アリゾナ・ダイアリー 2005

Sep.
1 / 3 / 5 / 6 / 7 / 9 / 11 / 13 / 14 / 15 / 16 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 28


05/09/01

昨日は、会話サークルの授業で、初めてOHPというものを使いました。
二人一組になって、コミュニケーションとは何か?上手なコミュニケーションには何が必要か?コミュニケーションの例を図で描け、というような質問の答えを考えるんですが、先生がOHP用の透明な薄いプラスチック板とマジックペンをそれぞれのペアに配るんですよ。ペアのうち一人が代表で前に出て、それを使いながら発表しろって言うんです。
きゃー、なんか研究者の学会みたい!マイクはないけど、教室広くないし、充分です。
私はこっちで知り合った日本人の奥さん(彼女も研究者の妻)とペアになったんだけど、いまいち尻込み気味の彼女より、私のほうが「こんな面白いことってめったにないぞ、やりたいやりたい、私にやらせてくれ〜〜」と思ってたので、そういうオーラを察したんでしょうね、なんとなく向こうが、「じゃ、まりねこさん代表でどうぞ」という感じになって、順番が回ってきたときには、私が前にでて発表することに。うひゃひゃ。

いやー、気持ちええな〜〜〜!!
夫の学会発表見ていて、「あそこに立っているのが私だったらいいのに」と何度思ったことか。
いよいよ念願かなって、教室のみんながこっち見てるなかで、いっちょまえにOHPなんて使いながら発表するんですよ?プロっぽくて(?)面白いじゃないですか。
ええ、そうですとも、目立つこと、注目されること、わりと好きなんですよ、じつは(*^ー゚)エヘ
ほら、中学生のとき、国語の時間に宿題の作文を教壇に立って読まされたりしたもんですが、うれし恥ずかしですよね、ああいうのって?現国とか英語の音読なんか、先生に当てられた生徒が漢字や単語がわからずに時々つまったりすると、「あー、イライラ。時間の無駄。先生、こんな無能なヤツ当てんと、私を当ててよ!」と心のなかで密かに思ったりしませんでした?え、そんなの私だけ?(゚Д゚≡゚Д゚) うっそぉ〜!

あーあ。私も研究者になればよかった。オタク的に好きなことにのめりこんで、それを世間に発表したら、うまくすりゃみんなが関心持って聞いてくれて、何もわからん一般人からは先生先生って持ち上げられるし、ええなぁ〜。3日やったらやめられん職業やな。なんかさー、学会でパソコンとかOHP使って発表する自分の勇姿を思い描きながら、その一瞬の愉悦感を味わうためだけに楽しく研究できそうじゃない?もし自分の研究成果に穴があっても、そこを突付かれたらこうしてかわそう、とか、人の発表の脆い部分に、どう突っ込みいれたらエレガントに相手をビビらせられるか、とか、考えてるだけで愉快な世界ですよね?多少、薄給でも、なりたがる人いっぱいいるの、わかるわぁ〜。
って、こんなこと書いてると、研究者をバカにしてるとか誤解されそう。あは。もう遅いかしら♪


05/09/03

昨日は午後から宿題に追われてました。
例の「赤ペン先生」のクラスなんですけど、だんだんハードになってきて。ちょうどテキストのUNIT1が終わったので、その仕上げとして「好きなトピックを選んで5〜12のセンテンスでパラグラフを構成し、タイトルをつけよ」という宿題なんですが、いろいろ考えて書かなきゃいけなくて、こういうダラダラ書きばかりしてる私には馴染みがなく、とてもやりにくい、というか、コツがつかみにくい。
まず、トピックがはっきりわかる文を最初に書いて、そのトピックに関連するモロモロの文を論理的につなげ、最後は結論を表す文で締めなきゃいけない。サンドイッチ方式。もちろん最初のトピックセンテンスとコンクルージョンセンテンスは、関連しあっていなきゃいけない。

こう書くと、簡単なようですが、普段、物事をボンヤリしか考えてないと、読者をひきつける出だしから始めて、論理的に文章を構成し、きちっとした結論で締めくくる、ということができません。どうしても私は文章が冗長になってしまうんですよ。なんでもかんでも事細かに説明しすぎる傾向があって、横道にそれたり、トピックに直接関係ない文を挟んでしまったり。ピシッと型にはまったサンドイッチをつくるのは難しいです。けっこうスキルがいりますね。
そこでアナタ、「理科系の作文技術」の登場ですよ。これはうちの夫のバイブルですが、ダラダラした情緒的な修飾語句とか内輪受けセンスに走ることを排した、「万人にわかりやすい筋道だった文章」を書くとき、参考になる本です。くやしいけれど、今回ばかりは、そういう論文のようなものを書いてきた「プロ」である夫に教わる立場。もー、私ができうる限り気を配りながら、時間をかけて書いた渾身のパラグラフも、
「めっちゃ冗長やな」
「これトピックと関係ないんちゃう?削れば?」
「んー、まだまだ気色悪い文章やな」
ボロカス言われっぱなし。でも、あっちは「プロ」。だからして、指摘されたとこは書き直し、書き直し・・・やってるうちに、たった10ぐらいのセンテンスでなるパラグラフ書いて印刷するのに、構想の段階から数えると六時間も七時間もかかってしまいました。もう頭痛いよーー。いいかげん、これでいいや、と諦めて、きょう提出しましたが、やっぱりあちこち気になる部分があるんだなぁ。自分でもわかってるんだけど。主語が長くて頭でっかちなセンテンスになってたり、こんな表現でいいのかな、と思えるところ、いろいろ。
まあいいです。しゃーない。あとは赤ペン先生に直してもらおう。
あ、上のパラグラフを読んでみた方、「ここはこうしたら」「ここおかしい」みたいな指摘があれば、掲示板か私書箱で教えてくださいませ。今後の勉強に生かさせていただきますので。

月曜はレイバーズディでお休み。ほっ。
会話サークルの先生によると、その日はショッピングの日なんだそうで。いろんなところでセールをやっていて、とくに、家具がセールになる日なんですって。
でも、週末だから赤ペン先生からの宿題がどっさり・・・パソコンで、このWeb ExercisesのUnit1の1〜4までをやって、それをプリントアウトして提出しなきゃならないんですよ。まー、内容はそんなに難しくはないみたいなので、ためしにみなさんもやってみます?教科書もってなくてもできると思うんですが・・・


