続・理系の男たち〜「あなたの知らない世界」編

先日、このページを見てくださったかたから、一通のメールを頂きました。
島根大学 理学研究科 の院生さんで、物理学関係のホームページもつくっていらっしゃいます。
理系の人に対するいろいろな感想がおもしろくて
読みいってしまいました。理系の男を立てて下さる発言は、うれしかったです。(^^;

ということでしたが、現役の理系男性に、少しでも嬉しく感じてもらえたなら、書いた甲斐があったというものです(^^)

そもそも、理系の男たちを書いた動機というのは、対談にでてくる小谷さんや西野さんとお話した折り、「理系男は女性にモテない」と嘆いていらしたので、気の毒になってしまったためでした(^^)
一口に理系といっても、いろんなかたがいらっしゃいますから、なかにはその方面には不自由しないかたもいるんでしょうけど、圧倒的多数の正統派理系男性が一般女性には人気薄というのは、私の見聞きした限り、どうやら事実らしく思われる。それは、考えてみれば、無理もない話なんでしょうね。日頃、男ばかりの集団に馴染んでしまっているので、女性が何を考えているのかわからない、それを学ぶ機会もない、そうこうしているうち、年齢とともに、もうそんなことを新たに学ぶなんて気恥ずかしくなる、なんだか、軟派でうさんくさいことに思われる、いまさらどうでもよいと思い始める、ますます女性に縁遠くなる・・・という悪循環。
かくして、優秀な理系の遺伝子が地上から失われます(^^)
いま、激化している受験戦争にもかかわらず、実際には理数系学生の知的水準は下降しているとか。こういうところにも、その遠因のひとつがあると思うのは、うがった見方すぎるでしょうか(^^)

だいたい、女性というのは、気分屋で、その場のムードに流されやすいし、生理的な不快感を我慢できないところもあります。見て美しく、聞いて心地よく、安全で快適な環境を求めるものなんです。多少の個人差はあるけれど、まぁ、私的なページですから、私の独断と偏見でこういうふうに断言しておきます(^^)
つまり、裏を返せば、女性にモテるには、その欲求を満たせますよ、というようなプレゼンテーションをすることです。要は、見て美しそう、聞いて心地よさそう、安全で快適な環境を提供してくれそうな男になればいいわけです。そうすれば、自分が何をしなくても、自動的にモテます。自分があれこれと面倒なアプローチをしなくても、女性のほうからいそいそとやってきます。むしろ、そういうプレゼンテーションに力を入れれば、あとはむやみに下手なアプローチをして、馬脚をあらわすことは、やめたほうがいいくらいです。逆に、女性に嫌われたければ、不潔な格好をし、ほめ言葉のひとつもいわず、電車に乗っても自分だけ座って女を立たせるような男になればいいんです。
でも、残念ながら、理系の男たちには、こういった法則が、皆目わかっていないようなのです。相手にとって、何が美しく、何が心地よく快適なことか、わからないようなのです。私はつねづね、どうしてこんな簡単なことが、あの優秀な人たちにはわからないのかと不思議に思っていましたが、このたび、とある国立大学の理系の先生方および院生の皆さんと会い、またその実験室や研究室なるものを見学する機会を得て、なるほど、と心の底から納得するに至りました。まだまだ私の理解が足りなかったのだと思わせられましたねー。
まぁ、私の見聞きしたことを聞いてくださいよ、文系の、特に女性の皆さん(・o・;)!
理系の男たちの世界に一歩足を踏み入れるとそこは、まったく「あなたの知らない世界」なのです!

