アメリカの「買ってはいけない」?

近所に大きなスーパーがあって、TOFUやUDONなども買えることは前にも言いましたが、ここに来て一ヶ月、ちょっと驚いているのは、アメリカの食べ物が「腐らない」ということです。
たとえば、デリコーナーなどで、ポリ容器詰めのポテトサラダなど買ってくると、開封して冷蔵庫で10日ぐらいたっても、ぜんぜん傷んでないんです。開封前ならいざ知らず、開封後ですよ。コールスローも買いましたが、キャベツがやたら緑色なのでよく見てみたら、染色している。これまた10日以上たっても腐る気配なし。
こういうのは、見たことないですね、日本では。日本のお惣菜コーナーでは、そんなにしっかりした密封容器に、日持ちするよう加工したサラダなんかを入れて売る、という発想はないんではないかと。サラダというのはフレッシュ感が命ですもん。必ず、デリのおにぎりやサンドウィッチ、パック入りお惣菜は、せいぜい二、三日が賞味期限になっている。でも、こっちのハムやチーズ、ヨーグルト、パンなんかは、賞味期限が日本より長いような気がするし、実際けっこう長持ちするんです。
こういうのって、じつは保存料がたくさん入った「買ってはいけない」食品なんじゃない?
まぁ、たんに日本では、賞味期限を短くする傾向があるということかもしれないですね。賞味期限というのは、じつは目安であって、たいてい冷蔵庫などに保管していれば、それを過ぎてもまだ何日かは食べられます。だから、その実体はアメリカと大差ないのかもしれませんけど。そういえば、遺伝子組み替え食品を、最後まで、「それは安全だし、それを作るのは合理的なことだ」と主張していたのはアメリカですが、なんか一脈通じる感覚があるような・・・でも、腐らないポテトサラダは恐い(~_~;)

あと、色が毒々しくて、チープに見えるお菓子類がいっぱいありますね。
ケーキなんかも、種類はいろいろ、日本人が普段家で使っている大皿にのせきれないような直径の、大きな丸いケーキなんかも売ってますが、そのデコレーションがなんか派手というか、やっぱり安っぽい。
カラフルな色をつけたゼリーや粒チョコなどのトッピングをいっぱい使って、哀しくなってしまうぐらいチープな感じです。なんでこうできるの?という感じ。この美意識が信じられんわ、というか。こう言っちゃなんですが、昔、日本がまだ豊かでなかったころの「西洋に憧れて真似して作ってみました」的レトロな風合いを感じさせますね。
まぁ、あんなの、絶対にお菓子の本場ウィーンでは売ってないと思う。
そういえば、マクドナルドというと、まさにアメリカの象徴みたいなところがありますが、ヨーロッパでは、あの黄色と赤の安っぽい店の外観が街にそぐわないというので、外観や内装をちょっとシックに、グレーとか渋目の紫なんかを基調に、ずいぶんイメージチェンジしてるお店もありましたね。日本でも、京都などではそうしてもらうべきだと思いますが。

こういうお菓子を見ると、というか町並みからして、アメリカ人がどうしてヨーロッパ人から格下に見られるかわかりますねぇ。なんか、マナー知らずで教養のない成り金の趣味悪さみたいな感じがあるんだと思います。アメリカ人自体は、恐らくヨーロッパに憧れてるんですけどね。
ずいぶん昔のことですか、知人の家にアメリカから二十歳ぐらいの女の子がステイしに来たことがあって、私も会ったことがあります。その子に、「アメリカって、古い歴史がない国でしょう? そのことについてアメリカ人はどう思ってるの?」と聞いたら、その子、けろっとして、あら、アメリカ人にも歴史はあるのよ、私の曾おばあさんはヨーロッパのどこそこの出身で、そこでは・・・と言い出しました。そんなの、アメリカ人としての歴史じゃないんだけど。
でも、けっきょく自分たちが冷戦後ナンバーワンになり、ウルトラリッチな人々を世に送り出しているというのは事実で、これが彼らの自慢なんですね。
豊かさ・・・目に見える豊かさ、大きな家に大きな車、豊富な食べ物、世界から人材を集めて築いた先端技術・・・これらがアメリカ人の自慢するところなんでしょうか。



中国朋友(中国人のお友達)

