海を越えてきた手紙

タレは怪我もかさぶたになり、けっこう良くなった様子。ブチが最近来なくなったので、今度はといっちゃなんですが、くろのお尻を追いかけてる。くろは、嫌がってるのかなとおもいきや、ここんとこいつも行動を共にしてます。これって、デート? 見ていると、やっぱりタレがくろに迫っている様子。追いかけちゃ逃げ、追いかけちゃ逃げ・・・猫のデートはかなり疲れそう。で、ついに、真っ昼間の階段の踊り場で、コトにおよんでいるのを目撃。
・・・おいおい、君たちには節操というものはないのかね(~_~;)
このぶんでは、あと二ヶ月後ぐらいに毛足の長い黒い子供ができるか、灰色の短い毛の子供ができるかしそうです。でも、どんな子になるんでしょうね? こういう掛け合わせというのは? 生まれてみなければわからないのかしら?

さて、昨日、懐かしい方から手紙をいただきました。
Eメールじゃなくて、手紙です。こちらではE-mailに対して 普通の郵便をSnail mail(かたつむりメール)といいます。サンフランシスコまでは、日本からだと早いときで五日、だいたい一週間で着くと思うんですが、リバモアまでだと、それがわからない。早いときで五日、遅ければ十日かかることも。車で一時間の距離なのに、なんでこんなに差があるのか、よくわからないところですが。十日もかかるなんて、ほんと、かたつむりメールです。

その方は、以前の中国留学で大変お世話になった中国の方です。その時は中国に住んでいらっしゃいましたが、今は日本に住んでいらして、お子さんがもうふたりとも小学校にあがったということです。もちろん日本語はぺらぺら。でも、手紙は中国語でくれました。
その手紙は彼女の近況で始まり、子供が学校にあがって暇になったのでちょっとした仕事を探していること、水泳や茶道を始めたこと、ダンナさんは出張で忙しいことなどが短く綴られていました。
私が自律神経の不調で苦しんでいると言っていたので、「身体に注意してください。早く可愛い赤ちゃんができるといいですね」と気遣ってくださり、「もうアメリカでの生活には慣れましたか? 友達はできましたか? あなたの性格では、きっとすぐにそちらに慣れて、友達ができると思うんだけど。あなたの生活が楽しくありますように! ダンナ様にもよろしく」と結ばれていました。

読んで、しばらく涙が止まりませんでした。
彼女はきっと何の気なしに私のことを思い出して書いたんでしょうけれど、私は自分の置かれている情けない状況が悲しくて泣けてきたんです。
アメリカ行きについていろいろ話していた去年の春は、自分の体調がまさかこんなになるとは思ってませんでした。いまではひところよりずっとマシになったものの、薬はまだ飲んでいるし、好きなものを好きなだけ食べられないのは同じです。外食もままならない。体重は40キロあるなしのラインで下げ止まったようだけれど、疲れやすく、少しアクティヴになると頭が痛くなったりするので、自分で自由に行動できません。夫が車の免許をとってくれたので、ずいぶん行動範囲が広がったけれど、それでも、自分で何か積極的に行動して友達をつくったり、カレッジに英語を習いに行ったり、ということができないんです。けっきょく、ここでネイティヴの友達はできないし、何しに来たんだろうっていう虚しさがつのります。
そもそもアメリカの景色とか街の感じは好きじゃないし、ただ、英語が上手くなるかな、とかアメリカ人の友達をつくるのも悪くない、などと思っていたんですが、残りもうあと半年になった今も、依然として何もできていないんです。
知らない人は、みんな、私たちのことを「海外で暮らして楽しそう」なんて思ってますけど、こっちは楽しむどころか、夫と二人ぼっち、孤独な日々を送っているわけです。私は変にプライドの高い人間で、心配されたり同情されるのは嫌いですから、彼女への返信には、それなりに楽しんでいると書くでしょう。でも、自分で自分を騙すことはできません。このやりきれなさは一体なんなんだろうとつくづく思いますね。