05/09/05

月曜まで連休ですが、どうしてこんなに眠いのか、ひたすらゴロゴロしております。
昨日、久しぶりに日本に電話したら、うちの弟が(愚弟、と書いたほうがいいのかもしれない)、
「ねーちゃん、そっちは大丈夫?なんでも、ハリケーンの被害がすごいらしいけど・・・」
って、あんた、ここはアリゾナ。ここんとこ雨なんか一滴も降ってませんよ。
被害にあってるのはここからもっと東のほうでしょうが、ルイジアナとかミシシッピとか。まー、連日そのニュースはやってますけどね。今日のローカル新聞では、アリゾナでも避難民の受け入れ・保護を決めたとか。
先週、会話サークルの先生が言ってましたが、裕福な白人層はいち早く安全な場所のホテルなどに避難していて、家も保険にかけてあるし、ダメージはまだ少ない。でも、どうしようもないのが、避難したくてもできなかった黒人の貧困層。ルイジアナ州って全国でもワースト4(だったけ?)の貧乏州なんですよ。黒人の比率が六割以上、でしたっけ。アリゾナにも黒人いますが、そんなには多くないですね、それよかメキシカンのほうがずっと多い。以前、カリフォルニアのリバモアに住んでいたときも、ほとんど黒人みかけませんでした。だけど、小旅行でボルティモアに行ったときには、「ええっ、黒人ばかり!」みたいな印象を受けました。ボルティモアも人口の六割がたが黒人なんですね。もう町の雰囲気が全然違っていて、驚いた覚えがありますが、ああいう感じなのかなぁ?
水に浸かって無法地帯と化した町、強奪・略奪などが横行していたそうですが、会話サークルの先生によると、「一番多く略奪されたもの」それはアルコールだったそうです。え、なんでアルコール?もっと生活になくてはならない食べ物(缶詰とか)や水ではないの?と思うんですが、んー、なぜ???

とにかく、ここアリゾナで実感できることと言えば、ガソリンの急騰。
ほんとうに、ここ数日、一日に10セント/ガロン(約4リットル)ぐらいずつ値上がりしていて、
「えっ、今日は2,89ドル?あれ、いつのまに2.99?なになに〜〜〜、ついに3.19?!」
みたいな感じで、一日で朝と夜ではもう10セント違ってる、というような信じられない事態が進行しています。どこまでいくの、この値上げ地獄。まあ、私たちの乗っているのは普通車だし、そんなに毎日、遠くまで乗り回さないし、まだ家計に直撃、とまではいきませんが、それでも車がなくては生活できないところですから、すごく気になりますよ。聞くところによると、日本ではリットルあたり130円を超えたらしいですね。てことは単純に四倍してもガロンあたり五百円超えてるじゃないですか。こっちでそんなんだと、もうめちゃくちゃ殺伐とした感じになるでしょうね。でも、どうなるのかな、このまま上がりつづけてガロンあたり5ドルとかになっちゃうと・・・もうみんな顔ひきつり青ざめますよ。今でさえ、ガソリン高いから外出を控えようっていう雰囲気なのに。

しかし、このハリケーン被害の現状に、すぐさま人種問題が持ち出されるところが「いやぁ、アメリカやね」というか。この国の複雑さの一端を垣間見ているよう。ほんとにすぐ火がつくんですね、何かあると。で、どんどん感情的にエスカレートする。やっぱり歴然と、ここには人種の壁というのがあって、ホワイトだろうとブラックだろうと、日の当たらない場所にいる者たちは、「ルーザー」としてのルサンチマンを常に溜め込んでいるというか。それはとってもシリアスなので、今ある真実を理解しようなんて試みは、当事者でもない者にとって相当に難しく、かつ危険。いやん、巻き込まれたくない、怖い。ってのが日本人である私の本音。


05/09/06

あー、なんか突発的に寂しい。
三連休は、結局どこへも行かず、ゴロゴロ、ゴロゴロ。といっても、夫のほうは、もうすぐ学会発表があるので、その準備に追われてますが。ドイツで二つの学会をはしご。あの人の英語、きっと半分ぐらいしか理解されてないだろうに、何か発表しろと呼ばれるなんて、ほんと、嘘みたい。ラッキーなヤツ。
私も行こうかなぁとか言ってたときもありますが、ESLのクラス始まるし、フェニックスから乗り換えありの長旅だし、今回は見送りってことにしたら、んもー、私が知ってる限り、いままでで一番、良さげなロケーション。ええなぁ〜、秋のドイツ、やっぱりええなぁ〜。

思い起こせば、去年、一ヶ月滞在したユーリッヒのゲストハウスは良かった。
あのね、アメリカにいると、訳もなく無性に「あー、寂しいなぁ」と感じることがあるんですが、それって地に足ついてない感覚からきてると思うんですね、でも、ユーリッヒみたいな町にいても、きっと寂しくなるときはあるんだろうし、そこでも自分が根無し草の外国人であることは同じなんだけど、それは微妙に甘美なノスタルジーをともなう寂しさなんですよ。夕暮れ、沈んでいく赤い太陽を見つめて窓辺にたたずめば、ひとりで脳内ヒロインになれちゃうような・・・「ああ、どうしてこんなに寂しいのかしら・・・フッ」とか、ため息ついて。

アメリカで感じる寂しさはどこまでも現実的で、ドライなんですよ、そんなファンタジーに浸ってらんないです。こういう違いは、もう町のつくりとか歴史、人々の暮らしぶりや態度なんかから、そう感じるんだろうな。
こっちは何でもドライブスルー。
ハンバーガーでも、アイスクリームでも、薬も、銀行のATMも、図書館に本を返却するのも。教会もあちこちにあるけど、お祈りするのだってドライブスルーなんじゃない?って感じ。いや、ほんとにそんなのがあるのかわかりませんが、ドライブスルー・チャーチがあっても全然おかしくないです。いやーアメリカやね、と思うだけ。
ああ、憧れのヨーロッパ。煉瓦造りの建物、教会の凝ったステンドグラス、窓辺に飾られた花々、ええなぁ・・・

明日から、またコミカレの日々。毎日行くのも面倒だと思ってたけど、行き始めたらクラスがないのも、張り合いがないような。疲れるのは疲れるんだけど、反面、人とのコミュニケーションに飢えてるのかも。ひとりで家にいても、そんなにやることないしね。寂しい。


05/09/07

んもー。今日の会話サークル、休講。
せっかく車で十分以上かけて行ってるんだから・・・せめてコミカレのアカウントとってる人だけでもメーリングリストで知らせて欲しかった。でも、急な事情かもしれないし、しかたないですけどね。教室の外には、一緒にクラスとってる若い日本人の女の子が、誰か男の子と喋っていて、「今日、先生休みみたいやねー」と話しかけると、「そーなんですよ、やったー、嬉しい」って。「何が。わざわざ車運転してここまで来てるのに」と言うと、「みんなそう言うんですね」だって。当たり前じゃないのー、クソ暑いし、ガソリン代だって高いんだから。
学生さんは気楽な身分ですな。語学留学だけならねぇ。このまえ、日本食レストランでアルバイトの男の子と話をしたら、「ASUの学費は高いから、コミカレで二年ぐらい英語と専門科目とって、三年から編入するのが安上がりなんスよ。自分もそうしました」って言ってたけど、そういう気もないみたいだし。
あー、でも、人のこと言えない、私も。大学時代、たまーに休講があると同じようにラッキー、と思いましたから。することもないので、友達と喫茶店へ行って喋ってたり。さすがに、朝一の授業で予告なしにそれやられると、「せっかく早起きしたのにぃ!」って腹が立ちましたけど。

