NEW MILLENNIUM!

みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
たいした混乱もなく、無事に2000年を迎えられ、ほっと安堵している方も多いのではないでしょうか。こちらでは、まだ元旦の夜ですが、日本ではもう二日になっていますね。
大晦日の夜は、ずっとテレビで各地にお正月がやってくるのを見ていました。世界各地で豪勢な花火が上がるやら、人々はそれぞれにミレニアムグッズを身につけて浮かれ騒いでいるやら、すごい盛り上がりでしたね。アメリカでは国内で時差があるため、東海岸のニューヨークから始まって、一時間ごとに祝賀パーティが西の主な都市へとやってきます。ここカリフォルニアは一番最後、私たちが住んでいるこのリバモアでは、大きな催しはなかったと思いますが、零時を回ると各人が勝手に歓声を上げながら爆竹を鳴らしたり花火を打ちあげたりしていました。サンフランシスコ市内ではさすがに派手な人だかりができていたと思います。せっかくの機会だから、サンフランシスコのホテルに泊まってみてもよかったんですが、何しろ思いつくのも遅かったし、自分の体調もいまいちなので、おとなしくテレビを見ていたというわけです。
しかし、みんなあの寒いなか、まだ昼日なかからあんなに集まって、いったいカウントダウンまで何をしていたんでしょうね。コンサートやショウなどのイベントはあったものの、ニューヨークのタイムズスクエアなんか座る余地もないような状態で、もし何かあったらコワイなぁと思いました。

Y2Kで心配していたようなことは何も起こらなかったですね。街はいつも通りだし、停電や断水なども、もちろん起きてません。「あれだけ大騒ぎしていたのは何だったの」という感じですが。でも、今日の午後、一時このパソコンがインターネットに接続できなくなって「もしかしてY2K?」と青くなり、夫に見てもらったのですが(理系の夫と結婚してよかったと心から思う比較的希な瞬間)、いろいろチェックしてみた結果、なんのことはない、たんにPCカードの差込が接触不良を起こしていただけでした。なんか、叩いたら治るテレビみたいで、パソコンってのも原始的なモンだなぁと思ったことです(~_~;)

おせちが用意できないので、「せめて少しでもお正月の雰囲気を」と、(この日のために取っておいてた)母がくれた鮭の昆布巻きと黒豆などを出して皿に盛り、レトルトの散らし寿司をつくってみました。いつもは、おせち料理なんて、と思っていたけれど、こんなリバモアなどにいると逆に、ちょっとはそれらしいことをしてみたくなるもんですねぇ(^^) なんか、お正月そうそうハンバーグとか食べたくないですもんね、やっぱり。でも、さすがにお雑煮まではつくれなかった。
ヤオハンまで行ったらお餅でも何でも売ってたと思いますが、車がないのでそれが不便。今年こそ、車をなんとかしようと思っていますが、どうなることやら。夫は免許持ってないし、私は筋金入りのペーパードライバー。こっちでは仮免ならちょっとしたペーパーテストを受ければ簡単に取れるので、車を買うのはいいんだけれど、運転するのが恐い〜〜(~_~;)
道路自体は空いているし、駐車場もすごくゆったりしているので、日本で運転できる人なら左ハンドルでもぜんぜん問題はないと思うんですが。でもねぇ、私も夫も、そんなことをどうのこうの言う前に、運動神経自体が悪いんですよ。なんていうか、トロいというか、機敏さがないっていうか。それに、私の場合、ひとつのこと(たとえば横断しようとしている子供など)にとらわれてると、あとがおろそかになっちゃう。総合的な判断力がないんですよ。うちの母は私と一緒に教習所に免許取りに行って、私はもう自分には運転する能力がないと自他ともに認めてしまったんですが、母のほうはちょっと近所に買い物行くのにもRV乗り回してる。母いわく、「初めは不安だけど、何事も慣れの問題よ」というんですが・・・

さて、去年はいろいろありました。今年はどんな年になるでしょう。
夫とは、「今年こそ、ケンカせんと仲良くしようね」と言い合っているんですが・・・(~_~;)