夫は夫で研究上の悩みがあって、その上、ラボはつまらないと愚痴ります。たんに英語の壁のせいともいえず、アメリカ人のやり方にどうもついていけないようです。
やっぱり思うんですが、ここではほんとに弱肉強食です。
何かして欲しいとき、キッパリ強い態度にでればすぐにやってくれることでも、物怖じしたり遠慮しているといつまでも何もしてくれません。たとえそれがその人に必要なことだとわかっていても、です。一度約束したことですら、時に意図的に忘れ去られるので、何度もしつこくプッシュして当たり前の世界なんです。約束を守らなかったことに対する稚拙な言い訳や、見え透いた嘘も日常茶飯です。夫にはそれが神経にさわるようです。これは、日本人的感性の持ち主なら誰でも思うことらしいですが。いや、日本人でなくても、うんざりする人はたくさんいると思います。当のアメリカ人ですら。

アメリカ人のモラル意識についてですが、なるほど、ここではスーパーでもどこでも、駐車場には必ず建物の入り口の前に障害者専用のエリアがあります。それだけ見れば、アメリカは社会的弱者に対して思いやりのある国だと感じさせられます。ところが、みんなが使ったショッピングカートは、駐車場のあちこちに散乱しているんです。返す場所はちゃんとあるのに。ひどい場合は、そのままカートを押して駐車場を出て、自分のアパートまで転がして帰ったり、またそれを道端やアパートの敷地内や、なんとゴミ捨て場に置いてあったりします。ときどきスーパーの店員が取りに来ているという話ですが。
アパートの敷地にはいろんな花を植えてあり、グリーンの芝はきれいに手入れされているのですが、高い塀で囲われているゴミ捨て場のなかは、あふれたゴミやカートが散乱していますし、分別収集もきちんとなされてはいません。そして、冬でもハエが飛んでいます。

障害者専用の駐車エリアに車を止めてはいけないことは、交通法規で決まっています。法律で決まっていることは遵守する人たちでも、それ以外の常識的な事柄、カートをしかるべき場所に戻すとか、ちょっとゴミを並べて置いておくとかいうことは、思いつかないんでしょうか。
自然なモラルや思いやりの育った社会では、シルバーシートもいらないし、障害者専用の駐車エリアもたぶんいらないでしょう。強く要求されない限り、自分の仕事であっても、それを放置し、つまらない言い訳が通ると思っている人がたくさんいる限り、何でもかんでも法律で決めるしかなくなるんじゃありませんか?
なるほど、ここでは世界一訴訟が多くなるわけです。

中国でも、人々のモラルは決していいとは言えませんでした。タクシーはやたら飛ばして運転は乱暴だし、人々は平気で窓から道にゴミを投げ捨てたりしていました。でも、そこには物理的な貧しさもともなっていました。まだ衣食住に不満を持っている人が多く、教育環境も整っていないところの人々に高いモラルや道徳を求めることはできません。衣食足りて礼節を知る、というのは真実だと思います。でも、アメリカは世界一豊かな国ですよ。スーパーには世界の食べ物がこれでもかと溢れかえり、丘のうえには御殿のような住宅がずらりと並んでいます。広い道路をガソリンを食う大きな車がすごいスピードで走り抜け、食べ過ぎで異常なほどに太った人々がごろごろいる国です。
ほんとうに、アメリカ人の肥満は異様です。私には、それが、「自分が生きていく必要を超えて、はるかに欲深くなれる」人間という種の象徴のように思えます。自然の動物は、自分が腹いっぱいになると、それ以上むやみに他の獲物を求めたりはしませんからね。ただ、人間だけです。食うや食わずの状況に置かれた他人の貧しさを横目で見ながら、それでも食べ続け、もっともっとと平気で求め続けていられるのは人間だけなんです。そして、余剰の富をさらに増やし、それを守るためには、他人を殺傷するための銃を用意することさえいとわないんです。
豊かになるとは、どういうことだろうか、と思わされますね。

窓の外、空は青い、今日はほんとうにからっと晴れたいいお天気です。まさにカリフォルニア晴れ。なのに体調もすっきりと良くならず、アメリカ的感覚にもまだ馴染めない私・・・
まぁ、くずぐず言ってても仕方ないですね。わけもなく落ち込んでいく気持ちを追い払うために、これから散歩にでも出かけようかな!