ゆうべ(16日)は、このアパートメントのオフィスがクリスマスパーティを主催してくれました。
クラブハウスというところがあって、住民のためのジムやプールなどがあるんですが、そこの小さなホールに食べ物や飲み物を用意してくれたんです。なんと、真っ赤な衣装と白い付け髭をつけたサンタクロースまでいました。このサービスは無料です。
想像していたよりいろんな美味しいものがでて、そのうえ来た人は少なかったので、うちの夫などひたすらむしゃむしゃ食べていました(~_~;) でも、私はこのアパートメントにどんな人たちが住んでいるのかがわかるいい機会だと思っていたんですが、来ていた人が少なかったので、あまりわかりませんでした。
ここにはコリアンの男性が多くて、日本人かな、と思えばコリアンなんです。現に、うちのお隣さんも、そう。聞けば、この付近に飛行場があるんですが、そこにパイロットの訓練生として来ているみたいなんですよね。男ばかりで何部屋かに分散して住んでいて、週末などみんなで集まって楽しそうに騒いでいます。彼らはパーティには来ませんでしたね。

さて、夫も満腹になったらしいし、どうやら私たちのほかに日本人もいないみたいなので、そろそろ帰ろうか、などと話していると、やってきた男女二人連れの東洋人の姿が目に入ったのでした。男のほうは日本人っぽいけど、女のほうはどうかなぁ、インディアンみたいな顔してない?などと私たちがうかがっていると、近くにきたので、思い切って話しかけてみることにしました。すると、彼らはチャイニーズだったんです。二世とかでなくて、れっきとした(?)大陸の人たち。ご夫婦で、ここに来て一年になる、と言っていました。ご主人のほうは、コンピュータ関係の会社で働き、奥さんはいま専業主婦とか。歳は私たちより少し下だけど、それでもあまり違わない。
私はもうここぞとばかりに中国語で喋りまくり、住所や電話番号を交換して、また会いましょうね、と友達になってしまいました(~_~;) 向こうは、アメリカのこんなスモールタウンのアパートメントで日本人から中国語で話しかけられて、さぞや驚いたんではないかと思います。

近いうちに電話してみようと思っていたら、さっそく今日になってアチラのほうから電話が。ダンナを会社に送り出して暇になった奥さんがこの部屋に遊びに来ました。彼らも、私たち同様、英語のほうはそんなにペラペラではない様子。こちらのネイティブと話すと緊張する、というあたりはシンパシー感じます。ご主人のほうがまだ上手みたいですが、彼も、仕事柄、そんなに人と接することがないので、英語が上達しない様子ですね。それも私たちと同じ。
中国語で一時間半ほどいろいろ喋って、彼女に気功を教えてもらう約束とか、こんどのクリスマスにはアチラのお家で手作り餃子をご馳走になる約束までしてしまいました(^^)
ここで二人きりでクリスマスかぁ・・・正真正銘の世紀末なのに、ちょっと寂しいなと思っていたけれど、いいお友達が近くにできてよかったです(^^)
あ〜、久々に中国語を話せて、満足満足。
還是中国話好!(やっぱり中国語はいい!)
ご夫婦ともいい人みたいだし、こんな近くだから、お互い気軽に会えますし。うちの夫がいるときは、みんなで英語を使い、昼間、私と彼女だけとかなら中国語で話すことになりそうなので、私には英語と中国語をスキルアップするいい機会にもなりますね。

