無題の日

二、三日前に、百枚をメドにしていた小説を最後まで書き終えました。しばらく寝かせたので、これから推敲して、仕上げのお直しにかかります。けっきょく、91枚で終わったので、一日十枚書くなら十日もあればできそうですが、PCの調子が悪くてロスタイムがあったり、体調・気分がすぐれず書かない日があったりで、正味、二週間ぐらいかかりました。まあ、ある程度、頭のなかで構想のできているものなら、実労働はそれぐらいのペースで進められるんだな、と確認できました。
十枚書くごとに部分的な推敲・手直しはやっているので、これからやる全体的な推敲には、そんなに日数かけないつもりです。三日ぐらいですかね。
最終的に出来上がっても、いろんな理由で、ここにはアップしないと思います。アクの強い作品なので。来年、学校にもっていくかどうか検討中。

みんな、どんなふうに小説を書いているのかわかりませんが、私の場合、書くときは頭のスクリーンに情景が浮かんできて、そこで起こっている出来事を言葉で書き留める、というふうです。映画を観ている感じ。でも、これには難点があって、五感をフルに使ってないということ。視覚と聴覚だけですもんね。どうしても、映画では再現できない「味」「匂い」「感触」などは実感に乏しくて置き去りになってしまいがち。もう、自分がまるごと映画の主人公を演じている書き手もいて、そういう人は五感をフルに使った表現が上手いなぁ〜と思います。だから私の場合、なるべく意識して「味」「匂い」「感触」を書き加えるように心がけています。それでもなかなか上手く描写できてませんが。

同人誌は、一月にゲラができ、二月に発行、ということになると思います。
先生が、装丁は個人的に知っている人がいるから、その人に頼むとか言ってましたが、先生の趣味だから、きっと渋い感じのデザインなんだろうなと思います。
さてさて。どんなものが出来上がるやら。なんか、こういうのって結構お金もかかるし(といっても、他の趣味、踊りや日本画などに比べるとたかが知れています)、大人の道楽ですね(^^)

しかし、もう十二月もとうに半ばを過ぎて、年末じゃないですか。
手帳とカレンダー、買わなくちゃ。次の一年、毎日使うもの、と考えたら、選ぶのにも気合いが入ります。
猫か花か風景か有名絵画か。キャラクターグッズみたいなのは嫌いです。
年賀状は出しません。夫に、出す人いないの?と訊けば、別におらん、と。去年、同窓生の方とかから、来てたような気がするんですけどね。いいのかな。私のほうは、いまさら改まってそんなもの出す友だちなんかいないし。年賀状出すなら、電話でもかけますよ。メールとかね。
あと、いろんなサイトで電子カードを送れるようになってるでしょ、あれも好きです。絵柄はチョイスするしかないけど、コメントが書き込めるし、好きなときにアクセスして見られるし、後に残らないのがいい。
ほら、たまった年賀状、みなさんどうしてます? なんか、捨てるに忍びないでしょ? とくに、子供の写真とか使ったやつ(~_~;) でも、けっきょく一生おいとくわけじゃないし、何年かしたら捨てるんですよね。
みなさん、もしも気が向いたら、メールなり電子カードで年賀状くださいね。ADSLなので全然負担になりませんし。返事確実!


恋人の過去

彼氏・彼女の過去が気になります、とか、過去に誰かと付き合っていて、あんなことやこんなこともしていたかと思うと、たまらない気持ちになります、とかいう投稿を恋愛系掲示板でちらほら見かけました。
んー。まあ、はっきり言って、暇なんでしょうねぇ。
過去に嫉妬しても始まらないでしょう? いったい、何がどうなれば満足できるのかな。過去を消し去ることはできないというのに。

