Napoli

ローマで目覚める二回目の朝。
ん?天井がぐるぐる回っていない。起きあがってみても、フラフラしない。
万全の体調ではないけれど、これはなんとかいけそう。
私は、夫と共に旧式なエレベータで食堂のある階まで下りて朝食をとることにしました。

ヨーロッパの普通のホテルではだいたいがコンチネンタル・ブレックファースト。
ひとことで言えば、パンと飲み物に、せいぜいチーズやヨーグルト、薄切りハムがつくぐらいの質素な朝食ですね。五つ星などの高級ホテル、アメリカ資本のチェーンホテルなどはまた別ですが。朝を軽くすませたい私にはピッタリだけど、大食いの夫は不服そう。
で、ヨーロッパでは地方ごとに特色のあるパンがあると思いますが、イタリア国内でもそう。うちの母は、「ローマのパンが美味しかった」と言っていたんですね。丸くてこんもりしてて、皮がぱりっとしていて、中が空洞ぽくなっていて柔らかい。
前回、ローマに来たときには、あんまり美味しいと思わなかったので、夫に感想を訊いてみたら、「わりと美味しい」とのこと。ふうん、と思って、また食べてみましたが、べつに、という感じですね、私には。
向こうでは袋に入ったプレーンなラスクがよく置かれていて、これは重宝しました。ミニカップ入りのバターやジャムと一緒に二、三個くすねて帰って、おやつとして食べるんです。乾燥してるから日持ちするし、もしもの時の食料として、朝食のビュッフェからよく持ち帰っていました。

昨日より私の体調がずいぶんマシなので、予定通りにナポリへ行くことにした私たち。
チェックアウトをすませ、ガラガラとスーツケースを引いて、またテルミニ駅へと向かいます。今日もやっぱり暑い。街はやっぱり、臭くて汚い。おまけに、物乞いたちがところどころ石畳の道路脇にうずくまっていて、ぶつぶつ声をかけてくる。所在なげにたむろしている人々をよけて、ハアハア口呼吸をしながら駅までたどり着きました。駅構内は比較的、清潔で涼しく、ワインバーやちょっと小綺麗なショップもあって、一息つけます。
ユーロスター・イタリアは「ローマ、フィレンツェ間の高速新線を中心にミラノ、ローマ、ナポリ間などで運行されている、イタリア版新幹線」ということなんですが、旅行社で手配してもらってチケットを買うと、結構高くつきます。微妙にせこく二等にしました。一応、全席指定だし、一等だと新聞とか飲み物がサービスでついているというんですが、そんなのいらないし。ナポリまで、たった二時間ほどだし。
チケットは飛行機のチケットみたいな大きさで、それをプラットフォームにいくつか設置してある黄色い機械に挟んで、日付を刻印するんです。なんかね、イタリアでは改札口ってものがないので、そうやって自分で日付を入れておかないと、車掌が回ってきてチケット見せたとき、罰金を払わなきゃいけないんですよ。それで、その日付刻印機がときどき壊れていることがあったりして、時間がせまってるときなんか、焦ります。広いフォームを右往左往。

