都です。
そこへ向かう朝は、冷たい雨が降っていました。
前日からひき始めた風邪が、だんだんひどくなってきて、喉は痛いし、身体は熱っぽいし、私はもう最悪のコンディション。日本から用意していった風邪薬を飲んで、なんとかしのいでいるありさま。
ザグレブへの列車は午後の二時二十分発なので、私は十二時のチェックアウトぎりぎりまで、部屋で休んでいることにしました。夫は、その間、暇なので、ちょっと美術館にでも行って来ると、一人で出かけました。昼前に帰ってきて言うには、けっこう雰囲気のいい美術館だったと。パンフを見ると、そりゃ、でんと豪華な建物ではないし、誰でも知っているような有名絵画もありませんが、いかにもこの町らしく、上品な、こぢんまりとした感じの美術館みたいです。

ホテルを出て駅に向かう頃には、雨がいっそう強くなり、前日とはうってかわって、寒いっ!
駅でチケットを買った後は、構内にあるマクドナルドで時間待ちをしました。外は雨だし、寒いし、風邪薬の副作用で頭はボーッとしてだるいし、もう、一刻も早くザグレブに着いて、ホテルにチェックインしたいと、そればかり考えていたような気がします。
で、やっと来た列車は、たぶんクロアチアのものだと思うのですが、リュブリャーナに来るときに乗ってきたピカピカの快適列車ではなくて、なんといいますか、年月を感じさせる、すすけたような哀愁がただよっていました。
コンパートメントタイプで、ひとつの部屋に四人掛けです。禁煙席と喫煙席に分かれていたはずなのですが、うっかり喫煙席のほうに紛れ込んで座ってしまったため、三、四時間乗っているあいだ、煙たい思いをすることに。
私たちの前に座っていたのはクロアチア人のおじいさん。英語が少しできるようで、片言で会話をしたりしていました。なんか、この列車の内装や、そのおじいさんの風体や話の内容からしても、スロベニアとクロアチアの経済格差がしみじみと浮き彫りになってきて、雨模様の暗い空と相まって、なんとなくどんよりとした心持ちに。

国境あたりで、車中にて出入国のパスポート検査。
係の人、パスポートの中なんて、ほとんど見てません。
ちゃんと見てよってば。私はこのためだけに、パスポートをわざわざ更新したんですからね!
いや、私もボンヤリしていたので、日本をでるそのわずか10日ぐらい前まで、自分のパスポートの有効期限なんて、気にしてなかったのですね。ハッと気づいてよく見てみると、あと三ヶ月ちょっとしかない。
イタリアとスロベニアは、それでOKです。はー、と胸をなで下ろしたけれど、さらに調べてみたら、なんとクロアチアは、入国するのにパスポートの有効期限が残り六ヶ月以上なければならないというんです。もう、焦りに焦りましたよ。なんせ、飛行機からホテルから、ちゃんと予約して、スケジュール組んでしまってますもん。このままでは、私だけザグレブへ行けない、ということに。いやーん、どうしましょう。さらに悪いことに、それ気づいたの、土曜日の午後だったんですよね。月曜になってからパスポート切り替えに行くと、ちょうど出国の一週間前です。もしも間に合わなかったら、クロアチアどころか、この旅自体がパァですよ。
だけど。一部の情報には、三ヶ月でも可というものがあったんですね。ほんとはどうなのか?
ネットで海外の旅行サイトとか、目を皿のようにして見てまわって、いろいろ調べてみましたが、わからない。どうも、六ヶ月説が正しいようにも思えるし、そもそもそんな条件はあんまり書いてなかったりして、どうでもいいのかなって感じにも思えるんですよ。
私は、なんとかしようと思って、クロアチアの観光局の公式サイトにメールで問い合わせてみたり、東京にあるクロアチア大使館に電話をかけてみたりしました。人間、せっぱ詰まったら何でもします。そもそもクロアチアなんて小さな国なんだし、ごり押し泣き落とし口からでまかせ、やってみたら何とかなるかも、という気持ちもありました。

