年明け

早いもので、もう世間では仕事始め。お正月は、いかがお過ごしでしたか。
夫と私は、元旦には私の実家へ行っておせちやお雑煮を食べ、二日は夫が同窓生との忘年会、私は一人のんびり過ごし、三日は夫の実家でご馳走になって初詣をしてくる、というパターンでした。
最近は、スーパーでも元旦から営業しているし、コンビニもあるしで、お正月といっても用意らしいものは何もしませんね。実家のほうでおせちを食べると決まっているから、食材すら買わない。まあ、甥っ子たちにあげるお年玉を用意するぐらいです。

実家が遠くて、毎年帰省している人は大変だなぁと思います。お金もかかるし、泊まりなので気は使うし、ラッシュに巻き込まれてグッタリ。それでも、年に一度、お正月くらいは帰るもんなんですかねぇ。
私は、いっぺん、海外でお正月を過ごしてみたいです。いや、中国に留学していたときと、アメリカに住んでいたときの二回は、お正月でも海外にいたんですが、そうじゃなくて、暮れからお正月にかけてだけ、日本から逃避していたいというか。だって、わずらわしいこと何も考えなくていいじゃない。
大晦日は着飾って行ったパーティーで夜遅くまで騒いで、元旦の朝は思い切りゆっくりと寝ていて、起きたら軽くブランチをとりながら、ボーッと地中海でも眺めつつ、ワイングラスを傾けたいですね。それからおもむろに水着に着替え、ホテルの温かいジャグジーにつかって、あー、極楽極楽、と・・・
これが私の夢。普段から家族は好きなのに、一同集まってする行事はなぜかわずらわしいから。

今年は私にとってどんな年になるんだろうと思います。
やりたいことはいろいろあるんですけど。ひとつには海外旅行。アメリカから帰って、一度も行ってないじゃないですか。そろそろ旅行好きの血がウズウズ。しかし、これは体調と相談しなくては。
あと、どこかの音楽教室でボーカルを習ってみたい。趣味と実益をかねて。大きな声で歌っていると、なんかストレス解消になりそうだし、健康にも良さげ。分野は演歌とジャズ以外で。合唱でもいいんですけど、まずはちゃんとした発声法を教えてもらいたいです。
実際的なことでは、いま夫と二人でとりくんでる仕事(私の出番はごくわずかだけど)を、早く仕上げてしまいたい。去年から遅々として進まないので苛ついてます。
同人誌のほうは、ぼちぼちと進んでいるので、最終的にどんなものになるやら・・・
そうそう、最近はブロードバンドでネットを見る人がすごく増えたようなので、このホームページもリニューアルしたいですね。これまではあまり画像とか入れないで、軽く軽く、と心がけていましたが、みんなが高速で繋いでるんだったら、もっとビジュアルに凝ってみてもいいんじゃないかと。

何もないより、何かあったほうがいい。
それが必ずしも自分の願う通りのことでなくても、こんなことがあったなぁ、と思い出に残る一年になればいいな、と思っています。


もしも・・・

お正月、何気なくテレビをつけたら、NHKで子供が主演のドラマをやっていて、その設定がちょっと面白いんです。小学校で同じクラスの男の子と女の子の身体が(意識が)お互いに入れ替わってしまう、そのために起こるドタバタ喜劇。うん、ありがちっちゃありがちな話なんですけど、女の子になっちゃった主役の男の子が可愛かったです(^^) 見た目は男の子なのに、「そうよね、頑張りましょ」とか、女の子っぽい喋り方と仕草。
きょうび、女の子がどんなにガサツな振る舞いをして、自分のことを「俺」とか言ったりしても、あまり珍しくもないですよね。でも、男の子が内股で上目遣いをして、「あたし」とか言ってたら、それは珍しいでしょ。なんか、吹き出しちゃうような可笑しさがあります。

うちの夫は、研究に疲れたら、つねづね、「あー、いい家で優しい飼い主に飼われてる猫になりたい」と言ってます。なんか、気楽そうでいいんですって。オコたんを見て、「おまえはええなぁ」を連発してます。
私は、もしも男に生まれ変われるとして、どうなれたら理想的か、と空想してみました。
幼稚園とか小学生の頃なんて、想像できないから、だいたい中学生あたりからイメージしてみます。
まず、体型は痩せ形筋肉質タイプで運動神経は人並み、顔もそこそこ普通、頭の回転はいいにこしたことないですね。家と両親は、まあ普通に常識的なサラリーマン家庭でいいです。で、年の近いお姉さんか妹が欲しいなぁ。こういう舞台装置がそろっていたら・・・