一部の男の人は、過去のない、まっさらな女の人が好きだと公言している人もいて、それこそ「結婚相手は処女でないと」みたいな。まだ二十歳そこそこの学生が言ってるならまだしも、三十過ぎた男が本気で言ってるとしたら・・・私は理解に苦しみますねぇ。
「自分に自信ないよぉ〜。女怖いよぉ〜」って公言してるのと同じように見えちゃう。イヤーン、この人、マザコン?それともシーラカンス?って感じ。
十六で結婚するならいざ知らず、女が二十五もすぎて結婚しようかというとき、過去に恋愛のひとつやふたつの経験がないなんてことのほうが少ないんじゃない?
べつに、たまたま縁がなくて恋愛経験がなかったとしても、それはそれで異常じゃないし、いいんだけれど、なんていうか処女性に妙にこだわって有り難がって、「やった!」とか喜んでる男のほうが、なんだかなぁ〜、と。まあ、今の時代はまともな貞操観念がなくなってきて、簡単に身体の関係になってしまう若い女の子が多いから、「処女=貞操観念のしっかりした女」という勘違いが起こるのかもしれないですけどね。

まだ若いのに、かーるい気持ちで何人もの異性をとっかえひっかえ・・・というのは論外としても、平均的に結婚年齢だって上がっているいま、恋人や結婚相手にしようかという異性の過去なんか詮索して嫉妬していたら、身がもちませんよ。
私の場合だと、犯罪歴があるか、とか、ヘヴィな病歴、バツイチならバツイチになった経緯、そういう過去はやはり気になりますね。でも、たかが誰かと恋愛していたぐらいでは気にならない。深い仲になっていたとしても。だって、過去の女との関係と、私との関係は、また別のものでしょう? 私なら、かえって、どんな彼女だったのか、とか訊きたくなります。いや、好奇心で。嫉妬? しないと思いますね。「いま愛されているのは私」という確信があれば、過去の女のことなんか、どうでもいいじゃありませんか。確信がなければ、それは過去うんぬん以前の問題だし。
過去の女が、とんでもない詐欺師みたいな女だったとかね、それだったらまた話は違ってきますが。「こいつ、そんな女にひっかかるような馬鹿だったの?」と。嫉妬するより、「それはどんな内容の恋愛だったか?」という「人間性に関わる部分」のほうが気になる。だから、別れた女のことを訊いたとき、ことさらに女の悪口を言ったりするほうがイヤ。「あの子はいい子だったよ。でも、お互い若かったから、つきあってるうちにワガママが出てきてね」みたいにサラッとしてるのがベスト。ま、たいてい訊いたり詮索したりする気も起きないと思いますが。私はね。
でも、そんなこと気にする人もいるんだ。世の中いろいろですね。


さっちゃんの悲劇

クリスマスが終わったら、大晦日とお正月。忘年会や新年会なども。
イベントが続きますが、みなさん、風邪なんかひいてませんか? 体調、大丈夫ですか?

ほんと、身体の丈夫な人はそれだけで羨ましいと思います。
働いてもないし、あまり人混みにも出ないのに、一年に一度は風邪ひいて寝込んでますもんね、私。まあ、それぐらい普通だと言う人もいるでしょうけど、やっぱり夫なんか体力があるから、同じような風邪をひいても熱は出さないとか、食欲は落ちないとか、違いますよ、私とは。
私にとっては食欲なくなるのが、一番こたえますね。それでなくても、あまり食べられないんですから。
なぜか私の周りには、太った人が多くて、みんな食欲旺盛。食事のたび、「えっ、たったそれっぽっちしか食べないの? もっと食べたら?」と言われてしまう。私は逆に、この人たちって、ホントによく食べるなぁと半ば感心し、半ば呆れつつ見ています。

いや、私も以前は人並みに食べてました。デブではなかったけれど、今よりはもっと太ってました。
でも、99年の夏ごろからおかしくなって、もともとストレスがあると食べられなくなるタイプではあったんですが、とりたててストレスもないのに食べられなくなった、というより、昔で言う神経性胃炎ですよ。
食べるともたれて気持ち悪い、かといって食べないとしくしく痛む、どうすりゃいいのって状態が続いて、胃潰瘍だとてっきり思い込み、いろいろ検査受けても結果はシロ。内視鏡でみても、きれいなピンクの胃壁。潰瘍なんてどこにも見あたらない。けっきょく、病院では「神経のせい」で片づけられてしまうんです。でも、本人にしてみたら、ほんとに食べられないし痛いし、どうしたらいいかわからないんですね。今はそういう症状をNUD(ノン・アルサー・ディスペプシア)と呼んでいて、医者の間でもけっこう認知されてきたらしいです。そういう患者さんもわりと多いみたいで。
私は調子のすごくいいときは、まあまあ食べられるんですけど、悪いときは駄目ですね。治療としては、毎食ごとに軽い安定剤のんでます。どういうわけか、これが効くんですよ。なんか、やっぱり胃に繋がってる神経の一部が狂ってるんじゃないでしょうか。過敏になってるというか。だから、薬でそのへんをマヒさせると、食べられるようになる、と。