今年の抱負

つくづく自分の人生を振り返ってみるに、二十代はいろいろあったなぁと思います。
なんか、仕事とかで忙しいんじゃなくて、私生活で、ごくプライベートなことでいろいろと。
そんなにたいそうな事を経験しているわけではありませんが、それでも、ボーッとした十代から比べたら、いろんな出来事で心が乱れるというか、悩んだり、喜んだりという起伏が激しかったような気がします。それだけにその瞬間瞬間は充実していたと言えますね。
でも、けっきょく、そういうのは、端から見ていると、なんだかんだとやっているようで、じつは何のお金にもキャリアにもなっていないし、あとに残るものは思い出以外に何もないんです。もちろんそれは誰に盗まれることもない自分自身の宝物なんだけど、欲を言えば、ちょっと時間の使い方がもったいなかったかなぁ、もう一度あの頃に戻れるものなら、もっとちゃんと社会参加するとか、世間に認められるような自分の実力や実績を身につけるとかいう努力をすればよかったかもなぁと今になって思っています。

損も得もない一途な恋愛や果てしない夢を追うことなんて、ある程度の無知さプラス思い込みの激しさがないとできないから、人間にとってそういうことをするのに最適な時期、というのはあるんでしょうけど、それと平行して、いかに社会的に生きていくか、という実際的な手段を身につけるようなこともすればもっといいんだろうと思いますね。たとえば大学生なら、恋愛に悩んだりもしながら、勉強にもコツコツ身を入れ、なおかつ徐々に社会参加していくために人脈づくりをするとか、何か資格をとるとか、そういうふうにすればベストバランスなんですよ。
でも、私は生来のぐうたら人間なので、それだけのエネルギーがなかったし、今もないんです。
よくいるじゃないですか、システム手帳にスケジュールびっしり書き込んでいて、アドレス欄も知人友人のケイタイやら電話番号やらでいっぱい、というような人。クリスマスには友達とスキーに行って、年末には数回の忘年会をこなし、お正月には実家に帰って親戚や幼なじみとワイワイやり、そういうのと平行でホームページつくってみたり、どこかのカルチャーセンターに通ってみたり、ボランティア活動をしてみたり、というエネルギッシュな人たち。
私にはとてもそんなマルチなエネルギーの使い方は出来ないなぁと思って、羨ましくなりますね(~_~;) たぶん、ああいう人たちというのは、もう身の内から湧き出るエネルギーの絶対量が私とは違うんだと思います。
まぁ、そんなふうですから、もし二十代をやり直せるとしても、私の性分では、何かにのめり込んであとはおろそかになるに決まってます。問題は何にのめり込むか、ですけど。

うちの夫もそういう意味ではあまりエネルギッシュではないぐうたら人間ですが、彼は物理にのめり込んでました。私が恋愛やら音楽やらにうつつを抜かしていた年代にはね。彼の場合、それがいま自分をちゃんと社会的に支える基盤になっている。私のほうはというと、そういう意味では何も残っていない。だから、彼が稼いで私が主婦やっている。彼は彼で、私とは逆の思いがあるようですが、私としてはもう少し自分が上手く立ち回っていたらよかったかも、と今にして思います。
これは、べつに主婦業が嫌だとか、経済的に自立したいとかじゃなくて、走っていく方向が欲しいというか、そういうことです。第一、誰も私に経済的な自立なんか求めてないしね(~_~;)
「好きなことをすればいいんだ」って、そう言われるのもなかなか悩んでしまうもんですよ。
たぶん贅沢な悩みでしょうけれども。
何か自分が世の中に還元できることはないかと思うこの頃です。
人様の役に立ち、自分自身が情熱をもってできることで、プラスちょっとしたお小遣いぐらい入ってくれば、言うことないんだけど(^^)
この一年かけて、そういう方向をサーチしてみたいですね。これ、私の「今年の抱負」です。



義父永眠

去年の春、悪性の病が発見されて以来、入院生活を余儀なくされていた夫の父が他界いたしました。
日本時間で四日の午後のことでした。
私たちは葬儀には帰れませんが、また落ち着いてから、いったん帰国することになると思います。