そうですねぇ、中学では、あまり目立たないけれど、なんか人と違う趣味をもっていたい。オタクですね。それも、男っぽいやつ。ミリタリーオタクとか、模型マニアとか。ほら、あんまり女の子と接点のないような。学校では、自分からべらべら冗談を言うことなく、かといってしゃかりきに勉強してるふうでもなく、普通にみんなとつきあってるんだけど、成績はトップクラス。どちらかというと、理系に強いんだけど、家においてある父親の哲学書なんかを、わからないながらも盗み読んだりしてる。女の子たちには、「あの子、なんか話しかけにくいけど、実際に話してみると優しいとこあるかも」とか思われていたい。だけど、バレンタインデーには、チョコをもらえそうでもらえないの。密かに自分のことを好きな女の子はいても、彼女はすごく内気だから「あたしなんか・・・」って感じで自分から引いてっちゃう。それをこっちは知らないもんだから、もてる友だちがチョコもらってるのを見て、「いいなぁ」と羨んでる。でも、まあそんなに固執してないの。なんせ、まだ女の子より趣味のほうが大事って感じ。

高校は、成績優秀だからとうぜん地域でも有名な進学校に入るんだけど、それまでに音楽に目覚めます。で、かつてのオタク趣味は卒業するか、縮小します。進学校ではちょっと勉強にも力入れつつ、アルバイトしたお金でギター買います。高校一年の夏ぐらいから、バンドやり始めるの。最初はギターなんだけど、そのうち、ベースに乗り換え。なんか、男だったら、ぜったいギターよりベースがセクシーじゃない? 背伸びしてフレットレスとか買って、一生懸命練習して、それなりに上手くなります。文化祭にはステージに立ったりしてね♪
なんかこー、男ばかりのバンドで、そこそこおしゃれだけど、ビジュアル系は入ってないバンド。過激なパンクとか産業ロックじゃなくて、んー、チョッパーとかびしばし入ったファンキーなやつか、もしくはユーロ系の芸術性の高いやつ。で、大多数の女の子たちの目は、格好いいボーカルとか、お喋り上手なリードギターの男の子に向くんだけど、ベースの自分には静かでディープなファンがつくの。そう、みんなにチヤホヤ騒がれたくないのね、わかってくれる女の子だけわかってくれればいいのよ。つきあってって寄ってくる女の子は一人二人いるんだけど、なぜか自分の好みじゃなくて、彼女はつくらない。
三年生になるとバンドは解散、一転、ハードに受験勉強して、わりと知名度の高い大学の法学部なんかにストレートで合格します。

はい、大学時代。高校時代の仲間とはべつに、またバンドやり始めます。ライブとかで、小銭を稼げるくらいのバンドね。ほかに家庭教師とかのバイトもして、服とかそこそこおしゃれします。目立ってカッコつけてる感じじゃないけど、よく見りゃイケてるかも?みたいな。この頃、身長は175p、体重は60sぐらい?
一年の秋、ある同い年の女の子と運命の出会いがあります。
それはね、学祭を見に来てた他の大学の子なの。友だちの友だち、とか、そういう関係。さらさらしたミディアムロングの髪の毛で、色白の肌が綺麗、触ると柔らかそうだけど骨が細いから華奢に見える。顔立ちは派手じゃなくて、ちょっと童顔入ってる。きらきらしたブランド志向じゃなくて、ナチュラルに質の良さそうな服を着ている子。話してみるとしっかりしてるんだけど、はにかみ屋さんで、へんなときにボケた冗談言ったりして。もう、すっごく可愛くて、一目惚れ状態。自分からこんなに好きになったのは初めてで、内心オロオロしちゃう。でも、顔に出さないから、相手にはわかんない。まあ、悩みつつ頑張ってアプローチして、つき合うところまでこぎつける。ウン。
「好きなんだけど。つきあってくれないかな(心臓ばくばく)」
「え(目を見張る)・・・私でいいの?・・・私・・・(うつむく)」
「君じゃなきゃ駄目なんだ。上手く言えないけど・・・その・・・」
「・・・うん・・・(小さな声で)すごくうれしい・・・」
そっと顔を上げて見つめ合うふたり。うるうるした彼女の瞳。あー、天にも昇る気持ち〜♪