そうそう、e-palになったペンシルバニアのおじさんは、またしてもなかなか正直というか率直なメールをくれますし、ちょっとは面白くなってきたかな、ここの生活?
私がメールで、
“Generally speaking, Japanese people are not good at self-assertion, because most Japanese value cooperation and sympathy, but here, without strong self-assertion, nothing goes well.”
(一般的に言って、日本人は自己主張が上手くありません。多くの日本人は、協力と共感を大切に思っているからです。でも、ここでは強力な自己主張なしでは何事も上手くいきません)
といったことに対してですが、
“It sounds as though the transition to American life is not going as smooth as it could. It is not your imagination, people in this country are getting more rude each year. When I was a kid (seems like a long time ago) people were much friendlier. That is one of the things that interest me about Japan and it's people. From what I've seen, the people seem more courteous and friendly. When you said that Japanese people are less assertive, I believe that, and believe me, that is not a bad thing. I'm sure every country has rude people, but in the U.S. now I believe they are the rule rather than the exception.”
(アメリカ生活に移行するのは、スムーズにいかないようだね。それは君の想像でなく、この国の人間は年毎に無作法になってるんだ。私が子供の頃 ―ずいぶん昔のように思えるが― 人々はもっとずっと親切だったんだよ。だから私は日本や日本の人たちに関心を持っているんだ。私が見る限り、人々はもっと丁重で親切に見える。君は日本人が自己主張に欠けていると言うが、そうだね、でもそれは悪いことじゃないと思うよ。どんな国にも無作法な人間はいるものだが、けれどもアメリカでは、そういうやつらが例外ではなくて、むしろ規範になっちまったんだ)
ということです。
同じように日本人は親切だと書いてきてくれる人は他にもいます。ミシガンの主婦の方などは、
「親切で見返りを求めない日本の人たちに触れて、人生観が変わってしまったんです。目の前に道が開けてきたような気がしたんです。私たちアメリカ人は、あまりに利己的で他人のことはおかまいなしだったと恥ずかしくなりました。もちろん私のことを変わっていると思って見ている人もいますが、クリスチャンの私に言えることは、これが神が私に与えた運命だと思うんです」

私たちってそんなに感動されるほど親切なんでしょうか?
まぁ、確かに、どんなに馬鹿っぽい格好をしている日本の女の子でも、同じぐらい馬鹿っぽい格好のアメリカの女の子と比べれば、実際にしていることは、日本人のほうがまだマシなのかもしれません。
「日本を旅行したとき道をたずねたら、どしゃ降りの雨にもかかわらず、言葉が上手くつたわらない私をそこまで実際に連れて行ってくれた」とか、そういうたぐいの親切が、信じられないくらい感動を呼ぶみたいです。



落ち着かない気分

なんか、自分自身はこれといったことは何もしていないのに、いろいろなことでこのところ気もちの落ち着かない日が続いています。

掲示板を設置して、改めて「インターネットなるものは、いまだ法的にも技術的にも整備されていない黎明期にあるのだ」ということを意識させられました。いろいろ「荒らし」対策ページなど読んでいたら、頭が痛くなってきて・・・(ーー;)
ログだの、IPだの、わけのわからない言葉がいっぱい出て来るし、こういう手口、ああいう手口、などと紹介されているのを見ると、ほんとに恐いですね。うーん。無法地帯。
そのなかでも、私が一番イヤらしいなと思った手口は、「成りすまし」。
これは、そのものズバリ、他人に成りすますことで、その人のハンドルネームやアドレスを使って、ほかの掲示板やチャットなどに出没することですね。もちろん、悪質な嫌がらせです。こんなの、他の人にはわかりようがないし、ほんとにどうしたらいいんでしょうね。アドレスなんかは、ころころ変えるわけにもいかないし。こういう心無い人たちがいるために、ネットの上でとはいえ、せっかく築いてきた人間関係がおかしくなるのは、もったいないことです。

私自身のセキュリティ対策として、せめてここで、みなさんに宣言しておくことにします。
1)私は、前にも言いましたがチャットはしません。したこともないし、これからするつもりもないです。
掲示板にもふつうは書き込みません。何度かメールをやりとりして、ある程度こちらにも信頼感のもてる方が管理している掲示板のみ、たまに書き込むことがあるくらいです。いまのところ、それは二つしかありません。ですから、もし万が一、よその掲示板やチャットなどで「まりねこ」のハンドルネームを見かけても、たいてい私とは別人です。
2)私のこんなささやかな掲示板で、そういうことはまさかないとは思いますが、公序良俗に反する下品な書き込み、意味不明の文字の羅列、特定の誰かに対する不当な中傷、商取引や宗教団体などへの勧誘に関する書き込みなどをみつけた場合は、随時判断のうえ、すみやかに削除します。ありがたいことに私は今、ケーブルで繋ぎっぱなし状態なので、かなりまめにチェック入れています。ということで、たいてい数時間から半日以内には削除できるはずです。

たまにこのホームページにメールをくださる方があっても、これまで人間性が疑われるような内容のものは皆無でしたし、むしろそこから社会的な、あるいは私的な事柄をめぐって有意義なやりとりに発展することもしばしばありました。そういうことができるのがインターネットのいいところです。私としては、掲示板においても、そうあることを強く望んでいます。誰もが不愉快になることなく、安心して書き込める掲示板にしていきたいと思います。

