漫画「デビルマン」永井豪&ダイナミックプロ


♪あっれはぁ〜誰だ、誰だ、誰だ
   あっれはぁ〜デビル デビルマ〜ン デビルマ〜ン

いや、TVアニメ版のオープニングですが。
このデビルマンという作品、企画の段階ではTVのほうが早かったらしいです。
それを、永井豪が放映と同時期に、少年漫画誌で
独自にストーリー化していったのですね。
ですから、アニメと漫画はまったくの別物といっていいぐらい、趣が違います。

私、アニメは子供の頃、見てたの憶えてます。
でも、毎回続けて見ていたかというと、そうでもなくて、断片的にしか知りません。
デーモンのキャラで言うと、ララが好きでしたね。ギャグ全開で憎めない。
アニメはウルトラマンとかと同じ、ヒーロー物。何度か再放送されたんじゃないかな?
そのへんはよく覚えてません。なんせ、私も子供でしたし。
4つうえの夫は、漫画とアニメと平行して見た記憶があるそうです。
漫画のほうは、ありがちなヒーロー物のアニメとはまったく雰囲気が違って、
バイオレンスシーン満載、フルヌード満載、ストーリー内容もシリアスだし、
よくこんなの少年誌に載せられたよなぁって感じ。今だったら、どうなんでしょう?
事情を知らないのでなんとも言えませんが、とにかくもしも自分が母親なら、
子供がこんなの読んでたら、卒倒寸前ですよ。とくにラスト近くなるにつれ・・・
教育上、まことによろしくないと判断して、断固、読むのをやめさせますね。
それでも、子供はどこかで読んでくるんだろうけれど、家のなかにこんな漫画が
あること自体が、もう我慢ならない感じだろうと思います。
実際、リアルタイムであれを読んで、トラウマになったという人も多いようだし、
私も子供の頃のアニメのイメージしかなくて、三十代後半になって夫が持っていた
「豪華愛蔵版」を軽い気持ちで読んでみたら、すごい衝撃を受けました。
「そりゃこんなの読んじゃったらトラウマになるよなぁ」って。
いや、傑作だと思いますよ、でも、心の準備はしてから読んだ方がいいですね。
無防備に読んでしまったら、ちょっと恐いです。

私の読んだのは、1987年に第一版が出された「豪華愛蔵版・全五巻」で、
オリジナルやその復刻版は読んでません。
愛蔵版は、オリジナルをベースに、大幅な書き下ろしや変更などが加えられ、
オリジナル信奉者にとっては、とかく評判が悪かったりもするのですが、
その違いについて詳しく説明されたページを見つけましたので、参照して下さい。
(知る人ぞ知る?あの「ふりーく北波」氏の、ビバ!ダイナミックの1コンテンツです。)
私は、これを見る限り、愛蔵版のほうも、それはそれで捨てたものではないと
思います。オリジナルの鬼気迫る毒気は多少犠牲になってるのかもしれませんが、
女性にもとっつきがよくなった感じですね。なんていうか、愛憎の三角・四角関係
という登場人物たちの心理面が強調されているようなので。
女性は一般に、戦闘シーンを見て興奮したり、キャラの力強さに憧れるよりも、
複数のキャラの愛憎が絡む心理戦や、繊細な情感描写を好みますから。
とくに、飛鳥了の同性愛的な心理を描き足した事について言えば、80年代の
少女漫画界では、「日出処の天子」や「風と木の詩」など、男同士の同性愛感情を
メインにした不朽の名作が出揃ってきたとき。永井豪も、その「時代の影響」で
ああいう構成にしたのかもしれないと思います。