・・・ったく、キリないっちゅーの。
このあと、彼女とのつき合いの中で、いろいろ気持ちのすれ違いがあったり、留学してみたり、就職活動に難儀したり、お姉さん(または妹)が妻子もち男と不倫してるのがわかって悩んだり、親が病気で倒れたりと、紆余曲折、まるで連ドラのような波瀾万丈の青春を送りたいですね。まー、そこまで書いてたら一冊の本になっちゃいますからやめますが。
あ、これ、私が「こういう男が好き!」という話じゃないですよ。あくまで、自分が男だったらこういう青春やってみたい・・・ということね(^^)
んー、なんか、我ながらバカみたい。。。


デルタはショートケーキ

夫の仕事があまりにも忙しそうなので、できるものなら手伝ってやりたい、と思うことが多々あります。
べつに親切でってわけじゃなく、見ているとまどろっこしくてイライラするから、という気持ちが大きいんですが。
でも、私には高校物理の教科書すら、読んでもわからないし。助けてあげようもないです。私が高校生やってたときから、ちょっとは教科書の内容も進歩したかなと思えば、ぜーんぜん。もー、数行読むのにすごい労力を要しますよ。ちょっと記述がそっけなさすぎだってば。

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物体が円周上を一定の速さで動くとき、この物体の運動を等速円運動という。
円運動をしている物体と円の中心を結ぶ線分が、単位時間あたりに回る角度を角速度という。いま、この物体が、円周上を時間Δt(s)の間に始めの位置Pから位置Qまで移動したとしよう。中心角POQをΔθとすれば、角度ωは、ω=Δθ/Δtで表される。ここで、角Δθの単位にラジアンを用いると、ωの単位はラジアン毎秒(rad/s)となる。(平成10年/啓林館発行「物理U」)
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これ、物理Uの教科書の一番初めの円運動の書き出し。嫌になっちゃうでしょ。
この記述の横に図が載っていたので、なんとかわかりましたけど、この文章だけだと、すごくじーっと考えないと飲み込めないですね、私には。
そもそも文系だったので、物理Uなんかやらなかったんですが、この教科書みて、「あー、文系でよかった」と心の底から、またしみじみ思いましたよ。

なにが人をそんなに嫌気させるかって、Δとかωとか、覚えなきゃならない(無味乾燥な?)記号がたくさんあること。デルタΔは丸ケーキを切りわけたショートケーキみたいだと思うから、角度を意味するのに使っていいと思うけれど、オメガωって何よ?シータθって?
ったく、安直に名前つけたらええっちゅーもんやないねんで、もっとパッと見てピピッとわかる記号はなかったんかいな、ほんまに気のきかん・・・
そういえば、小学校の算数はできたのに、中学の代数で挫折した私。記号嫌いは、すでにそこから始まってたみたい。2+6=8は自明のことだと思うけれど、2a+6=12だから、a=3、みたいなやつは理解するのに手間取りましたよ。
「このaって一体なんやねん!bとかcでなく、aじゃないとあかんの?aって何?」と、いつも思ってました。それから、教科書で良く出てくる「任意の」という言葉とか嫌いでしたね。何が「任意」やねん、と。はっきりしてくれ、と思ってました。
もう、いちいち私はそういうことが頭の片隅でひっかかるんです。なんで関数はf(x)なのか、「そのfってなんやねん!」と、心でツッコミいれてましたね。だいたい、数学の先生は「えー、これをfとします」みたいに流して言うんだけど、一人で勝手に決め込まんと、functionのf、とはっきり教えて欲しかったな。あ、それから、いつも答えはxってなってるけど、このxってどこからきてますねん、というのがわからない。なんで式の最後はいっつも、=xなん?判で押したみたいにさ。

やっぱり理数系教科書は、今も昔も読みにくい。うえの例で言うと、文章中、やたら反復している言葉があるのが目障りなのと、いきなり知らない外国語文字がでてきて、何の前置きもなく、さも当たり前のようにサラッと使われてることが、人を苛立たせます。
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物体が円周上を一定の速さで動くとき、これを等速円運動という。
物体と円の中心(仮にOとする)を結ぶ線が、ある単位時間あたりに移動する角度を角速度という。
いま、物体が、円周上を時間Δt(s)の間に、開始位置Pから位置Qまで移動したとしよう。ちなみにΔはデルタと読み、tはtime、sはsecondの頭文字である。さて、中心角POQを……
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たとえば、こう書くと、なんか微妙に間違ってるんですかね?
私としては、わかりやすいんですが。