ところでね、話は変わりますが、考えたことがあるの。いやぁ、これまたcontroversial issueだから、ちょっとriskyかなぁと思うんだけど。まー、気にしてたらこんなサイトやってらんないので、結局は書くんだな。
それはさ、よく男性のモテナイ系ブログでありがちな一連の流れについて。
まず男が「もてないよー、寂しいよー、なんで女は僕を好きになってくれないんだー」と書く。すると、それを見た女がたまに、アドバイスめいたコメントを残す、いわく「女ってのはね、XXXXなんだから、あなたはもっとXXXXXしなくちゃ。そうすればきっともてるようになるよ」みたいなね。
女の側のほとんどが、「なんだか気の毒でほっとけない」気分でコメントするんだろうけど、自爆しそうなルサンチマンを抱えたモテナイ男は、なぜかそれを親切とは受け取らないで、「人を高みから見下ろして、あれこれモノ言われると傷つくんですけど?」って態度。

まぁこういうのは一種の甘えなんでしょう。なぜって、その後の展開は、たいてい、こんなふう。
女「そうやっていじけてるからダメなんだよ、もっと自分に自信もたなきゃ」
男「僕はキモブサデブオタ男なんですよ、告った女からはみんな拒否られてきた。こんなんで自信なんて、もちようがないっス」
女「だから、せめて服装とか身だしなみに気をつければ・・・」
男「僕も僕なりに清潔感のある外見にしようと努力しましたよ、けど、元がブサだから何やってもダメ。女は顔しか見てないっスから。ハハ。事実っしょ?」
女「(ムキになり)そんなことないよ、あなたのそーゆーひねくれた性格に問題あるのかもしれないよ?」
男「外見を良くする努力をしろ、の次は、性格直せ、ですか。僕はこれで僕としてのアイデンティティもってるんですよ、ちょっと恋愛経験あるからって、女はなんでそこんとこをないがしろにして傲慢なモノ言いしてくるんですかね(キレ気味)」
女「だから、あんた、もてたいんでしょ?女の意見が素直にきけなくてどうするの(説得口調)」
男「僕は無理やり本当の自分を偽ってまで女にもてたくない!ありのままの自分を好きになってくれないと意味ないんだ!(マジギレ)」
女「あのさー。現実見たらどう。みんな何かしらもてるために努力してんの。キモブサデブオタ男のままのあんたを愛してくれるなんて、あんたを生んだママンだけだよ。女は、あんたのママじゃないんだからね!(捨て台詞)」
男「やっぱり三次元の女は・・・かくなるうえはもはや護身しかない('A`)」

なんつうか、煎じ詰めればこうなる展開多し。女の私からすると、男のほうが甘えてるようにしか見えないんだけどね。
だけど、女のほうも「あたし、あんたのママじゃないし!」って捨て台詞を吐くぐらいなら、最初からアドバイスなんかやめとけばって思いますね。結局、受け止めきれないんだったら、中途半端な親切は、かえって相手のルサンチマンを倍増させるだけ。そりゃそーだわよ、「じゃあ彼女になってくれるのか?自分のことを一途に愛してくれる女を紹介でもしてくれんのか?つまりは余裕ぶちかまして悦に入ってるだけじゃねーか、この女は」って思われても仕方ないじゃない?
ただただ損も得もなく、心から愛されたいという渇望を抱えた男がそこにいるだけなんだから。

私も初めはモテナイ男には人の親切心がなんで伝わらないんだろって思いました。
でも、自分がそういうルサンチマンを抱えてると考えてみて、やっぱり言葉でどうこうって無理じゃないかと。
「女はね、こうしてほしいのよ。だからそうすればいいの」式の指南は、ぜんぜん虚しいわけよ。
モテナイ・ルサンチマンというのは、自分から動いて拒否されるのは怖い、でも誰かに自分をわかってほしい、愛して欲しい、という「身を切るように切実な甘え」だと思うのね。それはやっぱり、「安心して存分に甘えられる」という経験をしないと、解消しないのではないの?女に両極端な愛憎もってるルサンチマンタイプ男には、恋愛のテクニックを教授するより、「そのままでも充分魅力あるよ、少なくとも私はそういう君自身が好きだ」と受け止めて、決して途中で放り出さないことが、もしかして、肝心なことなのでは?
でも、女もそこまで余裕がないと、途中でそんなややこしい重苦しいことは、投げたくなるのね(ルサンチマンに心を乗っ取られた男は概して粘着に相手を試したがる傾向あり)、そもそも「ちょっと気の毒」レベルの感情で、安易に慰めてもしょうがないっていうか、お互いに不愉快になるだけなのよ。

だから心優しき女たち、その優しさがほんものなら、言葉に乗せずに心に乗せて伝えよう。
難しいけどね。どうしたらいいのか、私にもわからない。まあ、少なくとも私なら、とりあえず、誰彼かまわず「アドバイス」したり「慰め」たりはしない。エネルギー使うことをするんだから、対象はよーく厳選しなくちゃ。ルサンチマン男も玉石混合だもの。
「僕はキモブサデブオタ男なんですよ、告った女からはみんな拒否られてきた。こんなんで自信なんて、もちようがないっス」と言われれば、
「へえ、じゃあ一回、会ってみようよ?あなたがキモイかどうか、たぶん私のほうが客観的に判断できると思うよ?そうねぇ、今度の土曜日の午後、XXでお茶でもどう?」
と賭けられるかどうか。それだけ「もったいない」感じがする男かどうか。
自分が「こいつ、もったいないな。たわけたルサンチマンなんかに取り憑かれちゃって。このままほっとけない」と心底思えるなら、そのルサンチマン男の我侭や繰言を「受け入れ」、少々のことでは「突き放さない」。まあ、これも一種の愛なんじゃない?
で、こういう「広大な海に引きずり込むような博愛精神」をもてるのが、本来の女という性だと思うわけ。
それを、「母性」とか言ってもいいんじゃない?
道端で子供がしゃがんで泣いていたら、なんとなく声をかけたくなるでしょう?たとえ自分の子でなくても。
涙を拭いて、鼻をかんでやって、どうしたの、何を泣いてるの?って。あれよ。ああいう感じ。理屈なんかない、ほんとのお節介。だけど、そういうお節介がひとつもない世界になったら、殺伐とした空気が自分をも不快で不安にさせると思うのね。

「優しさだけじゃものたりないよ、それに、博愛精神とか母性とかって、なんだそれ?俺様の求めてるのは、ナースや母ちゃんじゃねーんだよっっっっ!手ぇつないでセッ○ルもできるカノジョなんだよーーーっっ!!」
まあまあ。落ち着いて。
歳をとれば、いずれわかると思うよ、「あれも一種の愛だったのかな」ってね。
そう、それも一種の「愛」なのよ。それで我慢しろとは言わない、むしろそれを自分にとってのジャンピングボードにしたらどうなの、と。相手に悪いとか思わなくてもいい、だって、相手は、自分が好きだから、そうしたいと思うから、お節介してるだけなんだもの。


05/09/09

ガソリンの値段は下がり始めました。
こういうのって、便乗値上げですよねー。ハリケーン襲来とともに、すぐなんだもん。待ち構えてたみたいに、値段を吊り上げるんだから。