おすすめサイト

このところ、オレンジ猫がまたこのあたりに舞い戻って来ているらしく、うちのベランダにもやってきたので餌をあげようと思ったら、紺色の首輪がついているのを発見。なんと、名前と電話番号を彫りつけた迷子札までぶらさげてる。あり? この猫、野良じゃなかったの? それとも、最近だれかが、「うちの猫」にしちゃったのかな?
とにかく、彼の出現にタレは大迷惑。
朝、ガラス窓をあけたらまっさきにやってくるのはタレだったのに、オレンジ猫に追いかけられて、哀れにも追い払われてしまう。雄どうしですから、縄張り争いも激しいんでしょうか、このところのタレの怪我は、オレンジ猫が原因かもしれません。なんたって、身体の大きさが倍ほども違いますからねー。それに、タレってどんくさいし。
飼われているんなら、そこでちゃんと餌ももらえるでしょうから、今後、オレンジ猫には餌やらないことにしようと思います。来る猫来る猫に餌やってたら、こっちもきりがないし、飼い主にしたって、「うちはこのフードって決めてるのに」というのがあるかもしれませんからね。

朝の早いうちは、まだ猫たちが活動的な時間ですから、オレンジ猫がうろうろしていてタレもここまで来られない様子。九時ぐらいになると、猫も一眠りしたくなるようで、オレンジ猫はどこかへ行っちゃいます。それぐらいの時間を見計らって、窓を開けて「タレ!」と呼んでやると、所在なさげに中庭をうろついていたタレが、「ミャウン、ミャウン!」と鳴きながらすっ飛んできました。それを見ていると、ウンウン、こいつにもこいつなりの悲哀はあるのだなーと思えてきます(~_~;)
でも、うちで昼間じゅうぶん餌と睡眠とってるからか、最近タレも太ってきたみたい。そうなると、ベランダの柵をすり抜けられなくなる。足が悪いから、ジャンプして飛び越すこともできないし。きっと、ここまできて、また「ミャウン、ミャウン!」って鳴くんだと思いますけど。
しかし、ほんと、こいつは・・・要領が悪いというか、あかんたれ(大阪弁:どうしようもないアホ、情けない奴、ぐらいの意味)というか・・・
昨夜なんか、お尻の毛にう○ちをつけていて、ふとみると、こいつが座った台所の白い床の上に黄色っぽいそれが。うぎゃー、きたな〜い!!
夫にまた羽交い締めにしてもらって、私が濡らしたティッシュでお尻を拭いてやったんですが。ついでにそのあたりの毛も少し切ってやりました。でも、猫のう○ちって臭い〜(~_~;)
もー、ちゃんと自分で毛繕いして、用を足したらお尻もきれいにしてからここへ来てよねー。
拭いてやっている間、タレは不愉快そうにうーうー言ってましたが、終わると何事もなかったようにまた餌を食べ始めたのには呆れたことです。
「ほんとにあんたは汚い子やねー。ちゃんと自分で始末しなさいよ。あんたはあかんたれのタレやね」などとぶちぶち言っていると、嫌なことをされたからか、その場の空気を察知したのか、いつもは部屋の真ん中でどてっとなるのに、部屋の一番目立たない隅っこのほうへ行って自分で毛繕いし始めました。「タレ、そんな隅で拗ねてなくていいよ」とか声をかけてやったんですが、しばらく拗ねてましたね。