まず、広いキャンパスには、科目によって大まかに分かれた建物に、個々の研究室というのがあります。最初に見せてもらったのは、この日案内していただいたKさんの部屋でした。いかにもダニの温床になりそうな安っぽい布張りのソファがあり、パソコンが二台、わりと広めの事務机が二つ置いてあるその部屋は、だいたい8畳くらいでしょうか、きちんと片付ければもっと広く感じるとは思いますが、とにかく、書類やそれを綴じたバインダー、書きかけのレポートがいたるところにどっさり積み上げられ、背表紙を見てもなんのことか常人にはわからない書籍類が本棚からあふれ、部屋の隅にはダンボールの箱などが無造作にうち捨ててあり、温泉の旅館の名前がプリントされた汗拭きの白いタオル、むきだしのティッシュの箱などが書類の山のうえに転がっているような状態なのです。
私はアタマがくらくらしてきました。これが研究室?まるでうちの弟の小汚い部屋が、そのまま拡大再現されているみたい。あらかじめKさんから、「ほんと、きたないからねー、期待しないで」と言われていて、私も、まさか文具屋のショールームのようなものは期待していなかったにしろ、現実に見たこのありさまは、少しばかり想像を超えていたのでした。
・・・まぁ、私は元来、物事を明るく受け止めるほうですから、このKさんの部屋はたまたまこうだけど、他の先生方のところは、もっとこマシかもしれないと、そのときは気を取り直しました。でも、結局その部屋こそ、まだましなほうだったということが、あとから判明したのです!ほかの部屋は、まずこの状態を基本として、まだそのうえに少年マンガなど雑誌が転がっていたり、灰皿にタバコの吸い殻があふれ返っていたり、へんな匂いがしたり、見知らぬ機械がほこりまみれに置いてあったり、机の引き出しにロックのCDばかりがどっさり詰め込まれていたり、というヴァラエティがあったんです!
たとえば、その界隈でも、最も汚いと噂されている研究室には、パソコンや机以外に、どろどろした緑色の藻に覆われたプラスチックの水槽があって、可哀相な金魚が飼われていますし、どういうわけか、木材が丸太のままごろごろ置いてあります。もちろん、そこで丸太の研究をしているわけではありません。そこの先生がどういう理由でか、わざわざ持ち込んだものなのです。それで、その先生は、私たちと喋っている間じゅう、そのなかで、直径7cmほど、長さ1m半ぐらいの木材を選び、その狭い部屋の中で、しきりに剣道の素振りのような真似をしているのです。ふと見ると、汚れた灰色のカーペットの端がめくれかけたうえを、その先生は裸足で歩いています。机のしたには汚いサンダルが押し込まれていました・・・
ちなみに、その先生は東大にストレートで合格したという頭脳優秀なかたではあります。
あっけにとられて開いた口がふさがらない私を尻目に、そばで、あたかも何事も起こっていないかのように、パソコンに向かっていた若い院生のかたの、穏やかな顔が印象的でした。

そうそう、研究室のみならず、実験室のことも書いておかねばなりません。
私はKさんと、べつの先生に案内してもらって、いくつかの実験室を見せていただきました。無精ひげを生やし、やっぱり白い汗拭きタオル(流行っているのだろうか?)を首に巻いて、ぺたぺたとサンダルの音を立てながら前を行く先生のあとをついて行くと、そこは、一見、物置みたいな薄暗い部屋で、実験装置の類が、あまりスペースもとらず、ずらずら置かれているんです。なかには一台一千万円以上もするようなものもあるのですが、特に磨き立てているとか、大切にされている様子はありません。シロウト目には、町工場のようです。そっけない壁には、誰かがレポート用紙にマジックペンで書いたのでしょう、「使ったものはきちんと片づけよう」みたいなことが大書されて、ぺらりと貼り付けてあります。人っ子ひとりいない部屋は、ほこりの匂いに混じって、なんだかへんな金属的な匂いもします。ある大きな装置には、不気味なことに、なぜか神社のお札が貼り付けてあり、異様な雰囲気を盛り上げています。なんと、実験によっては、時間がかかるので、そこで寝泊まりすることもあるというのです!
「恐くありませんか?」と聞くと、その先生は聞かれたことの意味がわかりかねる様子で、チロリとこちらを向き、ひとこと、「恐くなんかないですよ」とおっしゃいました。

