いろいろなことが <其の二>

いろいろなこと其の二は、またもやうちの問題児、タレのこと。
ダブリンで動物愛護団体の方にタレの里親探しを相談して、二週間以上もたってます。私たちが、もう電話なんかかかってこないんじゃないかと思っていたら、なんと三日ほど前の午後、かかってきたんですよ、それが。
受けたのは私で、初めは何のことかわからなかったんですが、どうも「おたくの野良猫」と言っているので、ああ、と思い出しました。女性の声で、こちらのケージが空いたので、おたくの猫を預かって里親を探す用意ができると、どうもそういうことなんですね。私の英語力ではそのあたりつたないんですが、彼女いわく、一度、そちらに猫を見にいって健康状態などを調べたい、そのうえで、去勢手術をして引き取りたい、ということらしい。

突然のことで驚きましたが、とにかくその日の夕方に来てもらうことになりました。ちょうど、このリビングでぐうすか寝ているタレを外に出さないようにして、少しでもいい印象をもってもらえるように、毛を梳いたり身体をウェットティッシュで拭いてやったりしながら、これでこいつともお別れかと思うと、ちょっと感傷的になってしまいました。だって、こいつと出会ってから一ヶ月半、毎日毎日、餌をあげたり寝させたり、櫛入れをしてやったりしているうちに、こいつもすっかりなついたのか、タレ、と呼ぶだけで走ってくるようになったんですもん。私たちが買い物から帰って来たときなど、その姿を見つけるや、まるで犬みたいにどこからともなくやってきて、嬉しそうに先に立って三階のドアの前まで駆け上って行く姿は、「ここが僕のおうち」と猫なりに認識してるみたいなんですよね。
ケンカに負けて怪我をしてくるは、薮の中でごろごろして枯葉や泥をいっぱいつけてくるは、お尻にうん○をつけてくるは、手間がかかって汚くて、おまけにこれだけ世話をしてやってもスリスリして媚びることさえしない無愛想なやつですが、まぁ、機嫌が良ければひっくり返ってお腹をみせてみたり、なでてやるとこちらの手をつかんで甘噛みしたりと、あれはあれなりに情を見せるときもあるんです。
それに、せっかく、くろとも仲良くなって、最近じゃ一緒に遊ぶようにまでなったのに。
夫も、犬は嫌いだけど猫は好きみたいで、「日本に連れて帰るか?」ということまで言ってましたが、狭い日本の住宅で室内飼いされるより、気候にも人にも恵まれたここで半野良として暮らすほうがよっぽど普通の猫にはいいんじゃないかと思うんですが・・・

ただねぇ、くろやみけならそれでいいんですが、タレはなんといっても雄のくせにどんくさいし、このあたりのボスになっているオレンジ猫に(相変わらず首輪をしているものの、放し飼い)追い回されてしまうし、雨が降ると毛玉ができて汚れがなかなか落ちないし、もし誰もかまってやらないと、きっとかなりみすぼらしくなって、野良生活がいいことばかりでもないんですよね、こいつにとっては。現に、私たちが世話を焼くようになって以来、栄養がよくなったからか少し太って、櫛入れをしているので毛艶もよくなってきたし、全体に活発さが増してきたように思えます。こいつにはやっぱり、きちんとした人間のファミリーが必要なんですね。だもんで、ダブリンで愛護団体が里親探しをしているのを見たとき、これはタレにとってはいいチャンスなんじゃないかと思ったんですよ。

