運動会

この季節、小学校や中学校のそばを通り過ぎると、賑やかな歓声や音楽が聞こえてきます。
そ。運動会。あれはイヤでしたねー(~_~;)
私は運動するのが苦手で、子供のころは、それがコンプレックスになってました。ああいうのって、向き不向きがあるんですよ、苦手克服とかいって、ちょっとぐらい運動しても、あまりというか、ほとんど改善されなかったですね。体質的に、筋肉がつきにくいんです。小学生のとき、50mのタイムを測っていたら、私があまり遅かったのか、担任の男の先生が、「おい、もうちょっと真面目に走れよ」ですって。私はそれこそ一生懸命、走っていたのにぃ〜〜(;_;)

運動会なんか、もう練習するのも嫌、その日が近づくにつれ、ユーウツでユーウツで。
何が一番つらかったかって、クラス対抗リレーがあったんですよ。クラスの全員がみんな参加してやるんです。あれがもう嫌で仕方なかったですね。だって、自分が競走でビリになるのは恥ずかしいだけで済むけど、リレーだとクラスの順位がかかってるから、たまたま競り合っているときに順番が回って来て、私のせいで負けたらどうしよう、クラスのみんなに申し訳ない、特に、大好きなあの男の子はどう思うかしら、そんなことばかり考えてはウツウツしてたんです(~_~;)
ほんとに、子供って、自分のことしか見えてないですから、ひとり大袈裟に考えちゃうんですよね。
で、運動会前になると、いつも、雨が降ったらいいなとか、台風がこないかなとか、学校で事故が起こって、中止になればいいとか、そんなふうに思ってました。周りの子たちは、もちろんたいていは楽しみにしているわけですから、自分だけそんなふうに暗くなってることは、あまり人にはいえない雰囲気だし、それだけに、子供心には惨めなことでした。日頃は言いたいことを言って、活発なほうだったので、実際、誰も私がそんなことを気にしているようには見えなかったかもしれませんが。

中学に上がってもやっぱりそういう状況は変わらなかったんです。運動会じゃなくて、体育大会って名前は変わりましたけど。
あれは、二年生だったかの秋、仲の良かった女の子に「あー、また体育大会の日が近づいてくる。嫌で嫌で仕方ない」って愚痴ってたら、その子は、「そんなの気にすることないよ。運動神経わるくても、成績はいいんだから。ちょっとぐらい運動ができたって、勉強ができなかったら、どうしようもないもん。勉強できるほうが、よっぽどいいよ」って言ったんですね。
まあ、確かに、勉強で困ったということは、あまりなかったです。知らないことを教えてもらうのは、楽しかったし、わからないことがわかった時は、嬉しいものでした。そういう意味で、学校に通って勉強することが苦痛だとか疑問だとか、感じたことはなかったんですね。だから、テストも好きでした。なんていうか、ギャンブルの気分です。返してもらって、何点だったか確かめる瞬間が、好きだったんです。みんなでゾロゾロ行くつまらない遠足より、早く家に帰って好きなことができるテスト期間のほうが、私は好きでした。
その女の子のほうは、でも、そうではなかった。彼女は優れた運動神経をもっていて、クラブでもけっこう活躍してました。そのかわり、テストの答案用紙を見せてもらった覚えはないですが、点数はいつも平均点以下だったと思います。
その頃、私はなんにも考えてなかった、恐ろしく幼稚でした。人の気持ちもわからなかったし、その子がそういうことを言って慰めてくれたからといって、体育大会が苦痛なのは同じでした。成績がいいとか、いい学校に入るとか、そんなことがリアルに価値あることのように実感できませんでした。私にとっては、目の前の体育大会をどう我慢するか、というユーウツさのほうが大きかったんですね。
だから、そのときは彼女に、気のない声で、「そーかなぁ」などと言っただけでした。