そうそう、最近、ちょこっと衝撃を受けたこと。
夫と円の面積の求め方について話していて、私がすっかりそんなもの忘れていたので、半径×半径×πってことを思い出させてもらったんですが、そういえばπって、3.14と習ったけれど、まだまだずーーーーっと続くんですよね。まだπの計算を最後までした人はいないわけです。それ考えると、
「ああ、そうか。人類は月に行ったりしてるくせに、円の面積すら完璧に求めることはできないんだなぁ」と、しばし感慨にふけってしまいました。んー、なぜかわかんないですが、そこで「感慨にふけって」しまうわけです、私は。
そう言うと、夫いわく、なんでやねん、ちゃんと求まってるやないか、と。でも、πがわからない以上は求まってないよ、と重ねて言うと、そんなん現実にはπの数値がわからんでも、式はわかってるわけやし、円の面積は正確に求まったものと見なすんや、と。
それはそうかもしれないけど、「完璧に」求まってないことは確かじゃない。ねぇ?
そこんとこに、なんとなく神秘を感じるというか、人間のもつ英知の限界を、象徴として感じとるというか。
ま、夫にいくら説明しても、こういうフィーリングは理解してもらえそうにないなぁ。


特別でない人

冬のバーゲンが始まっているので、あちこち見に行きましたが、あまり欲しい服がないんです。けっきょく、今の流行が好きじゃないのかなと。いや、ある程度お金を出せば、そこそこ納得できるものは見つかるんですけど、普段からそんなの着てられないし。
なんかね、学生の頃から二十代にかけては、流行っているから、綺麗だから、素敵だから、という感覚で服選びをしてたところが大きいと思うんです。でも今は、服が持つ個性より、自分自身を少しでも良く見せてくれるかどうかが重要。だから、流行のスタイルが自分に合わなければ、そういうものには手をださない。自分の顔や身体が主体で、服や髪型は、自分のいいところをより引き立て、欠点はカバーするものでないと。ブランドなんて関係ない。試着してみて、自分の容姿や雰囲気にどれだけフィットしているかが「買い」の基準です。
髪を明るく染めるのが流行って(今のモードは、またダークな色調に落ち着いたようですが)いても、私は染めない。美容院で「染めてないんですかー、珍しいですね」と言われても。やってみればそれなりに似合うのかもしれませんけど、私の美意識に合わないから、勧められても断ります。
髪は黒、肌は白、これが日本女性の美の基本だと信じてるんですよね。どこから見ても日本的な顔立ちの自分が、それを否定するようにヘアダイをしたり小麦色メイクをしたりするのは、なんとなく滑稽な感じがして仕方がないんです。眉も不自然に細くしない。胸が小さい(!)からって、詰め物の入ったブラもしない。自分のなりたい自分像に合わないから・・・
まー、頑固になったなとは思います(~_~;)
ほうぼう歩き回って、ゲットしたものは何もなし。さすがにくたびれました。人混みでインフルエンザを移されなかっただけでも幸運だったとしましょう。

さて、文学学校の冬休みが終わって、またクラスに行ってるんですが、やっぱりあれもなかなか疲れます。
まあ、誰もバカな人はいないので、あからさまに不快な思いをさせられることはないですが、なんていうのかなぁ、ああいう場の宿命として、「特別な私!」という自己主張が渦巻いてる、張り合ってるようなところがあるので・・・
端から見れば、狭い世界で何を変人ごっこやってるの?という感じですね。きっと。それくらいでないと、勤まらないという世界でもあるのでしょう。とりあえず、私もその中の一人で、どっぷりその水に浸かっているわけですが、どこか引いた気持ち、醒めた気持ちがあって、「なりきれない私」を感じます。どこかしら「演じている」という感じが強く、疲れるんだけど、やめられない、みたいな。まあ、別の人から見れば、「おまえが一番『みんなを疲れさせてる』やないか」ってことになるのかもしれませんが(~_~;)