最近、暇にあかして猫関係のサイトばかり見てますが、ちょっと変わった個人のサイトでおすすめのものがみつかりました。画像が多いので重いかもしれませんが、あまり頻繁に更新されているようでもないので、けっこうすぐ見終わることができます。
タイトルを「ねこまたのページ」というんですが、ウーン、なんていうか、野良猫の観察記録みたいなもんなんですよね、でも写真がよく撮れていますし、文章も抑えが効いています。
猫関係のサイトって、「うちの○○チャンの紹介〜♪」という親ばかノリのものから、しつけや育て方の記事がメインで参考になるもの、ブリーダーによる「商品紹介」的なもの、真面目な動物愛護的なものまであります。「ねこまたのページ」がどれに属するかっていうと、強いて言えば最後の「動物愛護的なもの」になるんですが、このカテゴリーでありがちな、「可愛い動物たちを実験道具にしたり、そんなひどいことするの、やめようよ!人間ってそんなに偉いの?物も言えない動物たちには、なにしても許されるの?動物の命だって、人間と同じようにみんなみんな尊いんじゃないの?みんなで守ってあげようよ、動物たちの命」・・・みたいなおセンチな少女マンガ的ノリではありません。すごくクールです。でも、冷淡なわけじゃないんですよね。
前者が、私なんかには「悪気はないんだろうけど、なんかちょっとついてけないよなぁ」と思わせられるのに対して、このねこまたさんのページは、なんとなく、「きーきー声で諭される以上に、深い余韻のある感情を見る人に抱かせる」んじゃないかと思わされます。少なくとも私はそうでした。ときには、千の言葉より一枚の写真のほうが、人の感性に訴えかける威力をもっている。報道写真の意義ってそういうことかもなぁ、そんなことを感じてしまいました。

理系夫とフレグランス

昨日はサンフランシスコでおのぼりさんの観光客をやってきました。
夫の運転は日増しに上達しているようですが、サンフランシスコって街はやたら一方通行が多くて、ナビがないと泣きそうになりますよ。いちおう私がマップを持って、次の・・・通りを右折して、などとやっていたんですが、道は込んでいるし、日本と違ってみんなちょっとしたことでパッパーとクラクション鳴らしてせかすし、物乞いは歩いているし、駐車場は少なくて路上狙いは多いらしいし、坂のきついところはまるでジェットコースターのようだし、なんというか、観光客泣かせの街ですね。
ゴールデンゲートブリッジというんだから、金色に塗るとかすればいいのに、実際みたら、たんなる茶色の橋で、ちょっとがっかり。フィッシャーマンズワーフではエビやカニの身など紙カップに入れて売っているのはいいけれど、それにケチャップとクラッカーがついてくるんです。いや〜、あそこに行くんだったら、ショウユとワサビは持参したほうがいいですよ(~_~;) 味は、「それで?」という感じですね。もっとも、私たちがちゃんとしたレストランでいいものを頼まなかったせいかも知れませんが。あんな屋台みたいなところではね。でも、お金さえ出せば、美味しいものを食べられるのはどこにいても同じだし。まぁ、風に吹かれてかもめを見ながら食べたなぁ、ということだけです。

行くときはタレを部屋からだして、餌と水はベランダに置いてやったんですが、タレは一階までついてきて、お見送り。私たちが帰ってきたら、なんとまた「みゃうん、みゃうん」と鳴きながら、どこからともなく現れました。ベランダの餌と水は減ってなくて、それを部屋にもってきてやると、昨日はかなりお天気のいい暖かな陽気だったせいか、まってましたとばかりごくごくと水飲んでましたね。せっかくベランダに置いて、ここにあると教えてから出してやったのに、もの覚えの悪い猫というか、要領の悪い猫というか。
このまえダブリンに行ったとき、想像を絶するほど大きなペットショップがあって、そこで、犬猫の里親募集を少しやってました。タレにもちゃんとした里親を見つけてやろうと思い、愛護団体の係の人に言ったんですが、「野良猫を世話してるんですか、じゃあね、こちらからまた連絡しますので、ここに電話番号書いてください」と。いつかかってくるかと思ってるんですが、まだ連絡なし。ケージに入ってる数匹の猫たちとその説明書を見てみましたが、みんなタレより氏素性がはっきりしていて、不妊手術済みで身奇麗です。夫とふたり、帰りの車のなかで、「あいつに里親なんかみつかるかな?」と、顔を見合わせてしまいました。
出来の悪い子ほど可愛いといいますが、ついつい心配してしまいます。生活能力に劣っているので、くろと違って誰かが面倒みてやらなきゃと思っちゃうんですよね。