卒業して、私たちは、それぞれの学力に応じて、別の高校に進学しました。同時にそのころ、隣町に引越しもしたので、毎日のように会って電話もしていた彼女とは、ずっと疎遠になった感じがしました。それでも、高校に入って初めてのゴールデンウィークに、私は電車にのって、彼女に会いに行ったんです。
久しぶりに会った彼女は、なんだか雰囲気が変わって見えました。私たちは、共通の関心ごと、まあ、男の子について話していたんですが、彼女は、友達に紹介してもらったべつの男子高校の男の子と、もしかしたら付き合うかもしれない、といっていました。私は、半分は羨み、半分は茶化して、その子のどこがいいのか、と聞きました。彼女は、そっけなく言いました。別に、どこがどうって、たいした男でもないけど。
まだ『おぼこ』の私には、なんでそんなにクールな物言いができるのか、わからなかったんですね。その男の子が、それほど魅力的でないなら、付き合うことなんかないじゃないかって。私にとって恋愛とは、今もそうですが、「スキスキスキ!」の状態です(~_~;) それには、ある種、「この人を愛すべき」という確信みたいなものがあって当然だと思うんですね。そういうのがなくて、なんとなくのおつきあいは、私にはなんだか「不純」に思えてしまう。それで、言ったんです、そんなのやめといたら?それって、ほんものの恋じゃないんじゃない?もっといい男の子、心から好きになれる理想の男の子が現れるのを待ったら?って。
そしたら、彼女はさらりと、でもどこかうんざりした調子で言ったんです。
「アンタはそうすればいいの。そうやって、理想の男の子を探して、ほんものの恋愛をやったら。あたしはあたし、これでいいんだから」
私は、そのあとの沈黙を埋める言葉を見つけられなくて、「そうかな、それでいいの?」などと、もごもご言いました。彼女は私よりオトナでした。さっと笑って、いいました。
「いいの、だって、あたしはアンタとは違う人間なんだもん」

その後、私は二度と彼女に会うことはありませんでした。すっかり疎遠になってしまい、年賀状も、いつしかお互いにださなくなってしまいました。私が19、大学に入った年の秋遅く、人づてに、彼女がもうすぐ結婚するらしいと聞きました。もうおなかに子供がいる、ということでした。彼女について、私が知った最後のことでした。

幼さ残る思い出は、年齢とともに、どんどん遠ざかる、もう輪郭も定かではなくなる、それなのに、遠ざかればそれだけ、なぜか胸を締めつけます。もう私には、一生懸命に走って恥ずかしい思いをする心配はない、もしも誘われてテニスをやっても、私、運動神経わるいの、と屈託なく笑えます。てるてる坊主をこっそり逆さに吊って、雨乞いをしなくてもいいんです。
でも、中学のグラウンドで走る少女たちをみると、私はときどき、もはや二度と会わないだろう面影、もう今生ですれ違うことはないだろういくつもの面影を、いまでもそこに重ねてみます。古びた青いフェンスごしに。それらはいつまでも、どこかまだ未分化な肢体、あの自己中心的な生命の傲慢さ、それでいて薄い氷のように脆く透き通った笑顔のまま、あの場所あの時間に輝いている。
彼女は、彼女たちは、いまどこでどうしているんだろうと私は思います。
きっとみんな、それぞれのドラマを抱えながら。
そして私は、いったいどこへ向かっているのだろうかと、少しせつなくなるんです。