私はね、本心では「特別な人」より「特別でない人」を、ずっと尊敬してるんですよ。
たとえばね、都会の片隅で一人暮らしするビジネスマン(ウーマン)。
親元を離れて、住居や職を見つけて、毎日、満員電車に揺られて会社に行って、たいしてやり甲斐があるわけでもなく、自分に合っているわけでもない仕事をこなしたら、誰もいない部屋に帰って、一人でテレビを見たり音楽を聴きながら晩ご飯を食べる。
特に楽しいことばかりもないし、嫌なことばかりもない日々を、淡々と、そんなにドラマチックでなく普通に生きている。
初期の槇原敬之はよく聴きましたが、ああいうイメージですね。あそこまでポップでもポジティヴでもなくて、もう少し平凡で泥臭い感じでいいんですが。
夕方遅く、スーパーなんかへ言ったら、出来合のお総菜やお弁当に値引きシールが貼ってあるんですね。時々そのコーナーの前に、手に缶ビールやカップ麺の入ったカゴをぶらさげて、真剣にお弁当を選んでいるスーツ姿の若い男の人とかがいるんですよ。その横顔に、こっちが勝手に切なくなってしまう。
「この人は、お弁当を一人分だけ買って、今から明かりのついていない家に帰るんだろうか。ドアの鍵を開けて、電灯をつけて、暖房のスイッチを入れて、服を着替えて、それからお弁当のビニールをはがして、割り箸で食べるんだろうか。テレビのバラエティ番組を見ながら一人で笑うんだろうか。疲れた身体にシャワーを浴びたら、ビールを飲んで眠るんだろうか。冷たい布団を自分の体温で暖めて・・・」
風邪をひいたらどうするのかしら、急に具合が悪くなったら不安だろうに、熱が出て動けないときはどうやって食事をするんだろう、たまった洗濯物を干して出かけて雨が降り出したらどうするんだろう、濡れてしまった洗濯物は、乾くまでそのまま吊しっぱなしにしておくんだろうか・・・
想像は果てしなく広がっていきます。「大変そうだなぁ」

なんともいえない気持ちになりますね。
たぶん、そういう人たちに私の感じていることを伝えたら、「そんなに大変でもないよ」とか「えー、普通でしょ」とか言うんだと思う。それだからますます私は、彼ら彼女らを尊敬してしまいます。
どんなにそれが普通のことでも、私にはできないことをやり抜いているから。そして、また思うんです、なぜ、私にはそんなこともできないのかな、と。
私はいつから、こんな「こわいこわい病」に取り憑かれてしまったのかしら、と。
あの満員電車に私も乗っていたい。だけど、押しつぶされてしまいそうでこわい。足がすくんで、プラットフォームに取り残されてしまう。いつでもね。そして、遠ざかる電車の後ろ姿を見つめては、憧れと安堵の入り交じった切なさを抱えている。

ずっと昔、まだ私が一人のとき、仕事もしないで、人生最悪の精神状態でへこんでいたころ、テレビは嫌いなはずなのに、よくテレビをつけてました。昼からワイドショーを見て、ドラマやアニメを見て、クイズ番組を見て・・・
その頃、夕方に「ホテル」というドラマの再放送がありました。ホテルで働く人たちが、いろんなお客と触れ合う仕事のなかで、お互いに成長していくお話。なんてことのないストーリーですが、ある日それをボーッと見ていたら、なんだか突然かなしくなって涙が止まらなくなったんです。
きっと、みんな、こんなふうに頑張って生きてるんだよ、私はいったい何をやってるのって、自分が心底情けなくなって泣きました。このままじゃ駄目、わかっている、でも、立ちあがれない、歩きだせない、閉じこもったこの部屋から出ていくのがこわい。ほんとうは、出ていきたいのに・・・
眠りにつくとき、もう朝になっても目が覚めなければいいのにって、そう思ってましたね、その頃は。

今でもやっぱり思いますよ。
あの満員電車に私も乗ってみたい。
押されたり、もみくちゃになって、今にも息が詰まりそうな空間だけど、それに負けないタフな実体を持っていたい。
でも、願望はいつまでも願望のまま。誰もが無表情を装ったすし詰めの車内に、むりやり乗り込むのを躊躇していると、いつも駅員の笛が鳴って、ドアは私の目の前で閉ざされてしまう。
私は遠ざかる電車の後ろ姿を見つめて、憧れと安堵の入り交じったため息をついている。
ひとりプラットフォームに残ったからといって、何の得にもならないし、偉くもない。
はじめから、「あんなのに乗りたくないよ」とうそぶいてみても、何の得にもならないし、偉くもない。
そんなことは、わかっているのに。