夫はいよいよ学会が近づいてきたのでナーバスになってる様子。いつものことだけど。
ギリギリまで計算したりデータ出してる。もっと余裕みて、3日前には英語のスピーチの練習するだけ、って感じにしとけばいいのにって思うんですけど、ちょっとでもいい発表にしたいのなら、発表の直前まで、研究の内容を煮詰める作業が必要なんだそうです。わかるけどさー、ちゃんと伝えられるのかな。

♪伝えたいことがあるんだ GWの研究成果を
 果てしなくつづく 数値合わせ 徹夜して終わらせてゆきたい
   こんなに焦ってるから 泣きそうにもなるんだよね
   学会に呼ばれた秋を 決して 決して 忘れない〜
       (元歌「伝えたいことがあるんだ」小田和正)

ああ、また歌ってしまった。

しかし、私はどうしてこう「チャイニーズに間違われ率」が高いのかしら。
いや、月水金クラスで、隣に座ったコリアンの人と喋っていたら、イタリア出身のおばさんが、彼女を指して「あなたはコリアンでしょ」と、また私を指して「で、あなたはチャイニーズよね」。
ノォ〜〜〜!私は日本人ですよ!!(自己紹介のときも富士山の話をしたでしょうが。覚えてないのね)
イタリアンおばさんは、私がジャパニーズだったのがさも意外な様子で、「あらそう、ジャパニーズ?ふうん、ジャパニーズね・・・」と言いながら、目を丸くして私を見ておりましたよ。
そのほか、薬局でも間違えられたし、何より、大きな中華系スーパーマーケットへ行ったとき、レジの人(たぶん中国人)から「あなた、中国人みたい」と言われてしまったし。
なにしろ、中国に旅行したときだって、現地の中国人からも「中国人より中国人らしい」と言われたんだから。
そういえばヨーロッパでも何度か間違われたことあるし、そんなに私は中華な顔ですか?
で、不思議なことに、コリアンとは間違われないのよ。
いったい彼らが私のどこを見て、「この人はチャイニーズ」と発想するのか知りたい。中華な外見って、どういうイメージ?そもそもジャパニーズとチャイニーズとコリアンを外見で区別することなんかすごい難しいですよ。私だって、話しかけてみるまでわからないし。
確かに日本人より中国人のほうが数的に多いんだろうけど、日本人だって見かけないわけじゃないしねぇ。
ほんと、謎だわ。


05/09/11

夫は、ほんとに直前までジタバタしていたけど、今朝はやく学会へ。
もうすでに緊張感ガチガチ。今からあんなにソワソワしていて、当日みんなの前でちゃんと喋れるのかな。
ったく、落ち着けよ。見苦しいったら。
Fタンなんか前日の夜は「緊張してる」とか言ってたくせに、いざとなると慣れたものだったよ。まあ、彼には卓越した英語力というアドバンテージがありますけどね。
しかし、「緊張してきた?なぁなぁ?最初は何て挨拶するん?ここでちょっと練習してみ?」とか言って、さらに夫のテンションを引き上げてやる私も、悪妻なのか良妻なのかわかりませんが(プ
あーあ、学会に出るのが私だったらいいのに。この資料の字体はこっちのほうが可愛いかしら、第一声はどんなふうに始めようかな、途中、だれてきたら笑いをとったほうがやっぱりいいかしら、そうそうお洋服のコーディネートも考えなくちゃ、あーワクワクする〜〜って楽しんでしまうのにね。だって、招待講演なんだから堂々といけるじゃない。

という内輪話はさておいて。
なんかまたしてもモテ/非モテ話ですよ。ブログめぐりをしていたら、ほんとうにいろんな事を言ってる人がいて、書き手のそれぞれの立場から対立している記事やコメントのどちらにも「なるほど」とうなずける部分があったりするもんだから、もー、頭こんがらがってきます。
たいてい、自分を非モテだの、脱オタだの、キモメンだのとカテゴライズして、旗色を鮮明にしてますが、私自身の立場はどうなのと考えたとき、それは自分でも意外なんだけど、どうも非モテではない以上、なんとなく「モテ」ということにしかならないようです。
いやー、正直、こんな時代になるまで、自分が「モテ」だなんて思ったことないのね。だって、そんな数多くの男性に言い寄られたわけでなし、高校時代の不思議な屈折期間もあったので、「モテ」る女とは「華やかな美人で数多くの男性に求愛され、何度も彼らを『ごめんなさい』と振りながら、つきあう男が途切れた期間がない」ような人のことを思い描いていたのです。

だけど、他人のモテ/非モテ話を読んでくうちに、だんだん私自身のささやかなモテ・エピソードを思い出してきましたよ、おかげさまで。小学校六年のとき、はじめてクラスの男の子と両思い(死語か?)になったこと(学級委員どうしだった)、その子と自然消滅のあと、べつの男の子から、はじめてラブレターをもらって、嬉しかったけど、どう返事をしていいかわからなくて3日たったころ、「もう返事いいよ」と言われてぼんやりと心が痛かったこと、中学のとき、クラスの男の子が二人、たまたま一人でいた私のところにきて、片方が「こいつ、今日、誕生日やねん。おめでとうって言ってやって」と頼むので、何のことかわからないまま「誕生日おめでとう」と、もう片方の子に言ったら、「ありがとう」と照れて、また二人で走り去っていったこと、当時、好きだった男の子と交換日記(歳がばれる!)をちょっとだけしたこと、修学旅行にはツーショットをお願いして、OKしてもらったので友達に撮ってもらっていたら、先生が通りかかって「おっ、おまえらそんな仲やったんか」と冷やかされてすごい恥ずかしかったこと、もっと歳をとってからは、十歳も年下の子に「魅力的だと思いますよ」と言われてなんだかくすぐったかったこと、年上の人から花見やなんかに誘われて「ゴメンナサイ」して、これまた心が痛んだこと・・・甘酸っぱい思い出や心痛むけどキラリと輝く記憶の数々、そのときには訳わからなくて忘れてた小さな出来事が、非モテの人たちの自分語りを読むうち、反対の立場から、細部まで思い起こされ、「そっか。あれはそういうことだったのね」と腑に落ちる。

モテ/非モテのテーマは、たんなる異性愛のことから、まずは人間として愛し愛されてきたか?そもそも愛とはなんぞや?というような広がりをもって語られるようになってきましたが、他の人が口角泡を飛ばして論争している(ようにみえる)のを見ていると、自分の気持ちはすーっとそこから離れていって、いかに自分が愛されてきたか、たとえば華やかなモテでなくても、ささやかに微笑ましいモテ・エピソードがあったとか、そもそも生まれたときから両親に愛されて育ってきたこと、誰かに騙されたり利用されたり、理不尽に侮蔑されたりしたことがない私が、今、ほんとに憎んでいる人など一人もいないのは、それ自体とても幸運なことで、運命に感謝すべきなんだなぁという思いで胸がいっぱいになります。
で、また目の前で繰り広げられている、ネット上ではあるが、それだけに本音満載の真摯な論争に目をやれば、私なんて、自分で思う以上にぬるい人生、保護され、甘やかされた人生を送ってきて、何も言う資格ないんじゃないかと考えたり。