あれから一年

このパソコンを買ってから、ちょうど一年が過ぎました。
何を買ったらいいか、機種とか性能なんか、まったく考えないで、なかば衝動的に買い求めたわりに、もう慣れてしまったのか、気に入ってます。ノートなので軽いし場所をとらないし、液晶画面は比較的きれいで、見やすい大きさだし、第一、遊び用なので、べつにそれ以上難しいことはいわなくていいんです。いまだに、メモリがどうとか、パソコンのことはまったくわからないけど、なんとなく不自由せずに使ってます。といっても、メールをやりとりしたり、こうやってホームページをつくってみたり、あと、文章を書いたり、編集したり、絵を描いて壁紙にしたり、そんなことやってるだけですけど(^^)
初めてメールを送るときは、ちゃんと相手に届いてるか、ほんとにどきどきしながらやってました。何か作業をしているとき、画面がいきなりフリーズしてしまい、「壊れちゃった!?」と、真っ青になってショップに電話したことも(^^)
いまでは、本屋さんで、「超簡単!はじめてのメール」なんて雑誌のタイトルを見つけると、過去の自分の失敗はきれいに忘れて、「ふん。あんなのわざわざ買わなくても、マニュアルちょっと読んだらわかるのに」などと、えらそうに肩をすくめてます(^^)
パソコンって、ずいぶん高いオモチャだと思いましたが、でも、これが手元にあるおかげで、この一年の過ごし方、気持ちのありようが変わってしまったことは確かです。端的にいうと、やはり世界が広がったという感じでしょうか。ネットを通じて知り合いも増えたし、いろんな人と、気軽にいろんな意見の交換ができることが一番の利点ですね。
私の友人が、このまえ、自分のパソコンを壊してしまい、休日だったので、すぐにサポートしてもらうこともできず、まる一日、パソコンが使えなくなったことがありましたが、「すごく暇で、何もすることがない」などと言ってました。まぁ、友人は仕事にも使っているので、なおさら、「何もできない」という状態になるわけですが、でも、ネットにつながってないと、もはやなんか不便で物足りないことは確かなようです。私はケイタイ持つのが嫌いで、歩きながら、または公共の場所で、周囲もかまわずぺちゃくちゃやってる学生などをみると、「そこまでして何をしゃべることがあるの?」といいたくなるんですが、でも、「誰かと、またはどこかに、つながっていたい願望」、というのは誰にでもあるんだと思いますね。
よく、知らない人とのチャットやメールフレンド募集で、不愉快な思いをすることがあるといいます。私はチャットはしないので、なんともいえません。メールについては、いろいろやってみた結果、幸いにもそう不愉快なことはなかったです。意見の食い違いなどは起こっても、騙されるとか、嫌がらせをされるとか、そういうことはなかったですね。たまたま幸運だったのかもしれませんが・・・
いつも思うのは、普段は抑制のきいた社会人であろうと推測される人でも、案外とこういう顔のみえないところでは、無防備すぎるほど無防備になるのはなぜかな、ということです。私は、もっとみんなが嘘をついたり、騙したりする可能性が大きいと思っていましたが、どうも私がメールやりとりした人に限って言うと、そうでもなくて、逆に、けっこう自分の内面をさらけだしてしまうみたいです。もしかすると、こういうツールは本音が出やすくて、自分をさらけだした結果、ウソツキになったり、無防備になった結果、不愉快な人になってしまうケースも多いのかもしれないですね。顔がちゃんと見えていたら、いくらなんでも、面と向かってセクハラまがいのことを言う人は少ないでしょうし、堂々と自分を偽れる(じつは男なのに、女のふりをするとか)人というのも、なかなかいないと思いますから。
なにはともあれ、こういう世界には、なんとなく近未来的でスマートなイメージを抱いていたのに、実際に飛び込んでみると、なんとまぁ、古典的でどろどろした面白いところかしら、というのが私のこの一年の実感です(^^)


本当にあった恐い話

これは、父がほんとうに体験した恐い出来事です。

もうずっと以前のことです。父は、何か用事があって、隣接する市に住む知人宅を訪れていました。
夜になり、ひとり車で帰ることになったのですが、途中、通らねばならないのは、両側にうっそうと竹薮が茂り、まだきちんと舗装もされていない砂利道です。昔は火葬場があったという寂しい場所でした。
帰る間際、知人から、冗談半分に、「あの道は、出るらしいから気をつけてな」とおどされたときは、笑い飛ばした父ですが、なんとなく薄気味の悪いその場所を通りながら、やはり、いい気持ちはしなかったということです。
街灯ひとつない暗い道には、父の運転する車のほか、誰も通っていません。両側から藪の黒い陰が、路上におおいかぶさるように、さわさわと揺れています。その闇をわけるように、ふたつのヘッドライトが灰色の砂利をまるく照らしている・・・どこかしら気が急いて、アクセルを踏みながら、父は、ひょいとバックミラーをのぞきました。と、その瞬間、背筋も凍るような恐怖に見舞われたのです!!
なんと、後ろの窓ガラスに、ぼんやりと白い人の顔が映っているではありませんか!!まさかと思い、父はまたちらりとミラーを見ました。間違いありません、もの凄い形相をした女性の白い顔が、窓ガラス越しにぼうっと浮かびあがって、こちらを睨んでいたのです!
父は、もう恐ろしさのあまり心臓が高鳴って、ハンドルにしがみつくと、無我夢中でアクセルを踏んでいました。恐くて恐くて、再びミラーを見ることさえできません。けれども、寂しい道は、まだまだ続き、すれ違う車一台とてありませんでした。
必死で運転するうちに、ようやく市街地の明かりが遠くに見えてきました。その間、時間にすればわずかですが、そのときは気の遠くなるほど長く感じられたといいます。明かりを見てほっとした父は、またこわごわミラーをのぞいてみました。
すると、驚いたことに、あの顔はまだそこにへばりついていたのです!
いつ消えてくれるのかと念じながら、父はそれからもチラチラとミラーを見ていました。だが、車の後をぴったり追うように、その恐ろしい顔はいつまでもそこにはりつき、こちらを睨みつけているのです。
市街地に入り、だんだん周囲が明るくなっても、やっぱりまだそこに。
・・・父は、このあたりから、おかしいな、と思い始めました。明るい街灯の下で車をとめ、勇気をふるって外に出てみました。すると、どうしたわけでしょう、後ろの窓ガラスには、一枚の新聞紙がぺったりと貼りついているではありませんか。
きっと、風に飛ばされてきたものが、少し湿っていたか何かで、そんなふうに貼りついてしまったのでしょう。そして、ちょうどそのなかの活字や写真などのレイアウトの具合で、内側から見ると女の顔そっくりに見えていた、というわけです。
父はそのいまいましい新聞紙を引き剥がし、げっそりと疲れた気分で、また帰途についたということです。