一通り研究室巡りをすませると、私はKさんに案内されて、物理の先生がたや院生さんがよく利用する、談話室のような部屋に行きました。そこもやっぱり似たような広さで、まるで廃品回収で拾ってきたような小さな古い冷蔵庫とか、ちゃちな合板の食器棚、無機質な机と椅子、壁の一面を占領するスチールの本棚などがあります。
数人の院生さんがお茶を飲んで話をしていました。院生というのは、研究者のタマゴということですが、まぁ、高校のとき理系クラスだった男の子たちが、そのまま育ったような感じです。ご近所のオバサンとか、親戚のオバサンから、「まぁ、あそこの子は勉強のよう出来る大人しい息子さんで」と評されるタイプでしょうか。
彼らは、ものめずらしそうに私を見ていましたが、誰も「お茶でもどうですか」と勧めてくれないので、喉が渇いていた私は、自分で「お茶か何かもらえます?」と聞きました。「自分で言わなきゃ、ここでは勧めてくれないみたいだし」と笑うと、誰かが「それはK先生が勧めるべきだった」とかなんとかいっています。ま、それは正論(^^) 食器棚付近に立っていた「さだまさし似」の男の子が、しばらくそこに並んでいるガラスコップをあれこれ見ていましたが、お客様用としては、どれもましなのがないと判断したのでしょう、そのなかのひとつを手にすると、いそいそと自分で洗いにいき、戻ってくると、濡れたままのコップを手渡してくれました。
お茶を飲んでいると、Kさんに呼ばれて、その界隈では女の子に人気があるという先生が入ってきました。秘書の女の子とかにモテモテだという噂なので、どんなかただろうとお会いするのを楽しみにしていたんですが、「こんにちは」と頭を下げ、また顔をあげた私はアッと驚いてしまいました。40代だと聞いていたそのかたは、なんと、顔じゅう、不精ひげだらけなのです!!そのうえ、ぼさぼさと髪の毛を肩のしたぐらいまで伸ばして、それをうしろでもじゃもじゃと束ねているのです。洗って白くなったジーンズをはいて、よれっとした半袖シャツの裾をだらっと垂らして着ているんです。それで、折り紙でキングギドラ(だったっけ?)を折れるんだといって、オレンジ色の小さな紙の怪獣を見せてくれるんです・・・

かつてアインシュタインは、空間がねじれているといいましたが、私は、この界隈では、美意識がねじれていると思わざるをえませんでした。
皆さん、こういうのが理系の男たちの世界です。
これが、彼らにとっての日常であり常識だ、というわけです。
私が心に思い描いていた、最新設備のぴかぴかした実験室、まっしろな白衣に銀縁めがねをかけ、知的な眼差しをきらめかせて宇宙の不思議さを語ってくれる研究者のイメージは、がらがらと崩れ去りました。かわりに残されたのは、不精ひげと、汗拭きタオル、レポートの山の間から顔を出している、表面がタバコの煙ですすけたパソコンのモニタです。
私は、その大学の敷地を後にして帰りながら、いまさらのようにカルチャーショックを覚えてしまったのでした。

これを読んだ女性のかたは、恐いものみたさでもいいですから、いっぺん、この不可解な世界をのぞきに行ってみてください。女性たちが訊ねてくるようになれば、あの恐ろしくも哀しい研究室の数々も、もう少しは美しく快適な空間になると思います。ま、そのぶん研究がおろそかになるかもしれませんが・・・


最後の「理系の男たち」

さて、はからずもシリーズ化してしまった「理系の男たち」を、締めくくるときがきました。
まぁ、ここはいちおう「文芸館」なのであって、「科学館」ではないからです。あまりに長々と、管轄外のことに首を突っ込むのもどうかと思うし、前回の「あなたの知らない世界」編の反響、および、それに対する私の考えを明らかにして、最終編とさせていただきます。

「あなたの知らない世界」編を、面白く読んでくださった各方面のかたがたには、意外に思われることでしょうが、じつは、あれ以後、若干の問題があって、「聖なる仕事場を部外者に茶化された」とばかりに、なんというか、クソ真面目に気を悪くされたかたも、いらした様子なのです。そういうことがこちらにも伝わって来ました。書いている時点では、思いもかけないことでした。私のような無名の一女性が、書類その他の散らかった研究室を少しばかり茶化してみたって、全国的にも名の通った大学にお勤めの先生が、まさかマトモにご立腹されるとは、思わなかったわけです。そのまえにも、対談とか書いてますからね、まさかそれを読んだ上で、まだ私が、理系のみなさんを小馬鹿にしていると思われるなどとは、こちらも想像しなかったわけです。ほんとうに心外なことです。どうしようかと悩みましたが、ここで、やっぱり真面目に対応しなければいけないのかしらと考えました。で、思うところを述べてみます。ごく真面目に。誠実に。

私がカルチャーショックを受けたのは、じつは、べつに部屋が散らかっているとか、ほこりがたまっている、などということではなかったわけです。そういうことは当然、物事の本質ではありません。男所帯なので、誰もあまり気にかけない、というだけの話です。それよりも、うまく言いあらわせないのですが、なんか、一般とはかけ離れた感じがした、それが、ショッキングだったわけです。
一般とか、普通、などという言葉もごく抽象的ですが、それでも、そういう抽象性を考慮したところで、大学の物理や化学の研究室というものが、誰でも知っている、見たことがある、ありふれたものでないことは確かです。現に、私は見たことがなかったし、私の友人、親兄弟、みんな、見たことがないという。そこで研究をしている先生がた、まぁ、科学者ということになるんでしょうけど、その実物も、たいがいの人は見たことがないと思うのです。見たとしても、実際に内容のある話をすることは、まれだと思います。