さて、e-pal計画なんですが、これまたちょっと憂うつになってしまうことが。
10日ほど前にニューヨーク在住の三十代のシングル男性からメールが来たのですが、私のADには私が既婚者であることも明らかにしたうえで、
I'd like to talk with someone via e-mail, about each other's cultural differences and common interests as human-beings.
I hope we can find any fresh views between us, not boring stereotype.
If you are interested, feel free to drop me a line!
(お互いの文化の違いや、人間として共通の関心事について、メールを通じてどなたかとお話したいです。私は私たちの間で、つまらないステレオタイプでなく、何か新鮮な視点が得られることを期待しています。もしよろしければ気軽にメール書いてきてくださいね!)
と書いてあるんですけど、その人のメールには、自分はNYに住んでいるブラック(黒人)で、身長・・フィート、体重・・ポンド、ボディビルをやっているから身体には自信がある、ナイスな若いジャパニーズウーマンと、パソコン上でWILD FUNを共有したい、とかなんとか、どうもなんとなく性的なニュアンスを含んでいるような感じがしたので、無視したんですよね。そしたら一週間後にまたメールがきて、待っていたけど返事が来ない、忙しいのか、それとも、君は黒人に偏見があるのか、白人女性はそうだとわかっているが、日本人女性はそうじゃないって思いたいよ、というわけです。
べつに文通するだけなのに、黒人もヒスパニックもないんですよね、私にしてみれば。いままでそんなこと相手に尋ねたこともないし。きちんとした英語が読み書き話せる、まともなイングリッシュ・ネイティヴならそれで充分、そう思ってるんです。で、「黒人だから返事を寄越さないのか」なんて言われると、思わず「そうじゃなくて」と言いたくなります。夫は、「ほっとけ、そんなやつ」と言うんですけど、もしこの人が真実そんなふうに差別されたと受けとっているんなら、それは大きな勘違い、哀しい思い込みというもので、私としては放置しておくのは心が痛みます。とはいえ、この人、前のメールから考えると、それを利用して脅して(?)いるように見えないこともないんですよね。黒人に誘われて、いそいそついて行く「若いジャパニーズウーマン」が多いことぐらい、NYに住んでたらきっと知ってますよ。若い日本人女性は尻軽というか、ガイジン好きというか、ノーと言えないというか。
ある海外交流ホームページで見たんですが、ペンパル募集で、自分の外見について細かく言ってくる人は変だと疑ってかかるべき、みたいな記述があったんですよね。言われてみりゃあ日本人同士でも、三十も超えた男が最初のメールで「僕は身長・・cm、体重・・キロ、痩せてるけど筋肉質で、眼鏡をとったらキムタクに似てるってよくいわれるかな(^^ゞ」などと書いてきたら、私でなくても「こいつ、アホ」と見なすでしょ?
うーむ・・・「そうじゃなくて」と言うべきなのか、夫の言う通りほっとくのがいいのか・・・ふう。なーんか、考えると少し憂うつで、ため息がでます。



科学者の妻

研究がなかなか前に進まないので、うちの夫が「まるで泥の船を漕いでるみたいや」とぼやくことしきり。私は「そんならそのうち背中に火がついてくるんと違う?」と言ってやるんですが・・・ここはカチカチ山かいな(~_~;)

何かを創作したことのある人なら、「作品をうみだす苦労」についてはよくご存知だろうと思います。こういう作品を、と夢を描いて創り始めても、なかなかスラスラ思い通りにはできませんよね。絵を描くことひとつとってみても、こんな絵を、と思い付いた勢いで描いた下書きの段階ではまだマシだったものが、色をつけるに従って自分の頭に描いている完璧な絵とはだんだんずれてきて・・・ということはよくあること。納得のいくものを創るには、根気強く修正したり、自分の技量を磨くことが大事なんです。天賦の才能は、地道で平凡な努力を積み重ねてこそ、真に他から認められる「かたち」になるんではないでしょうか。あとは、自分の心に描いた夢の価値を信じる、ということですね。