私も去年結婚したばかりで、あまりお義父さんとのおつきあいが多くあったわけではありませんが、お会いする機会があれば、いつもにこにこと穏やかに話されて、ほんとうにいい方でした。私のこのホームページもご覧になっていらしたそうです。
11月に私がこちらに来る前は比較的お元気そうだったので、私にはあのいつもの笑顔だけしか思い浮かびません。でも、それから12月に入って、急に容体が悪くなっていったんです。
夫はわりと淡々としています。病気の診断がついた最初の頃から、担当のお医者さまには、かなり厳しいことを告げられていたので、もう徐々に覚悟はできていたのかもしれません。
実の親なので何らかの思いは私よりずっと強くあるはずですが・・・
なんにせよ、私たちが幸せに暮らしていくことが、お義父さんへの最大の供養だと思っています。

私には死後の世界や霊魂などが、あるかどうかわかりません。
確実に言えることは、亡くなった人の思い出だけが現在に残されていくということです。
時とともに枝葉が落とされ、その人が残した本質のようなものだけが、精製され、凝縮され、輝く点となって、その人を知る周りの人の心に残っていくということです。星明かりのように。
忙しい日常のなかで、たとえ夜空を見上げることがなくても、星の輝きは常にそこにある。それを見たければ、ただ、少し顔をあげればいいだけです。そのように、決してもうこの手には届かないけれど、確かにそれはそこにある。
いつも。どこにいても。何をしていても。
人は、そんな存在となって、悠久の時の流れに織り込まれていくのではないでしょうか。
それは、魂の夜、心の夜に輝く明かりです。
たとえ昼の光がどれほど鮮やかな輝きに満たされたとしても、人は、昼と同じぐらい長い夜を過ごさねばならない時があります。孤独に。でもそこに星があれば、もはや私たちは暗闇を恐れずにすみます。
それがどんなに遠い、どんなにはかない明かりでも、私たちはそれを頼りに、またいつか来るだろう夜明けを待つことができるんです。
義父は今、そんな存在になられました。私にはそれが見えます。



スーパーマーケット事情

カリフォルニアはアメリカでも最もリッチな州に数えられ、物価も高く、消費税は8%です。

私の住んでいるアパートメントの近所に「SafeWay」という大きなスーパーがありますが、ここで、生活用品のかなりの部分を賄えます。薬も置いてるし、切り花や鉢花、文房具やらティッシュ、シャンプーや化粧品、缶切りやスプーンに至るまで売っていて、ないものといえば、家具とか寝具、洋服など比較的大きいものです。

郵便受けに入っていたこのスーパーのチラシをちょっと見てみましょう。
食品では、断然肉が安いです。こちらは重さの単位にポンドとオンスを使いますが、一ポンドは約454グラムです。
「骨無しステーキ用牛肉」が特価で1ポンド$4.99(4ドル99セント)
もっと安いものは、同じ「骨無しステーキ用牛肉」でも1ポンド$2.69(2ドル69セント)!
まぁ、たいてい3〜4ドルの間です。
こちらでは、しゃぶしゃぶに使うような薄切り肉というのはなくて、でかいカタマリか、厚さ2センチほどのステーキ状か、ミンチ状か、いずれかですね。薄切り肉は、あったとしてもせいぜい日本の焼き肉用ぐらいの厚み(0.5cmほど?)です。それ以上薄いのはありません。みんな赤身ばかりで、霜降り肉なんてのはありません。で、日本のほぼ倍ぐらいの量でパックされています。
だいたい豚肉もそんな値段ですね。牛肉と豚肉との間にさほど値段の差はないですが、鶏肉はもっと安いです。
皮付き鶏もも肉がなんと特価で1ポンド99セント! 皮なしむね肉は1ポンド$1.99。
う〜ん、安いですねー。
ハムやソーセージの種類も豊富です。日本のソーセージみたいな貧相なものはありません。どどーんと20pくらいはあるものから、生のソーセージまでいろいろ置いてある。それに、私はハムというと豚肉だと思ってましたが、こちらではチキンやターキー(七面鳥)のハムなど、いろいろあります。
魚介類はというと、それに引き換え品揃えも貧弱で割高な感じがします。だいたい、まるごとの尾頭付きの魚なんてめったに売ってませんし、申し訳程度にサーモンステーキや、皮をむいたナマズの切り身のパックがある程度。お造りなんてもとからありませんし、フライにするような大きなエビや、タコ、イカ、あさりやシジミ、タラコなんてのも一切見かけたことないですね。シーフードのコーナーなんてのは、ないと心得たほうがいいくらい。そういえば、ワカメやひじきなどの海藻類も、どこにあるんだか?
肉類や乳製品は、だいたいFAT FREEかLOW FATが主流です。それ以外のものを探すほうが大変。マーガリンやバター、ヨーグルトも、普通のもののほうが美味しいと思うんですが、必ずFAT FREEかLOW FATと書いてある。はっきりいって、こっちのヨーグルトは不味いですね。ただ、チーズの品揃えは豊富です。