(ここまで読んできて、なんかモテ自慢とか幸せ自慢してるみたいに見えますか?でも、自分の身に起こったことを振り返ってみて、ほんとに思うことだからこう書かざるをえないです、すみませんが)

だから鈍感なんですよ。いや、善意からでた言葉でも、鈍感なのは、しばしば人を傷つける原因になる。
私にも異性に対する屈折期があったので、それなりに非モテの人の気持ちもわからないでもないと思ってましたが、結局は自分で勝手に屈折していただけであって、それなりに人から愛情もらっていたし、自分はいつかほんとうに愛し愛される経験ができる、と固く信じて疑わなかったので、そして、それはほどなくして現実になったので・・・やっぱりほんとのとこ、わからないのよ。
ほんと、マジでわからない。
想像力の欠如、と言われればそれまでだけど、私は私の置かれた環境のなかで生きて、そのなかでモノを考えたり感じたりしてきたので、それはもう仕方ない限界というのはあります。誰でもそうなんじゃない?
逆に言えば、ほんとうに非モテでルサンチマン抱えながら生きてきた人にも、私のような能天気な人間の世界観とか行動パターンは測りがたいんじゃないかな。

たとえば、「どうしてみんな、好きな相手に素直に好きと言えないの?」と、私はときどき思ったりします。恥ずかしいとか、迷惑と思われないかとか、そういうのはわかるにしても、私のいままでの行動パターンとしては、もうすごく自然に「好きオーラ」が出ちゃう。周りの人みんなに、あー、コイツはあの男が好きなんだな、とバレバレわかっちゃうような。でも気にしない。周りなんて眼中にない。すごい複雑な関係になりそうなときは、さすがに控えますが、もう誰かを好きでいること、それ自体が楽しいし、嬉しい。自分が相手に拒否される可能性に怯えるよりも、まず自分がそんなに夢中で好きになれる人を見つけ出したこと、その喜びが先に立って、周りの人たちにも「あの人、すっごく素敵、そう思わない?ねっ、思うでしょ、思うでしょ?いやーん、もー、大好き〜!」と、宣伝して回りたくて仕方がない。心がスキップ、脳内花盛り、好き好きボケの独り善がり。相手から嫌われるかも、なんて、あまり心配してない。
だって、どんな人から好きになられても、それが真面目なものであれば、私は嬉しいから。もちろん、そこから進んで「つきあいませんか」となると、嬉しいけどご希望にはそえませんっていう場合あるにせよ、嬉しいのは嬉しい。

自分がそうなので、自然、「好き」ということに抵抗なくなる。「つきあって」は、また別問題。
「だからおまえの『好き』は、軽いんや」
と夫に言われましたが、それは違うの。ほんとに真面目に「好き」なんだからね。コロコロと心変わりしないし。たとえば、ささいなことで喧嘩して絶縁してしまった人がいますが、私はその人のことは今も変わらず魅力的なパーソナリティだと思うし、好きです。喧嘩は喧嘩。なんでコイツこんな反応すんのかと思いましたが、だけど、そんなことでは損なわれないだけの人間的魅力があるので、迷わずシンプルに好きだと言える。向こうはどうだか知りませんけど。嫌われたのかな。だけど、「向こうが嫌いだったとしても、こっちは好きだもんね。勝手に応援してるよ」と心の中で思ってる。声や行動には出しませんよ、ストーカーみたいでみっともないし。
こういうのは恋愛感情とは違うんでしょうけど、むしろ浮ついた気持ちじゃない「好き」なので、私は広義の「愛」だと解釈してます。そういう愛を自分の中に抱きしめていることが嬉しいし、貴重なことと思う。
いざとなったら「相手のために、今なにができるか」と考えられること、そう思える人がこの世の中に生きている、それが嬉しい。

むかーし、友人がとても難しい状況に落ち込んでいて、私は何の助けにもならないけど、話を聞いたりなんだかんだお節介を言ったけれども、現実を変えるチカラはなかった。それが悔しくて、何もできないことが悲しくて、また、私はそのころいろんな意味で幸せ絶頂期だったので、「私たちの間に人間として根本的な出来不出来の差があるわけじゃないのに、境遇がこんなに違うなんて、こんな理不尽なことがあっていいのか」と憤りを感じてました。自分が幸せであっても、運命の理不尽さを糾弾したくなることはあるんです。
(多くの「モテ」が、「非モテ」に対してモテるために努力の必要性を説きたがるのは、人間にはコントロール不能な「運命の理不尽さ」というものの残酷さを直視したくないからじゃないかな)
ある日、どうにも途方に暮れて、実家の父に、泣きながら話をしました。
「私だったら、プライドが邪魔をして、自分が幸せじゃないときに、幸せそうな人とつきあったり、ましてや相談をもちかけたりできないと思う。でも、あの子はどうして私と付き合いつづけているのかな、お父さん」
「自分が苦しく惨めだからこそ、同じような人間とつきあいたくないと思う場合もある。その子は、おまえに自分とは違ったものを求めているんやろうな。だから、おまえはおまえでいいんと違うか」
納得したわけじゃないけど、私はその友人がほんとうに好きなので、なんでだろうと思いつつ、一緒に泣き笑いしながらそばにいて、そのうち状況も変わっていきました。
異性愛じゃなくても、こんなふうな愛を自分の中に持ちつづけていられれば嬉しいし、とても貴重なことと思います。いざとなったら「相手のために、今なにができるか」と考えられること、そう思える人が一人でも二人でも、この世の中に生きている、それが素直に嬉しい。

・・・長々と自分語りをしてみましたが(まー、ダイアリーだから、いっつも自分語りなんだけどさ。あは)、ことさらにモテ/非モテから広義の愛なんちゃらかんちゃらについて語っちゃったのは、はてなダイアリーで「kmizusawaの日記」にたどりつき、恐らくは私とそんなに歳が違わないだろうこの女性の、非モテカミングアウトから始まる文章に触発されて、です。
そこには語るなら「自分の問題として語れ」と書いてあって。
んー、問題・・・そう、何が問題なのかなぁ?って。
だから、私はこういうバックグラウンドをもってこんなふうに考えてる非モテじゃない一女性ですが、私もモテにカテゴライズされるのならば、非モテの人とはあらん限りの想像力を駆使しても、やっぱりわかりあえないし、それどころか悲しいことに、何か言えば不快にさせたり傷つける側でしかないのかなって。だってどうしたってルサンチマンには鈍感だもんね。基本的には人付き合いでも、恋愛でも、理不尽に傷つけられたことがないから。愛は、喜びも苦しみも包括して、だけど、本来は単純そのもの。


