お姉ちゃん

先日、久しぶりに弟と会いました。弟は近くに住んでいるし、たまに顔を合わせることがあるわけです。
で、まあ、どうでもいいような会話をしたんです。

私「このまえさぁ、初代『ガンダム』のビデオ、一本だけ借りて観たけど、全部はつきあいきれんと思ったわ」
弟「へえ、お姉ちゃん、なんでまたそんなん借りたん?」
私「いや、ガンダムオタクのホームページみて、ちょっと面白そうかなぁと。あんた、昔、テレビでガンダムなんか見てたっけ?」
弟「ああ見てたよ。一時はまってた。プラモデルとか持ってたし」
私「ガンダムの何がよかったわけ?」
弟「うーん、主人公がちっとも主人公らしくないところかなぁ。ほら、それまでのヒーローアニメって、主人公が絶対に正義で、けっきょく最後には必ず勝つってパターンやったけど・・・」
私「アムロは悩んだり逃げたりするわけやね、要するに、人間くさいとこがよかったと。みんな、同じ事いうんやな。けど、今も続いてるねんで、ガンダムって。凄い人気やな。あんた、まさか・・・」
弟「見てない見てない(~_~;) もうそんなん卒業したっちゅうねん。それに、ああいうのは初代が一番よくて、バージョン変えて続けても面白くなくなるもんやからな」
私「ならいいけど。ところであんた、最近は何か聴いてる?」
弟「浜崎とか・・・」
私「(゚Д゚)ハア? あの浜崎あゆみ?( ´,_ゝ`) プッ あんた、いくつよ?三十過ぎの子持ちが浜崎って」
弟「いやぁ、今売れてるのはよくないけど、前のアルバムはけっこうよかったで。あと、グレイとか聴く」
私「ふーん。聴いたことないな、グレイなんて」
弟「お姉ちゃんは?そのMDには何入ってんの?(と、私のMDプレイヤーを指して)」
私「え。ああ、小田さんの『個人主義』ってやつ」
弟「あのオフコースの小田さん?( ´,_ゝ`) ププッ お姉ちゃん、まだそんなん聴いてんの?ええかげん、小田さんから卒業しぃな」
私「ふん。ほっといてぇな。懐かしんでるだけなんやから」

・・・とまあ、こんな調子で。
しかし、うちの弟も学生時代、一時、「うる星やつら」とかにはまって、声優のCD持ってたりして、私的には、あれは立派なオタクだと思ってましたが、まだ比較的、軽い症状ですんだみたいですね。
なんせ、二次元の女の子しか受け付けられなくなったら、もう終わりですから。
昔、まだ双方ともに独身で若かった頃、弟がポロっと、「アニメの女の子の顔って、上半分が目って感じでヘンやな」と言うのを聞いて、めちゃくちゃ安心した覚えがあります。「あー、こいつもマトモやったんやな」と。
いちおう血を分けた姉としては、ただでさえ口数の少ない、何考えてるかわからないような不肖の弟に、端から見れば奇々怪々なアニオタ街道に迷い込んで欲しくはなかったもので。人並みに、普通に生身の女の子を好きになって、普通に結婚してくれたらなぁと思ってましたから。

しかし、私は昔から今まで、ずっと、弟のことは名前呼び捨てにしてますが、うちの弟は、今やもう二児の父となったというのに、いつまで私を「お姉ちゃん」と呼ぶんでしょうか。きょうだいって、そんなもんなんですかね。腹の出た三十男に、「お姉ちゃん」とか呼ばれると、ふと、激しく違和感を覚えたりもしますが、いまさら「なあ、姉貴」とか呼ばれても、しっくりこないような気もします。そういうキャラじゃないしね。
弟が、いつまでも頼りなくバカっぽくダサく見えるのは、やっぱり弟だからなのかな?
弟以下の年齢でも、ずっと賢くて、かわいげのある男性をたまに見かけると、「あー、うちの弟と取り替えたい。こんなヤツだったら自慢の弟と、私もさぞや鼻が高かったろうに」なんて思ったりします。ま、向こうにしても、キレイで優しそうな年上女性を見ると、同じように思ってたりしてね(~_~;)
おたがいさま、か。