ところで、最近、猫の話題ばかりなので、たまにはほかのこと、たとえばフレグランスに関してでも、なんか書いてみたら?と言われました。私のフレグランス好きを知っている友人にですが。
「理系の男にフレグランスのおしゃれを語るとか、いいんじゃない?」
う〜む・・・(~_~;)
確かに、私は香り製品が大好きです。百貨店のフレグランスコーナー、雑貨屋のポプリやルームスプレィなど、足を止めて香りを試してみずにはいられません。でも、夫はというとゼーンゼン関心なし。買い物に行くと、「あんた、クンクンコーナーにおったらええやん、僕パソコンみてくるから」と別行動。クンクンコーナーってなぁ・・・人を犬みたいに(~_~;)
夫に言わせると、「香水? あんなわけの分らん分子を鼻の粘膜にくっつけて、何が楽しいねん?」ということに。
しかしこの夫、あるとき電車のなかで強烈なオナ○をしてしまって、その匂いが漂ってきたのか、斜め向かいに座っていた若い女の子に顔をしかめてにらまれたそうです。彼は、「なんやねん、オナ○ぐらいでにらまんでもええやないか」と思ったとか。でも、つづけて私にこう言うんですよ。
「でもなぁ、考えてみれば自分の肛門から発せられた分子が若い女の子の鼻の粘膜にくっついたと思ったら、それはそれで悪い気せんもんやな♪」
それまで知らんかったけど、このヒトってやっぱ・・・・変態(~_~;)
その話を聞きながら、「そうか。私はこーゆーヒトと結婚してしまったのか」と、人生についてあらためて考えさせられたことです(-_-)

うちの夫だけではありません。ローレンス研のN氏ですが、三人で一緒に買い物に行ったとき、やっぱり、「匂いの分子っていうのは、その濃さでいい香りにもなるし、臭い匂いにもなるねん。たとえばうん○の匂いと同じ成分の分子も、香水には入ってるねんで」と・・・
だめだ、こりゃ(-_-)
とても、エレガンスな香りづかいについて語るどころじゃない。私はもう諦めてしまいました。
夫は私が鏡台の前に香水の瓶を並べているのを見て、「あんたのオモチャ」と言ってます。
オモチャぁ?
不惑の歳を目の前にして、いまだに子供が喜ぶような、けばけばしい安プラスチックのオモチャが好きな夫は、私がこのまえボルゲーゼの「イル・バチオ」を買おうかどうしようか迷っていたら、「買い、買い。僕が買うたげるやん。そしたら、僕もあんたに気がねせんと好きなオモチャ買えるし♪」。
・・・そーゆー問題じゃないんだけど(~_~;)

アメリカのフレグランス事情は日本よりヴァラエティがあるかも。
クリスマスとかバレンタインデー前のドラッグストアには、香水とボディクリームのバリューセットがお買い得なお値段で並んでいます。それが、シーズン過ぎると半額とかになって、さらにさらにお買い得。日本ではあまり売られていない香水の種類もあります。
COTYとかJOVAN、リズ・クレイボーン、マックスファクターなどの製品は、やはりこちらのほうが品揃えがいいし安いです。で、15mlや30mlボトルとかが充実していて、ちょっと試しに使いたいとか、いろんな種類を揃えたいという場合には便利。日本だと、多くは50mlからでしょ。使い切れなくて余るんですよね。
あと、こちらはほんとうに空気が乾燥しているので、少々多めにつけてもすぐ香りがとぶんです。だから、むっとこもった香りのいやらしさを感じることはないです。そんなわけでか、けっこう濃厚な香りが好まれる傾向にありますね。ムスクとかヴァニラ、パッションフルーツなどを組み合わせた、甘く重い香りも、こちらではさほど濃くなりすぎない。これはいいと思います。