05/09/13

んもぅ〜〜!!
(って、牛の真似じゃないです)
今日、前の宿題、ほら、例の「渾身のパラグラフ」、あれが採点されて返ってきたんですけど、79点!!
こんなの嫌すぎっ!嫌すぎるっ!まだ評価はCじゃない!あと一点、一点でBなのに!!
前回は78点だったでしょ、進歩してないじゃない、あれだけ頑張ったのにーーっ!
「あー、そっかぁ、これが私の実力なんだなぁ・・・」とボンヤリ思ってたら、隣に座ってた大柄なメキシカンおばさんがこちらを見てるのに気づきました。彼女とはときどき隣になるんだけど、この人、面白い人で、「この授業はハードねぇ」なんてコソっと耳打ちしてきたり、私の宿題の点数を覗き見したりするの。で、私も「?」って感じで彼女の点数を見るんだけど、最初のは、確か私のほうが三点ぐらい多かったわけ。で、彼女は落ち込んでたみたいなので、
「だいじょうぶ、あなた、とても流暢に喋れるじゃない」と言ったら、
「喋るのは問題ないの、書くのが苦手なのよ」と。
次の宿題もたまたま私のほうが「前より進歩している」という評価で、彼女は「とくに進歩なし」だったので、彼女、「あらやだ、またしてもこのジャパニーズ小娘に負けたわ。ああ、もう嫌っ、この授業」って感じでした。

今日もまた隣から私のペーパーを覗き込んできたので見せると、なんだか妙にニンマリしているの。
私も同じように見せてもらったら、彼女の点数はわりとよくて、83点だったかな。
そうか、それでこの会心の笑みなわけね、と納得。もうー、メキシカンってなんであんなに感情表現が大袈裟でわかりやすいのかしら。テレビのメキシカン向け番組でもとにかくそのあたりすごく「濃い」し。ぜんぜんシャイなところとかないわけ。めちゃストレート。その単純さが、なんだか可笑しくなってきて、
「わぁ、すごいわねー、何をトピックにしたの?」
「うちの家族のことよ。特に、母のこと。母はね・・・ベラベラベラベラ・・・」
得意げに喋ってるその笑顔を見ていたら、さっきまでちょっとガッカリしていたけど、ファイトが湧いてきたわ。
先にB取られて悔しいけど、今度は負けない!勝負よっ!あと一点とって、私も絶対Bに這い上がってやる!Aは無理としても、せめてBとらなきゃ。だいたい七十点台なんて、中途半端で嫌すぎ。ただのgoodだなんて、やだ。excellentは高望みかもしれないけど、very goodぐらい取らなきゃ気がすみませんよ、こうなったら。12月まで授業やるんだから、まだ挽回のチャンスはあるよね。
でも、私はそのメキシカンおばさんの点数しか知らないけど、みんな、もっとレベル高いのかな。たいていの人は八十点台でアタリマエ、九十点台を目指してるとか?今度、さりげなく訊いてみようかしら・・・なんか心配になってきた・・・

運転してコミカレから帰ってくると、必ず郵便屋のオジサンに出会うんで(ちょうどその時間帯に集配にくる)、毎回、挨拶してるんだけど、今日はちょっとエキサイトしていたせいもあって、
「ハーイ」
「ハイ、元気?」
「元気です、けど、聞いてくださいよ、今日、宿題が返ってきて・・・(と、取り出して見せる)これ」
「ふーん。何点?79点かぁ」
「これCなんですよ、80点ならBなのに」
「ああ、それは残念だったねー、今度いい成績をとればいいさ」
「ああもう、ほんと残念」
「ははは。まぁ君はよくやったよ、頑張れ頑張れ」
「英語って、すっごく難しい」
なんて愚痴っちゃいました。こんなときに限って八つ当たりできる夫もいないし。
んー、頑張ろう。とにかく、やるしかないんだし。
でも、私をチャイニーズと間違えてたイタリアンおばさんなんて、アメリカ人の夫と結婚してアメリカ国籍をとってからもう二十年って言ってるのに、なんでコミカレなんか来てるのかしら。ダンナに教えてもらえばいいのに、っていうか、普段の会話やなんやかやで、もっと上手くなっててもいいはずなのに、いまだにあの聞きづらい発音。同じ印欧語族のくせに、不可解。メキシカンにとっても、町のいろんなところで英語とスパニッシュを併記してあるじゃない。なんで彼女たち、コミカレのESLなんか来てんだろう。子育て終わったオバサンって、暇だからかしら??


05/09/14

つまらない。あー、なんとなく、つまらない。たいくつ。
日本語で書かれた本が欲しいよう。図書館スキーな私には、そろそろ禁断症状が・・・
ネットで素人文章の拾い読み、というのもそれはそれで面白いけれど、ちゃんと良質の作品としてまとまった「文芸」なり「エンタメ」なりが読みたい。
こういうダイアリーを自分が書いてて、そんなこと言うなよって感じですけど。
人のこと言えないけれど、読んでいて鬱になるような文章にでくわすこともあるしね。プロの「作品」だと、プロだというそれだけで作品との距離がとれる、でも、なまじ素人作文だからこそリアリティがあって、「世の中をみたような気になる」んですよ。
私なんか、生きてる世間が狭いですから。
自分とその周りのことが、まあ「普通」だと思っていて、そこから大きく外れてると、「うそー、ありえない、マジ?」と、びっくりしてしまう。

たとえば、私には想像もつかない悲惨なイジメ体験が淡々と綴られたりしていたら、「泣かせ」に弱い私はもうそれだけで「ごめんね、ごめんね」な気分になってしまいますよ。いや、私が誰かをいじめてたわけじゃなくて、「そういうことがあると知らずに生きてきて、ごめんね」って感じ?
なんでそこで謝らなきゃいけないのか、自分でもよくわからないんだけど。いろんな意味で恵まれてるって自覚するからかなぁ?それで、その恵まれてるっていうのは、私自身の努力で獲得したものじゃなくて、自然とそうあったことだから、人の運命の理不尽、不平等に、自分も荷担しているような気になっちゃう。で、それを書いた人のところに飛んでいって、何にもできないくせに、お節介をしたくなる(気分だけで、実行はしませんよ)。それは、やさしさとかじゃなくて、何かを「埋め合わせ」しなきゃいけないような気になるのかな。
でも、いくら言葉を尽くされても、ほんとうには人の心の痛みなんか、わからないんだろうけどね。
その証拠に、また別のサイトやブログのページをクリックしてみたら、そこにはドドーンと写真がのってる。男ばっかの宴会風景。しかも、私があまり見たことないタイプ(っていうか目が勝手にスルーしてる?)ばっか(余計なお世話だけど)で、またしても「世の中をみたような気になる」んですよ。
そこで考えちゃうわけ、この中の一人が私のツボにハマる「泣かせ」作文を書いたとしたら、どう感じるか?とか。

もちろん、写真って実物とは違う。ほんの一瞬を切り取ったものだから。話し方とか、声とか仕草とか、微妙で複雑な感覚も総合して、最終的にその人の印象が決まるでしょ。
だから、単純な私が酷い苛められ体験記なんかを読んで、「うう、こんなことがあっていいの、なんていうか、すっごい可哀想(同情の言葉なんか最低、それは強者の立場から憐れむことだよ、とか言われたら、この気持ちをどう日本語にすればいいんだろう?)」と泣いたとしても、次の瞬間にはふと顔をあげて思ってる、「いったい、どういう人か、会ってみたい」。前述の写真の人たちも、実際に会えば、また印象が違うんだろうし。これが、ネットとリアルの決定的な差。リアルで本人に語られると、そんな邪まな考えが頭をかすめる余地ないものね。