鉄砲ユリを抱いて・・・

小田和正「個人主義」のラストの曲「とくべつなこと」を聴いていたら、なんか「死後の世界」という感じがして仕方ありません。歌詞の内容は、ずっと以前に疎遠になってしまったらしい僕と君が、ある夜、すごく久しぶりに二人で再会する、というものですが。
いや、素直に聴いたらただの甘いラヴソングなんですけど・・・メロディのせいかな?小田さんの歌い方のせいかな?私の妄想のせいかな?なんだか、ずっと会いたかった人、でもいろいろな事情があって会うことが出来なかった人に、死んだ後の世界でようやく会えた、という情景を想像してしまうんですよ。

♪こんなふうに二人が こんなふうに近くで
   もう一度 会えるなんて とくべつなことだね

・・・怪談話の読み過ぎかしら?

それにしても、この「個人主義」というアルバムは、98年に小田さんが交通事故をおこして大怪我をしたあと、00年に出したアルバム。事故のとき、臨死体験でお花畑か三途の川でも見たの?そんなふうに勘ぐってしまえるくらい、なんていうか、いつか自分がどうかなったときのための「身辺整理」とか「遺言」的なニュアンスがあちこちに感じられます。
「こんなふうに生きてきたよな」「死ぬ前にこれだけは言っておきたい」「その日がくるまではこの道を歩いていこう」みたいな・・・
ひどい怪我をして、なんか考えるところがあったんでしょうか。ただでさえ、「過ぎゆく時」というものに敏感なお方ですから。
「自己ベスト」は「ま、カラオケの練習用にでもどーぞ」って感じですが、この「個人主義」というアルバムは「聴き込む」ことができるものだと思います。昔からのファンにとっては、とくにね。

十代二十代で、とくに深い悩みごともなく身体も丈夫だと、「死」が自分にも現実にやって来るものとして、なかなか実感をもてないと思います。私もそうでした。よく、お年寄りが「はようお迎えが来て欲しい」とか「ポックリ逝きたい」と言いますが、「この人たち、マジでそんなこと考えてんの?その精神構造がわからん。そんなこと考えながらよく生きてられるな」と思ってました。四十代半ばの男性が、「この歳になると、自分に今後どれだけの仕事がこなせるだろうと思う」なんて言っているのを聞くと、へええ、そんなもんかなぁと目を丸くしてました。
でも、自分が三十代ももう大半過ぎてしまったという歳になってみると、がぜんリアルに自分のトータルな人生というものを考えられる(考えざるをえない)ようになりましたね。これまでの過去、そしてこれから起こると予測されるであろういろいろなこと。もちろん、その幕引きとしての「死」も。

痛くない苦しくないんなら、死ぬこと自体はべつに怖いと思いません。むしろ生きていて、病気やなんかで辛い思いをしなきゃいけないことのほうが、よっぽど恐怖です。「嵐が丘」でヒロインのキャシーが言っていたように、「肉体の牢獄に閉じこめられていることの煩わしさ」は、死そのものよりもしんどそうです。
このまま子供のない人生なら、順調に歳をとっていけば最後には夫と私の二人のどっちかが先に、ということになるでしょうが、二人のうちどちらも「自分のほうが先に逝きたい!」と思ってます(~_~;)
だって、ひとり残ってお葬式だの何だのって面倒じゃない?それに、残ったほうが死んだとき、お葬式は誰がしてくれるのよ?

べつに私は自分のためのお葬式なんていらないと思うんだけれど、現実問題として、死体になったものをどうにか処理しなきゃいけないでしょう。お墓もいらないから、焼いたらどこか自然のなかに散骨してもらえればじゅうぶん。甥っ子たちに、「ときどき私のことを思いだして」欲しいとも思わない。線香もお供えもいらない。ただ消え去る、それでいいじゃない、と思ってます。
まぁ、私が先に逝ったとき、夫がお葬式を取り仕切ってくれるんなら、飾る花は菊や胡蝶蘭じゃなくて鉄砲ユリの花とグリーンをかすみ草でアレンジしたものがいいとは言ってますが。最後なんだから、それくらいリクエストしてもいいでしょ。白い菊なんてねぇ・・・なんだか辛気くさくて。胡蝶蘭も、これみよがしな感じ。鉄砲ユリの、あの清々しい香りが好きだから、絶対それで飾ってもらいたいです。棺桶のなかの私にも、二、三本抱かせてね。