調子の悪いとき何がつらいって、外食がつらいです。
ひどいアレルギーもちの人も外食が制限されると思うので、その気持ちわかりますよ。
うどん屋さんに入って、きつねうどん頼んでも、うどん玉を一人ぶん食べられない。半分ぐらいですね。紅茶を頼んでも、あのカップ一杯が飲みきれない。カツとか天麩羅とか、油モノは匂い嗅ぐだけでも嫌だし。サンドウィッチに塗ってあるマヨネーズも嫌なくらい。しつこい中華系なんてもってのほか。
あれは駄目これは駄目って言ってると、食べるものなくなりますよね。薬局とかに売ってるゼリータイプのカロリーメイト、ほんとはあれが一番有り難かったりして。いや、風邪のときはお世話になりました。ツルンとして、のどごしがいいし、便利ですよね。
気の置けない人との外食なら、事情話してわかってもらえるからいいんだけど、どうしても出席しなきゃいけないパーティとか会食があったとき、こんな状態じゃ困るんですよ。もちろん、食べきれないなら残せばいいんだけど、あまりにも残しすぎると、その場の雰囲気が不味くなるっていうか、やっぱり、美味しくいただいてますっていう感じでニコニコ食べてるほうが、見てて気持ちいいじゃないですか。でも、それができない。立食パーティみたいに大皿に盛られた料理を勝手に取って食べる形式ならいいんですけどね。それとか、鍋もの。私ひとりが食べなくても目立たないし。最悪なのは、一人ぶんが決められてるフルコースとか和膳。

童謡の「さっちゃん」ってあるでしょ、あれで、さっちゃんはバナナが大好きなんだけど、まだちっちゃいから半分しか食べられないんだ、可哀想だねっていうくだりがあるんですが、幼い子でもない大人の私が「半分しか食べられない」と言うと、本人はマジでも、周りはちょっとわかんないですよね。私も、具合が悪くなる前なら、「うっそー、バナナ一本食べられへんの?」って思ったことでしょう。
でも、マジなんですよ〜。夫に、いつも、小鳥さんぐらいしか食べないって言われてますが、大食いの彼にしてみれば、私が食べているのを見ても、もはや「人間が食べてる」って感じじゃなくて、「スズメとか文鳥が餌をついばんでる」というようにしか見えないんじゃないかしら?

あーあ。私だって、好きなもの好きなように食べたい!
「おまえのために」とか言って夫が買ってきた美味しそうなお菓子を、「いつか食べよう」と思ってるうちに、「いらんのか?」と勝手な解釈されて、いつのまにか夫に食べられてしまうのはもう嫌だ〜(>_<)


時は、キラキラ

クリスマスの夜、各地でオンエアされた小田和正コンサート「クリスマスの約束」、関西ではなぜか放送している局がなかったので、埼玉に住む夫の知人に無理を言ってビデオに録画してもらいました。つい先日、郵便でビデオが届いたんで、さっそく見ました。
いやぁ、持つべきものは親切な友人。夫の知り合いや同級生がわりと全国いろんなところに散らばっているのはラッキーかもしれません。私ひとりだったら、どうしようもなかったでしょうから。まさか、親戚の伯父さん伯母さんに、「小田さんのコンサート、録画して〜」とか頼むの、恥ずかしいですもんねぇ、ちょっと。

