アリゾナ・ダイアリー 2006

Feb. 2 / 9 / 15 / 20 / 28


06/02/02 クロワッサンを探して

今学期から新しくとったESLの授業にもなんとなく慣れましたが、どっちも「必要なのはわかるけど、やることはつまらない」って感じ。
Readingのクラスは、わき目もふらずお勉強、という雰囲気。
Listening and Speakingのクラスは、まあまあ面白いけれど人数が多すぎて喋る時間が少なく、実用的・実践的ではない。
どちらもボキャブラリーのビルドアップがけっこうメインになっていて、それは本当に必要なことなんだけど、作業としては地道でクリエイティビティのないことなんですよね。
何か文を書くとかなら、たとえ題材がきまっていて、この型で何行で、と言われても、まだそこに自分なりの個性を出す余地があって面白い。でも、ひたすら単語を覚えるのって、結局、辞書を引いて穴埋め問題みたいなのをやる、ということになって・・・受験のときやったけど、モチベーションを維持するのがつらい。
なんかこう、地味〜な繰り返しに耐える学期になりそう・・・
やっぱり英会話なんか、ほんとは一対一か、せいぜい数人でやらないとね。

アリゾナの晴天記録は更新されつづけています。今日でもう百何日め?
いや毎日からっと暖かくて気持ちいいですよ。夏は地獄だけど、冬はほんとにいいですね。アリゾナに来るなら、11月から4月ぐらいがベストシーズンかも。この季節にはアリゾナからどこにも行きたくない。去年のクリスマス前にフランスへ行って懲りたわ。ヨーロッパのベストシーズンはやはり初夏から秋ですね。
しかし、フランスへ行って改めて思ったんですが、アリゾナのスーパーで売っているパンやサンドウィッチなどはなぜあんなにマズイの?そういえばドイツのベーカリーのパンも美味しかった。ほんと、これなら心の底から満足できるというパンがないんですよね。日本のベーカリーだって、じゅうぶん美味しいじゃない。なんでフライズやセイフウェイのパンはあんなにマズイのか?ついでに言うと、プリンとかヨーグルト、エクレア、シュークリーム、ケーキなどもみんな種類がめちゃ少ないうえ、マズイ。

フランスのホテルでは、朝食(プチ・デジュネ)はクロワッサンとカフェオレと決まってましたが、そのクロワッサンが、もぅ〜美味しいの。皮がぱりっとしてて、中はしっとり。あんなのこっちにはないものね。
朝食のみならず、コンビニみたいなところで三角のビニールに入ったサンドイッチなんか買っても、それが意外なほど美味しい。ちょっと高い気もするけど、とにかく、味はいける。あんなの、手に入らないですから、この界隈では。なんでアメリカ人はこんなマズイもので我慢しているの?と思えるほど。レストランでも当たり外れが大きすぎ(ていうか、当たりなレストランは貴重)、異常に甘ったるいテリヤキチキンとか、スパイスの抜けたようなタイ料理とか、どうにもしまりのない大ざっぱな味に慣れ親しんでいるアメリカ人の舌は信用できないですね。

こっちに、コスコという大型量販店があって、お金を払ってメンバーになるといろんなものが激安で買えるんですよ。家具や電化製品、薬や日用品から食料品まで。そこのクロワッサンが美味しいと日本人の間で評判なので、カードを借りて行ってみたんですよ。12個で$4.9。安いんだけど、食べきれないし、冷蔵庫にも入らないし、半分は人にあげました。その他、ビールや果物なども箱売りですよ。ちょっと一個、とか買えません。シャンプーだって、業務用かと思うようなでかいボトル。そういうのを聞いて知っていたので、二人暮しの私たちには、あまり買う気にならないなぁと思いつつ、そのクロワッサンのために行ってみたようなもんです。
で、いざ食してみたらば。やっぱ違う〜〜〜!
バターがきいてて、一応クロワッサンなんだけど、ふにゃっとしてて、外側のパリッと感がないの。んー、人が言うほどでもなかったなぁ。
うちは朝、パン食なので、美味しいパンが食べたい。かといって、ホームベーカリーのような機械を買って、毎朝焼くってのも面倒な話だしなぁ。