私から見て、夫は「天国行きの片道切符」を持ってる人。
たまに大喧嘩したときは腹が立って腹が立って、「このボケが。豆腐の角に頭ぶつけて死ね!」とか思うこともありますけど(ひぃぃ)、基本的に彼は「罪なき者」。よく思いますよ、ああ、こういう人が天国へ行くんだろうなって。まぁ、そんなものがあるのならね。
私はどこで切符をなくしたのかな。それとも、はじめから持ってなかったし、持つ気もなかったのかも。べつに罪を犯した覚えはないし、地獄へ行く気もさらさらないけれど、やっぱりキャシーのように、「天国っていうところは私には合わない」感じがしています。何の未練もなく、存在ごと、ふっと消えてしまうほうがいい。それが理想の死。

幽霊話ばかり読んでいても、本当にそんなものが存在するかどうかは大いに怪しいもんだと思います。
っていうか、ほとんど信じられない。だって、見たことないし。
でも、できることなら自分が死んだとき、この世から消え去るその前に、ほんの少しだけ時間が欲しい。
身体がなくても魂だけで、みんなに会いにいきたいから。
別れるのが惜しい人、もう二度と会えないと思っていた人に、会いにいきたいから。
大切な友人、旅先で親切にしてくれた人、すごく好きだったのに振られてしまった人、たまたま話がはずんで、もう一度会えたらと思いながら、どこにいるかもわからない人に・・・
あのときはありがとうと、あのときはごめんねと、ただ幸せに暮らしているかしらと、そんな気持ちで見えない時空を大急ぎで駆けていきたい。
べつに夢枕に立たなくてもいい。自分の姿なんか見せなくても(だって普通、不気味じゃない?)、窓からそーっと中を覗いて、「あー、この人まだ生きてたんだな、孫に囲まれて幸せそうだな」と微笑み、お墓の前にひざまずいて「うわ、彼ってもう死んでたの?全然しらなかった・・・」と合掌し、肉親や友人の顔をひとりづつ見たら、もうあとはふっと消えてしまってもいい。じゃあね、お先に逝くからねって。だから、その前に、それだけの、ただそれだけの時間が欲しい。
幽霊やら人魂なんていうものの話は、そもそも人々のそういう願いが凝り固まってできたものなんじゃないかしらと思うこのごろ。


振り子になって

やれやれ。バレンタインデーも終わり。
今年は夫に「もし誰かに義理チョコ(に決まってる)もらったら、絶対に開封せず、そのまま持って帰ること」と厳命しておきました。私だって、人がどんなチョコ送ったりしてるのか見たいし。それに、どうせホワイトデーのお返しを選ぶのは私なんだから、ちゃんともらったもの見ておかないと、いろんな意味で不釣り合いなお返しをしてしまうかもしれないでしょ?
しかし、会社などでたくさん義理チョコくばらなきゃいけない女子社員の方々、ご苦労様です。そういうの、楽しめる人もいるけれど、私なら面倒くさいです。いったいいつから義理チョコなんて習慣ができたんでしょう?私が子供のころは、義理なんてなかったですよ。本命だけでした。そういえば、小学生のとき、好きな男の子の机にそっと入れておいたチョコが、そのまま自分の机の中にまたそっと突き返されていたのは、悲しかったなぁ。うん。自分で食べる気にもなれなかったので、学校からの帰り道に捨てました。今となっては笑い話ですが。