ガンダムとオーメン

この週末は、ビデオ&DVD借りて見てました。

まずは「機動戦士ガンダム」。はい、そこの人、ちょっと、笑わないでくださいよ。私だって、カウンターで借りるとき恥ずかしかったんだから。
実はですね、ネットで偶然みかけたんです。ガンダムオタクのページ。なんか、「シリーズのなかでも、初代ガンダムはすごくいい、あれは神がかっている傑作、もうあんなのは作れないだろう」とか書いてあるので、へええ、どんなものかなぁと突然興味がわいて。で、テレビシリーズの一本目を借りてみました。

何を隠そう私はリアルガンダム世代。っていっても、見てませんし、関心もありませんでした。私にとってアニメというのは、もう小学生のときの「宇宙戦艦ヤマト」で、ほぼ終わってるんです。一時、松本零士の世界にはまってましたが、「キャプテン・ハーロック」なんか、アニメより原作のマンガのほうが、やはり面白かったですね。「銀河鉄道999」もそう。アニメって、どこかちゃっちい印象でしたね。あの独特な松本零士の絵の感じがちゃんと出せてない。私は、あの絵が好きだったのに。出てくる女の人、みんな同じ顔なんですけど、髪が長くて睫毛が長くて手足がほっそりしていて、優美な感じで好みでした。宇宙の描き方も神秘的でよかったです。
ガンダムが騒がれだしたのは松本ブームよりちょっと後だと思いますが、もう、その頃の私は洋楽とか少女マンガに走ってたので、いまさらアニメなんか見る人は「オタク」と思ってました。今でもそうだけど、アニ(メ)オタ(ク)なんて、なんだか怪しげで暗くて、もう( ´,_ゝ`) プッ って感じじゃない?
まあ、ガンダムはある意味、アニオタの聖域というか、あの系列のアニメの金字塔というか、そういう位置づけみたいです。何がいいかって、ストーリーが人間くさいのがいいんですって。主人公が悩んだり、反抗したり、人間関係が入り組んでいて、すっきりと「勧善懲悪」でないところが文学的でいいらしい。で、ふうん、と思って見ることにしたんですよ。
第一巻には、一話から三話まで入ってたんですが、アムロがたまたまガンダムに乗り込んで、ザクとの戦闘に勝てるようになるくらいまでですね。

うーん。正直、そんなに面白くないわけでもないけれど、これを十一巻まで借りつづける気にはなれませんでした。やっぱり子供っぽいというか。当たり前なんですけど。大人になってまでオタクやってる人の気が知れないというか。私には、こういうロボットものって、どうしてもマジンガーZのイメージが強くて、戦闘シーンがウリというか、オモチャっぽくみえてしまいます。同じ理由で「エヴァンゲリオン」が大ヒットしたときも冷ややかにみてました。「どうせ子供がロボットに乗り込む話でしょ」って感じで。
ロボットがどれも人間型で、いろんな武器も使うけど、最後にはロボット同士の白兵戦になるのも可笑しくて。なんか、ああいうのが好きな男の子って、筋肉増強幻想があるんじゃないかと。北斗の拳とか、ああいうマンガでも、筋肉が異常に強調されてるでしょう?大きくて強い男がいい、という幻想。私には、そういう好みはないので。女の子でも、大きくてたくましい男が好きという肉体派(「守ってくれそう〜♪」幻想)はたくさんいますが、私はどっちかというと、腕力はなくても理知的な頭脳派に萌えてしまうタイプ。身体が大きくてごつい闘士型男は、憧れるというより、むしろ怖い。アニメでいうと、名探偵コナン君の大人の姿が、私にとってはめちゃ好みです(はぁと)。
よくあるパターンで、ヒーローとヒロインが悪者に捕まって、どこかに監禁されてしまった場合、力任せに体当たりを喰らわせてドアを壊し、銃をぶっ放して追っ手を蹴散らしながら、ヒロインの手をひいて脱出するようなヒーローより、「ねぇ、どうするの!」と泣きそうになってるヒロインに、「落ち着くんだ。いいかい、この部屋はもともと○○だった。ということは、△△がどこかにあるはずなんだよ。僕たちはまずそれを探すんだ」とか静かに言いきかせながら、最後には悪者の目を欺いて、ヒロインともども脱出に成功するヒーローのほうがずっとほれぼれしますね。
ということで、残念ながら、戦闘に重きを置くガンダムはやっぱりいまいちでした。頭脳勝負は好きだけど、肉体勝負には関心もてません。主人公が悩んだり、人間関係の複雑さを作品に求めるんなら、少女マンガでも、普通の文学作品でも、もっと繊細なのがたくさんあるじゃないですか。

