悪あがきして生きてみないか?

もてない女について、何も言及してこなかったのは、そもそもが「もてない男」という本が売れたことで私の関心がそっちに走ったから、という経緯のせいもあるんだけど、もちろん、もてない女だっているのになーということは頭の片隅にありましたよ、同性として。だけど、それについて「ああだこうだ」言っちゃうと、シャレになんないじゃない、という気分だったのも確か。昔はそんな「もてない女」の声も大きくはなかったしね。それに、バブル世代と、それ以降の不況世代の女の、恋愛についての考え方は違うとか言われ始めたりして。だけど、ふと見回すと、いつのまにやら、「私だって子供の頃からブスとからかわれたりして、全然もてませんでした。まともにつきあった男の人なんかいません。ていうか、女と見られてなかったみたいです。最近は外見に加えて年も年だし、もう恋愛なんて今更ですよ」みたいなことをカミングアウトするバブル世代の女性がいたりして、いわゆる「非モテ・ルサンチマン」は、なんも若い男の専売特許やないんやでー、恋愛的にインビジブルな女もしっかりいる(いた)んやでー、ということなんでしょうが・・・
いやもう、もてない男がいればもてない女だっている、それってあたりまえのことなんだけど、女のほうには突っ込みいれる勇気がないというか、私は女ですから・・・同性ですからね、なんかこう、自分が何か言うと、余計なお世話どころか、嫌味にしかならないんじゃないかと思ってしまいます。

私はあの狂乱のバブル時代を十分に謳歌したうちのひとりで、大学卒業前後あたりが、とくに遊びで言えば、ピークでしたね。適当に授業を受け、終わったら喫茶室でお茶を飲みながら、彼氏が車で迎えに来てくれるのを待って、そのままドライヴがてらご飯食べにいって、まだお金に余裕があれば踊りにいったり。誕生日のデートは豪華ディナークルーズ、とかね、カップル・イベントもやりましたよ(笑)
服はデザイナーズブランド(バーゲンの熱気が凄かった)、大学の頃はニューウェーヴ系でしたが、卒業あたりからコンサバなスーツというか、身体にぴったりした、あの「ボディコン」(死語)ですね。さすがに大学に毛皮のコートなんか着ていかなかったけど、着てた子もいましたよ。髪はロングで毛先だけパーマかけたり、くるくるまとめてアップにしたり。あの前髪立てるのは嫌だし、面倒だからやりませんでしたけど。靴はピンヒールのパンプスで、小ぶりのバッグは海外ブランド物(並行輸入とかいう言葉が踊ってましたね)、バッグの中にはシャネルの口紅やらグッチの財布、アクセサリーもディオールとか海外ブランド物。香水なんかも彼氏とペアで使ったりしてました。音楽を通じて知り合った彼氏だったし、お洒落にもうるさい人だったので、私もけっこう影響されました。まあ、私も度が過ぎなければお洒落に凝ったり、遊ぶのは好きだから、趣味が合ってたんですよ。まだまだ私なんか質素なほう・・・って気持ちでしたけど、端から見てたら、典型的なバブル期カップルだったと思います。見えてないんですよ、ほんとに質素な人たちっていうのはね。踊りに行っても、お立ち台で腰振ってるような女の子がバブル最先端と思ってましたし、私はそこまでやらないからって。彼氏の車だってどうってことない国産車だし、彼氏以外の男性に貢がせてたわけでもないし(私は男女関係においてはモラリストですよ)、本人はすっごく庶民的な女の子感覚なんですけど、まあ、どうなのかなぁ、今思えば他にも突発的にウワッ!ていうような贅沢したけれど、そんなの上見ればキリないし、下見てもキリないし・・・