今、十代とか二十代の人は、小田和正というソロ・アーティストとしての彼しか知らないでしょうけど、もともとは鈴木康博とふたりでオフコースという名前のデュオで音楽活動を開始したわけです。このあたりのことは、私だってリアルでは知りません。なんせ、まだ60年代の話ですもん。
とにかく、オフコースの歴史は、小田(ボーカル・キーボード)・鈴木(ボーカル・ギター)の二人時代から、それにバックバンドの三人、清水(ベース)・大間(ドラムス)・松尾(ギター)を加えた五人時代、それから鈴木さんが抜けた四人時代、そして最後は解散、となっています。
そんなに詳しいことは私もよく知らないです。「オフコース」で検索かけてみてください。山のように関連サイトが出てきますから。

私自身がオフコースを初めて知ったのは、中学のときです。
その頃、好きだった同学年の男の子がいたんですが、ある秋(だったと思う)の日、下校するとき校門のところで彼がひとりで帰宅するのが見えたんです。そのとき、私は友人と二人で帰宅しようとしていたんですが、その友人が、いきなり彼に呼びかけたんです。「ねえ、今度、あたしたちで、あんたの家に遊びに行ってもいい?」と。
友だちは私が彼のことを好きなのを知っていて、面白半分だか、そんなことを言ったんだと思います。私はそんなこと(彼の部屋に遊びに行く)なんて考えてもなかったですから、心の中「ええっ!!!」ですよ。その場で棒立ちになったまま、どこかに隠れたい気分で「イヤーン、ちょっとちょっとぉ、何言い出すんよ、うわっ、どうしよう、恥ずかしいぃぃ〜〜!!」と焦っていたら、彼が振り向いて、いとも簡単に「いいよ」と言ったんです。てっきり断られると思ったので、ほんとにびっくりしました。べつに、彼とつきあってたわけでもなかったし。それどころか、彼が私に好意を持っていたわけでもなかったと思うし。

けっきょく、つぎの日曜だったか、友だちと一緒に彼の家へ遊びに行きました。私一人だったら絶対そんなこと思いつかないし、言い出せないし、そもそも恥ずかしくて、面と向かって彼と何を話したらいいのって感じでしたが、まあ、友人がうまく間に入ってくれていたから、実際はわりと気楽にいけました。
彼の部屋で、いったい何を喋ったのか、今となってはぜんぜん憶えてないですが、そのとき、彼が、「お兄さんの影響を受けて」好きになったんだと言って、かけてくれたのがオフコースのアルバムだったんです。私はその頃、イーグルスとかクィーンとかジャパンなど洋楽のヒットチャートばかりチェックしていましたから、「オフコース?なにそれ。ふーん?」って感じでした。でもまあ、聴いた感じ、声とメロディがきれいだったし、何よりも彼が好きだというものを自分も同じように聴きたかったので、その翌日、速攻で同じアルバムを買いに走りました。
いやー、純だなぁ、この頃の私(^^ゞ 
今だったら、これはチャーンス!とばかりに、「オフコースって、いいねえ。ゆっくり聴きたいからこの前のアルバム貸してくれる?」とか「おすすめの曲を編集してくれる?」とか言って、とにかく「次につなげる」ことを考えるんですけど。でも、この頃は、そんなこと、とても恥ずかしくて頼めない、断られるのが怖い、考えただけでもイヤーン!ってな感じでした(~_~;)
ま、それはさておき、これが結果的にオフコースと私の出会いだったのです。

彼が好きなオフコース、という気持ちがあったからだと思いますけど、それからけっこうのめり込みましたね。ぜんぶ揃えましたもん、オフコースのアルバム。
だいたい初期のアルバムでは小田さんとヤスさん(鈴木康博)が半々ぐらいで曲をつくって、それぞれリードボーカルをとってるんですけど、私は初め、小田さんの声が女の人の声みたいに聞こえて仕方なかったです。昔の小田さんは、あんなに高音でシャウトするような歌い方は多用してなかったし、楽曲もアコースティックなフォークって感じで、よけいに女声みたいでした。でも、アルバムのジャケットに写ってるのは長髪の男二人・・・
ちょっと違和感ありましたが、でも、慣れたら、あの透き通るような清潔感のあるハイトーン・ボイスがすごく気持ちいいんですよ。曲も小田さんのつくるもののほうがなじみがよかった。メロディラインがきれいですね。ヤスさんの曲もすごく好きなのあるんですけど。