他に見たのが、「オーメン(DVD完全版)」。
このまえ、「女優霊」を見て、「こりゃ駄目だ」と白けてしまったので、今度は基本に戻って、誰からも名作といわれるものを、と。
ホラー映画の名作古典といえば、やっぱり、「エクソシスト」「ローズマリーの赤ちゃん」「オーメン」「シャイニング」などでしょう。「オーメン」は、私がやはり子供の頃の作品ですが、流行りましたねー、「ダミアン」とか「666」とか言って人をからかったりするのが。関心があったわりに、本当の作品は見てなかったんですよ。で、借りてきました。
筋立てはしっかりしていてわかりやすく、ややゆったりめで地味な進行なのが時代を感じさせます。ほとんどあらすじは知っていたのですが、それでも楽しめました。
ただ、「エクソシスト」や「ローズマリー・・・」もそうですが、ベースになっているキリスト教的世界観が皮膚感覚で身に付いている欧米人と、そうでない私たちとでは、恐怖の度合いがずいぶん違うと思います。
なんか、悪魔とか反キリストとか言われてもねぇー。実感ないでしょう?実感があれば、「サタニズム」や「冒涜」というものに対する嫌悪感や恐怖心も半端じゃないんでしょうが。まあ、そういうのがリアルでない我々には、なんとなく知識として怖いものなんだなぁとか、あと、人間が殺されるショッキングシーンなどで怖がるぐらいしかないんですね、この手のホラー映画は。

近年、ホラーがだんだん猟奇犯罪やサイコ系に傾いていったのは、キリスト教の衰退かもしれないなぁと思います。無神論者が増えたので、もうサタンや魔女などといってもリアリティがなくなってしまった。昔は実際にあったらしいんですけどね、悪魔教を信じる集団とか、黒ミサ、そういうものが。おぞましい事件なども起こしていた。今もあるんでしょうけど、それほど身近でリアルなものではなくなった、あるいは、悪魔なんかより、人間の心の闇、それが引き起こす事件のほうがもっと恐ろしいということになってしまった。特定の宗教に偏らない、人が根源的にもっている恐怖のほうが、ワールドワイドに理解してもらえるというのもある。「シックス・センス」は純粋な幽霊ホラーですが、幽霊というのは、キリスト教の悪魔より、多くの人々に身近なので、私たち日本人が見ても、じゅうぶん理解できる怖さがありますね。
「リング」や「女優霊」がハリウッドでリメイクされるのも、いまさら時代は「悪魔や反キリスト」でもないし、エイリアン的な化け物の恐怖も飽きたし、サイコ系殺人鬼はもうお腹一杯だし、ということで、幽霊が新鮮なんじゃないでしょうか。そっち系が好きな私としては、歓迎したいですね。ただ、幽霊は役者が演じないでもらいたい。存在をほのめかす程度にするか、せいぜい、CGなどを駆使して「ボンヤリ」したものにしてもらいたいです。「リング」の最後、貞子がテレビから出てくるシーンなんて、それまでのムードぶち壊しだし、「女優霊」の最後も監督を追いつめて高笑いする幽霊、ああいうの、最悪。
「リング」で私が一番怖いと思ったのは、あの不鮮明で意味不明のビデオ、それから、頭に布をかぶった人が何かを指差しているカット、あれはなぜかゾッとしました。