日本の食材ですが、キッコーマンの醤油はどこでも売ってます。テリヤキソースも人気みたいです。豆腐は、ちゃんともめんと絹ごしがあって、私はいつも絹ごしを買うんですが、これは美味しいですよ。ヤキソバは高い(粉末ソース付きで、ひと玉$1.3ぐらい)うえに、ばさばさしてて不味いです。お米はコシヒカリだの、秋田小町だのと種類を選べませんが、すごく安いですね。10キロで千円もしないです。炊くと、ちゃんと普通のご飯の味がします。
デリコーナーには怪しげなお寿司がパックにして売られてます。ものは試しと、稲荷寿司が二個、サラダ巻きが三切れ入って4ドル(高いっ!)というパックを買ってみましたが、う〜ん・・・日本のコンビニで買うマズイ寿司よりもう少しマズイ、という感じですね(~_~;) こんなの誰が買うんだろ、と思いましたが、いつ見ても売っているのできっと買う人がいるんでしょう。
まだ食べたことはありませんが、キムチや春巻きの皮なども売ってますね。
カップヌードルやインスタントラーメンはすごく安いです。カップ式のイタリアンヌードルとかクリームスープ、マッシュポテトなんかも充実してます。

冷凍食品はかなり発達している感じがします。
日本では、ピラフやミートボールなどがひとつひとつ個別に包装されていて値段も高いんですが、こちらでは、カット野菜や単品のメニュー以外に、ランチになるようなセットメニューが多くあります。たとえば、ガーリックライスとチキンピカタのメインに、ブロッコリとコーンのサイドディッシュがついている、など。これが、仕切りのついた容器に一緒に入っていて、一度に温められるようになっている。お昼ご飯をつくるのが面倒なとき、軽くすませたいとき、これは便利です。箱に印刷されてる立派な写真と解凍した実物がいかにもかけはなれていて、それは笑えますけどね(~_~;)
普段はけっこう高くて、ひとつが3〜4ドルぐらいしますが、セールになると4つで7ドルとか、ぐぐっと安くなる。そんなときはまとめ買い。

そうそう売り方なんですが、元値が4ドルの商品があったとして「2for$6」などと書いてあるときは、二個で6ドル。この場合は一個だけ買ったとしても、ちゃんと3ドルになる。でも、「BUY ONE GET ONE FREE!」などと書いてある場合、一個買うともうひとつはタダということなんですね。これを一個だけ買う場合、半額にはならないんです。
けっこうこの「BUY ONE GET ONE FREE!」商品は多くて、大家族が車で来て買っていくんならいいけど、ただでさえ大きいこちらの商品。洗濯洗剤二箱も買ったらどうやって家まで持って帰ろう?という感じですね。半額にしてくれたほうが買いやすいと思うんだけど。