で、その愛蔵版(愛憎版?)の私的感想ですが・・・
一回目は、なんか引きずり込まれるように読みました。
やめようと思っても止まらない状態ですね。
「えっ、うそ。デビルマンってこんな話?ええーっ!!??」みたいな。
不動明がデビルマンになったワケなんか、知りませんでしたから。
アニメでは地球支配を企むデーモン一族の反逆者ということになってて、
裏切りの理由が、「美樹ちゃんにホレちゃったから」ですもん。あはは。
いやー、そんな牧歌的なもんではないんですねー、漫画では。
飛鳥了というアニメには出てこないキャラに導かれて、次々と不思議で怖ろしい
体験をしていく明。で、ついにはデビルマンとなってしまう。
もー、ストーリーの出だしとして、つかみはバッチリ。
絵は下手だし、セリフやギャグセンスなんかも古いですが、ぐいぐい引き込まれます。
そのまま、「うわ、イヤーン、血が・・・」「きゃー、見たくない!」とか心の中で叫びつつ
怒濤のバイオレンス&スプラッタシーンにヘトヘトになりながら、最後まで。
はっきりいって疲れました。ええ、しばらくトラウマに。
だけど、すごい漫画だ、ということだけはわかりました。
いや、ほんとに神懸かりというか、トランス状態で描いてるところもあるんじゃない?
力が入りすぎて絵が歪むんだけど、それがまた魂魄を感じさせるというか。
怒り爆発の形相とかね、うーん、恐いっていうより、魂が入ってる。
見ているこっちまでも疲れさせてしまうような、パワーがありますね。
ほんと、この漫画は心身の状態が悪いときには読まない方がいいです。

今度、このレビューを書こうと思い、二度くらい読み返してみました。
いや、もう二度と見たくない牧村夫妻惨殺シーンや、牧村家襲撃シーンなどは
ちょっとそのページだけ飛ばしてしまいましたが・・・
で、やはり注目したのは、キャラ同士の愛憎、三角関係、四角関係ですね。
その観点から見ると、「いい男は、いい女を選ばない」という定型悲劇なんです。
私にとってはそんなふうに思えました。
とりわけ、二巻目の妖鳥シレーヌとの戦いを描いた一部始終。
私はこれが一番好きだし、よく描けていると思います。
たぶん、シレーヌのファンは多いんじゃないでしょうか。
だって、ヒロインの美樹よりもずっと魅力的なんですよね、デーモンだけど。
なんか、美樹ってどうしてもあまり感情移入できないんですよ。
最初に登場したときから、口は悪いし、暴力的だし、そのくせ窮地に陥ると、
「明くん、たすけて!(涙」でしょ。女性に好まれるキャラじゃないと思います。
事実、アニメでも美樹は偉そうで、「もう、明くんったら!」と怒ってばかりいて、
小学生のときの友達(♀)は、「あたし、美樹って嫌い」と言ってました。
開放的で明るい性格はいいけど、何も深いことは考えてなさそうだし、
要するに、顔とスタイルがいい(という設定)以外には、どこといって特別に
光る何かをもっているわけではないんですよね。
こんな子のために、いい男キャラのデビルマンがしゃかりきになるんだから、
女性からすると「なんだかなぁ」って感じなんです。
「結局、男って、女を顔で判断するわけ?」という諦念にも似た幻滅感。
そういうのを「美人ではない多数の女の子」に植え付けてしまいます。

シレーヌも美形デーモンという設定だけど、彼女は綺麗なだけじゃない。
戦いを始める前に、牧村家(すごい豪邸ですねぇ)の屋根にたたずんで、
「わたしはデビルマンを倒せるだろうか」と、しばし悩むシーン。
戦いを恐れる自分を叱咤するシレーヌは、人間よりも人間っぽい。
その姿に思わず感情移入してしまう。
その後、デビルマンとの激闘シーンでは、ぼこぼこにやられちゃうわけですが、
デーモンとはいえ、見た目が女なので、どうしても弱い(弱くはないのですが
身体が細かったり、むき出しの無防備な胸が、視覚的に弱々しい)女を
暴力でねじふせる男、という図に見えてしまって、私なんか、
「うわ、もうちょっと手加減してあげてもいいのに」
とか思っちゃうんですよ。手加減したら、やられるのはデビルマンなんだけど。
で、息も絶え絶えになったシレーヌの前に、デーモン仲間のカイムが現れる。
ここからが本当のハイライトですよね。
まだ人間がいない地球にデーモンが生きていたころの三角関係。
不動明と合体するまえの勇者アモンに尊敬と思慕のまなざしをおくるシレーヌ。
そのシレーヌを木陰からじっと見つめているカイム。
ここに不動明の精神が加わって、三つどもえ、四つどもえの関係。