さて、約束の時間きっかりにいらしたのは、ダブリンで見た背の高い金髪の女性で、自分もリバモアに住んでいるといいました。彼女は動物病院で働く看護婦さんだそうで、仕事のかたわら、愛護活動をつづけていらっしゃるとか。床にぼやーっと転がっている寝起きのタレを見ると、慣れた手つきで首根っこを捕まえ、目や歯を調べると、つぎに蚤とり櫛を出して何個所か毛をさっさと梳きました。この間、わずか五分ぐらい。さすがというか、すごい早業です。
で、どんな話になったかというと、まず、タレはおそらく三才から五才のあいだだろうと。子猫なら貰い手がつきやすいけれど、成猫はけっこう難しいとのこと。里親を見つけやすくするために、まず血液検査をして病気がないか調べると同時に去勢手術をしますと。手術は来週の火曜、九時に迎えに来ますから前日は絶食させてください、そのことはまたこちらから連絡しますので、今日はとりあえず蚤とり薬で蚤をとっておきます、ということでした。
そう言うと、彼女はまたもタレの首根っこをひっ捕まえ、首の後ろの毛をかき分けると、何か注射器のようなスポイトのようなもので、どろっとした液体をそこに少したらしました。猫を飼っている人なら知っているかもしれませんが、これは近年開発された蚤とり薬のひとつで、こちらではペットショップでも売っています。毛を梳いているとき、蚤なんか見つけられなかったんですけど、たぶんいるんでしょうね、プロの目で見れば。

それではまた、ということで彼女は帰って行ったんですが、タレには火曜の朝まで猶予が残されたことになりました。私はてっきりすぐに連れて行くものと思っていたので、まぁ、センチメンタルな気分は醒めましたが、今度は火曜日の朝までの責任がずずーんとのしかかってきました。
こいつをうちに泊めてやったことは何度もあるものの、だいたい早朝四時半くらいになると「うわぉん、うみゃあおん」と鳴き始める。あまり大きな声ではないものの、ほっとくのも可哀相なので、起きて餌をあげて外に放してやる、という感じなんですよね。でも、火曜のお迎えは九時。鳴くこいつに何も食べさせず、九時までキープしておかねばならないという責任が・・・うっ、どうしよう(~_~;)
そこで、この際、タレを完全室内飼いに切り替えようという案が浮上しました。
ペット禁アパートメントだけど、たかだか一週間だしね。それに、ほかにもこっそり(あるいは堂々と)飼っている人がいるんです。窓越しにそれ見ちゃったし。
餌はあるし、とりあえず一週間のあいだに必要なものといえばトイレ。夫と一緒に安物の猫砂を買いに走りました。それを適当な大きさのダンボール箱(ビニールで包んだ)に入れて、即席トイレに。さっそくトイレを教えるべく、ウェブで仕入れた知識をもとに、わけのわからない顔をしたタレを抱いて、そのトイレに無理矢理に座らせてみたり、前足で砂を掻く動作をさせたりしました。ほら、ここがトイレだからね、ここでオシッコしなさいよ、と言い聞かせつつ。夫には「何を珍妙なことやってんねん」という目でみられ、自分でも不安でしたが・・・

きのうは夜まだ早いうちからタレを家に入れ、餌などやっていたんですが、十二時ちかくになると、タレが急にそわそわし始めたんですよね。ドアの前をうろうろして、いかにも出ていきたそうな素振りです。これはと思い、タレをトイレに入れてやったりしましたが、あいつは怒ってすぐに出てしまい、足の裏についた砂がそこらに散らばるばかり。そのうち、みゃおん、みゃうん、と懇願するかのように鳴き始めました。それでも断固、外には出さないことに。こういう箱に入った砂がトイレなんだとちゃんと認識できないと、里親探しの間はあの狭いケージに入れられてるんだから、悲惨でしょ?
ここは、何としてでも「しつけ」なければと意気込む私たち。

人間のほうが「今か今か」とやきもきしているうちに、タレのそわそわは一層ひどくなり、ドアのまえに置いてやったトイレにふいと自分から入って砂を掻きだしたんです。おっ、これが猫のトイレシーンというものかと、夫とふたり、固唾を飲んで見守ること数秒。でも、そのときはしませんでしたね。ひょっとして砂が足りないのかと思い、砂の量を増やして、また見守っていると、タレはいよいよ観念したのか、再びトイレに入って砂を掻きはじめました。穴を掘ると向きを変えて、そこでしばらくしゃがんでいる。
こんなときうっかり刺激してはいけないと、物陰からこっそり見守る人間ふたり。
やがてタレは、後足で砂をかけると、「はー、すっきりした」という感じでそこを離れました。それと同時に、「どれどれ」とトイレに駆け寄る人間ふたり・・・・なんとも滑稽な光景ですが、そこで私たちの鼻をついたのは、笑うに笑えないキョーレツな臭い!!
いや〜、クサイ!!
一度でも嗅いだら鼻について離れないこのクサさ!
でも、これは成功のあかしです。よくやった、よくやったとタレをほめてやりました。
そのモノ自体は、スコップで掘り出しても砂で固まってしまっていたので、どんなものなのかよくわかりませんでしたが、とにかく臭いのでビニール袋に入れて始末しました。タレはすっかり落ち着いて、素知らぬ顔でまた餌をはぐはぐしています。人間ふたりはといえば、この成功に気をよくして、「いや〜、猫飼うのって、わりと簡単やね」などと言いつつ、眠りについたのでした。