ま、私がこんなふうでも、あのころ精一杯お洒落して遊んだりしないで、地味に生活してた同世代もいるわけですし、そもそもそういう風潮が嫌だった人もいるはず。でも、そのときは見えてませんでしたね。んー、正確に言うと、それ以前から見えてなかったんですが。
クラスではナンバーワングループではないけど、わりと目立つほうで、もし同窓会をやったら、私のことを覚えてない人よりも、私が覚えてない人のほうが多いと思います。小中学生というと、いつも男子も女子も関係なくキャーキャー騒いでた感じしかないですね。掃除時間とか、真面目にやったことないっていうか。そんなの私たちが遊んでる間に誰か(たぶん、目立たない真面目な子)がやってくれてました。成績は悪くなかったんですが、面白くもない理科の実験なんかは同じ班の男の子に頼りきり、結果だけ写させてもらって提出。
淡い初恋(片思い)は小学二年生のとき。なんか他の男の子よりも、「いいな」って感じ。両思いになったり、告ったり告られたりは、小学校高学年になって。といっても、べつに何するわけでもないですけどね、イマドキの子と違って、ウブでしたから。お互いに好きとかいいあって、それで終わりですよ。中学のときもそんな感じ。デートしたり何するわけでもないけど、学校で喋ってるだけで、それなりに楽しかったです。高校時代は、不思議とそんなに好きだと思える相手ができなくなって、告白されたりもなく、その三年間はきれいに不毛でしたけどね。青春って言葉のイメージは主に高校時代って感じなのに(漫画やドラマの学園モノって高校じゃないですか)、私の場合、青春の甘酸っぱい思い出というのは主に中学時代か、大学時代ですね。

なんで高校時代が不毛だったかというと、自分のなかの女性性と折り合いがついてなかったんです。「女と見られるのが嫌」みたいな。妙に奥手だったんです。男でもなく女でもない、中性的な存在に憧れてましたね。自分が性的な存在でありたくなかったというか。そういう時期ってある人はあると思うんですよ。性にとまどう時期。まぁ、私なんて、大学入ってすぐ出来た友達に、「可愛い格好すればいいのに。そのほうが似合うのに」と言われて、やってみたら自分でも気分良くて、そのうち彼氏もできて、自然にふっきれましたけど。でも、性的な存在としての自分を受け入れてからも長いこと、ふととまどう瞬間がありましたね。自分じゃ気づかないことを人から言われたりすると。例えば、パーカーに短パンという格好(自分では中性的なつもり)で歩いてると、女の子の友達に「その太ももがエロいよ」とか。なんでかと訊くと、「顔の表情とか性格はハッキリ自己主張の強いタイプなのに、脚が子供みたいで、そのギャップがエロ」だそうです。って、そんなのよくわからないよー。言われてもきまりが悪いだけだし(笑)こんなこと言ってくるの、絶対に女の子なんですよね、「さっき喋ってた先輩、あんたの脚ばかりみてたよ」とか。おまえ脚みせるなよ、という忠告だったの?
色白でちっさくて骨が細くて、筋肉なくて適当に脂肪がのってて、どこからどうみても女の身体、というかむしろロリ体型で、フリルや花柄も好きで、首から下はオトメ(受動的)なのに、顔つきや言動だけは妙に強気だったり辛らつだったり(能動的)するので、そのギャップがエロかったとか?知らんがな、そんなん(笑)
という感じで、女は他者からの眼差しに対し自意識過剰になってしまうような状況がありますね。それは程度的に男よりもそうならざるをえないって実感がありますよ。女は男の脚とか胸とかそんなにチラチラ見たりしないでしょ。いや、見る人いるんですか?知らないけど、私はとりあえず、喋ってるときは顔しか見てません。

えーと、何を長々と自分語りしてるんだろう?
話が見えてこないっていうか、オチにたどりつけないっていうか。
ああそうそう、同世代の女でも、私にとってインビジブルな人はいたってことですね。そんな人が何考えて生きてたか想像してみたこともないですが、ブログなんか読むと「化粧とか流行のファッションは嫌いでした」とか「男性に奢られるのは嫌でした」とか「もてないのが嫌でした」とか。今更にして、へー、そんなこと考えてたのかって。同じような年で同じ女でも、わかんないもんはわかんないんですよ。いやもう、いろいろです。で、年をとったら女扱いされなくなる、という言説に対しても、「気楽でいい」とか「もともと女扱いされてませんでしたから」とか。私は絶対、嫌ですけど。だって、人としても生きてるし、女としても生きてるんだから。これからは、人としてだけね、とか言われると楽しみ半減するじゃない。
そうそう、楽しみなんですよ。実利もあるしね。化粧して自分が少しでも綺麗に見えると気分いいし、可愛い服も着たいし、おしゃれもしたいし・・・おばさんはそういうのしなくていいから気楽だとか思えない。年相応の綺麗さってあると思うし。で、年相応の女としての扱われ方ってあるとも思うし。直接的な性の対象にならなくてもね。むしろ性の対象として考えられないから、即、女扱いしなくていいって、それどこの野蛮人ですかって感じですよ。私たち一応、下半身もあるけど、上半身でも生きてるじゃないですか。それを上手くすりあわせて、文化が洗練されていくんじゃないの?男も同じです。おじさんになったら、もう男としては風采あがらなくていい?お願いだから、人としてだけじゃなく男でありつづけて、と思いますね。そもそも人間は多彩な面があるほど面白いじゃないですか。