感動も涙も、本命だからこそ。私が男なら、義理だかなんだかわかんないチョコは欲しくないですねぇ。なんか・・・スッキリしないじゃないですか。会社で一律に配ってるとか、はっきり義理とわかるものはまだいいけれど、プライベートな関係だと、好きな女の子以外からチョコもらっても困るだけだし。きょうび、バレンタインデーじゃなくても女性から積極的に告白するなんて普通にあることですから、日本のバレンタインデーって、ほんとよくわかんない風習。ちなみに、アメリカでは、バレンタインデーは「恋人たちの日」で、男女がお互いにプレゼント交換したり、デートしたりという感じで、「女性−(チョコ&告白)→男性」という図式はないです。
わかんないといえば、最近では、友達なんだか恋人なんだかはっきりしない関係を続けている人たちもいるみたいで、「セックスもするけど友達」というのもアリだとか。そんなの私には全然わかんなーい!
じゃあ異性の友達と恋人の違いって何?気持ちの問題だけ?でも、恋人と呼ぶまでの気持ちがないなら、その場のノリやムードで「友達」と性的な行為に及んでも、あとで虚しくならないかと不思議に思います。たぶん、そういう人たちは、恋人がいたとしても根本的な満たされなさというものがあって、「誰からも好かれている」という幻想でもって、それを埋めたいだけなんだと思うけれど。でもね、何か他のもので埋めようと努力すればするほど、かえってそんな努力をしている自分が寂しく感じられるだけみたいな気もしますよ。根本的に欲しているものを見つめないと。

何かをすごく手に入れたいんだけれど、それがなかなか思うようには手に入らない、そんな渇望感を抱えている人は、端から見ていて痛々しい。でも、誰にでもそういう渇望感は、あらゆるフィールドで、多かれ少なかれあるんですよね。だから、とくべつなことじゃなくて、普通のこと。
自分だけが痛々しいんじゃない、ほかの誰かだけが痛々しいんじゃない。顔を上げて、あたりをよくよく見回すと、そういうことがわかるんだけど、目を伏せたままうつむいていたり、その渇望感や痛々しさそのものから意識をそらしたりしていると、それがわからない。自分の痛みだけが大きくクローズアップされすぎて、精神的なバランスを欠いて、悲観的になったり、厭世的になったり、冷笑的になったり。
渇望感を抱えて、その痛みを晒していたとしても、そうはなりたくないですね。私はね。目を見開いたまま、揺れる振り子のように、ネガティヴとポジティヴのあいだで、その渇望感と誠実に向き合っていたい。
でも、ネガにべったりと貼りついている人もいて、時には怖いですね、一緒にいると。もうその姿勢が、人生において確固たる信念(怨念?)みたいになっちゃってるから、そばにいてすごく違和感があったとしても、そこまで凝り固まったものだと妙な力があって、気圧されて引きずられますよ、暗くて冷たいネガの世界に・・・
なんか、もうそうなると自縛霊みたいですよね。
成仏してもらうには、ネガな方向から引き戻すしかないんだけど、もうずーっとネガできているので、自縛霊にしてみればそこから離れること自体が新たな痛みなんですよ。よほど深く関わろうと思う相手でなければ、浄霊なんて無謀な試み。自分が引きずられておかしくなってしまうと感じたら、冷たいようだけど、黙って離れる、もし追ってきたらキッパリ拒絶する、以外に賢明な方法はないように思います。


恩返し

このところ十日ばかり、精神状態が悪いです。
なんか、妙に悲観的になったり、自虐的になったり、気持ちがなかなか安定しない。
もちろん元になる原因があってのこと、だからそれに対処する方法も考えてあるし、もう方針は決めてある。だけれど、いったん激しく揺れ始めると、感情の振り子はなかなか穏やかに停まってくれない。別のことにも飛び火するし、果ては生きること自体に対する考えや態度にも影響してくる。

アメリカで銃のことがときどき問題にされていますが、やはり持たないほうがいいと思いますよ。
銃が、外敵ばかりに向けられるとは限りませんからね。簡単に殺傷能力の高い銃が手に入るばかりに、それが家の中にあったがために、起こる事故は多いんです。
夫婦喧嘩が高じて殺すまでのつもりはないのにカッとなって、とか、子供がオモチャにしていて暴発、とか、鬱になったとき銃が目に入ったがために発作的に自殺、とか、そんなのが多いと聞きます。銃がなかったら、そこまでひどい事にはならなかっただろう、みたいなね。
私は身を守るのに他人を殺すなんて嫌だから、どうしてもという場合には、むしろ速やかにこの世から消え去りたい。レイプされて殺されそうになったら、そのまえに死にたい。夫婦喧嘩して生きていくのに疲れたら、相手を殺したくなるまえに自分が死んでしまいたい。
だから、私が欲しいのは銃じゃなくて、苦しまずに速攻で死ねる携帯可能な薬ですね。
それがあったら、かえって心穏やかに生きられるかもしれない。何しろ、飛行機がいつ落ちるかと心配しながら乗らなくてもいいですからね。ああダメだな、と観念したら、その薬でラクになればいいと思ったら、飛行機だってロケットだって平然と乗りますよ。なにしろ死ぬのが嫌というより、死に伴う苦痛が一番嫌ですから。