そうやって乗りこんだユーロスターは・・・なんか、すすけてる。ほこりだらけ。窓ガラスも曇ってる・・・これが新幹線?嘘つけ、大阪の鈍行列車でも、これよりはキレイやんか!
ま、とりあえず、クーラーは効いてます。ピシッと効いてるというより、まあまあ効いてる。弱冷車って感じ。ああ、それだけでも幸せ・・・と思わせられますよ。ほーんと、炎熱地獄のローマにいたらね。
四人掛けの椅子に夫と向かい合わせで窓際に座りました。あとからおじさん二人が乗ってきて、私たちの隣に座りました。見渡せば、結構満席っぽい。列車は時刻ピッタリではないけれど、まあおよそその時刻に発車しました。もー、こんなんばっかりですよ、だいたい、行きのアリタリアだって、飛ぶのが一時間も遅れたんだし。
席自体はわりとゆったりしてると思うんですが、隣に乗ってきたのがデカイおじさんだったおかげでなんだか狭苦しい雰囲気に。おまけにおじさん、息が臭い。そのうえ、冷房のゆるい風にのって、そこはかとなく体臭がプ〜ンと・・・いやーん!Oh, my God!!!ですよ。
気を紛らわそうとCD聴いて、できるだけ窓のほうへ寄りかかり、ずーっと外を見て顔をそむけてました。おじさんは私のほうをチラチラ見ていたという話(夫談)で、ずいぶん愛想の悪い私なんですけど、でも、臭いんです、すいません・・・香水プンプンよりはマシかもしれないけど、あの汗臭さも相当・・・
ナポリに着くまでの我慢、そう自分に言い聞かせ、私はまたしても口呼吸していたのでした。

約二時間後、ナポリ中央駅に到着。
はあ、やれやれと口呼吸をやめて降りる私。記念にユーロスター撮っておこうとデジカメを取り出す夫。どうでもいいのに、と思いつつ、降りたプラットフォームでパチパチやってました。日本人ですねぇ。で、夫の背負ってるナップサックにカメラを仕舞うと、私たちはとりあえず、予約してあるホテルめざして歩きました。駅からすぐ近くなんですよね。
駅前には大きな広場があって、そこから放射状に道が延びている感じですが、その広場からいくらも行かないところにホテルはあります。広場をぐるりと取り囲んでいる建物沿いの道路を歩いていましたら、道端にはプリミティヴな木彫りの人形やら、銀のアクセサリーやら、明らかに安っぽいパチモンとわかるルイヴィトンのバッグなどを売っている黒人がたくさん。
アメリカでも黒人みましたが、ここの黒人、アメリカの人たちとは雰囲気がまた違うような。より、なんていうか、アフリカン。それもそのはず、昔、奴隷船で連れてこられたアフリカンの子孫であるアメリカン・アフリカンと違って、たぶんこの人たち、地中海を渡ってきたネイティヴ・アフリカンなんですよ。だって、すぐ近くなんですもんね。海を渡れば、向こうはアフリカ。南イタリアの港町であるナポリに黒人が多いのもうなずける話。

ホテルでチェックインをすませ、狭いけれどクーラーのがんがんかかっている部屋を確認すると、荷物を置いて、私たちは食事をしに出かけました。ちょうど昼時で、お腹空いてたんです。
さぁ、何食べる?とか言いながら駅前まで歩いてたんですが、なにしろ飛行機を降りてから、まともな食事してないので、ちゃんとしたレストランに入ろうよ、ということになりました。
で、一番先に目に入ったのが、カブールというホテルつきのレストラン。
ローマと同じ、こちらも暑い、だけど、ちゃちなところだと冷房ないのはわかってるので、一応、ホテルつきのレストランなら、その点は大丈夫だろうと、安易に考えてお店に入りました。
ああ。今思えば、その安易さが運の尽きだったのです。
いや、疲れていたし、暑かったし、おまけに知らない土地だし、仕方なかったんですけどね。
まさか、あんなことになろうとは。いやーまいりましたね。
何がって・・・
夫がぶちキレちゃったんですよ。もー、マジギレ。いや、私にじゃなくて、そのお店に。