だいたいこちらの商品、ケチャップでもバターでもポテトチップスでも、なんでも日本の製品の1.5〜2倍ぐらいの量で売られていると思ってください。ピーナツバターやジャムなんて、一瓶で五百グラムぐらい入ってて、それが2〜3ドルくらいです。安売りだと、グレープジャム五百グラムがたったの一ドル。このあたりはブドウの産地ですから、ワインやグレープジャムは安いんですね。
あと、安いと思うのはコカコーラやスプライトなどの二リットルボトルが「4for$5」だったり、コーヒー豆が日本の半値以下だったり、リンゴやイチゴなどのフルーツも安いですね。
こちらの果物は、なんていうか皮がしっかりしてて身がしまってて、長持ちします。イチゴなんか、日本の柔らかいふわっとした口当たりと全然違ってて、色が濃くて固いです。ほら、サクランボでも、アメリカンチェリーと佐藤錦はまったく別のものでしょ、ああいう感じですね。

こんなものが意外と高いんだなぁと思うのが、たとえばティッシュペーパー。
こちらのクリネックスティッシュ、中身は一緒ですが、箱の絵柄がきれいなんです。カバーなどかけなくても、そのまま置いててインテリアになるというか。でも、日本のように五箱いくらのまとめ売りはしてなくて、一箱$1.6ぐらいですかね。セールで、1ドルくらい。これは高く感じます。
あと、コンタクトレンズ用品。私はO2レンズを使用していますが、こちらではソフトが主流。ハードやO2のケア用品は少ない。で、全体的に高いですね。目薬なども。
花も高いです。切り花を束にして売っているんだけど、それが5ドルくらい。まあまあ量はあるんですが、どういうわけか、長持ちしないんです。こちらの水質のせいか、活けてもすぐに枯れてしまう。いくら水を換えてやっても一週間もたない。こちらでは何か切り花長持ち剤を入れないと駄目なんだと思いますね。鉢花も高いです。5号鉢のポットマム(西洋菊)が4ドルくらい。セントポーリアなども若干高め。ややコンディションが悪くても、あまり気にしないで売ってます。



雨、ねこハウス

今日は、朝から曇りでした。
午前中に仮免許の試験を予約してあった夫は、いそいそ出かけていったのはいいけれど、わりとすぐに帰って来たので驚きました。時計を見れば、まだ試験をしている時間のはず。どうしたの、と言うと、
「バス乗り間違えて、そのまま帰ってきた」
「どういうことよ?」
「十番のバスにのらなあかんのに、十一番にのってもた。あ〜、自転車で帰ってくるのん疲れたわ」
(こちらのバスには、自転車がのせられるようになっています。車両の一番前にそういう専用機具がついていて、二台までなら、そこにのせられるんです)
結局、その日の予約はパアになり、また予約のし直しです。
あ〜、疲れた、お腹空いた、といいながら、途中マクドナルドで買ったらしいチキンナゲットをむしゃむしゃ食べている夫を見ていると、なんとなく心に浮かんだセリフが「間違いだらけの夫選び」(~_~;)
夫がふと私の視線に気づき、
「なんやねん、なんやねん、そんなダメ夫を見るような目つきで見るなっ。これでも苦労してやってんねんぞ。昨日だって、予約の仕方わからんと何回も電話で聞き直して・・・あ〜、こんなもん(チキンナゲット)買ってこんかったらよかった、僕ってほんまにアホみたいやなぁ、ぐすんぐすん、だってようわからんかってんもん・・・わぁぁぁぁん(;O;)」
泣きだす始末(-_-;)
なだめすかしているうちに、もうお昼も回ったので、ラボは休むことに。

まぁ、でもそれからしばらくして久しぶりに本格的な雨が降ってきたので、早めに帰って来てよかったのかもしれませんが。こちらではめったに雨など降らないし、降ったとしても軽い、すぐにやむようなものなんですが、今日は珍しく本格的に降りました。
降り始めの頃、ベランダに一匹の猫がやってきました。黒地に、喉からお腹にかけてと足先の部分が白い猫です。目はときどき緑色にきらきら光っています。どうもノラのようで、あちこちで「おもらいさん」をしては食いつないでいるようなんですね。この付近に何匹かそういうのがいるみたいです。私が見かけただけでも、この黒猫以外に、太って毛足の長いオレンジ色の猫と、茶と黒と白が斑になった猫とがいます。