月曜の朝、電話してみた大使館では、受付か秘書らしき女の人に、はっきりと「規則では六ヶ月になっています」と言われました。諦めない私は、なおも食い下がります。「どうしても行かなきゃいけないんですよ」と。そうしたら、その人は、「私には決まっていることしか申し上げられません。あなた、英語はできます?もし良かったら、大使はお昼前にこちらに来られますので、直接、事情をお話されたらいかがですか」と。
えっ。いいのか、そんなんで?!
ちょっとビックリですよ。アメリカ大使館のものものしい感じと全然、雰囲気ちがうじゃないですか。なんとまあ、思っていたよりアットホームすぎ。
けっきょく、その後すぐパスポートセンターに電話をかけて、今日、更新の申請をしたら、いつ出来ますかと訊いたら、五日後、という返事だったので、それを信じて更新に行きましたよ。
パスポートを取りに行ったのは、出国の前々日でしたっけ。まぁ、間一髪ですよ。
月曜の夜、クロアチア観光局から返ってきたメールには、旅のあいだパスポートが有効であれば入国できる、ということで、とくに何ヶ月以上残っていたら、なんて言われなかったのですけどね。このへんは、どうなっているのかわかりません。いいかげんな国です。

初めは、もう知らなかったことにして、黙って行こうか、とも思いましたけどね。
どうせ列車のなかでの入国検査、しかも私は礼儀正しくリッチなことでは世界で有名な日本人。そんなじっくり見ないで、パラパラッとめくってスタンプ押してくれるだろうと。
ま、実際そのとおりでしたけど。もし、「パスポートの有効期限が・・・云々」と言われたら、列車の中で泣きながら大芝居を打とうか、とも言ってました。夫はどうしてもザグレブへ行かねばならない、妻の私だけここで降りろというのか、そんなご無体な、なんとかお慈悲を、と支離滅裂な片言英語で哀れげに訴えようか、なんてね。んー、けっこうああいう国って、きっちりやってないですから。「人による」んですよね。
ま、更新が無事にできたので、そんな心配もなくなったのですが。今からクロアチアに行こうという人は、ここに書いてあることを参考にしていただいていいのですが、パスポートの有効期限が六ヶ月以上ない場合、自己責任でおねがいします。

さて、ザグレブの駅はリュブリャーナよりも大きくて、地下街が発達しています。
ジュエリーショップ、喫茶店、コンビニのようなスーパー、いろいろあって、けっこう何でも買えます。物価は、食べ物(特に果物や生鮮食料品など)は安く感じますが、衣類などは割高な気がします。私たちが着いた夕方は、ちょうど日曜だったので、閉まっている店が多かったのですが、翌朝の八時にはオープンということで、朝は早いですね。
駅から出ると、雨はやんでいました。ホテルはすぐ目の前なので、ゆっくり歩いてチェックイン。フロントの人は無愛想。部屋の内装はわりとゴージャスな感じでしたね。
チェックインしてから、ありったけの服を重ね着して、また少し外を歩きに出ました。それだけ着込んでも寒いんですよ、すごく。どれくらい寒いかっていうと、吐いた息が白くみえるほど。この旅、めちゃ気温差が激しすぎ。雨上がりの虹が、大きく空にかかっていました。スーパーで少し飲み物や果物などを買い込んで、閉店間際のサンドウィッチショップで残っていたサンドウィッチをテイクアウトしました。そうこうしているうちに、すっごく寒くてたまらなくなってきたので、早々に部屋まで引き上げました。風邪がひどくなって、いよいよ本格的に熱が出てきたようなんです。

私は、ふらふらになりながらベッドのなかにもぐりこんで、変な匂いのする毛布をかぶって震えていました。夫には、ホテルの一階のレストラン(?)で、お湯をもらってきてと頼みました。暖かいものが欲しかったんですよ。身体の芯から冷えてましたから。私は変温動物で、暑いときも寒いときも、人一倍、身体にこたえるんですよ。たぶん、身体が小さくて皮下脂肪が少な目なので、環境の変化が子供なみにダイレクトに響くんじゃないでしょうか。
夫がもらってきてくれた熱いお湯が、すごく有り難かったですね。
地下街で買ってきたものを少し食べて、クスリを飲んだ後は、すぐに寝てしまいました。