いやまあ、いきさつを聞いてくださいな。
ちょっと小綺麗な店内に入った瞬間、まず思ったのが、「冷房ぬるい・・・」。
ほんと、効いてるんだか、効いてないんだかわかんないほどです。それでも、客はわりと入ってる。・・・暑苦しいです。で、注文取りに来た店長らしきオジサンがセカセカしてるうえに汗っかきで、メニューの説明をしてくれるのはいいけど、大袈裟な身振りをするたび汗のしずくがこっちに飛んできそう。だけど、何を言っているのかはっきりわからない。そもそも、イタリアで英語がちゃんと通じる(向こうが流暢な英語を話してくれる)確率は、そう高くないです。こっちだって、細かいツッコミできるほど英語力ないし。メニューの字面みてもわからないし、適当に頼みました。そのとき、ピザはないのかと訊いてみましたら(ナポリはピザの発祥地ですよ)、
「うちはホテルのレストランです、ピザが食べたいなら、外のピッツァリア(ピザ屋)でどうぞ」
と、言われちゃったんです。なんだかツンとして。これでまず、カチン。
なるほど、おたくはこんなムシムシした店内で冷房も満足に効いてないくせに、一応ちゃんと布のテーブルクロスをかけている高級店だから、ピザみたいに大衆的な食べ物は置いてないってわけね。はぁ、そうですか。肩をすくめる夫と私。
たとえそれが、高級和食店でお好み焼きを注文するようなことだったとしても、もう少し、ものの言い方ってもんがあるでしょうに。ねえ?私たち、はるばる海外から来た旅行者なんですから。
・・・ま、万事、こんな調子で、オジサンの態度が慇懃無礼なんですよ。
でも、そのあと40分も待たされるなんてことがなければ、あんなにも腹が立たなかったでしょう。

とにかく、いっこうに料理が来ないんです。頼んだのはスパゲティとサラダとリゾット。ワインやミネラルウォーターなど飲み物は先に来ましたけど、食べ物が全然来ない。催促したらやっとサラダが来たのはいいけれど、私たちが思っていたようなサラダじゃない・・・あのオジサン、説明下手すぎ。まあ、リゾットは少し時間がかかるでしょうけど、それにしても、40分はね。
遅いなぁと思い始めた頃から、何度か「まだですか?」って訊いてるんですよ。でも、その度に、今つくってます、あと二、三分ですよ、って、すげなく言われるだけ。いい加減、お腹も空いてきたし、夫の眉間にくっきり縦ジワが。
「もう、諦めて出ようか?」
「・・・まあ・・・もう少し待ったら?」
「もうかれこれ40分はたってるぞ、あいつら見てたらトロトロしやがって全然やる気ないやんけ。日本人やと思ってバカにしてんとちゃうか。こんな店もう出ようや。出てもええか?」
「・・・どっちでも」
夫が再度、立ち上がって店長をつかまえて催促します。でも、また「今やってますよ」という誠意のない言葉の繰り返し・・・
いよいよムカっときた夫のこめかみに、一気に青筋が。
さっきからそう言うてるけど、いったいいつになったら持ってくるねん!!こっちはもう40分は待ってるねんぞ!ええかげん、おまえらのことなんか信じられへんわ!もう出ていくから、勘定書よこせ!!
ひー、でかい声・・・周りの客がいっせいに振り返ってます。静まり返る店内。
ビビッた店長、なんとかなだめようとしてますが、ぶちキレた夫には効果なし。しばし言い合いのあと、店長は肩をすくめて奥の厨房に隠れてしまいました。そこへ追い打ちをかける夫の怒声。店の真ん中に仁王立ちになり、
おい、もう出ていく言うてるやろ、勘定書もってこい!!