私はネットで知った人と会ったことが何度かあるけれど、リアルなその人たちの姿に、人としてor異性として好感をもつかどうかはそれぞれでも、いわゆる「ダメだ、この容姿、生理的に受け付けない」という人にはお目にかかったことがないです。
みんな、程度はややバラツキがあるにせよ「普通」だと思いましたよ。これって私のキャパが広いの?モテナイと自認している人でさえも、え、ほんと?普通じゃない?って感じるだけでしたもん。弟とか見慣れてるからかなぁ?もう、姉の私から見ても、あれは完全なる非モテ系ですから。身びいきできない。そういえば、夫も。大学時代の写真にはまだキリッとしてる感じのがあったのに、今では・・・痩せろよ!マジで。
うん。そんなこんなで免疫できてるのか、ちょっとやそっとのことでは「あの人キモイ」とか思わないんですよね。ネットのなかでは、「オリのこのキモイ顔が悪いんだぁぁぁ( TДT)」な人がたくさんいますが、いったいどれくらいキモイのかと。そんなにキモイ人かどうか、確認してみたい。少なくとも、本田透氏は写真で見るかぎり全然キモくない。写真見たとき、「この嘘つきが」と思いましたもん。元祖「もてない男」の小谷野氏も、写真で見る限り、ぜんぜんキモくない。ほんと、「きんもー☆」と呼ばれる人たちは、そんなにたくさんいるのかな??

なんか、みんなが容姿にこだわりすぎるようになって、思い込み激しい自称キモ系が増えてるような感じがするんですけど。「キモイ」っていう言葉が、軽くなりすぎたこともあるんじゃないかな。何にも考えず、軽いノリで「キモッ」とか言っちゃう。つまんないものにも「カワイイー」って言っちゃうみたいに。それなら、そんな軽いコトバに振り回されなくてもいいと思うんですが。っていうか、私の認識が今の世の中とズレちゃってるのかな??
「キモイ」とか「デブス」とかいって、人のこと笑い者にして平気なのは二十歳ぐらいまでのコドモでしょ?
それ以上だと、言ってる本人が「頭悪い」とか「育ちが悪い」と周りに思われるでしょ?え?違います?ほんとにそういう現場を見たことないから、実感がないわ。誰かを指して、面と向かって「キモイ」って・・・たとえば女子高生の集団あたりならやりかねないと想像つきますが、実際にそんな光景見たら、「なに、あの下品な子供たちは?親はどういう躾をしてるの、ったく!」と眉をひそめるでしょうね。社会人になってまでそんなこと言うようだったら、もう真性バカ認定ですよ。って、普通に考えてますけどね、私。


05/09/15

アリゾナもここんとこ少し暑さがマシになってきたような気がします。ま、それでもまだまだ暑いですが。
でも、一番、耐えられなかったのは、やっぱり七月から八月はじめにかけてかな。これからは、きっとゆるやかに涼しくなっていくんだろうと思います、っていうかそう願いたいです。

またしても英作文の宿題が。
すでにいくつかあるトピックのなかからひとつ選び、トピックセンテンスとコンクルージョンセンテンスでサンドする方式。パラグラフを5センテンスで構成するんですよ。トピックとコンクルージョンにそれぞれ1センテンスとしたら、内容は3センテンスで書かなきゃいけない。思いつかないよ〜〜、そんな短い文章。一応、「洋服の流行」をテーマにセレクトしようと思うんですが、その内容をどうしよう?
まずトピックは「流行に最も敏感なのは好奇心旺盛な若い女性たちである」なんてどうかしら?で、結論は、「ある流行のスタイルが、保守的なミドルエイジにも浸透してしまうころには、彼女たちはそれに関心をなくし、また新奇なデザインやコーディネートを求め始める」とか?
それだとあと3センテンスをどういう流れでつなげばいいのかな?
・・・ああもうー、短い文章は難しい。

明日は会話サークルなんだけど、授業のスカスカ感と、一部日本人学生のアホぶりに、ちょっとうんざりしてきました。バカだから授業の内容わかりませんってのは、本人の問題だからいいのよ、でも、明らかにやる気がないんだったら授業に来るなよ。他の人が迷惑するし、コリアンやメキシカンの若い子たちと比べて、その態度のオコチャマぶりに、同じ日本人であるこっちが恥ずかしいのよ。
巷で言われている(?)、日本凋落説が現実味を帯びてみえて、なんともいえない気持ち。
お勉強できないからって言うんじゃなくて、その行儀の悪さ、社会性のなさは何なのってこと。
あー、躾のなってない犬とコドモは周りに迷惑まきちらすからイヤ。
writingのクラスはメンツもみんなそれなりにオトナで、レベルも一定以上の授業だから、あとは自分が頑張るだけだけれど、肝心の会話が思ったように伸びないと困るなぁ。コミカレのどこかに、無料チューターをしてくれるとかなんとかいう情報があったので、思い切って電話してみようかしら。話す機会がなかったら、やっぱり上達しないものねぇ。

ESLに行き始めて、だんだんすこーしずつ、頭ん中に英語脳が芽生えてきたのがわかる。
授業から帰ってきたばかりだと、声に出さない独り言も、なんとなく英語になってんの。
あー、おなかすいた、何か食べなくちゃ、と思うかわりに、ah, so hungry, I have to eat something, とかね。たぶん文法とか単語がめちゃくちゃだろうから、それを正してくれる誰かがいれば、もっともっと早く喋れるようになると思います。ほんと、誰かいないかなー?


05/09/16

あー、明日の宿題どうしよう。まだ手をつけてない。
こんなことやってる場合じゃないのよ。絶対、Bとらなきゃいけないのに。

夫は最初の学会が終わって、次の場所へ移動した模様。
肝心の講演は、誰かに「つめこみすぎ」と言われたらしいです。うひゃひゃ。そーなのよ、なんでも詰め込んだらいいってもんじゃないのにね。だいたいが貧乏性だから、ホテルの朝食バイキングでも、そこに並んでるすべてのものを一通り皿に取ってくる。往復三回ほどして。私、恥ずかしいので他人のふりをしたいんですが、「これ美味いぞ、おまえも食べろ」とか強要してくる。誰も朝からそんなに食べてないっちゅうに。まあ、そういう性格が仕事でも出るんですよ。怖いですねぇ。次の講演では、上手くやって欲しいものです。

(お昼寝タイム+お勉強タイム・・・)

あーー、やっとできた。なんだか、初め考えていた流れとは違うけれど、まあいいや。
これで出すしかない。

      Women's Clothing and Fashion

   Young women are quick to react to changes in fashion because there are lots of fashion magazines that stimulate their curiosities. They know the newest style of clothing well and lose no time in trying it. Elder women also care about fashion nevertheless they seem to be more conservative than young women. With age, most women come to understand what kind of style suit themselves, so they don't run after fashion easily. Probably looking for their best style is the reason why young women want to collect fashionable clothes one after another.