ところが。
朝、六時ごろかなぁ、タレがまた鳴き始めたのでお腹が空いたのかと餌をやったんです。そのあと、しばらく鳴きやんでたのでまたベッドルームに入りました。が、七時まえごろになってまた鳴きだしたんですよ。その鳴きようがだんだんひどくなっていくので、可哀相になったのとうるさいのとで、とうとう無視しきれず起きたんです。
そしてリビングに行くと・・・またしてもキョーレツな臭いが!
よく、猫関係のホームページでは、猫の排泄物の臭い消しに頭を悩ませる記述があるんですが、これほどとは思わなかった。なるほど、みんな悩むはずだと納得。で、トイレを見ると、うぎゃ〜、トイレからはみだしてるぅ〜!! しかも、大のほうー。そのうえ、それはアイスクリームが溶けたみたいな「ゆるゆるウン○」!
部屋の中のあちこちに砂がぼろぼろ落ちてるし、本人のお尻にも黄色いのがついてるし、あれを拭いたりこれを掃除したり、もー、朝っぱらから泣きそうになりましたよ(~_~;)
でも、タレを叱るわけにはいかないし。またスコップで掘り出すと、なにやらいっぱい出てきました。うーん、何度か催して、それでもう砂が汚くなったので、トイレでする気がしなくなって外まではみだしたのでしょうか? そもそもトイレが小さすぎたのかな?

しかし・・・ほんとこいつは問題児。
ひょっとして病気持ちかも? だったら、厄介なことになりそう。
いままで野良やってたんで、急に閉じ込められたストレスで「ゆるゆる」になったのかと考えられなくもないし、もしそうなら可哀相なんだけど。
とりあえず、新しいダンボール使って大きいトイレをつくってやりました。
で、夫と出した結論。
「これで砂にも匂いがついたし、これがトイレやってこと認識できるやろ。閉じ込めとくんは、手術の前日からでええんとちゃう?」
賛成。
タレの「完全室内飼い化計画」は、こうして断念されたのでした・・・

いろいろなことが <其の三>

今、夫は義父の納骨の儀式に参加するため、一週間ほど日本に帰ってます。
きっとまた大学の連中と飲み会などして、アメリカ生活の鬱憤をぶちまけて来ることと思います(~_~;)
私は一人でお留守番ですが、まぁ、一人というか、一人と一匹というか。タレをできるだけ外に出さないようにしてるんで。
ゆうべは夜中の三時ごろ、また例の「そわそわ、にゃうん、にゃうん」で起こされましたが、大きくしたトイレもちゃんと用意してあるし、もうどうしたらいいかわかってるだろうと、そのまま無視してベッドルームから出ませんでした。しばらくすると、観念したタレがトイレ砂を掻く音が。ひととおり終わった頃を見計らって行ってみると、ちゃんとトイレの中にした跡があり、スコップで砂を掘り返すとまたしてもキョーレツな臭いが(~_~;)
すぐに処理しましたが、やっぱりゆるゆるみたい。もとから食欲はあるし、このごろは元気に猫じゃらしに飛びついて運動もするようになったし、病気って感じじゃないんだけどねぇ。餌が身体に合わないのかしら。いやしいから、食べ過ぎてるとか。それとも、猫によっては、こーゆーこともたびたびあるもんなのかしらね??
本人は事が済むと、いたってケロっとしてます。私があまりのクサさに息を止めてせっせと片付けてるのを、横でじぃっと興味深そうに見てましたけど。でも、それからまた寝に行きましたが、もう起こされることもありませんでしたし、朝起きたとき「うぎゃ〜」ってなこともありませんでした。トイレット・トレーニングは着々と成功しています(^^)