06/02/09 The Biggest Loser

なんですか、この暖かさは。ていうか、昼間なんか、もう車のハンドルが熱いんでクーラー入れてるんですけど。気の早い女の子なんか、もうキャミソールで歩いてるんですけど。日焼け止めローションが出回ってるんですけど。日本ならきっと今が一番寒い時期ですよね。今、こっちじゃ戸外で28℃あるんスけど・・・
家の中、直射日光のあたらないところは涼しくて23℃です。

去年の今ごろは引越し準備でクタクタでしたね。
まー、こっちの生活にはもうだんだん慣れてきました。日本人同士でもとりあえず和気藹々とやってます。住めば都ってほんとですよ。面白いこと、興味深いこと、いろいろあるんだけど、なかなか書けません。すごいプライベートなことなので・・・ちょっと問題が。
そうそう、ここ数年、アリゾナでは不動産バブルでどんどん値上がりしていたらしいんですが、いよいよはじけたみたいですね。これからは家の値段とかアパートの家賃ももっとリーズナブルになってくるかもです。

あまりテレビ見ないんですが、こちらにいかにもアメリカンな番組がありまして、その名も「The Biggest Loser」というんですが、どんな内容かと、この前見たら、まず二組の家族が出てくる。それがそろいもそろってデブ。
一家そろって巨デブなんですよ。いや、みなさんが想像するようなもんじゃない、女の子でも100キロ超えの世界です。んで、赤チームと青チームに分かれて、専用のトレーニング施設のついた別荘でインストラクターとともに、減量に励むわけです。最初に体重を量っておいて、その減量期間が終わったときにまた測って、家族全員で何パーセントの減量になったか計算し、より多く体重を落としたチームが勝ち、賞金と豪華旅行が与えられる、というものです。(ウェブサイトでアップしてる視聴者からのBefore-After投稿写真もすごい)

いやもう、慣れましたけどね、太った人、多いし。
でもさ、最初に体重計にのって測るとき、泣くなよ。この人たち、体重計にのったことないの?と思いました。
もうね、十代なかばの娘が百十キロぐらいあるからって、その子のお母さんなんか泣いちゃって、「私のせいよ、私が娘に食べさせたから・・・」。で、みんな涙ぐんでんの。いや、そのお母さん自身、やっぱり百キロ近くあったりするんですが。見ている私としては、なんで今までなんとかしようと思わなかったの?って感じなんですが。医者からも糖尿病になる危険性が極めて高いとか言われちゃって。まだ十代なのに。
それから別荘にこもって、また涙の特訓。山登り、ランニング、体操・・・運動で減量って難しいと思うんだけど、たぶん専門の食事係もついてて、とにかく痩せる努力。何日ぐらいやるのかわすれましたが、たぶん一週間から10日ぐらいじゃないかしら。
見ていて、ちっとも体型が変わらないので、こんなのでほんとに痩せるの、と思っていたら、それぞれに四キロ五キロは痩せるみたい。百十キロが百五キロになったからって、見た目はあまり変わらないんだけど。

聞いた話ですが、こちらの人は太っても糖尿病になりにくいらしいんです。
日本人だったら、あそこまで太るまえに、まず病気になるので太れないそうですよ。そういえば、東洋系ですごい巨デブって見たことない。チャイニーズレストランとかアジア系スーパーで働いてる人たちはみんなそこそこスリムだものね。


06/02/15 ビジネスアイディア

ESLクラスの授業にも慣れてきて、要領がわかってきたような気もしますが、単語とかいっしょうけんめい憶えても、実際に喋る機会がないので、それをなんとかしたいですね。チューターを申し込むとか。憶えても、使わないと忘れていくだけだから。

相変わらず、このアリゾナにいることを生かして、何か自分にできること、収入につながることはないかと思うんだけれど、そうそう簡単にはね・・・勉強は、自分がやればやっただけの見返りがあるけれど、仕事というのはそうとも限らない。いや、単純比較はできないな、科目とかフィールドによるんでしょうけどね。まあ、とにかくなんかないかなぁって。ちょっとしたことなら、できそうな気もするし、案外、難しい気もするし。
このまえ、ここから二時間ほど車で飛ばした町、ツーソンで「ミネラルショー」があったんですって。そこではいろんな国から石や化石などが持ち込まれて、ホテルやモーテルがそれぞれ会場になって、展示即売してたとか。卸価格ですよ。最近流行りの「パワーストーン」やら、きれいな装飾品として加工されたものもあるとかで、そういうのを一箱いくらで買って、日本で売るとかしたらいいんじゃないって話になって。そっかー、そんなこともあるんだなぁと。