ひょいと夫のパソコンのモニター画面を覗き込んでみても、私には何のことやらさっぱりの数字や文字がずらずら並んでいるだけなんですが、よくこんなことに熱中できるわと妙な感心をする反面、そういう研究に集中している姿そのものが私は好きでもあるんです。泥の船かもしれないけれど、まあ、とにかく一生懸命進もうとしている、ひたすら前に向かって進もうとしているのは、やっぱり何か心に夢を持っていないとできない話でしょ。彼には彼なりの研究にかける夢があって、それは己の功名心やら、現実にそれでお金もらっていかなきゃいけないというサバイバル精神と微妙にからみあってはいるものの、もっとピュアに「夢そのものを実現したい」という気もちも強くあると思うんです。
今現在ここにある暗闇のずっとずっと先に、カンテラみたいにゆらゆら揺れる小さな灯りを見ている。これは人の役に立つことだ、大きく言えば、科学の進歩に(たとえ微々たることであれ)貢献することだ、という確信にも似た思いがある、それが科学者としてのピュアな夢であり、研究といっても端から見れば退屈にすら見える地味な作業の繰り返しに耐える原動力になっているんでしょう。
成功するにせよ、失敗するにせよ、そういうのは見ていて羨ましいなと思います。
人生というのは、走っている瞬間が一番面白い。大袈裟に泣いたり笑ったり、苦悩したり、熱中したり、そういう瞬間がある程度ないと、あとから振り返っても、つまらない時間がだらだら続いていたなと思うだけではないでしょうか。損得勘定で安全な道ばかりを選んで、冒険や夢に賭ける時間を人生から排除していると、生きているのは生きているけれど、ただそれだけ、というゾンビのような状態になりますね。一番大切な、生きることそれ自体の本質を見失うような気がします。

ところで、夫と話をしていると、ときどき無性に頭にくることがあって、「なんでそんなに人の気もちを逆なでするようなことばかり言うねん?」と険悪なムードになります。よくよく聞いてみると、なんていうか、ヒジョーに懐疑的な人なんですよね。たとえ私の意見に八割は賛成していても、残りの二割をあえて主張してくるんですよ。普通、八割方認めていたら、まあそうやね、と共感する感じになるじゃないですか。百パーセント同じ意見、という場合なんか少ないでしょうから、並みの人間ならほどほどのところで賛同の意を表する。わざわざ重箱の隅をつつくみたいにお互いの違う部分を明らかにしても、そんなことにこだわれば、なんとなく感情的に角が立つだけでしょ。なんでそこまでして?と思う。反対のための反対、みたいに思えてくる。嫌がらせか?と受け取る。普通はね。で、腹が立つんです。
でも、彼にしてみれば、どうも、そういう意図はまったくなくて、ただたんに違いがあると指摘したいだけなんですよ。純粋に。
結果、彼のほうは、私が腹を立てているのを見て「あんたには人の意見を聞く耳がないんや。けっきょく超ワガママで心が狭いからイエスマンしか受け入れられんねん」とかいうんですけど、私にしてみれば、「意見は意見として聞いてるけど、そもそもなんでそんな人の気持ちを逆なでするような言い方するの。理論武装して、ええかっこぶって、それで人生済むと思うな」ということになって話がかみ合わない。
ほんと、「心底イヤな奴やなー、私らって相性悪いのか、根本的に考えが合わんのかな」と思うことも(~_~;)
でも、さらにしつこく議論してみると、お互いに同じ考えの裏と表をそれぞれに主張してるだけ、という場合もしばしば。それやったら、なんでこんなに疲れるのよ〜、とやっぱり思うんですけど(-_-)

でも、こういうのって、他の理系男にも聞いてみたら、どうも「科学者のサガ」らしいですね。その彼いわく、「僕もそういうとこあります」と。なるほど。そういえば、チラっとその片鱗が見えるような(~_~;)
「科学者のサガ」ねぇ、と妙に納得したりして。
でも、あの故カール・セーガン氏などは、すぐれた科学者でありながら、もっとバランスのとれた性格してたと思いますけどね。ま、あのような大御所と比べるのも畏れ多いことですけど(~_~;)
それにしても、バスルームでシャワー浴びながら、独り言いうのはコワイのでやめて欲しいですねぇ。
突然シャワーの音とともに何かしらひとりでブツブツ言っている声(かなり大きい)が聞こえるので、「とうとう頭の線が何本かキレたか?!」と思ってすっ飛んでいくと、本人はキョトンとしている。
「あー・・・今あんた何かわけのわからんこと言ってたんと違う?」
「うん、今やってる研究のこといろいろ考えてたんがつい口から出てしもたんや」
「(いちおうマトモな対応なので、ホッと胸をなでおろす)・・・ならいいけど(-_-;)」
「なんやねん、なんやねん、そんなオカシイもんを見るような目つきでみるなっ」

科学者の妻は、面白いけど大変です。



MERRY CHRISTMAS!