ところで、「いろいろなこと」の三番目は、近所に住んでる例の中国人夫婦が引越しするそうなんです。引越しといっても同じリバモア市内なので、自転車でも行けそうなところですが、私としてはなんとなく寂しい気分。べつに普段からよく行き来してるわけでもないんですけどね、それでも。
そうそう、前に、中華系の食材を売っているお店があって、彼らはそこへ行って買い物をしてくる、という話をしましたが、この前、私たちも一緒に行ったんですよ。
その名も「獅子城」っていうんですが(~_~;)
そーですねぇ、こちらのふつうのスーパーがチャイニーズぽく化けた、という感じですか。その同じ敷地には、チャイニーズの書店やら喫茶店などが軒を並べていて、店員も客も圧倒的に中国人で、「ここはどこ?ほんとにアメリカ?」っていう感じもします。中国語通じるので嬉しいんですけどね。

スーパーの中には、見ただけで懐かしくなってしまう安い中国食材がてんこもり。
香菜、冷凍の水餃子、椰子汁(ココナツミルク飲料)、タケノコの缶詰、いろいろな調味料やサンザシの実などでつくったお菓子、乾し肉など、とにかくありとあらゆる中国食品が揃ってます。驚いたことに、日本食材もけっこうあるんですよ。海苔とか、紅生姜とか、ふりかけなどいろいろありましたね。それがまたサンノゼのヤオハン(いまはミツワに変わってしまいましたが)で買うより安いんですから私はもう大興奮! 香港や台湾の人は日本食にも慣れてますから、日本の食材も扱ってるんでしょうね。実際、ヤオハン改めミツワにもそういう中国人がたくさん買い物に来てました。

冷凍餃子はSAFEWAYでも売ってますが、チッチッ、あーんなの、にせ餃子ね。
私は水餃(シュイジャオ。煮て食す餃子。中国では一般に、餃子というとこれ。焼き餃子は鍋貼「ゴウティエ」と呼ぶ)にはちょっとうるさいヒトです。やっぱり中国製の冷凍餃子は皮が違うの、皮が。あの、もちっとした分厚めの皮に包まれた、韮のたっぷり入った餃子でなきゃ、水餃とは呼びたくないですね。ちなみに、日本のスーパーで売られている餃子は、やっぱり本場の餃子とはちょっとかけはなれてます。日本のは鍋貼(ゴウティエ)が基本だし、皮が薄い。それはきっとご飯のオカズとして食すのでそうなっているんでしょうけど、中国で餃子というのは、それだけで主食なんですよ。だから、皮がもちっと分厚いのね。ちなみに、鍋貼とは、中華鍋に貼りつけて焼くのでそういうんですが、そもそもが余って冷えてしまった水餃をそうやって食べるんだそうです。当然、水餃より格が落ちます。

こっちに来てから、なんかアメリカに馴染むというより、「あー、自分はアジア人」ということを改めて認識させられてるような気がします。もとからアメリカ文化なんかあまり好きじゃないし、ビバ・アメリカ!という気分にならないんですね。なんでだろうと思いますが。
アメリカも中国も広大な大陸の多民族国家でしょ。でも、性格というか雰囲気はぜんぜん違います。私はやっぱり今のところ、英語より中国語、アメリカ人より中国人にシンパシー抱いてしまいますね、どうしても。なんかね、アメリカ人(特にアングロサクソン系)はやっぱり “We are NO.1”と思ってますよ、潜在的に。それが鼻につくのかも。或いは、こういうのは思い過ごしかもしれませんが、でも、いろんな人に話を聞くにつけ、そういう人種的階級みたいなのはなんとなくあることは確かなようです。だいたい、毎日のようにやってるテレビ番組、「スタートレック」(夫が好きなのでよく見ている)なんかでも、上手いこといろんな人種を配置して、それなりに配慮は感じられるものの、一番えらい艦長となると絶対白人だしね。ホームショッピングのカタログとか見てても、モデルは圧倒的に白人、またはあまり色の黒くないブラウン系の黒人で、アジア系モデルってあまり見ません。北方系中国人なんか背も高いし、モデルになれないことはないと思うんですが。