この黒猫は家のベランダにもいままで何度か来ていて、ガラス戸の向こうで哀れげにニャーニャー鳴くので、ハムの切れ端などやっていたんですが、今日は珍しくハムをたいらげたあともベランダから出て行こうとしない。そのまま居座って、じぃっとこちらを見るやら、毛繕いをするやら、うずくまって目を閉じるやら、なんか、ガラス戸の向こうにへばりついて動かないんですよ。哀れになって、そっちへ行くと、起き上がってまたニャーニャー鳴くんです。戸を開けると、入ってこようとする。最初は警戒心が強くてこちらが手をだしても身体を触らせようとはしなかったんですが、慣れてきたのかわずかな隙をみつけて家のなかにささっと走り込んできました。さぁ、それから猫があちこち探検してまわって、台所に走り込むやら、ベッドのしたに潜り込むやら、ソファをひっかくやら大騒ぎでした。私たちはなんとかつかまえようと後を追うばかり。やっと追い出したんですが、またガラス戸の向こうでこっちをじぃっと見ているんです。いつまでも。警戒心が緩んだんでしょうか、私が「おいで!」というと足元にやって来て身体をこすりつけます(アメリカの猫なのに、日本語がわかるのでしょう か?)。
なんだか、猫が、「入れてよう、あったかいところに入りたいよう」って言ってるみたいで可哀相なんですが、ペットを飼ってはいけないという決まりもあるし、第一、家のなかが荒らされるのは嫌だし。どうしたものかと思っていると、夫がダンボール箱で猫の家をつくってやったら、というので簡単な犬小屋みたいなのをつくってやり、そこに新聞紙と古タオルをひいてやりました。
またハムでおびき寄せ、ベランダの隅に置いたダンボールの家に入るように仕向けると、初めは警戒してすぐに出てきてしまいましたが、何度か無理矢理にでも入れてやると、案外居心地がいいとわかったのか、しまいにそこで丸くなって寝てしまいました。やれやれ。

こうやって書いている今も、そっと覗くとベランダの隅のダンボールハウスで眠ってます。
飼うつもりもないので、わざわざペットフードを買い与えたりする気はないんですが、まぁ、今日は雨も降って寒いし、あまりにも哀れなので、雨露をしのげる寝床だけ用意してやってもいいか、という感じです。出て行くなら出て行くでいいし。
人馴れしているので、たぶん、どこかで飼われていたのだと思います。捨て猫なんでしょうね。ほんとはベランダじゃなくて、あったかい家のなかで飼われたいんでしょうけど・・・



Thrift Shop

スーパーマーケットについて書いたので、ついでに“Thrift Shop”についても書いておこうと思います。
thriftは、「倹約、節約」という意味。“Thrift Shop”とは、要するに中古品を売るお店です。
近所にあるこの店がまた広くて、扱っているのは主に衣料品ですが、自転車や食器、本、CD、オモチャや寝具類、家電製品、簡単な家具に至るまで、売れるものは何でも売っています。日本人の感覚では、こんなの、売り物にならない、と思うようなボロまで売っているところがワンダーランド。
日本でも、若者の間で古着がちょっとしたブームになったりしますが、私はこれまで買ったことなかったんですよ。誰が着てたかわからない服なんか、なんとなく嫌だなぁと。でも、こっちに来てこの“Thrift Shop”が断然気に入ってしまいました。

まぁ、とにかく安い。
ブラウスやセーターで3〜5ドルくらい。Tシャツなどは2〜4ドル。びっくりしてしまうのは、アウターだけでなく、インナーも売っていることです。タオルやシーツなども。なんと、靴だって売ってるんですよ!
いくら安いったって、やっぱり中古の下着は嫌ですよねぇ。でも、実際に肌につける、という意味ではTシャツもキャミソールもブラもシーツも同じかも・・・。ううむ。
品質は、それこそさまざま。ブランドものがわりといい状態であるかと思えば、穴の開いたぼろい虫食いセーターも、同じラックに吊るされて、同じような値段で売られています。だから、買う側がよく吟味することが大事なんです。
こちらの普通のスーパーなどでの衣料品の値段はだいたい日本と変わらないと思います。品質から考えると、ちょっと高い感じがしますね。縫製も荒いし、生地もそんなによくないです。とても買う気にはなれません。デパートなど、ちょっとこましな売り場だと、質はましだけど、そのぶん値段も高くなります。これまた買う気にならない。いいものを買うんだったら、サイズがきちんと合う日本のものを買いたいです。
ということで、go to “Thrift Shop”!