さて、こちらでは、まさに今がクリスマス・イヴということになります。
e-palから、日本人はクリスマスのお祝いをするの?と聞かれるので、私は
In Japan, Christmas Day is not so special day, because most people are not Christians.
Of course a lot of trees are decorated here and there in town, some youth exchange beautiful Christmas cards, children are given gifts by their parents, however Japanese people just enjoy the mood of Western style. I think most of them have never read the Bible, even one page.
(日本ではクリスマスはそんなに特別な日ではないんです。だって、ほとんどの日本人はクリスチャンではないもの。もちろん、街にはあちらこちらでたくさんのツリーが飾られているし、きれいなクリスマスカードを交換したりする若者もいるし、子供たちは両親からプレゼントをもらったりするけれど、でも、たんに西洋式の雰囲気を楽しんでいるだけなんです。ほとんどの人は聖書を読んだことがないと思いますよ、1ページたりともね。)
と答えるんですが、
I know you don't honor Christmas but do you find it interesting watching people in this country preparing for it?
(君がクリスマスを重んじていないのはわかっているが、でも、この国の人々がそのために準備しているのを見るのは面白いんじゃないかな?)
と言われると、その通りです。
ということで、アメリカの普通の街のクリスマスの表情を少しリポートしてみます。

まず、電飾がすごいです。
商店も各家庭も、派手ですね〜(~_~;) まるで、神戸ルミナリエ状態。
小さな豆球がずらずらついてある電線というか、あるでしょ、あれを家の軒下に「すだれ状」につり下げたり、テラスやらポーチやら、庭の木なんかにぐるぐる巻き付けて、昼間みたら妙に滑稽と言うか哀れな様子なんですが、夜になるとさすがに「ほう!」という感じですね。うちみたいなアパートメントだとそんな余裕はないですが、ゆったりした郊外の家だと、庭の芝の上なんかにトナカイやサンタの大きな人形を置いたりして、それがまた電動で光ったり動いたり、凄い気合が入ってます。
で、この近くに、ものすごい電飾や動くお人形やらでデコレーションして、まるでちょっとしたテーマパークと化している大きなお屋敷があります。そこは、驚いたことに個人のお宅だそうですが、夜になると、一般の人たちに公開しているんです。私たちが行ったときは、寒い中、人々が入り口からずーっと20mほども列を作っていました。何なんでしょうね(~_~;)

家の中の様子はというと、特に子供がいる家などはそうだと思いますが、居間にはツリー(大きいものでは2m以上、天井まであるような高さのもの)を飾って、あとはそうですねぇ、日本のデパートのクリスマスコーナーが家のなかにそっくりあるような、賑やかな感じを想像していただければ。飾りつけの道具はいろいろです。金銀のボール、天使を模したレースの人形、色とりどりの風船や電飾、そうそう音楽に合わせて踊るサンタ人形なんてのも売ってましたね(^^)
こちらでよく売っているもので、日本で見たことがないのは赤い大きなリボンと、大きな靴下。
赤いフェルト製のリボンは、リースにつけたり、家の飾りつけにしたり、テラスにつけたりしてます。靴下は、そうですね、ゆうに普通のくつしたの十倍ぐらいあって、いろいろ刺繍がしてあるゴブラン織りの豪華なものから、シンプルな赤に白の縁をつけたものまで、いろいろあります。マジにプレゼントが入るだけの大きさがある、まさに「それ用の」靴下。