振り返って、日本人がアジアの諸地域に出かけると、やっぱり似たような優越感が出てしまってるんじゃないでしょうか。日本は、何と言ってもアジアの経済大国になってますから。円は強いし。どうしたって、“We are NO.1”という意識がどこかで出てしまうと思うんです。少なくとも、私が中国で見た限りではそうでしたね。
ひょっとしたら、私自身だって、アメリカより中国にシンパシー感じるのは、同じアジア人だからっていうだけでなく、そういう優越感を感じさせてくれる相手だから、というのが心の奥底にあるかもしれない。白人にエイゴでべらべら話しかけて来られるとなんとなくビビリますが、それがベトナム人とか韓国人だとわかっていたら、たとえすごく流暢な英語で話しかけられてもそんなにビビらないでしょう。見た目の親近感も大きいけれど、自国に対する密かなプライドみたいなのがあるからかもしれない。
うーん・・・・
やっぱり平常心でいたいですね。こちらの白人に英語でまくしたてられたとしても。なんか、どことなくビビってる自分が嫌じゃないですか。
卑屈になるでもなく、尊大になるでもなく、自然に人種や国の貧富を意識しないでいられたらいいのに、ここにいるといつもそんなふうに思います。

さよなら、タレ

今日の夜、コンタクトレンズを片方なくしてしまい、めがねをかけて書いていますが、どうしよう? このめがね、ちゃんと度数があってないんで、これで本を読んだりはできるけど、外に出るのはいまいち怖い、というしろもの。まぁ、明日には夫が帰ってくるので、眼科に連れてってもらって、新しいコンタクト買うことになると思います。でも、こっちではソフト主流で、O2は少ないんだなー。値段は、だいたい診察が(海外旅行保険はコンタクトレンズにはきかないので)$100(!)、コンタクトそのものが$100ぐらいらしいです。う〜ん、トータルすると、金額的には日本で買うのと大差ないか。確かにコンタクトレンズそのものはアメリカやホンコンなどで買うと安い、と聞いていたけれど。ところがどっこい、診察に保険がきかないんじゃーねぇ。
この前の交通事故の$500といい、痛い出費が続く我が家・・・注意力散漫ですね。反省(~_~;)
しかし、明日には夫が帰ってくるという夜でよかった。これが、日本に帰ったばかりだと、夫のいない一週間は悲惨だったでしょうね。ほんと、目が悪いのは困りものです。急な地震とか災害のことを考えると怖いじゃないですか。ちょっと待ってコンタクト入れてから避難します、なんて悠長なこと言ってられないし。こちらでは近眼の手術をやっている人がけっこう多いそうですが、どうなんでしょうね? 私は気が進みませんが(~_~;)

タレは、昨日の夜から絶食して、今日の朝九時に引き取られて行きました。
朝起きてからの「餌くれ攻撃」を無視するのはつらかったけど、なんとか無事に渡し終えました。
キャリーケースをもって来てくれたのは、以前もいらしたレイチェルさんという方ですが、まず健康診断をして、重大な病気がないか調べてから去勢手術します、ということでした。もし検査の結果、何か病気がみつかれば、手術できないかもしれないので、そのときは電話しますから、と。
別れ際、彼女には荷物になったかもしれないけど、昨日買っておいたフリスキーの缶詰とドライフードを少し、これ、この猫にあげてくださいと言って渡しました。タレは食い意地がはっているというか、なんでも好き嫌いなく食べるので、いつもはもっと安物のフードを買うけれど、最後だからと奮発して、フリスキーのなかでも一番いいのを買ってやったんです。
何かの連絡のためにと自分のメールアドレスを書いたメモも渡しておきました。すると、午後になって彼女からメールがきて、「健康診断では問題になるような病気はなかったですよ。これはラッキーでした。手術も順調に終わりました。明日にでも、猫が回復するのを待って、里親探しセンターに連れて行こうと思います。彼によいお家がみつかったら、連絡しますね」という内容でした。ほっとすると同時に、なんかちょっと寂しい気分になりましたね。
レイチェルさんに返信を書いて、里子譲渡会みたいなのをするんだったら、日時を教えてください、と言ったんですが、ひょっとしたら、そういうのでなくて、病院のチラシとかで貰い手が見つかるかもしれないし、そうなれば、もうケージ越しにでもタレには会えないなぁと思うと、やっぱり寂しさがつのってきます。