まあ、だけど、そんな薬も銃と一緒で、あればあったで問題だと思います。
「もうダメだ」というギリギリの判断は、普通の人間には難しいですもんね。
会社が倒産して無職になって、あわやホームレス、というところまで追いつめられても、明日は仕事が見つかるかもしれない。子供の病気が重くて悲観していても、5年後には画期的な治療法ができるかもしれない。夜道で屈強な男に襲われても、あわや、というところで人が通りかかって助けてくれるかもしれない・・・
なにがあるかわからないから、そのまえに早まって薬飲んで死んじゃったら、死に損ですよね。
まあ未来がわからない、と思うから生きていられるんだろうなと思います。人間って。
わかったような気になるとき、もう自分の人生、見えたな、という気持ちになるとき、生きているのがつまらなくなる。自分って、なんでこんなに無価値なんだろう、意味もなく生きてるんだろうって。

ときどき私は、今まで育ててくれた親やら、困ったとき悲しいとき勇気づけてくれた友人やら、自分が恩を感じているすべての人に、申し訳ないなと心底思います。彼らがかけてくれた金銭や愛情に見合うような生き様を、自分はしていないんじゃないかって。恩に報いるって、そういうことでしょう?
いろんな人のおかげがあったから、ここまで生きてこられたのに、自分はこんな生き方しかできていなくて、ちっとも誰のためにも社会のためにもなっていない、と思ったら、死にたくなりませんか?
でも、今死んだらもっと恩を仇で返すことになるから、死にもできず頑張るんだけど、なかなか思うようにいきませんね、人生は。全部、自分のワガママのせいかもしれませんけど。

おとうさん、おかあさん、ごめん。
こんな娘になるはずじゃなかったよね。一生懸命、共働きして養ってくれて、「どこへでも好きな大学に行っていい、金のことは心配するな。教育にかけるお金はいくらでも惜しくない」って小さな頃から言ってくれたのに、私はその言葉に甘えただけで、いい加減な勉強しかしてこなかった。仕事のことだって、私が親だったら、もっとしっかりしろって怒ってるところなのに、そうじゃなかった。
いつか誘拐事件が世間を騒がせていたとき、もし私がどこかにさらわれたら、どれだけの代価を払っても、きっと探し出すと本気で言ってくれたおとうさん。私がどんな状態にいても、決して私を否定したりしないで、辛抱づよく愚痴や悩みを受け止めてくれたおかあさん。
いつか冗談で、私がもしも何かで成功することがあったら、毛皮のコートとベンツを買ってあげる約束したよね。もう覚えてないと思うけど、私は覚えてる。約束を果たせる時間がもうどんどん残り少なくなってくるのに、どうしたら間に合うのか、まだわからない。ごめんね。
チビデブハゲの弟よ、私のことでたぶん心配や迷惑をかけたこともあったとおもうけど、恨みがましい言葉ひとつ言わず、私を非難・批判したことひとつない優しすぎる弟。ごめんな、こんなお姉ちゃんで。
私が泣き言を繰り返すたびにカクテルをおごってくれた友人、その時間と代金に見合うような立ち直り方を私はしていると思う?

私だけがみんなの恩に報いることもできず、それなのに赦されてきた、みたいな気がします。
こんなふうな情けなさってわかりますか?
私も自分がここまで「使えないヤツ」だとは思わなかった。人生は、誇り高く洋々と開けていると信じていたんです、ずっと前まではね。
みんな、もう私にはなんにも期待してない気がする。それに、期待されたって困る。
結婚する前のこと、ある夜、家族で夕ご飯を食べていたら、晩酌で酔った父が、「おまえは本当に運のいいヤツやな」と。
母も、そうそうと相づちをうってました。「ほんと、何の役にも立ってないけど、不自由なく生きてるもんなぁ、うらやましいわ」
「いや、こういうヤツこそ、神様には好かれてんのや。おまえな、ワシが死ぬときは絶対そばにいろよ。おまえがおったら成仏できるような気がするわ」
お父さん、まだ死ぬなんて早いわ、憎まれっ子、世にはばかるというやないの、と言い返した私。みんなで冗談にして笑っていました。でも、その頼みだけは、せめてちゃんときいてあげたいと思います。