私が中学で知ったときは、まだ知る人ぞ知る、というグループだったのに、それからすぐ「さよなら」が売れて、ブレイクして、そこからヘンになっていくのは早かったですね。で、解散。
そのときは、もう気持ち離れてたし、べつにどうも思いませんでした。
もともとオフコースの音楽性をそんなに高く評価していたわけじゃなくて、まあ、いわばアイドル的な感覚で「小田さ〜ん(ハァト」って言ってただけ。それに、ヤスさんが抜けたあとは、ますます小田さん頼みの売れ線ねらいバンドになって、「もうこんなのオフコースじゃない」って感じだったし。解散して正解だったと思いますが、それからの小田さんの曲は、もう臆面もなく大衆に媚びた感じになっちゃって、まーアイドルなんだからそれはそれでいいんだけど、私は関心持てなくなりました。
ケイト・ブッシュとかピーター・ガブリエル聴くようになったら、やっぱり全然、格というものが違いますもん。自分が大人になってしまったら、かつていいと思っていた歌詞の内容も、なんだか底が浅いし練れてないし。アレンジだって、どれ聴いても同じ、みたいな。それでもやっぱり小田・鈴木の二人時代はよかったかなぁ。中学生にもしっくりくるような、アマチュアっぽいピュアさがあったんですよ。芸術性とはまたべつの話でね。あまり大人向きではないと思いますが。

今回、小田さんのコンサートの様子をビデオで見て、正直、うわあ老けたなぁー、と思いました。
私が「小田さ〜ん(ハァト」って言ってたときの彼の年齢を、私自身がもう超えているんだから、こっちも老けたんでしょうけど、もう小田さんって、「おじさん」じゃなくて「おじいさん」じゃない。いやー、ショックというか、ううむ、そうかぁ、という複雑な気分でしたねぇ。
声はもう、55才であそこまで出たら、化け物の域だと思います。そもそも小田さん、声変わりのなかった人だし、特殊な声質なんでしょうけど。いろいろエフェクターかけてるにしても、あんなにきれいな声がまだ出るのはすごいこと。この天性の声質と、年齢不詳っぽいキャッチーでポップなわかりやすい楽曲づくりが、今でも第一線で活躍できてる二大要因なんだなあと思いました。
ここまできたら、もうあの調子で「僕と君」の世界を貫いて、前代未聞の、「じいさんアイドル」を目指して欲しいですね。なんか、初老男性版「松田聖子」というか。小田さん自身が、その路線でいこうと思ってるんじゃないかなと感じました。かわいいおじいさんアイドル。だから、若者にも受けそうな、ああいう企画をやってるのかなぁと。

小田さんの書く歌詞は、あまり洗練されていないと思いますが、それでも、その歌詞とか彼のインタビューなんかで、なんとなく見えてくる「時間に対する感覚」というのは、あの天賦の美声を除くと、唯一、今でもいいなぁと思えるものですね。
幼少時代から、彼の中にはたぶん、「大きな時の流れのなかの自分」という感覚があるんだと思います。
「さよなら」が売れた頃、渋谷陽一のラジオ番組に出ていて、「小学生のとき、放課後グラウンドで遊んでいたら、卒業生が先生に会いに来ていて、それを見ていたら『ああ、いつか俺もこんなふうに大人になるときが来るのかな』と思って、なんだか切なくなった」という話をしたんですよね。そこんとこだけ、よく憶えていますけど。
こういう、自分の意志とは関わりなく、容赦なく現実を刻んで流れていく「時」の不可逆性に対する切なさ、挑戦、諦念、というものが、小田さんの歌詞やインタビューのなかには、ちょくちょく出てくる。そこのところについては、すごく共感を覚えますね、私は。
愛してるとか守りたいとか、そんなちゃらちゃらしたことはどうでもいいし、「あ〜、クサッ!ハズかしぃ!(ったく、いい歳して・・・)」と思うけれど、この時間に対するセンスだけは、私にとって彼の一番の魅力です。二十代、三十すぎくらいの小田さんでは、年齢的にあまりしっくりこなかったであろう、そっち系の歌詞が、初老になった今では、すごくハマってくると思うんですけど。