きっとシレーヌは、人間(の女)などに心を寄せる、
「昔のアモンの姿をしたデビルマン」を苦々しく思っていたはず。
「もうおまえは勇者じゃない、ただの虫けら、人間よ!」と。
可愛さあまって憎さ百倍ってやつですね。どうしても自分の手で倒したい。
そうでないと「死んでも死に切れません!」と叫ぶ彼女の気持ちがせつない。
そこへ助けに来たカイム。助けというより、彼女のために命までも差し出す、
究極の自己犠牲。これってほんとの純愛じゃない?
「シレーヌ、血まみれでも、きみはうつくしい」
シレーヌだから、このセリフがぜんぜん嫌味にならない。
カイムから、ここまで純粋に愛されるシレーヌは、外見だけでない魅力、
顔の半分をもぎとられてなお、「うつくしい」と言わしめるだけの、魅力がある。
こうなると、女である私も納得して、「純愛だね、あー、せつないねぇ!」と
ためいきのひとつもでます。ついでにツッコミも。
飛鳥了くん、「デーモンの世界には愛などない」んじゃなかったの?

自ら死ぬことで、愛をまっとうしたカイム。
戦って相手を倒すことで、愛をまっとうしようとしたシレーヌ。
ああ、これはバイオレンス漫画じゃないんだな、愛の漫画なんだと思いました。
すさまじい暴力シーンも、その愛をひきたてるために、存在する。
それにひきかえ、明と美樹のからみはどれをとってもぬるい印象なんですよ。
美樹が惨殺される前後は、そりゃ緊迫しますが、あのあたりは、
ストーリーそのものが緊迫していて、「恐怖にさらされると、人間はいかに
醜くなりうるか」という重いテーマを描いた場面なので、美樹個人の悲惨より、
読者心理としては、そっちのほうに関心がいってしまう。
明がどんなに美樹の死を嘆いても、復讐を誓っても、明と美樹の関係より、
こんどは、実はサタンであるとわかった了との関係がクローズアップされてきて、
死んだ美樹と明と了との三角関係に。
両性具有者である了(サタン)は明を愛しちゃってますから。

了の横恋慕はそのずっとまえの三巻で、もっともはっきりと描かれていますが、
そのエピソードは、あとから書き下ろしたものをオリジナルにはさんだらしいです。
(そして、これが「愛蔵版は駄目」の烙印を押される原因ともなったのですね。
確かに、物語展開としては、スピード感がなく、だれた感じになってますが)
だから、この巻の了は他の巻よりちょっと美形で睫毛も長く、それまでより
両性具有っぽいような美声年タッチで描かれています。
ボーイズラブとか好きな女の子向けな感じですね。これは時代のせいか、
そういう必然性があったのかはわかりませんが、とにかく、そうなると、
了に比べても、美樹の魅力は薄くなってくるので、なおさら明が美樹に
恋々としているのが、女の目からは「フーン?」な感じになってきます。
「あんたさ、もっといい女(両性具有者でもいいけど)がいるでしょ。」って感じ。
いや、美樹が悪いワケじゃないんです。確かにああいう女の子って、男には
守ってあげたくなる気を起こさせるんでしょう。少年漫画だから、それでいい、
と思うんですが、やっぱ美樹って私の目から見ればつまんないんですね。
なので、もういい加減、不動明にもあまり魅力なくなってきます。
ハルマゲドン以降は、デビルマンよりも、むしろ美しく両性具有である
了(サタン)のほうに感情移入しちゃいますよ。
どっちが勝つのかと思っていたら、最後にあのとても印象的なラスト。
瀕死の明に、無傷のまま語りかける美しい了。
いや、こうじゃなくっちゃね。あれでデビルマンが勝って、こんどは神の軍団と
戦うなんてことになっていたら、ここまで傑作と謳われる作品に
ならなかったことでしょう。


【付録】

シレーヌを私なりに描いてみました。ど、どうかな・・・(汗
原作至上主義の人はイメージ壊れるかもなので、見ないでね。
と言いつつ、飛鳥了も追加。高校生にしては大人すぎ?ハーフで彫りが深いからってことに・・・



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