こちらにいると、「これ、日本で売れないかな」と思うものがチラホラありますよ。だけど、どうそれを手に入れて、運び出して、個別に売りさばくか、ということですね。ここにいる私ひとりじゃ全部できない。ヤフオクなんかで売るとしても、包装とか宛名書き、要は個々の客に商品を発送するのが大変。それさえ誰かが担ってくれたら、いくらでもこちらから売れそうなものを見つけて送るんだけどな。


06/02/20 誰もいない道のうえ・・・

二月は逃げる、三月は去る・・・月日のたつのはなんて早い、まるで自分が置いていかれているみたい。
水面下ではなんだかんだあるけれど、ありすぎてうまく書けません。

鬱MAX。

寂しいときは、自分だけが寂しいような気がする、みんなそれなりに上手くやっていて、自分だけがいつまでも不器用に、何の知恵もなく、もがきつづけているような気になる。本当は違うのに。
生まれてこなくてもよかったなんて幼い台詞は、親にも失礼、生きたいと思っている全ての人に失礼、だけど、自分がもうこの世の中で、いらない存在になったような気がする。本当は違うと信じたいのに。
誰からリジェクトされたわけでもなく、しいていえば、自分がこの世界をリフューズしているのかもしれないのに、そのことは棚上げして、私だけが、私だけが、私だけが、こんなにもつらい。そうじゃないとわかっていても。
言い訳なら千語でも書ける、でも、その文字はすぐに流れていく、わかっているから言わない、言葉にする価値もない。 それでも何かを伝えたい。

転んで泣いて、走ってみて、またつまづいて。
いつまでこんなくりかえし、ずっと続くのかな。
みんな自分のせいだから。十字路で道を選ぶたび、遠ざかってきたから。
わかってくれる人なんて、片手で数えられるほどでいい、だけどそうやって開いた指を、いまさら折って数える気力もなくて。
何をしにきたのか、もうわからないけれど、何がしたいのかだけはわかる。
私はテーブルに花を飾って、ただ「きれいね」と言いたい、心から、それだけなんだと。
私は香りつき蝋燭を灯して、ただ「きれいね」と。

通り過ぎたどんな時にも、もう戻れない。
転んで泣いて、走ってみて、またつまづいて。
いつまでこんなくりかえし、ずっと続くのかな。
私はドライヴをして空を眺め、ただ「青いね」と。
私は夜気のなか肩をすくめ、ただ「冷えるね」と。
私はワインを片手にもち、ただ首を少しかしげて、ただ訊いてみる、訊いてみる、「?」と。

あてのない生、投げやりにもならず、少し自重もして、自衛もして、けれど歩き出せずに頭を抱える。
ネットをさまよい見つけたYouTube
いろんなアーティストのPVやLIVEで時間をつぶしながら、ふと気まぐれに検索してみたミスチルの「くるみ」(注意!音鳴ります)。
曲というより、映像にボロ泣き。お笑い要素もずいぶん入ってるんだけれど、若いときバンドとか熱心にやってて、いつのまにかやめて、という人ならきっとグッとくると思うな。
って、宣伝じゃないんだけど。

どうしてる?
どうしてる?
みんなどうしてる?
私のそばを手を取り肩を叩き、笑って泣いて通り過ぎていったみんな、どうしてる?
笑顔ばかりが思い出されて、それが美化だとしてもべつにいいじゃないかと開き直り、今にもどこかへ駆け出して行きたい、それなのにもう行く先はないような気がして、ただ立ち尽くす。
誰もいない道のうえ・・・


06/02/28  生きていくことは

あー、宿題が山のようにあるよ!小テストも頻繁にあるし。おまけに明日はショートトークの順番が当たってます。もうどうにでもなれという感じですが。

♪ほんとうに大切な もの以外 すべて捨てて
  しまえればいいのにね 現実は ただ残酷で
             (「Dearest」浜崎あゆみ)

ほんとうに大切なものって?
私には、最近それがわからない。
「人はパンのみにて生くるにあらず」と言うけれど、裏返せば「パンが必要なのは当たり前」ということ。
その当たり前を踏み台にして、その価値観だけを現実の血肉にして、そうして生きていけたら悩むことはいろいろあっても、ひとつの方向での解しか求めなくてもいい。だけど、