結局、少し待っても誰も来ないので、店を出ました。
ワインと水とサラダは半分ほど手をつけていたので、無銭飲食になりはしないかとヒヤヒヤしましたが、夫の、「あいつらが持って来んのが悪いんや、知らんわ、そんなもん」という言葉にひっぱられるように、出てしまいました。
それからホテルの向かいにあるピッツァリアへ行って、ピザ二枚とサラダをテイクアウトで、と頼みました。そこの店主らしい白髪のオジイサンは、とても愛想が良くて、速攻で焼いてくれました。ホテルの涼しい部屋で食べたのですが、焼きたての大きなピザ、すっごく美味しかったです。安かったし。日本円にして全部で1500円ぐらい?とにかく、あの慇懃無礼なレストランで、何倍もの高い値段を出してスパゲティ食べるよりずっとよかったねと言い合いました。
いやー、しかし、びっくりしましたねぇ、夫のぶちキレ。普段は、わりと温厚なタイプなんですよ。どんなにひどい喧嘩になっても、私に対しては、そこまでぶちキレたことなんかないし。私がキレるならわかるけど、まさか夫がマジギレするとはね。ま、私はそのとき、キレるだけの体力なかったんですが。ワイン飲みながら、ぼーっと見ていただけです。
うーん、なにが悪いって、やっぱり暑いのが悪いんじゃないでしょうか。みんな、あれだけ暑いと苛立つんですよ。暑さから逃げ場がないとなるとね。レストランの冷房がよく効いていて、ワインも水もキンキンに冷えていたら、はじめから印象はもっと違ったでしょうに。
結果的にはピザが美味しかったので、出ていって正解でした。やっぱ、食べる物に迷ったら、ナポリではピッツァリアですよ。大阪では、お好み焼きね。安くて当たりはずれがあまりないみたい?

お腹いっぱいになったので、少し昼寝しました。
夕方から起きて、散策に出ました。古くからあるナポリの旧市街へと。石畳の道をずっと歩いて行くと、そこは・・・なんといいますか、ちょっと怖い感じ。いや、子供たちが遊んでいたり、女性も歩いているので、べつにそういう意味では危険そうな気はしないのですが、市街の狭い通りに入っていくと、普通の人々の暮らしがそこにあるわけです。昔から建っている石造りのビルがアパートになり、洗濯物が吊され・・・だけどどんよりした印象で活気というものがない。もの寂しいような雰囲気です。んー・・・やっぱり貧しいんですよね、全体に。ビルの一階にある空き家のガラス窓なんか壊れていても、そのままほこりだらけ。中も荒れ放題。ちょっとスラムみたいな感じです。
唐突に、果物や野菜を売っている店があったので、中に入ってみました。
日本の果物屋なんかとは全然違います。もー、どんなひなびたド僻地の田舎でも、こんな寂れた店はないだろうって思います。腐りかけた葡萄、しなびた青物が狭い店内の棚に、箱に入ったそのまま、売られています。「こんなのみんな傷んでるやないの、やめとこう」という私。「いや、これが自然なんや、腐ってないぞ。何か買おう、買って冷蔵庫に入れとこ」と選び始める夫。といっても、品物自体、少ないので、選ぶ余地もないんですが。それでも入念に眺め回して、トマトと葡萄とリンゴを買いました。おばあさんが錆び付いた天秤で測ってくれて、2ユーロ。高いんだか、安いんだか・・・トマトもリンゴもみんな一緒くたに測るんですよ。値段設定、どうなってるの?
「こんなの傷みかけてる、不味そう〜」と思いつつ、夕食のとき食べたんですが、美味しかったですね、意外と。っていうか、ビタミンに飢えてたんだと思います。リンゴなんか、普段はそんなことしないのに、洗って皮ごと丸かじりしましたもん。身体が要求してたっていうか。たった一個の小さなリンゴに改めて感動する私たち。ああ、貧乏旅行・・・

そうそう、ホテルのそばには、少しばかりチャイナタウン化した地域がありました。
洋服とかオモチャとか、雑貨、そういうものを売ってるんですよ。店の看板に漢字が書いてあるので、中国人かなぁ、それとも韓国人?なんて思ってたんです。夫が短パンが欲しいと言うので、その中の一軒に入ったのですが、店番をしている男性に、壁に吊ってある商品を指して、これは水泳用かと訊ねると、
「何だって?」
という中国語の返事。そのあと何を訊いても英語が通じない・・・
結局、私が中国語でやりとりして短パンを買ったのですが、まさかこんなところで中国語が役に立つとはね。でも、ほんとに多いです、ナポリの中国人。これも意外でした。