くろの首輪

オレンジ猫の首輪を発見したことは以前に書きましたが、あれからしげしげ来るので、思い切ってそこの迷子札に書かれていた電話番号に電話したんですよね。留守電だったので、「うちのベランダにたびたびお宅のガーフィールド(猫の名前:こちらのマンガの主人公、同じオレンジ色の猫の名前からとったものと思われる)が来るんですけど、ちゃんと家に帰ってますか? もしや迷子になっているんじゃないでしょうか」という感じで、こちらの電話番号も入れておいたら、翌日、電話がかかってきました。若い女の人でしたが、野良猫だったのを去勢して世話をすることにした、というわけです。奇特な人ですが、この人は動物病院に勤めているそうなんですね。まぁ、だからかな、と。とにかく、それ以来、あまりうろついているのを見なくなりました。外に出すのをやめたんでしょうか。私は、遊びに来てもらってもぜんぜんかまわないって言ったつもりなんですけど。

さて、今日はもうひとつ驚いたことに、あのくろにゃんにも首輪と迷子札が!
まえから、こいつは身奇麗にしているし、「どこかで世話してもらってるのかな」とは思ってました。でも、いきなり赤い首輪に迷子札をつけて遊びにきたのにはびっくりしましたよ。
くろよ、おまえもか、って感じ(~_~;)
名前はGABBYですって。ガビー? ギャビー? いずれにせよ、変な名前。くろはくろですよ、やっぱり。くろ、と呼ぶと来るんだもん。
でも、くろにしても、オレンジ猫にしても、テリトリーというか、行動範囲はこのアパートの敷地内しかないはずなんです。なぜって、このアパート、ふたつの大通りにはさまれた形になっていて、隣接するのは中古車販売店とかスーパーとかしかないんです。民家とか他のアパートは、もっと遠く離れているんで、わざわざそんなところから猫がここまで来ているとは思えないんですよね。だって、ほとんどうちに入り浸っているときもあるし、そうでなければ、よそのベランダにいるし。くろも、オレンジ猫も、飼っているのはこのアパートの住人としか考えられない。いちおうペット禁住宅なのにね。

なんか、赤い首輪に金属製の迷子札をチャリンチャリンいわせながらぶらさげてきたくろを見て、ちょっと興ざめしてしまいました。知らない誰かに、「これはうちの猫です」って釘刺されたみたいで。要するに、ここは、くろの別宅だったのね。あるいは、別宅になってしまったのね。
野良、もしくは地域猫だと思って、餌もやりーの、寝かせてやりーのしてたんだけど、他人様の猫となると、ちょっと気を使います。うちで勝手に餌をやったりしたら、飼い主さんに「なんで今日はあまり食べないんだろう」と心配されるんじゃないか、なんて・・・

誰のものでもない、自由きままで闊達なくろが好きだったのにな。あんな赤い首輪つけてちゃ、もう、鳥を追いかけて木に登ったり、芝生のうえでごろごろ寝転んだりしていても、なんかそこからあの独特の野生味がスッポリ抜け落ちちゃって、魅力半減ですね。犬はともかく、猫の首輪って、なんであんなにみっともなく見えるんだろう?
飼い猫なら、ご飯の心配も寝場所の心配もいらないわけだから、それはそれで本人にとっては安楽でいいんだろうけど、私としては、くろにはチャーミングな半野良で生き抜いて欲しかったな〜。勝手ですけどね(^^)
もううちに来てもご飯あげないよ。といいつつ、甘い私はくろのおねだりに負けて、ついつい煮干しを少しあげてしまいました・・・