前にダブリンのペットショップとプレザントンの朝市で見たんですよ、そういう譲渡会が開かれているのを。もちろん小さな規模で、犬と猫が数匹づつって感じでしょうか。犬は繋がれて、猫はケージに入れられて、里親さんになってくれる方が現れるのを待ってました。
ケージのなかの猫はみんな成猫で、かなり年とってる八才ぐらいの猫もいました。みんな、ぐるんと床にうずくまってじっと動かず、目を閉じたりこっちを見たりしてました。なんか、どの猫も目に生気がなくて、すごく悲しそうでしたね。周りでは子供を連れたおばさんが見に来たりして、ケージ越しに声をかけたりしてるんですけど、ああいうのって、猫にとってはたぶんストレスになるんだろうと思います。ちょっと可哀相でした。
見ていた夫も、「ずーっとあんなんで貰い手がつかんかったら可哀相やなぁ。やっぱりタレは里子に出すのんやめとこか?」と言っていたぐらいです。でも、こうすることで、いい里親がみつかって、それこそ私たちが住んでいるアパートみたいなところじゃなくて、郊外に建ってるちゃんとした広い一軒家で可愛がってもらえるようになるんなら、猫にとっては一時の我慢だからいいんじゃないかって私は思ったんですよね。
今度、もしもレイチェルさんから譲渡会のお知らせがきたら、夫と二人で行こうって言ってます。一ヶ月たっても二ヶ月たっても、ずーっと貰い手がつかなかったら、やっぱりまた引き取ってここで半野良させようかって・・・あんなケージに入れられて毎週人ごみにさらされるより、そのほうが幸せかなって・・・
わからないですね。何がいいことなのか・・・
でも、夫とも言ってたんですが、あのなかではタレが一番可愛いから、案外すぐ里親みつかるかもしれないって(^^) これって、ひいき目?

お昼過ぎ、アパートのゴミ収集所にゴミを捨てに行った帰り、うちの棟の階段のすぐしたで、くろとみけがごろんと暇そうに寝そべってました。
そうそう、くろは首輪をつけていたけれど、なぜか三日ぐらいでまたはずされてしまいましたね。よくわかりません。こんなお転婆娘にはやっぱりやめとこ、と思われたのでしょうか? オレにゃんはまだおとなしくつけているのに。
声をかけると、愛想のいいくろは「みゃ〜〜」といって足に頭をすりすりとこすりつけ、地面にごろんごろん転がるのでヨシヨシとなでてやるんですが、臆病みけは固まったまま。みけ、おいで、と言っても目を真ん丸に見開いたままで硬直状態。ふと振り向けば、そんなみけをくろがまた「フフン」てな感じ、優越感まるだしの半眼で見てるんですよねぇ(~_~;)
「どお? このアタシの魅力をもってすれば、ニンゲンなんてタンジュンでちょろいもんよ。ちょっと愛想よくするだけで、ご飯だっておやつだってくれるんだから。あんたみたいなヤボなお馬鹿さんにはこんな芸当できないでしょうけど」とでも言いたげ。
この性悪くろ。おまえはタフだよ、ほんとに(~_~;)
タレにもそういうタフさがあればよかったんだけどね。


眼科

タレが行ってしまったので心寂しい毎日です。
オレにゃんとくろは毎日のようにやってくるんだけど、なにしろ、こいつらは「うちのネコ」じゃあないしね。タレはベランダから「タレ!」と呼ぶと、声の届く範囲にいたら、いつもとっとっとって駆けてきたもんです。こいつは「うちのネコ」って感じだったものね。
タレの幸せを思って、里子に出すことを決めたんだけど、やっぱり止めときゃ良かったかなー、なんて。勝手ですね(~_~;)
汚くて、手間がかかって、大食いで、そのくせみゃあとも言わない、愛想のない奴でしたが、それでも「僕のおうち=うちのネコ」の関係が成り立ってたんだなぁって思いますね。
今ごろ、どうしてるんだろう。
やっぱり狭いケージのなかに閉じ込められてるのかな・・・