今年もひとつ歳をとったし、また生きていれば来年も、再来年も、歳をとっていくんだろうと思います。
強気でいられるときもあるけど、やだなーとウツになるときもありますよ。
どうにもならない時間の不可逆性に思いをはせて、切なくなってしまう。
いままで、自分は何をしたのかな? これから自分は何をしていくんだろう?
いつだったか、小田さんが、スマップの「夜空ノムコウ」という曲にえらく感激していたという話ですが、いかにもわかる、それ。私もあの曲すごいと思いました。スーパーの有線でよく流れていましたが、そのたびに買い物の手を止めて、思わず聞き入ってしまったものです。なんかこう、ぐっとくる歌詞ですよね。

あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ
   全てが思うほど うまくはいかないみたいだ
  このままどこまでも 日々は続いていくのかなぁ
   雲のない星空が マドのむこうにつづいてる
  あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ
   夜空のむこうには もう明日が待っている


永遠に続いていく時間の前で、なんと人間は矮小な存在か。
かつて思っていたほど何もかもがうまくいかなくても、何も信じられない気分で生きていても、それでも地球は回る。朝は明け、日々が過ぎ、季節が移り変わる。姿も、心も、また。

七十くらいまで生きられるとしたら、私はもう折り返し地点すぎたんだなぁって思います。
これまで、それなりにいろいろあった人生だと思うけれど、楽しいこと、嫌なこと、起伏に富んだ日々を過ごしたこともあったと思うけれど、過ぎてしまったら、やっぱり何もしてこなかったような気にもなる。
いったい何だったんだろうな、って。
たぶん、それは私が自分の力だけで生きられず、いつも人に生かされてきたから。
完全にひとりだったら、誰も私を必要としてくれなかったら、自分の命や人生なんて、きっと私はなんとも思わないでしょう。積極的に死ぬこともないだろうけど、生きているという実感もないと思います。
私は、私のことが必要だと思ってくれる誰かがいて初めて、この生にもなにがしかの価値があると思えるから。
人ごみは嫌いなはずなのに、けっきょく人のなかでしか生きる実感を味わえない。
歳をとると、肉体的には誰かを必要とすることが多くなるから、それでもなおかつ必要とされる人間であるためには、それなりに肉体以外の魅力なり力なりをもっていなければ駄目ですよね。だから、歳をとることはヘヴィなんですよ。
赤ちゃんの生は全部、人のお世話になっているけれど、赤ちゃんは存在そのものが未来へつづく希望の象徴だから、誰にでも必要とされうるんです。でも、大人になって、肉体が老化して、人のお世話になる場合は・・・?

初老アーティスト、小田さんを見ていて、なんかそんなこと考えてしまいました。
ま、容姿の老けぶりには驚きましたが、小田さん、その天賦の声が出るかぎり、歌っていてください。目ぇつぶって聴きますから。
史上例のないジジイ・アイドル、それもなかなかいい案じゃない。
媚び上手で、セルフ・プロデュースも巧みな小田さんならいけるでしょ。現に、もうそろそろ、そういう方向へソフト・ランディングしようとしてるしね。
このままいけば、いつか若い頃につくった「老人のつぶやき」の歌詞のように、

私の短い人生は 私の生き方で生きたから
   もう一度 若い頃に 戻りたいと思うこともない


でしょう。
でも、いつか、今では人々に忘れられた存在になっているヤスさんと和解して欲しいな。
(あるいは、和解しているならしているってことをみんなに知らせて欲しいな)
でないと、

ただあの人に私の 愛が伝えられなかった
   それが 心残りです


ってことになっちゃうかも。おせっかいですが。
それとも、あの世で再会と決めてるのかしら。それなら、それもよし、だけど。




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