翌日。朝食のあと、九時頃になってから観光にでかけようとした私たち。
フロントまで降りて、夫が気づきました。あ、デジカメもってくるの忘れた、と。ここでまってるから、取りに行ってよ、と私。エレベータに向かう夫の後ろ姿。
ところが、いつまでたっても夫が戻ってこない。十分、二十分・・・
苛立ちが次第に不安に。何やってんの、いつまでも?カメラひとつ探すのに、こんなに時間かかるなんて・・・
私は部屋へ戻りました。そこには、スーツケースやらナップサックをひっくり返して、まだカメラを探し続けている夫の姿が。
「何やってんのよ、まだ探してんの?昨日、どこに置いたんよ?」
「昨日はあれから使ってないがな。おかしいな・・・どうしたんやろ」
「ユーロスター撮ってから、そのまま?そしたらナップサックにあるはずやん」
「うん。そのはずやけど。いや、でも、・・・そう言えば・・・」
「そう言えば?」
夫がなんだか訝しげな顔つきをして、こちらを見ます。
「・・・おまえ、昨日デジカメ仕舞うとき、ちゃんとチャック閉めてくれた?ホテルに着いたとき下ろしてみたら、ナップサックのチャックがビーッと大きく開いてて、ヘンやなと思ってんけど」
ええっ!!あんたって、なんで早く言ってくれへんのよ。私がそんなことするわけないやん!!カメラ入れたあとチャック閉め忘れるなんて!そんなこと絶対ありえへん。ちゃんと閉めたよ!!」
「それじゃあ・・・」
すられたってことちゃうん?
「あの駅で?ぜんぜん思いつかんかった、そんなこと。てっきり・・・」
「ったく、あんたが私を信用してないから!どう考えても盗られたに決まってるやない、昨日から、ナップサックはここに置いたままなんやから。すられたの、気がつかんかったん?」
「いやぁ、気ぃつかんかった。そうか、盗られたんか!なんか、すごい不自然な開き方やったもんな。うん、あれはスリの仕業かもしれん」

どうするもこうするも、もう昨日のことだし、犯人の顔はおろか、盗られたことすら気づいてなかったんですから、今更どうしようもありません。保険金がおりるかもしれないので、近くのポリスまで行って、書類をつくってもらおうということになりました。
もう太陽が高くなってきたナポリは今日も暑いです。クーラーのきいていない派出所で、あまり通じない英語に四苦八苦しながら、盗難届を出しました。書類も簡単につくってもらえて、向こうの人も、なんだか慣れているみたい。ちなみに、「このあたりではこういう犯罪はどれくらい多いんですか?」と訊けば、「すごく多くて数え切れない」と。
ナポリの治安は良くないと聞いていたけど、まさか自分たちが、こんなに簡単にスリの被害にあってしまうとは思いもしませんでした。一人だともっと警戒するだろうに、二人だと気が緩むんでしょうね。得体の知れない男たちが、ぶらぶらとたむろしている混雑した駅の構内で、カメラをパチパチやったあげく鍵もついてないナップサックに仕舞うなんて、さぞやいいカモに見えたことでしょう。しかも、丸1日近く気づかなかったなんて、間抜けにもほどがあるというものですね。

派出所をでると、タクシーに乗ってサンタ・ルチア港の卵城へと向かいました。もちろんタクシーには冷房などなし。しかも、運転すごく荒っぽい。舗装道路はいいけれど、昔からの石が敷き詰められた道は、車で走るとガタガタして舌かみそう。運転手はというと、陽気なんだけど、私たちがもう乗り込んでるというのに、自分の用事を済ませたいからちょっと待っててと車を停めたりして、わけわかりません。請求された金額も、微妙に怪しい・・・
卵城に着いたときには、暑さも増してどっと疲れ、私はしばらく動けなくなってしまいました。ちょっとした距離にすぎないのに。
卵城などといっても、ちゃちな建物で、さほど面白いものではなく、そこから見える港の景色にしても、正直、これが「ナポリを見て死ね」なんて大袈裟に言うようなもんか?って感じ。サンフランシスコ湾のほうが、よほどいいですね。カリフォルニアの海岸沿いの町のほうが、やっぱり、ずっときれいだったような気がします。