さて、おととい予約をとってあったので、今朝、近くの眼科に行ってきました。
わりと設備のいいところで、診察なども丁寧にやってくれます。受付嬢もドクターも、みんなフレンドリー。しかし、いろいろ検眼した結果、私に合うレンズのストックがなくて、結局とりよせということに。土日を挟んでしまうから、あと少なくとも3、4日は不便さを我慢しなければなりません。その間、仮のコンタクトを貸してくれるんですが、これがビミョーに左右の度があってないので、私の古い眼鏡よりはましというものの、なんかつけ心地が悪いんですよね。
日本でなら、たいてい即日でぴたっと合うレンズを出してくれるんだけど、ここはやっぱりアメリカだった・・・(-_-;) そもそもスペアを持ってこなかった私も悪いんですが、「アメリカなんだし、コンタクトレンズぐらいすぐ買えるでしょ」と思ってたのが甘かったのね。それに、香港やアメリカで買うほうが、レンズそのものは安いと聞いていたので。
でも、今日、金額を聞いたら$170でした。レンズは。日本だと確かに片眼だけでもそれくらいするものも多いから、ひょっとしたら安いのかもしれないけど、これもいろいろランクがあるし、おまけにこのごろ日本のコンタクトショップでは値引きセールもやってるから、結局はそんなに安いとは言えないかもしれないですね。
とにかく、こちらではソフト主流ですから、O2は少なくて、ケア用品も高いです。
検眼料は、なんだかんだいっておなじくらい取られましたよ。検眼と診察、レンズのトータルで$340。高い。保険がないから、しかたないんですが、それにしても痛い出費です(-_-;)
誰よ、全部で$200ぐらいでできるって言ったのは? 嘘ばっかし。それとも、私のはO2だから高いのかな。普通、日本でなら、ソフトのほうが高いと思うんだけど。

ドクターに、「なんでアメリカではほとんどの人がソフトレンズを好むんですか? ハードのほうが目にはいいって言いますけど」と聞いたところ、ドクターは「いい質問だね、アメリカ人はめんどくさがりなんだよ。確かに目にはそのほうがいいんだ。ヨーロッパなどではハードがたくさん売られてるね」ということでした。
そもそもソフトレンズのほうが、昔はケアが大変でした。専用器具で煮沸しなきゃいけなかったり。いまでは浸けおき洗浄液の進歩のおかげでハードもソフトもケアは簡単になり、毎日の手間は変わりません。ただ、初めて使う場合、コンタクトを目に入れたときの感触ですが、ハードはやっぱり慣れるまで異物感があってごろごろしますし、どうしても合わない人もいるみたいです。我慢しないアメリカ人には、それが不人気の原因なのかもって思うんですけど。

Adoption Center

土曜日、二カ所の犬猫の“Adoption Center”に行ってきました。
タレはどうしてるかなーと思って、わざわざたずねていったんですよ。
Adoption Centerというのは、犬猫を里子に出すための一時預かり所みたいなところです。
私たちの見込み違いで、最初に行ったダブリンのセンターには、タレはいませんでした。
でも、そこで見たことは、ちょっとここに書いておく価値があると思います。

そこはまだ新しいところらしく、建物も設備もぴかぴかして清潔そうでした。
十一時半からオープンのところを、十分前に着いてしまった私たちは、車をおりて建物の前でうろうろしていました。すると、建物の端に、大きなコインロッカーみたいなのを発見。なんと、そこは犬猫の「夜間ポスト」なんですよ。つまり、何らかの事情で飼えない犬猫がいて、里子に出したいと思えば、犬や猫をそのポストというか、ロッカーのなかに入れて鍵をし、そこにある書類に必要事項を書いて預けられる仕組みになっているんです。ちなみに、外側から見れば大きなロッカーですが、中を開けてみれば壁と床は全部ステンレスで、向こう側は格子扉になっています。