ところで、私には、かねてから、疑問に思っていることがありました。このホームページの、カールセーガンの書評、小谷氏との対談、そして「聞いて(3)」の「一冊のトンデモ本から」をお読みになってくだされば、察しはつくと思いますが、科学は人間の幸福にどうかかわってくるのか、ということです。
今日、中国のかなり奥地でも、畑では農薬を使っています。パソコンがあまり売れなくなったといっても、世界のパソコンユーザーは、ますます増加しこそすれ、減ることはない。携帯電話も売れ続け、いったんその便利さに味をしめると、ずっと使い続けることになる。こういったものは、すべて、科学技術の産物です。私たちの日常生活は、おびただしい科学技術の成果によって、支えられているのです。でも、私たちは、それらをもはや、テコや滑車の原理みたいに、ほんとうに理解してはいない。農薬は、なくなれば買う。パソコンも、ケイタイも、壊れれば新たに買う。だけれども、それがどのように作られ、どのように機能しているか、ほとんどの人は知らない。知っているのは、または知る能力がとりあえずあるのは、一部の科学者、技術者だけです。
--------- 使えればいいじゃないか
そうです、使えれば、とりあえずは便利。でも、私はなんだか不安です。今話題になっている環境ホルモン、だいぶ前に話題になった電磁波障害、原子炉・・・私たちには、ほんとうのことがわからない。
自分たちで、判断できるレベルにない問題は、それを専門に研究し、何らかの示唆をしてくれる科学者たちの結論待ちです。でも、そういうふうに考えたら、生活のほとんどすべての面を依存していることになる、その科学者って、いったい何者なの?あの人たち、いったい何考えてんの?
医者や政治家も専門家、でも彼らはまだ私たちと接する機会をもってる。だから、ときどきおかしなことをして、やり玉にあげられても、リアリティがある。まだ、医の倫理や、政治哲学は、私たちにもなんとかリアルなものでありうる。でも、わからない、生活の基礎を支えている科学技術のことは。
---------この化学物質は、このレベルまでは人体に害をあたえません
それ、どうやったらわかる?
---------このパソコンでは、そういうデータは扱えません
それ、どうして?
わからないけど、信じるしかない。だって、これからそんな専門知識をひとりひとりが身につけることなんか、現実に不可能でしょ。不可能だから、科学者、技術者という専門職が成り立っているわけで。
でも、科学者って、いったいほんとは何考えてるの?
どんな理想、どんな将来のビジョンがあって、研究を続けているの?
その結果が、どんなふうに私たちの未来、私たちの生活や幸福にかかわってくるの?
科学者の幸福観、人間観、世界観って、わたしたちのそれと同じなの?
そんな話、中学や高校のときでも、理科や物理の先生から聞いたことなんかない。喋ったことなんかないから、わからない。それは科学的だとかそうじゃないとかいうけれど、科学的って、そもそもどんなこと?
何がどう証明されたらそれが科学的なのよ?
死人に魂があってもいいじゃない。
よその星から宇宙人が訪問したって、あんなに星がいっぱいあるから、当たり前じゃないの?
それが写真にとられることだって、ありうるんじゃないの?
大槻教授はそんなの嘘っぱちだっていうけど、そもそも、どうして嘘っぱちだって言い切れる?
科学だって、悪いところもある、そもそもなんで危険な武器なんか開発できるの?する気になれるの?

ねぇ、科学君、あんたいったい何考えてんのよ?
何もったいぶってんの?
あんたのことなんか、信用できないって言ってる人、いっぱいいるんだからね。

あんたなんか、モノばっかいじってるから、人間性に欠けてるんだって。
そんで、ちょっと常識ずれてて頭がおかしいって噂もあるよ。ほんとなの?
これからの社会はね、便利さより心とか思いやりとかが大事なのよ。
ねぇ、・・・聞いてる?