♪ひとがもし ないものばかりをねだる生き物だとしたら
  ああ 僕たちがほんとうに欲しいものは いったい何だろう
                 (「Pride」浜崎あゆみ)

何だろう?
人としてのプライド、誇りを満たすものとは。
犬や猫は、ほんとうに欲しいものにしか欲求を向けずに、そうして生きて、生きられなければ死ぬだけ。彼らは迷わない。複数の価値観のはざまで、身動きとれなくなるのは、人が人である証拠。

Kammy+くんのブログのコメント欄で、親記事とは関係ないけれど、「医療関係者が自殺しようと思えば(一般の素人よりは)確実に死ねる。人がどうすれば死ぬかを知っているから、彼らには高度な生命倫理が求められるのだ」というような文を読んでハッとしたわ。
それはそうなんでしょう、人を生かすことに習熟することは、「人が死ぬ条件」についての知識があってこそだから。きっと、一般素人に比べて医者は自殺に失敗したりしない。最も楽に、確実に、肉体が滅ぶ方法を知っているから。

私のような素人は、その「楽で確実な方法」を知らないから、肉体を滅ぼすというと、やたら恐ろしい方法、高いところから飛び降りるだの、ナイフで血管を切るだの、銃で頭を打ち抜くだの、そんなことしか思い浮かばない。痛そう、怖そう、失敗したらどうしよう、死んだ後の有り様はどうんなふう・・・想像するだに不安ばかりがキリキリとつのり、そのとんがった不安が、中途半端な死の希求より勝っているあいだは、自殺など実行できないし、生半可に実行しても思わぬためらいや知識不足がもとで失敗する。練炭自殺が連続して起きるのは、「痛そう、怖そう」というのがあまりなくて、不安が減るからでしょうね。でも、何人か集まってやるのは、やはり不安だし、独りじゃそう上手く密閉状態を作り出せないからかも。

医学系に進んだ人たちは、生命倫理について、みっちりと学ぶのかしら。
生命とは、肉体であり、細胞であり、流れる血であり・・・
それは維持すべきもの、守るべきもの、決して滅してはならないもの。パンでできた血肉。そこに価値観の焦点をきっちり当てていなければ、医療なんかやっていられない。迷ってはいけない、少なくとも、表向きは。

私にはそういう堅固な生命倫理を自分の中に見出せない。
だから、確実に楽に死ねる薬があれば、携帯したいなどと思ってしまう。それは、リストカッターの心理と同じなのかも。自傷してその痛みと流れる血、あわよくば心配して駆けつけてきてくれる誰かに、己が生きている意味を求めるリストカッターは、やはりなんだかんだ不満や悩みを抱えていても、まだ実のところこの世界に生きたいんだろうなと思う。
もしものときのために、「確実に楽に死ねる薬」を持っていたい、などと思う私は、「痛みや苦しみ」さえなければ、この世から去ること自体に、そう未練はないのかもしれない。リストカットしなくても、自分がこの地上に押さえつけられて這うように生きていることなら嫌と言うほど実感しているし、無意味に傲慢なのでこれみよがしに助けを求める行為などできないだけ。美意識の問題。

♪もう自分には 夢のない絵しか描けないと言うなら
  塗りつぶしてよ キャンバスを何度でも
              (「COLORS」宇多田ヒカル)

塗りつぶして、そしてまた一から描きなおすだけの時間が、まだ残されてる?
残されていないかもしれないという不安に怯えて、白旗を掲げるのは、ただの諦め?
私には、無数の白旗が風になびいているのが見える、そこここに。いいのかな、その仲間に入っても?

♪誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
  みんなの願いは 同時には叶わない
              (「誰かの願いが叶うころ」宇多田ヒカル)

それがこの世の掟なら、だから、
いいのかな、誰かを裏切っても?
いいのかな、自分を裏切っても?
生きていくことは難しい、「人はパンのみにて生くるにあらず」と言うけれど、裏返せば、この地上に存在しつづけていくためには「パンが必要なのは当たり前」ということ。
生きる、と存在する、の違いが犬や猫にはなくて、だから彼らは混乱などしない。今度、もし生まれ変わらなくてはならないのなら、蜻蛉にでもなりたい。




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