翌日は、お天気もいいし、熱も下がったようなので、せっかくだからと頑張って町なかの大聖堂までいくことにしました。夫に、地下街でトレーナーを買ってきてもらい、それを着込んで防寒対策をし、歩いても行ける距離なんですが、しんどいのでタクシーを呼んでもらってレッツゴーです。
ところが。
このぼろタクシーに乗ったのが不愉快の始まりだったみたい・・・
地図を見ながら道をたどっていたら、遠回りされてるみたいだなぁと嫌な予感はしていたのですが、いざ着いてみると、案の定、ガイドブックで書かれている通常の料金の倍以上の値段をふっかけられてしまいました。
もー、ここでまた夫がブチキレですよ。
しばらく、運転手のじいさんと押し問答。しまいには、警察に行く行かないの話に発展して、相手はビビッたのか、それなら半額でいい、と言い出したので、それだけ払って出ました。

聖堂に入ると、ミサが行われていたので、しばらくそれを見学してから、ホテルまでぶらぶ歩いて帰ることにしました。このあたりでシルバー製品が安いと聞いていたので、ぜひ何か買って帰りたいと、「地球の歩き方」にのっていた店に行きたかったのですが、その「地球の歩き方」を持って出るのを忘れちゃったんですよ。あー、どうしよう、と思っていたら、街の広場に座り込んで何か食べている男の子のバックパッカー二人連れが。アジア人の風貌。どうやら、あの雰囲気は日本人。見るからに若いので、夏休みの大学生に違いあるまいと目星をつけた私。彼らなら、十中八九、「地球の歩き方」を持っている。
すっすっと近寄っていくと、向こうもこちらが日本人だとわかったらしく、なんとなくぎこちない会釈。はは。的中ね。
にこやかに笑みを浮かべつつ口をひらく私。
「なぁ、あんたたち、日本人?『地球の歩き方』もってない?」
鳩が豆鉄砲くらったような表情を浮かべつつ顔を見あわせて笑う二人連れ。
「え、いや、日本人っすけど」
「いやぁ、あのな、このあたりにシルバーのアクセサリーが安い店がのっててんけど、ホテルに本を忘れてきてしまってん。ちょっと見せてくれへんかなぁって思って」
夫が隣で私の肘を引っ張りつつ、「おまえな、失礼やないか、この人らビックリしてはるぞ」
二人連れ、さらに笑う。
学生A「あのー、関西人ですかぁ。そーゆーノリですよねぇ、ははは」
私「そう、わかる?私たち大阪からやけど、自分らは?」
学生A「東京です」
学生B「えっと、僕もってますよ、『地球の歩き方』」
私「あ、やっぱりー。アハハ、誰でももってんねんなぁ、これ。見せて見せて♪」
夫「おまえって・・・(呆)」

あとで、夫に「おまえ、なんぼ学生やからって、ああいう唐突な話しかけ方はないやろ。ちゃんと敬語使えよ。恥ずかしいやっちゃ」と言われましたが、ええやないの、堅いこと言わんでも。だって、明らかに向こうのほうが子供やん。いきなりやから、びっくりはしてたみたいやけど、嫌がってるふうでもなかったし??
こんな感じで、そのシルバーショップへ行ったのですが、私は指輪が欲しかったのに、サイズがないのですね。デザインは人の好きずきだと思いますが、作りは雑だし、ハッキリ言ってサイズが大きすぎ。
私はいつも中指にしかしないのですが、たいてい9号。向こうのサイズは12号以上からって感じがしました。これじゃーね。値段も、そうお安くはないです。ヤフオクとかネットで買ったほうが安いかも。ということで、せっかく探して行ったんだけど、空振りでした。