その昔、自営を始めた頃、仕事のストレスで胃に穴が開いて、父は職場で血を吐いて倒れました。そのとき、冷たくなっていく身体を母は救急車の中で必死でさすっていたといいます。私は後年、父から「あのとき、川を見た」と聞かされました。
小さなドブのような川のほとりに一人で立っていて、あたりは暗くて、寒いなぁ、寂しいなぁと思っていたら、向こう岸にはたくさん人がいるって気がついたんだそうです。ああ、寂しいなぁ、向こうに行きたい、と思ったと。行けばもう帰っては来られないとわかっている。でも、行きたい。行こう・・・
と、そのとき、ふっと母や私や弟のことが心に浮かんだらしいです。
「そうや、保険金かけてなかったぞ。あいつら、どうやって生活していくんかな」
そう思ったとたんに、ふーっと意識が戻ってきたというのです。
私は、その話を聞いて、なんだかもの悲しくなったことです。なんで「小さなドブのような川」なのかと。なんで、それは「澄んだ美しい川」じゃなかったのかと。
母によると、結婚したばかりの頃の父は、とても目のきれいな人だったといいます。
「いまでこそこんなんやけど、おとうさんの目は本当に澄んでいてきれかったんよ」
父も、鏡を持ってきてそれを顔の前にかざしながら、
「あーあ。ワシの目は汚くなったなぁ。自分でもそう思うわ」

汚くなったと見えるのは、きっと、夢見る理想主義者だった父が、商売の道に入って、以来、お金儲けのことばかり考えてきたから。海千山千の連中を相手に奮闘しているうちに、いつしか世俗の汚れに染まったんでしょう。
でも、それは自分のためもあるけれど、家族のためにもやらざるをえなかったこと。
私や弟の学費を出すため。自分たちのような苦労をしなくてもいいように、経済的基盤をつくっておいてやろうと思ったためです。
そして、その基盤の上で、何も手を汚さず、一番甘えているのが私。
だから、父が死ぬときは、きっとそばにいてやらなきゃと思います。父には、暗いドブ川じゃなくて、澄んだ水が穏やかな陽光を跳ね返しながらサラサラと流れる美しい川を渡っていってほしいから。
死にゆく父が、それで安心して成仏できると思えるのなら、私も枕元でいくらでも言ってあげます。
「ほら、おとうさん、きれいな川が見えてきたね、もう渡ってもいいよ。私たちのことは心配いらないし、寂しいこともないよ、どうせいつかまた向こうで会えるから」

毛皮もベンツも、約束したことはみんな間に合わないかもしれない。
でも、それだけは間に合わせて恩を返したい。だから、私はどんなに情けなく生きていても、それまでは死ねない。


やめとき、やめとき

精神状態が回復。
まあ、いったん方針を決めても、一歩踏み出さないうちは、あれこれと思い悩んでしまうもの。でも、踏み出してしまったら、「やるしかない」という気になります。

さて、文学学校のクラスメイトで、私より少し下の女性が一人いて、けっこう達者な書き手なんですが、テーマがいつも「女性の自立」なんですよ。彼女の作品世界では、女というものは男の作った社会通念に手枷足枷はめられて、自分じゃ自由に身動きできない存在。息苦しいその呪縛に対する怨念がにじみ出るような作品を書いてくるんですが、私は今そんなに「女であることの不自由さ」など感じていないので、リアリティがないんですよね。
「本人の気持ちもおかまいなしに見合いを押しつける親」
「嫁をこき使い、私生活にまで口出ししてくる姑・舅」
「母親のいいなりになって、妻はないがしろのマザコン夫」
・・・いったいいつの時代の話?どこのド田舎の話?という感じですが、設定は今我々が生きているこの現代で、舞台はいちおう大都市、ヒロインの年齢は二十代後半から三十代前半です。