というわけで、ちょっとまわりの猫環境が変わりつつあります。
あの「ひゃ〜(~_~;)」以来、どういうわけかブチも失踪しちゃったし、みけはときどき来るけど、やっぱり臆病でなつかないし。
・・・そしてタレだけが残った。
この一番要領の悪いやつだけが・・・(~_~;)
こいつは、私たち以外に世話をしてくれる人がいる様子がない。やっぱ、きっと要領が悪く、愛想がないからだろうと思います。でも、こいつにこそ、ほんとは誰か人間のファミリーが必要なんだけどね。どんくさいし、馬鹿っぽいし、毛玉はできるし、汚れやすいし。けど、食べ物に好き嫌いはないし、何かしてくれとニャアニャアうるさくせっつかないし、家のなかでスプレーとかしないし、そういう意味ではやりやすいと思うんだけど。嫌なことをされた時や、遊んでいる時に手を噛まれることがあるけど、ちゃんと加減して、ちょっと歯形が残るくらいの感じでしか噛まないから、ひどく痛いとか怪我をするとかいうことはない。あれはあれなりに、気を使ってるんです。それぐらいの脳みそというか、社会性はあるわけです。
うちでもタレに首輪をつけようかという話がでましたが、でも、私たちはどうせ日本に帰るんだから、それまでの間にタレがよその人に気に入られて、そこで首輪と迷子札をつけてもらうほうが、本人のためにはずっといいものね。こいつはだから、野良のままです。私たちは、たんに気まぐれで世話してやってるだけ。

今日も今日とて身体中に「くっつき虫(マジックテープみたいにとげのある草の実)」やらアリをつけてきたタレ。ったく、こいつのおかげでリビングに掃除機ばっかりかけてなきゃいけない。やっぱ、あんたのその汚さが悪いのよ。まー、毛が長いからしょーがないんだけどさ、それにしても人がせっかく「くっつき虫」をとってやってるのに、怒るこたぁないでしょ。
聞いてる?タレ。
あかんわ、こいつ、もはや熟睡中・・・(-_-;)

Adult Education School

Hello everybody! My husband and I have started to attend English class at "Adult Education School" since this Tuesday.
In that school, we can take 3 lessons in a week. Luckily, they are all free, our teacher is much older than us, but very nice and friendly person. She has lived in this city for long years, and her husband works at National Lab.
After 2 and half hours lesson, we asked her if she can find a tutor for us.
We think that studying English with tutor is better than attending class.
Because there are about 15(or more) students in one class room, so we have few chances to speak English. Japanese people are not good at English pronunciation, you know, so we rather want to practice oral English than grammar.
It seems that she can contact some persons for us, I hope it will be going well.

「成人教育学校」について書いてみましたが・・・
誰でも簡単な手続きで受けられる「無料の英語レッスン」があると聞いて、ものは試しにと行ってみることにしました。午前のクラスは一週間に三回あって、テキストなどは不要、授業そのものも、何かテーマに沿って順ぐりに進めているわけでもないので、わりとフレキシブルに行ってもいいような感じです。こういう気楽な学校が日本にもあったらいいなと思いました。「第二公用語」云々というならね。

来ている人はさまざまです。午前中の授業だからか、退職したり、仕事をしていない人が多いかも。インドネシア、中国、メキシコ、日本・・・故郷もそれぞれだし、立場もそれぞれ。みんな、訛った英語で話すので、質問があったりトークレッスンではいまいちよくわからないんですが、先生の英語はさすがに聞き取りやすいです。容赦ないアメリカンイングリッシュじゃなくて、もっと丁寧に話してくれますね。かなり年配の方ですが、もともと小学校かどこかで先生をしていて、そこを退職して、ボランティア的にやっている、という感じです。とてもフレンドリーで、しかも、きちんとした人ですね。約束したことは、すぐにやってくれるとか。
家庭教師をつけて勉強したいんだけど、というと心当たりを探してくれるということでした。
あと半年、これからちょっとは勉強しないとね。もっと早くやるべきでしたが、体調のこともあったし、第一、私も夫もお尻に火がつかないと何もしないぐーたら人間なもので(~_~;)

いろいろなことが <其の一>

ここ数日、いろいろなことがありました。
まず、交通事故。そうなんですよ、やっちゃったんです、早くも。
アパートの敷地からほんの少し出た十字路で、右折しようとしていたら、左折しようとして道路中央付近を走ってきた対向車とぶつかったんです。
スピードが出てなかったので、さしたる衝撃もなく、乗車していた人間は双方なんともなかったわけですが、うちのカムリは左側ライトとミラーが破損、相手の車は左側ドアがへこんでしまいました。
車から降りてきた相手の方は、五十代ぐらいの普通のおじさんという感じで、ケイタイをもっていました。「これは$500以上の損害になる事故だから、警察を呼ばなければ」といって、電話をかけてくれました。相手方のすぐ後ろを走っていた車に乗っていた方も、事故の目撃者ということで、ポリスが来るまでその場に留まることに。