一番はじめは3.9ドルでウールのカーディガンを買いました。レジの女の人に、「これ、洗ってあるの?」と聞いて「いいや」と答えられ、一瞬躊躇したけれど、可愛い柄にひかれて「まぁいいや、自分で洗えば」と買ってみたのが始まり。それから古着に抵抗感がなくなった私は、6ドルくらいでオーバーオール、4ドルくらいでフランネルのネグリジェなどを買っています。ガラスのコップ、コーヒーカップなどもそれぞれ一個70セントぐらいで買いましたね。みんな、わりと気に入って使っています。特に、花柄のフランネルのネグリジェは、こんなの日本では売ってない、という感じのものなので、寝間着愛好家(?)の私としては掘り出し物でした。自分が中古の寝間着を買うなんて、ここに来るまで思いもしませんでしたが(~_~;)

こっちには必要最小限の衣服しか持って来てないんですが、かえってなんかスッキリしていいですね。これは、中国留学の際にも思ったんですが、あれもこれもと持っていても、結局のところ、生きていくうえでは必要じゃないんですよ。こうやって、少ないワードローブで暮らしていると、それがはっきりわかります。でも、帰国して、あのタンスのなかのものを捨てられるか、というと捨てられない。
持ち物の少ない暮らし、というのは、旅行だとか、一時的な生活だと思うから、やっぱりできることなんでしょうね。生活の基盤がそこにないから、何の抵抗もなく激安の中古衣料を買って満足していられる。もし、そこに生活の根があれば、「礼服だって揃えなきゃ」、「こんな安っぽい格好ではお会いする方に失礼だし」、「イミテーションのアクセサリーばかりなんてみっともない」、「安物ばかり着てるのもミジメじゃないの」などと思うんでしょう。それは当然、参加しているコミュニティがあって、そのなかでの評価というものがあるから。でも、ここでは誰も私たちを「外国人」としてしか評価しない。コミュニティに参加していない、通りすがりの異邦人、お客さんなんですね。だから、他人の評価なんて気にしないでもいい。私はべつに、「変なガイジン」でいいんですもん。
ということで、やっぱり go to “Thrift Shop”!(^^)



迷い猫その後

あれからすっかりなついて(?)しまったのか、私たちの人の良さにつけこんで(?)いるのか、あの黒猫がたびたびやってきます。ダンボールハウスは嫌みたいで、家の中に入れてやると、またあちこち探検してまわり、人のすることをいちいち珍しそうに眺めてニャーニャー鳴き、それに飽きると寝そべって手足を伸ばすやら、あくびをするやら毛繕いを始めるやら、人様の家でずうずうしくくつろいで、なかなか外にでようとしません。
そのたびにハムとかチーズとか、人間様の食べるものをやってるんだけど。もーこうなったら安物のキャットフードでも買っておこうかしら。でも、いつ来るかわかんないしねぇ。
一時間ほどひとしきり遊ぶと、またベランダのガラス戸の前でニャーニャー鳴いて、私が開けてやると、フラ〜っと外に出て行きます。この猫、このアパートで、何軒かそういうところを見つけて巡回してるんじゃないの? でも、誰かにしつけられたことがあるんでしょう、テーブルのうえなどに飛びのって一度怒られると二度とはしませんね。おいで、というと来るし、まるで人間の意志が通じてるみたいに見えます。
猫を飼った経験のない私は、一緒に遊んでやりつつも、衛生上の不安が抜けず、「ノミやダニをこっちにうつすなよ、そのへんにフンなんかするなよ」と念じつつ、猫が去っていくと石鹸で手を洗ってます(-_-;)
ったく、だいじょうぶなのかなぁ?

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