まあ、見る側の状況にもよりますよね、ホラー映画の怖さというのは。どうもうちの夫と見ていることが、恐怖感を半減させているのではないかと思うこのごろです。
「女優霊」も、クソ(あら失礼)だと思ったけれど、ひとりで部屋を暗くして見ていたら、それなりに怖かったのかも?まあ、それでもデキの悪さ、テンポの悪さはカバーしきれないと思いますが。
しかし、「オーメン」見終わったあと、すぐさま私の髪の毛をかき分け始めるのは、どういう神経?
「いやぁ、どこかに666がついてないかなあと思って」
アンタがそんなことしてっから、映画の余韻に浸れんのやないか。
そういえば、プロジェクトX見て、人が涙してるときも、「おっ、泣いてる泣いてる」って、げらげら笑ってるし。「あんなヤラセくさい番組で泣くなんて恥」とか言ってるし。
やっぱホラーとか泣ける映画は、ひとりでこっそり見たほうがいいかも。


怪談の傾向

映像の恐怖もいいけど、実はやっぱり自分の脳内でつくりあげる想像上のお化けが一番怖いわけで、最近はネットでいろんな怪談話を拾っては読んでます。ほんとにゾゾッとしちゃうのもあるんだけど、百も二百も読んでいたら、だいたい話の傾向が見えてきました。主役となる幽霊ですが、

1女の幽霊は若くて髪が長く地味な服
2男の幽霊にはあまり固定イメージがない
3少女の幽霊はおかっぱ頭で着物が多く、少年の幽霊は非常に少ない
4おじいさん、おばあさんの幽霊は脅かすだけが多い

というパターンが。

1については、どの話もそうですよね、まっすぐな長い髪をたらして、シンプルな白い服を着た「リング」の貞子みたいなのが、典型的な女の幽霊。幽霊になる女は、色黒だったり、金髪に染めた髪にハイビスカス柄のアロハシャツを着ていたりはしないんです。で、わりと美人でスレンダー。相撲取りのように太ったブサイクな女の幽霊の話なんて、聞いたことがない。いやぁ、「貞子タイプ」より、ひょっとしたら怖いかもしれないと思うんだけど、不思議とないですね。なぜかオバサンの幽霊もない。夜道で出会うのは、みんな若い女の幽霊と決まっているみたいです。

2ですが、男の幽霊は、そういうパターンがないですね。普通のビジネススーツだったり、運送屋の格好だったり、バイクでヘルメットかぶってたり、いろいろです。

3は、子供の幽霊。赤ちゃんの幽霊とか泣き声もパターンとしてみられますね、そういえば。でも、案外少ない。子供の幽霊はだいたい小学校低学年くらいまでです。で、女の子はおかっぱ頭で昔の和服を着ているというのが多い。このあたりは日本人形の怖さを再現しているんでしょうか。圧倒的に少年の幽霊というのは少ないです。普通の少年が何かのアクションを起こして気が狂ってしまったとか、死んだとか、そういう話は多いですが、少年そのものが幽霊になって出てくるのは、いまだに読んだ覚えがないです。

4についてですが、年寄りの幽霊は、追いかけてきたり、背後からおぶさったり、恐ろしいことを言ったりはするんですが、それで命をとられるとか怪我をするとかいう実害はないことが多いですね。田舎の山道などで「怪しげな老人との遭遇」という話が多い。これは、ボケ老人が徘徊するイメージからでしょうか。そういえば、なんだっけ、ずっと昔の映画の宣伝でもあったでしょ、「タタリじゃ〜!!」って。あんな感じ。

うーん、今まで読んだ限りでは、若い女の幽霊が最強ですね。いや、人に害を成すという意味で。
こういう怪談って、最悪のラストでは、誰かが死ぬとか気が狂うとか失踪するとかで締めくくられるんですけど、それはやはり若い女の幽霊がらみ、という場合が多いです。
子供やおじいちゃんおばあちゃんの幽霊だと、高熱をだしたとか、引っ越しを余儀なくされたとか、眠れない一夜をすごしたとか、とりあえずそういうのが多い気がします。
それだけ女性は陰湿だと思われているのか、それとも、凄惨な犯罪などの被害に遭いやすい、か弱い存在だから、そのぶん恨みも強力だと思われているのでしょうか。

私自身は霊感とかまったくないタイプだと思います。これまで生きてきて、そういう不思議な現象に遭遇したことがないんです。
まぁ、まずそんな「出そう」な場所に近寄ることはないし、人の恨みをかった覚えもないし、夜中に出歩いたりもしないですからね。これからもそんな事とは無関係でいたいと思っていますし。
ただ、いつかすごく怖いホラーは書いてみたいと思いますね。こういう巷の都市伝説やら怪談をいろいろ読んでいると、なかなか参考になりそうです。




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