ザグレブは首都といっても、見るべきところは狭いので一日あれば十分観光できます。私たちは、その一日すらなかったわけなんですが、街の真ん中にある公園をぶらぶら散歩してホテルに戻るまでのあいだに、もうそれ以上見ようかっていう気分もなくなってしまいましたね。やっぱりリュブリャーナにくらべると、魅力が薄いっていうか。人も無愛想な感じがするし、余裕がない。これはなんでしょう、そこの国民の平均所得とか国自体の貧富の差ですかね。物価は高いし。
とにかく、昼過ぎには飛行機に乗ってローマに戻らなくてはいけないので、とりあえず荷物をまとめて、バスで空港をめざしました。そのバスで、たまたま日本人の若い女の子と話す機会があったのですが、彼女もご多分にもれず地球の歩き方式バックパッカー。聞けば、サラエボのほうまで行ってきたのだといいます。民家の壁には銃弾の撃ち込まれた跡があったり、危なくないということはなかったらしいですが、よくひとりで行くなぁと感心してしまいました。

で、私たちが「ナポリでカメラをすられた」と話すと、彼女もやはりカメラを取られたらしいです。
それが、ちょっとショックな取られ方。私たちの場合は、まあ、自分の不注意だという気もするんですが、彼女の場合はちょっと違ってます。いわく、旅先で現地の人二、三人と知り合い、お互いに意気投合し、仲良く一緒にご飯を食べたりして数時間を楽しくすごしていたのですって。で、さぁ、友好の記念に写真でも撮りましょうか、と彼女がカメラを取り出し、仲間の一人に使い方を教えて渡したところ、その男はなんと、カメラを持ってサーッと走っていってしまった。一緒にいた他のメンバーも。
取り残されたのは彼女だけ。
一瞬、何が起こったのかわからなかったそうです。しばらくしても、誰も帰ってこないので、ああ、カメラ取られたんだなぁ、と。
嫌ですよねー。同じ取られるにしても、こういう取られ方って、人間不信になっちゃいますよね。泥棒に無理やり奪い取られたとか、そういう被害じゃないですもん。それまで仲良くしてくれてた人たちが、そんなふうに豹変しちゃうなんてね。ポカーンという感じでしょ。で、寂しい。
わりと礼儀正しくて、好感の持てる女の子だったので、これは気の毒だと思いました。やっぱり、若い日本人女性の一人旅なんかだと、甘くみられちゃうのかもしれませんね。

空港に着いて、お土産なんかを買って、飛行機に乗り込んだのはいいんですが、ローマに到着しても、私たちのスーツケースが出てこないんです。どうも、間違って日本行きの荷物置き場に入れられてしまった模様。もー、それでまた大激怒ですよ。
ローマには一晩泊まるだけで、明日の昼にはもう帰国の便に乗らなきゃいけないんだから、着ているものは着替えられなくても仕方ないとしても、私はコンタクトレンズ使用してるので、洗浄液とか必要なんですね、それに、洗面用具とか化粧品などもやっぱり欲しい。荷物置き場に保管されてることがわかってるんなら、私たちのスーツケースを出してきてもらいたいと言ったんですが、アリタリア航空としてはそんなの出せない、というんです。たぶん、すっごく面倒なんだと思いますよ。でも、そもそもそっちの手違いなのに、と言うと、「うちが悪いんじゃない、クロアチア側が悪い」と、こうなんです。だけどさ、お互い乗り入れて共同で運営してるわけでしょ、そういう言い方はないんじゃない?
空港は例のごとくクーラーなしで暑いし、外は暗くなってくるし・・・
アリタリアの職員が、「絶対に関空には着く」と言うので、けっきょく諦めて、ホテルへ向かいましたが、もー、これでもかって感じでドッと疲れました。

ローマで一泊して、その次の朝ですが、やはりまだ暑かったですね、観光らしい観光などできずじまいで、帰国しなければなりませんでした。私の体調が悪くて、あまり出歩くこともできず、夫には気の毒だったと思います。
関空に到着して、無事にスーツケースが出てきたときは、心底ほっとしました。
まあ、何かとトラブルが続き、私も風邪を引いて体調を崩したりして、さんざんな旅でした。
でも、あのしつこい暑さから逃げようがないイタリアから、なんとか生還できてよかったよかった。
みなさま、ヨーロッパの熱波、あなどるべからず。
たとえ気温が33度とかでも、とにかく、クーラーがないというのが致命的なんですよ。