こんなふうに、思ったことありませんか?
私はありますよ。
でも、図書館で借りた一冊の本が、私の考えを大きく変えてくれたんです。疑問に答えてくれたんです。
カール・セーガンの最後の著作、「科学と悪霊を語る」が。
それを読んでどう感じたかということは、書評に書きましたので、ここで繰り返しません。私は、セーガン博士は素晴らしい本を残してくれたと思います。もちろん、セーガン教の信者というつもりはないですが、それでも、ほとんどの部分で賛同でき、久々に、ほんとうに素敵な人と出会えたような、そんな感じがしました。
この本を読むのに、数式や専門知識は必要ない、けれども優しい瞳、温かな言葉で、ほんとうに科学の根幹、その理想と、人間の幸福へのビジョンが語られていたわけです。

いま、何も疑うことなく、怪しげな宗教やカウンセリングに走る人々がごまんといます。
時代の閉塞感、未来への希望のなさが、話題に上ることも多い。
そして、安直に、キレてしまう子供たち。大人たち。
哲学者が、宗教学者が、社会評論家が、はたまたテレビのコメンテーターが、何か信じられない事件が起こるたびに額を寄せ合って議論していますが、私たちの科学君、私たちがこんなにも期待し、依存している科学君は、いったいどうしているのでしょう?
私にはわからない。そんなことは研究者たちのテリトリーでないのかどうか。
でも、何か言って欲しいと思う。
あなたがたは、いわば、私たちの生活を支える専門知識でもって社会を正しくリードできる、また、自らがそうあることを視野に入れるべき人間ではないのですか。
あなたがたには、それができる。
また、そうしてほしいと、願っている人がたくさんいます。
一般の人たちを対象に何か言って欲しい。たとえば、うちの母にもわかるように、何か言って欲しい。
子供たちに、夢や生きる力を持たせてやって欲しい、なぜだろうと考え、ものごとの真実を粘り強く探求することの大切さを、面倒がらずにやさしく手ほどきしてやって欲しい。少なくとも、これからの理数系教育には、もっと関わって欲しいと思います。
これから私たちは、どこへ行くことになるんですか?
あなたがたは、どこへ行こうとしているんですか?
どんな理想、どんなビジョンをもって、どんな研究をしているんですか?
あなたがたのしていることは、私たちの幸福と未来に、どう関わってくるんですか?
部屋が多少散らかっていても、そんなことは本来、どうだっていいんです。
でも、どこかかけ離れたところにいるんじゃないか、私はごく直観的に、そんなふうに思ったんです。
ひょっとしたら、私たちの片思いで、科学君は、じつは私たちみんなのことなんか、あんまり考えてないのかな、そんなふうに思ったんです。
これが誤解なら、それほど嬉しいことはありません。
片思いとは、つらいものですからね。

私は、本来のホームページの主旨にそう合っているとも思えず、自分の得意分野でもないのに、その方面の対談ものせ、「理系の男たち」も書きました。私を相手の対談なら、専門用語とか使わないで、自分の言葉で語ってもらえると思ったので。文芸館などと銘打ち、恋愛小説を書き、一方では科学の未来などをインタビューしているこの「まりねこ」とはいったい何者?と首を傾げている人もいました。
少しでも、読んでくれる人がいれば、それも、科学とか研究とか、なんにも考えたことのない人たちが、読んでくれればいいと思っていました。それで、少しでも、「科学者ってどんな人?」そんなことをちらっとでも考えてもらえたらよかったんです。「続・理系の男たち」でも、わざと茶化して笑いを取りにいったたきらいはあるけれど、なんだ、科学者っていっても、けっこう人間的なんだ、なんかオモロイ人たちなんだ、実験室で難しい顔してばかりじゃないんだ、そんなふうに思って、身近に感じてもらえればよかったわけです。
私のこういうやり方がよかったのか、悪かったのか、それは人によって判断が違ってくるでしょう。でも、私の動機としては、この一連のことは、自分の管轄外だけど、みんなに大切なことだと思った、だからやりました。
おかげさまで、まぁ、主に物理屋さんたちがチラチラ見てくださったようです。私の最初の狙い、シロウトをターゲットというのとは違うけれど、かまいません。
普通の、科学のカの字も知らない一女性が、こんなふうな疑問、期待をもっている、そのことだけは伝わる。
ほんとうに、こんなことができるのも、インターネットのおかげです。
こうなったら、最後に私はここで声を大にして訴えてみます。

研究者よ、たまには書を捨てよ、街に出て語ろう!!

ご静聴、ありがとうございました m(__)m


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