本当にあった恐い話でした(^^)


おすすめビデオ

雨の休日や、ちょっぴり感傷的な夜に、ひとりで見るといいビデオを紹介します。これは、まったく私の個人的趣味で選んだものですが。

まず一本目は、確か数年前に話題になった映画で、ホドロフスキー監督の『サンタ・サングレ〜聖なる血』。
ホラー映画などのコーナーにおいてあると思いますが、これを単なるスプラッタ・ホラーと一緒にしてはいけません。まったく、違います。映像、音楽、ストーリー、どれをとってもまさに、これはこれだけで別格ともいうべき個性、芸術性をもっています。内容は、サイコの焼き直しだといえば、そうかもしれませんが、とにかく映像の密度が濃く、悪夢のように幻想的なんです。ほんとうにいい文学は、えてして映像化できないものですが、逆にこの作品もまた、どうやっても文章に書き起こすすべがないでしょう。胸が悪くなるようなグロテスクにも妖しい美が漂い、安っぽい陳腐さとすれすれの純粋なイノセントが、全体の基調になっています。ラストまで、ほんとうに手抜きのないシュールな構成で、こんなの、誰にでもつくれるというものではないと思いますね。荒唐無稽なストーリーに、見る者をぐいぐい引き込んでしまう魔力がある。そしてたどりつくラストの、思いがけない、あるいは予定調和的な、せつなさ。もう、涙せずにいられませんよ。音楽も雰囲気を盛り上げているし、役者もいいですね。主人公を演じているのは、監督の息子だそうですが、なかなかいい男だし、繊細で 熱のこもった演技に、非凡な才能が見て取れる。けっこうマイナーな作品ですが、ぜひおすすめしたい一本です。ちなみに、私は間隔をあけて三回も見てしまったほど、気に入っています。

次の一本は、これまた話題になった作品、『北京好日』。中国語の原題を直訳すると、「楽しみを探して」というような意味になる。退職してぶらぶらしている老人ばかりしか出てこない、地味な映画です。画質も悪く、テンポもゆっくりで、最初はとまどうかもしれませんが、なんていうか、見ればもう、そういうことは問題じゃあないんですねって、よくわかると思います。この作品に出てくる老人の、まぁ、なんと生き生きしたこと。本当に芸達者ばかり。しかも、主なキャラクター以外は、みんなシロウトさんが演じているというのですから、びっくりです。決して辛気臭い老人たちではなく、社会的に押し付けられた好々爺のイメージでもなく、とても人間らしい個性豊かな人たちに描かれています。彼らが暇にまかせて、京劇のサークルをつくるんですが、そのなかで、人間関係の葛藤、ケンカや和解のドラマがある。つくりものっぽくはないリアルな滑稽さ、市井の普段着の生活のなかで起こるドラマを通じて、しみじみと、胸の奥に満ちてくるものがある、そういう作品です。ほんと、こんなふうに、ケンカしたことなんか最近あったかしら、と思わされますね。社会的な肩書きのなかで生きて いると、それを常に演じている。怒っても、笑っても、なんだか枠が決まった演技の一環でしかない。でも、子供たちはそうじゃない、そして、退職し、もはや何者でもなくなってしまった老人も、同じなんですね。退職は、また再び個の自分に戻れる、本音で生きられる、ということを意味するのでしょうか。この作品で、私が特に印象に残ったのは、ラストシーン。はっとするような鮮やかなシーンでした。いきなり途切れたみたいで、でも、うん、これでいいんだ、この後ろ姿でいいんだという思いがこみあげてくるんですよ、それはもう感動的に。


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