まあ、こういうこともあるんだろうなぁ、でも、こういうフェミニズムっぽいのって、ちょっと感覚古くない?私にはリアリティないなぁと思っていましたが、私の認識が甘かっただけで、やっぱり今もそういう感覚を持ってる男はいるんですね。友人の話なんか聞いてても。
「結婚したら、おまえは俺の家に入って、子育てやら家事をこなし、年老いた両親の世話もやってくれ。俺は会社で金稼いでくるんだから、おまえがそれくらいやって当然だろ。女なんだから」みたいな。
ひぃぃ〜〜、信じられない。これまでどんな教育受けてきたんだろう。
それで、そういうようなことを言われて、結婚前に悩んでいる女の子がいるんだから、不思議じゃないですか。えっ、なんでそこで悩むの?って。
私なら悩まない。こういう考えを持っているとわかった時点で、即、二人の将来に見切りつけて別れますから。でも、よほど付き合いが浅いとか、男が上手く隠しているとかじゃない限り、こういう結婚観・女性観は、いずれ言動の端々に現れますよね。だから、そもそも結婚を意識するような関係にまではならないでしょう、私とは。

古い因習に縛られた結婚観は嫌だけど、それ以外の彼はいい人だし好きだから別れられない・・・
そんなふうに悩むんだったら、事情が許せば同棲でもしてみたらどうかと思います。きっと彼の実体が、いい人でも何でもない、ただの前時代的なマザコン男だとわかるはずだから。
同じように働いて疲れて帰ってきても、きっと「メシまだぁ?」ですよ。たまに風邪で熱が出てしんどい、と言えば、「あ、じゃあ、寝てていいよ。俺、そのへんで食べてくるから」。病人の食べるもののことは、スコーンと頭から抜け落ちているはず。百年の恋も冷めるとはこのこと。
同棲はあまりいいことだとは思わないけれど、どうしても相手の実体を確かめておく必要があるとき、ひとつの手段として有効だと思います。

うちの夫は、少なくとも私があくまで嫌だと言えば、何かを無理強いしたりはしないでしょう。
「僕、長男やから、あんたにはいずれ家の親の面倒みてもらわんと。お墓もちゃんと守ってな」
とか、結婚前に釘刺すみたいに言われてたら、怖くなって絶対に結婚しなかったですね。実際に彼が言ったのは、
「結婚したら名前どうする?あんたが僕の名字に変えてくれるん?それとも僕が変えよか?」
でした。思えば、ちょっと夫も普通の状態でなかった(舞い上がってた)ので、今そんなことを言うかどうかは怪しいもんですが、とにかくそのときはマジでした。驚いた私が、
「ええっ?何いってんの?あんた、長男やないの。うちの姓を名乗るなんて、そんなこと普通は許されるわけがないでしょ。あんたの両親だって血相変えて大反対すると思うよ」と言えば、
「なんで反対されんとあかんねん。結婚するのは僕やないか。なんで僕自身が決めたことに親が口出しできるねん。そんなこと、こっちが許さん」
と力説。はぁ〜〜、変わった人だなぁと思いました。

でも、本当はそれが当たり前なんですよね。社会通念上、女側が男側の姓に変えることが多いと思いますが、名前変えるのって、ほんと面倒なんですよ。いろいろ手続きしなきゃいけないことがあって。それに、名前はアイデンティティの一部ですからね。だから、当然のように、そういう心理的負担や物理的面倒を押しつけるのは無神経だなと思います。
で、いくら結婚は家同士のつながり、といっても、さいしょっから「親の意向を尊重」してばかりいたら、親(あるいは親類)の要求というのは際限なく肥大していきますからね、収拾がつかなくなる。親というのは、多かれ少なかれ、「自分が生んで育てた子供の人生には、くちばし突っ込む権利がある!」と信じている人たちですから。それをどうさばいていくか、結婚するにあたり、親からの精神的な自立が問われるところです。