いや〜焦りましたね(~_~;)
事故の状況をどう考えてもうちの方の過失だから。右折するときに大きく曲がり過ぎて、たぶんレーンをオーバーしちゃったんですよ。向こうは左折レーンを真っ直ぐ来てるわけですから、落ち度はなかったんです。事故が起きるときって、不思議なもんで、あれあれあれと思っていると「やっちゃった」ということになる。ハンドルを握っていた夫も、なんであんなところであんなことになったのかわからん、と言ってます。家の近所なので、もう何回となく右折してる道なんですよ。起こるんですねー、こういうことって。ポリスが来るまでちょっと時間がかかりましたが、来てからはけっこう迅速にやってもらえました。
ほんとに不幸中の幸いだったのは、相手の方が良識ある人だったということ、来てくれたポリスの若い二人組も感じがよくて、てきぱきとしかるべき処理をしてもらえたことです。日本でもアメリカでも、ぶつけた相手や警察の応対によっては、どんな不愉快なことになるかわからないじゃないですか。その点、私たちはラッキーでした。

ポリスが調書をとり終えた時点で、「この事故の場合、私たちに過失があるんですか」と聞くと、ほとんどそうだということで、相手の方に謝りました。いや、もとから自分たちのほうの過失でこうなったとわかってはいたんですが、訴訟社会アメリカでは、事故や犯罪に巻き込まれた場合、とにかく“I'm sorry”という言葉は使わないほうがいいと言われているもので。一応はっきりさせてから、と思ったんですよね。
私たちが、その通りに「すいません、もとから私たちが悪いことはわかっていたんですが、初めは謝らないほうがいいといわれていたもので。でも、こんなことで手間をとらせてほんとうにごめんなさい」などと、たどたどしく謝ると、相手の方は「いや、正直に謝ってくれて嬉しいよ。誰も怪我をしなかったのがなによりだ」とかなんとかおっしゃいました。こういう方でホントよかった。
あと、ポリスを待っているとき、犬を散歩させていたおじいさんが、「どうしたんだ? 何かあったのか」と声をかけて来てくれたり、あとでとりあえずライトの電球を買いに行ったとき、私たちが駐車場で壊れてしまったライトをあれこれ見ていると、隣に駐車していたおじさんがまた「どうしたんだい」と声をかけてきてああだこうだと教えてくれたり、この日ばかりは、「アメリカでも困った人には親切にしてくれる人もある」と、嬉しく思ったことです。
ちなみに、保険にはちゃんとはいっていたので、金銭的損失は$500ですみました。保険はいろいろなかけ方があって、私たちの場合、$500以上の損失は保険会社がもってくれることになってます。さっそく見積もりに来てもらいましたが、私たちの車の損失は全部で$1500ぐらいだということでした。

いや〜、いまさらながら、車って便利だけど怖いですね。
うちの夫はもうしばらく乗るのが怖いと言ってます(~_~;) 実際は乗ってますが。
でも、こんなの初心者にはありがちな事故ですよ。みんなやってるでしょ。厄払いと思えばいい。それも、軽く済んでよかったというものです。ワクチンみたいなもんですかね。
私はといえば、もちろん少しは気が動転しましたが、まぁ誰にも怪我はないし、保険も入ってるし、相手もいい人そうだし、ということで、映画などでおなじみのポリスを間近で見る機会とばかり、まだ若い制服姿のお兄さんをしげしげ眺めてました。
う〜ん、アメリカのポリスはカッコイイ!!
あの銀色に光る星型のバッジがなんともいえないですね。やっぱ男はこーゆー制服姿に限るよな〜、などと不謹慎なことを考えつつ神妙に振る舞っておりました(~_~;)

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