ドア開けてもらったり、重いもの持ってもらったり、奢ってもらったり、そんなの不平等でしょ、不愉快でしょ、とか本気で言う人の気がわからない。私は体力がないから、そこをカバーしてくれるのはただ有り難いだけだし(幼い子供や身体の不自由な人のことを思いやるのも同じでしょ)、相手に奢る気があるなら奢ってもらっても有難うと思うだけだし。そんなことに引け目とか問題とかイチイチ感じませんね。相手に財力と好意があって奢りたいタイプなら、「ああ、私と過ごした時間を楽しいものと評価してくれてるんだな」と解釈して、しばらく様子を見ますね。ただの下心でお金出してるだけなら、そのうちやめるでしょう。私もそれがわかった時点でお断りしますよ。それでも誘う人は見返りを求めないと気がすまない性格か、天真爛漫な馬鹿と見なして、どっちも好みじゃないしフェイドアウトにもっていく・・・私なら「奢り問題」にそう対処しますけど、男も女もみんなきっちりワリカンにすべき、とか叫んでる人は一体何なんだ、わけわからない、と思いますよ。それが経済的な氷河期を生きてきた、懐に余裕のない若年層が言うならともかく、同世代なら、なおさら感覚の違いに驚きますよ。奢る、ということは「あなたと過ごせて楽しかったです、また次も・・・」という意思表示のすごく簡単な方法で、遠まわしじゃなくわかりやすくていいじゃないですか。もちろん性的なニュアンス込みなので、これから男女としてのお付き合いはない、とはっきり自分でわかっている場合はワリカンすればいいし。

あ、またオチがつかなくなってしまった。
それでですね。ダラダラしてますが、要は同世代でもいろんな女がいるってことですね。
経験とか立場の違いで、ものの感じ方とか考え方は変わってくるんで、一概にバブル世代はどうこうって言えません。ある程度の傾向はあると思いますけど(私なんかはぱっと見、その傾向ど真ん中寄りだったかも)。その傾向からはずれた人が、モテではなかったということ?だけど、そういう人はそういう人同士で、仲良くやってたカップルもいるでしょ?
私も今ではフリースとジーンズで出歩いたりしますが、それもまあこういう時代のせいなので、カジュアルな格好が心底好きなわけじゃなく、お金と機会があればもっと凝ったお洒落も遊びもしたいですよ。なにしろ今でも「インビジブルな存在」にはなりたくないし、ファッションだの恋だの愛だのは若い子に譲って自分は趣味に邁進、とかいう気持ちもないし。せっかく生きてるんだから、何にでもトライですよ。楽しく悪あがきしたいですね。

Hey, 同世代のみんな、Dead or Alive !?
かつてきらめいてた魂は疲れてないかい?
こんな曲聴くと、懐かしさにワクワクしませんか?
当時、一番好きだったのはこの曲で、これがかかると、いい加減もう疲れていても我先にとフロアに飛びだしていったもんです。(ヘッドフォンつけて大音量で聴くことを激しく推奨)

あれ、もてない女の話を書くはずが、結局、バブル同期たちの話になっちゃった(でもこれもいっぺん書きたかったんですよね、バブル知らない人が多くなってきて・笑)。
どうですか、お若いみなさん、やっぱ違いますか?バブル世代。
ていうか、新年早々、こんなだらけていていいのか、私?


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