もし、「結婚観は合わないけど、それ以外の彼はいい人だし好きだから・・・」なんて悩んでる人がいたら、ひとこと言いたいです。
やめとき、やめとき。ちょっと頭冷やしてみ。焦ってババつかむことないって。「注意一秒、怪我一生」言うやんか。結婚しようとしてるんやから、お互いの結婚観が合うことは、外されへん条件やないの。そこんとこで上手にすりあわせができへんのやったら、結婚生活はことごとく地獄化する可能性大。好きとか、今更とか、年齢がとか、そんなん言うてる場合と違う。あんた、幸せになりたいんか、結婚がしたいんか、どっちやねん。昔な、田舎では「米一升あったら、(婿)養子にゃ行くな」って言うてたんやて。何にも食べるものないんやったら人様の家に養子に入るんも仕方ないけど、たとえ米一升なりともあったら、踏みとどまれっていうこと。この意味、よーく考えてみ?なっ。

・・・あ、ごめん。つい力入って、ひとこと超えてしもたわ。


春を待つ気持ち

この季節、花粉でお悩みの方が多いですね。マスク姿で歩いている人を見かけると、あーお気の毒に、と思います。有り難いことに、私は今のところ花粉には大丈夫みたい。でもあれって、ある日、突然のように症状がでるのですってね。毎年、この時期になると、ロシアン・ルーレットをしているような気分になります。

ところで、文学学校もはや三年目に入ろうとしています。丸二年が過ぎ去ったわけです。早いなぁ。うーん・・・私はこの二年のあいだ、いったい何をしていたのだろうか?という気持ちになりますね。
思い切って、この四月からクラスを変わることにしました。二年も付き合っていると、だいたい先生の性格やら文学的傾向もわかってきたし、作品の評として何を言うかということも予測されるんですよね。
あと、クラスメイトは途中で入れ替わる人もいましたが、今の主要メンバーについてはもうだいたい馴染んできて、誰がどんな作品を書いてくるか、これもなんとなく予想できちゃう。
その場に慣れているという意味で居心地がいいのは確かですが、それに比例して新鮮味がなくなってきたのも事実・・・というわけで、やっぱり他のクラス、他の先生のところへ行ってみることにします。また、よくわからない人たちの中に入っていくのは気を使いますが、でも、学校自体の雰囲気はわかっているので、まるっきり初めて入学したときのような緊張感はないでしょう。

長居するつもりはなかったのに、もう三年目。そろそろ、何か中間報告的なものでもいいから、結果ださないといけない時期だと思います。今までの二年は無駄じゃなかったですけどね、いろいろ考えることも多かったし、刺激的でもあったし。でも、先の見えない模索には一応の結論を出しつつ、ちょっと実際に行動しなくては。まあ、誘われて入った同人誌も、私にはよかったのかもしれません。ぜんぜん知らなかった世界をかいま見るというか、当事者になって見ることができますから。
あれも、なんだか奇妙でマニアックな世界です。私たちの同人誌自体は、今月半ばには刷り上がってくると思いますが、それを友人・知人に配ってしまったらハイ終わり、じゃないみたいなんですよね。なんか、反省会というか、それを読んだ人との交流会みたいなのがあるんだそうです。一体どこの物好きが、あんな小さな同人誌を読んだからと、わざわざ批評なぞしにきてくれるのかと不思議に思いますが、まあそれはもう少し先のことらしいので、また楽しみに待っていることにします。

こうして、徐々に文学の泥沼に足を突っ込みつつある私ですが、素人感覚というのは、いつまでも持ち続けていたいですね。妙にマニアな世界に詳しくなって、その狭い感覚でのみ、ものを見るようにはなりたくない。もしかしたら、もっとどっぷり浸かって、もう引き返せなくなるぐらいでなきゃダメなのかもしれませんけど、なんか嫌なんだなぁ。組織に取り込まれる、という感じが、どうしても窮屈で。息苦しくて。
マニアックに閉じた世界で、重箱の隅つつきし合ってるのが楽しい人たちもいるんでしょうけど、正直、どーでもいいじゃない、と思うことしばしば。でも、どーでもいいじゃすまされないんだろうなぁ、きっと。

とにかく、クラスを変えるということで、ちょっとナーバスになったりしてます。
あの場では、人間関係に深入りしない、と心に決めていても、やっぱり自然とできてくるつながりってありますからね。割り切ったおつきあい、と思っていても、どこかしら感情入りますよ。
早く暖かくならないかな。桜の花が咲かないかな。
物事の始まりにともなう少しのセンチメントと震えるような希望を感じさせてくれる、あの淡く儚い花吹雪のしたにいると、いつも自分が少しだけ強くなれる気がします。




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