カードやリボンやラッピング用品は近くのスーパーでもすごく充実してますね。凝ったつくりの装飾用リボンとか、けっこう安くて何個もセットになって売っている。で、みなさん、親戚やら友人やらにギフトを送りまくります。日本のお中元・お歳暮みたいなもんです。そのために、クリスマス一週間前ぐらいまでには、郵便局にはずらーっと列ができてます。一人で何個も送る人が多く、郵便局の人もなかなか忙しそうで大変です。
スーパーといえば、赤ん坊ぐらいもありそうな大きな七面鳥のローストが、そのままのかたちでパックされて売られています。あれをオーブンで温めて、テーブルにどさっと置いて、切り分けて食べるんでしょうね。いやぁ、買い物していく人たちのカートの中をちらっとのぞいてみても、食材やらお菓子やらキャンドルやら、生半可な量ではないですが、でも、クリスマスといえば、日本のお正月のように、家の中を掃除しまくり、きれいに飾りつけたあとは家族や親戚みんなが集まってパーティをするという日なので、あれくらい必要なのかもしれません。

今日、私たちのクリスマスイヴは二人ぼっちで静かなモンです。
昨日は、予定を変更してご近所の中国人夫婦のお宅にお邪魔して水餃子をご馳走になりました。う〜ん、留学以来、久々に食べる「ほんものの中国家庭料理の味」。彼らはあんまり洋食が好きではないようで、中華料理の材料を売っている専門店までわざわざ車で行って、食材を買ってくるんだそうです。日本人の「ヤオハン通い」と同じね(^^) で、食事のあと車に乗せてもらって、例の「テーマパーク」屋敷を見に行ったわけです。



のんびりした年の瀬

ミレニアムだのY2K問題だので、いろいろと騒がしい年の瀬ですが、実際の生活では特に変わったことはありません。元旦から近所のスーパーなども開いているらしいし、クリスマスのほうが大きな行事だったような気がします。今日は夫と家のなかを少し掃除してみましたが、そもそもここに入ったのが今年の十月でしょ、そのときには壁やら絨毯やらきれいに改装していたので、まだあまりどこも汚れてないんですよね。雨が少ないからベランダや窓もあまり汚れないし。ということで、暮れといってもいたって気楽なモンです。

ゆうべは暖炉というものを初めて使ってみました。実は、ここのアパートの「売り」のひとつが、「暖炉付き」ということなのです。
スーパーなどで、薪やら固形燃料などがたくさん売られているんですが、薪は火をつけたり適当に燃やしたりするのが大変そうで、固形燃料を買ってきたんです。木屑をワックスで固めたもので、紙の袋ごと暖炉に置き、その袋を少し破っておいてから火をつけるというもの。これなら何もわからない私たちでも超簡単。三時間燃えると書いてあったんですが、実際は二時間半ぐらいしか燃えていませんでした。でも、思いのほか暖かく、暖炉の側にじっと座っていると頬が熱くなってくるぐらいです。飾りじゃなくて、じゅうぶん暖房として使用できます。ということで、Y2K対策として、少し買っておきました。なにしろここはセントラルヒーティングだし、キッチンのコンロなどもすべて電熱なので、電気系統がやられると何もできないんですよ。暖炉なら寒さもしのげるし、何かフライパンで焼いたりもできますね。まぁ、あとは電池式ラジオと懐中電灯、ろうそくなどと、水、食料を用意しておけば、二、三日は何とかなるでしょう。その間に復旧しないってことは考えられないし。現に、スーパーなども営業すると言っているわけだし・・・そんなに危機感はないみたい。

このパソコンですが、ハード的には問題ないけど、WINDOWS95がどうも心配で。マイクロソフトのページから修正ソフトというのをダウンロードして入れたんですが、それをするのにまずインターネットエクスプローラをバージョンアップしなきゃならなかったんです。これが面倒でした。というのも、ハードディスクに充分な空きがなかったので、不要なソフトなどをどんどん削って、わざわざ空きを作ってからでないと駄目だったんですよね。半日がかりでいろいろやって、もうあとは知らん、という感じです。
来年帰国したら、新しいパソコン買いたいです。もちろんノートね。あと、ホームページも全体的に改装したいと思っています。なんかけっこうコンテンツが増えてきたので、ちょっと整理したいというか。

また二人ぼっちの寂しいお正月になりそうですが、どのみち夫はもう二日か三日からラボに行くんで、あまりお正月らしいお正月にはなりそうもないですね。
みなさまはどんな年の瀬を過ごされていますか。来年のことを話すと鬼が笑うと言いますが、いよいよ来たる2000年、公私ともに何か変わったことが起こるでしょうか?

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