へー、こんなものがあるんだなーとびっくりたまげていると、いつのまにか少し人が集まってきました。犬を連れていたり、猫を連れていたり。たぶん、この人たちも、ここにペットを預けに来たんだなーと思いました。
時間がきて、中に入った私たちの目に入ったのは、受付のカウンター。その両サイドには扉があって、片方の向こうには、犬と猫のコーナーに分けて、飼い主を求めている動物たちが入れられているケージがずらっと並んでいるんです。見学者は誰でもそこへ入って、気に入った犬猫がいれば申し出ればいいわけです。
ケージはステンレス製で、猫の場合、縦横だいたい1mと少しぐらいの広さでした(犬の場合は当然、もっとずっと広いです)。正面の扉には猫のプロフィールが貼りつけてあり、床には新聞紙を敷いて、これまたステンの容器に水とドライフードを入れて置いてあります。奥のほうには砂を入れた小さ目のトイレ。そういう環境のなかに様々な猫がいました。
私たちが一番乗りで入っていくと、猫たちがいっせいに「ミャ〜ミャ〜」「みゃうん、みゃうん」とさまざまに鳴き始めました。ケージに近づくと、みな、人に慣れているのか、ステンレスの格子網越しに差し出した手に身体をこすりつけるようにしては鳴くんです。それがいじらしいというかなんというか・・・
設備はしっかりしていて清潔だし、申し出ればケージをあけて動物を触らせてもくれるし、それで気に入ったら「触れ合い室」で、もう少しお互いに「触れ合いの時間」を持つこともできます。日本のペットショップより、ずっといい感じです。それでも動物にとっては、やっぱりケージに閉じ込められているというのは苦痛なんでしょう。さまざまな「ミャ〜ミャ〜」「みゃうん、みゃうん」が、「出してよ、ここから出してよ〜」に聞こえてきます。あどけない子猫や、若くて可愛い猫は、すぐに貰い手がつくでしょうけど、みるからにぶさいくな猫もいて、プロフィールを見れば、もう一ヶ月もこの中で生活しているみたいなんです。う〜ん、可哀相。
タレはいないかと探しましたが、そこにはいませんでしたね。
どんなに手厚く保護されていても、所詮ケージのなか。この猫たちに早く貰い手がつけばいいと思わずにいられませんでした。

私たちはそれから、ダブリンのペットショップで里親探しの活動をしているレイチェルさんをたずねて、タレの居所を教えてもらいました。
結局、プレザントンのセンターにいたんですよ。
行ってみると、規模は小さく、設備も古く、ケージ自体も狭いようでしたが、世話をしているボランティアの方はとても親切そうな気持ちのいい女性で、奥の部屋にいたタレに会わせてもらえました。
タレは、ケージのなかで丸まっていましたが、外に出たいらしく、私たちの姿を見るとしきりに落ち着かない様子でそわそわそわそわしています。ケージを開けて、しばらく出してやりましたが、やっぱり抱くとあばれるので、すぐケージに戻さねばなりませんでした。見たところ、とても元気そうでしたが、愛想がないのが困りものですね(~_~;)
ダブリンの猫たちみたいに、もっと可愛く「にゃ〜」と擦り寄っていかなくちゃ。
抱くとうーうーいってあばれるは、ちょっと手をだすと、たちまち無言で噛みつくは、前足でパンチするは・・・おまえは、もー(~_~;)
ったく、そんなんだったら、いい飼い主さんがみつからないよ。たとえ見た目で可愛いなぁと抱き上げてもらっても、その手に噛みつくようじゃあねぇ。ほんと、要領の悪いやっちゃ。
でも、タレにしてみれば、怒って当然なのかもしれません。だって、しらないうちにニューハーフにされちゃって、おまけに狭いところに閉じ込められちゃったんですもん。私たちのこと、怨んでるかもね。「この裏切り者!!」って(~_~;)

早くタレに里親さんがみつかるように祈ってます。
それがけっきょく、おまえの幸せなんだからね・・・


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