一休みした後、ゆっくり歩いて街のほうへ向かいました。教会やきれいなアーケードがあって、たくさんの観光客で賑わってました。両側にいろいろ店の並んだ目抜き通りには、やっぱりたくさんの黒人がシートを敷いて偽ブランドバッグを売ってました。捕まらないんですかねぇ?あんなに堂々と売って。そうそう、ナポリの物というと、イコール「まがい物」という意味があるそうです。
しばらく通りを歩いていましたが、とにかく暑いんですよ、何度も言うようですが・・・もー、確実に涼しいところへ行きたくて、またタクシーで博物館へ向かうことにしました。ほら、大きな美術館や博物館って、冷房きいてそうじゃないですか。それでなくても、大きな建物のなかって、ひんやりしているものでしょ。それに、せっかくここまで来て、ポンペイまで行けなかったのですが(初めは行く気で計画立ててましたけど、暑さと私の体調を考慮して断念)、博物館に行けば「ポンペイ展」が開かれていたんです。

ところが・・・

大誤算。冷房ナッシング。館内は広いし立派だけれど、窓はすべて全開、どこへ行っても熱い空気がムッとしてる・・・ここ、ほんまに国立博物館??
もう泣きそうになりましたが、それでも一通り見て回りました。ポンペイ展は、わりとよかったです。行けなかったけれど、あれでもう充分っていう気になりましたね。暑さと広さで頭がくらくらしてきましたが、まあ、なんとか9ユーロ(高いなぁ・・)の元はとったと思います。

「ナポリを見て死ね」
この文句に惹かれて観光しに行ったわけですが、うーーん、時間とお金が余ってたら、行ってもいいんじゃない?という町ですね。私には、そういう印象。
ナポリは、大手のパックツアーだとたいていローマから日帰りのオプションになっていて、ナポリで泊まる、なんてコースはありませんよね。それでいいって感じです。あんまり見るところないし。治安も良くなさそうだし。貧しい下町って感じですよ。それはそれで、うらぶれた情緒があって、いいかもしれないんですが、イタリアというと、他にも見所がたくさんあるでしょ。限られた時間とお金を使うなら、べつにナポリじゃなくてもね、というか。
ただ、人生に疲れて、もう何もする気になれない、生きる気力もない、なんて人には、ナポリっていいと思いますよ。
「ナポリを見て死ね」っていうのは、「こんなナポリの町を見て、それでも死にたいと思うんなら、死ね」ということじゃないですかね。
ゴーストタウンのような旧市街の破れたガラス窓を見て、ほこりのなか所在なげに座っている老人たちを見て、コピー商品を売りながらたむろしている黒人や、店先に安衣料を積み上げている中国人を見て、汗みずくになってピザを焼いているピッツァリアのおじいさんを見て、それでも死にたくなるのなら死ねよ、と。
たぶん、死ねないんじゃないかな。

ナポリには夕暮れが似合う。
薄赤い空のした、洗濯物がはためき、砂まみれの狭い路地裏で子供たちが遊んでいる。チーズとトマトペースト、ガーリックの匂いがどこからともなく漂ってきて、人が生きるのに必要な根源的なものは何かということを、教えてくれる。
昼の日差しに晒された街は、どこかふてぶてしくやさぐれた顔、だけどやがて夜になろうかという薄闇の一瞬だけは弱みをさらけだす、まるで本当に好きな人を、ふと見つめるときみたいに。

みなさん、死にたくなったら、ナポリへどうぞ。