【和訳】若い女性は流行の変化に敏感です。なぜって彼女たちの好奇心を刺激するファッション雑誌がたくさんありますからね。彼女らは最新の着こなしをよく知っていて、それをすぐに試してみます。年長の女性たちも、流行を気にかけますが、若い女性よりも保守的なようです。歳とともに、多くの女性たちは自分自身にはどんなスタイルが似合うのかわかってくるので、容易に流行を追いかけないのです。たぶん、若い女性が次から次へと流行の洋服を集めたくなる理由は、自分のベストスタイルを探すためなんですよ。

これで5センテンス。
どこか間違ってます?ヘン?わかる方がいたら、あと15,6時間ありますから、掲示板か私書箱で早く教えて〜〜〜!なんせ、今度こそBとらなきゃいけませんから、私も 必 死 です。メキシカンおばさんの鼻をあかしてやるのよ。


05/09/18

昨日の授業では、ばっちりメキシカンおばさんの隣になっちゃったわ(なんか、そういう予感がしてた)。
で、宿題の作文をお互いに交換するんです。テキストブックの後ろのほうに、切り取れるようになった作文読解シートみたいなのがあるんです。で、彼女は私の、私は彼女の文章について、「トピックは何か?」から始まって、最後は「もっと良いパラグラフにするためのアイディアがあれば書きましょう」で終わる一連の質問に答えるんですよ。
彼女のつくってきたパラグラフは私にとってはすごく難解でした。馴染みのない単語がいくつも並んでるし、電子辞書ひきまくって調べても、結局、センテンス自体の意味がよくわからなかったり。ネイティブだとだいたい見当がつくのかもしれないけど、どっちも不確かな語学力ではどちらが間違ってるのかわからない。私の英語力のなさが問題なのか、それとも、相手の文章自体がおかしいからわからないのか。(ちなみに、テキストブックの例文や解説は一読しただけでだいたい意味がわかるレベル)
とりあえず、どうしても意味の取れないセンテンスがあったので、最後の質問には、「ざんねんながら、四番目のセンテンスは私には何が言いたいのかよくわかりませんでした、でも、それは私の読解能力不足のせいかもしれません」と書いて提出しました。あとで先生から返してもらっても怒らないでね、メキシカンおばさん。何も書かないのも、意欲がないと見なされそうだし、かといって偉そうにアドバイスするほど、よくわかってないので、結局、上記のような曖昧なことしか書けないんだけど、これってすごく日本人的かも。語尾を濁す、というか、意見を強く主張せずにちょっとぼかしたがるところ。アメリカでは、煮え切らない態度はそのままバカだということにされがち、と聞いてますし。あーあ。書かなきゃよかったかな。だけど、ほんとのとこ、そうなんだもんね。しかたがない。先生とメキシカンおばさんの反応を見て、必要ならそれ以降は軌道修正するか。

今日は休みなので、車を洗ってもらいに行こうかな。日本ではありえないぐらい、汚れちゃってる。このままじゃ、エラントラ君が可哀想。いや、うち、ヒュンダイ(こっちの発音だと、ハンダイかフンダイに聞こえる)のエラントラに乗ってるんです。今のとこ、主に私が乗り回してるので、親愛の情をこめて「エラントラ君」(簡略形は「エラ君」←これ微妙に面白くありません?)って呼んでるんですよ。中古で安かったんですが、前の持ち主さんがきちんとメンテしていたのか、なにも問題なく、気持ちよく走ってくれます。いい買い物でしたよ。
えー、やっぱりマシンウォッシュとハンドウォッシュなら、後者のほうがいいんでしょうね?そういえば、リバモアにいたとき、マシンウォッシュでミラーもげ落ち事件ってのがあったなぁ。いや、夫も私もマシンウォッシュのやり方がよくわかんなくて、適当に車(当時は「カムリ」)を突っ込んだら、なんとサイドミラーが片方もげてしまいましたって話なんですが。あれは怖かったっていうか、いきなり、「ちょっとちょっと、うわぁ!」って感じで。しばらくは、どうしようもないのでミラーをガムテープかなにかでくっつけて走ってました・・・
洗車の値段ですが、マシンウォッシュなら3ドル、ハンドウォッシュは10ドルぐらいです。リバモアでは、日曜なんかには十代半ばぐらいの子供が何人かで道端に立って、お小遣い稼ぎに「洗車」の看板を掲げていたものですが、こっちではあまり見かけません。やっぱり暑すぎるので、無理があるんでしょう。

正直、めんどくさいなぁ。ひとりで行くの。洗ってもらってる間、待ってなきゃいけないし。たいくつ・・・

夫が帰ってくるまで、あと四日?五日?そろそろお土産の要求書をメールしなくちゃ。って、ドイツでしょ・・・うーん、とくに欲しくなるものもないんだなぁ、これが。
オコタンと一緒に、一人プラス一匹の生活をのびのび満喫!!と思ってたけど、日本にいるみたいに、図書館からミステリ借りてきて読書三昧というわけにもいかないし、実家に入り浸って一緒にご飯食べたり、甥っ子にちょっかいかけるわけにもいかないし、かといって日本に電話しまくるのもどうかと思うし、こっちのテレビ見ても面白くないし、家事やる気にもなれないし・・・けっこうたいくつ。
普段は罵りあいやら責任のなすりつけあいの絶えない関係でも、夫がいたほうが、たいくつしない(しょっちゅう喧嘩しているので)、とか重いものを買って帰れる(つい先日、猫砂を6キロほど買わなきゃいけなくなって、非力な私は難儀しました)とか、気軽に外食できる(一人ではとても食べきれない)というプラス面があるだけマシ?
たとえローマ字でこんな↓けったいなメール送ってくる夫でも?

Chantoshita seikatu siro(kitui meirei). 

【訳】ちゃんとした生活しろ(きつい命令)

・・・やっぱ存在自体が暑苦しいわ、あの人。まあもちろん、こっちもそれなりの返信をしたわけですが。

ke! Chantoshita happyo wo siro(kitui meirei).


05/09/19

昨日、洗車に行ってきましたよ。ハンドウォッシュのとこ。
暑い日中を避けて、夕方に行ったんですが、そんなに待たずにすぐやってもらえました。が・・・なんかもう、「こんなはずでは・・・」の連続で疲れ果てました。
まず、コースを選択するんですよ、三種類あって、一番安いコースの13ドルをチョイスしました。初めてだし、どんな感じかなぁと思って、あまり高いのも(といっても最高コースでも30ドル弱ぐらいでしたが)ナンだし、安いのにして様子を見ようと。

で、店の人員構成はどうなってるかというと、実際に洗ったり拭いたりしているのはメキシカンの男たちで、彼らを取りまとめてあれこれ指示を与えるメキシカンのマネジャーのような人が一人いて、さらには接客担当の黒人の男とレジ担当の白人の男がいました。
店の敷地に入っていくと、メキシカンマネジャーの誘導で、あそこに停めてくださいとか言われます。で、どのコースにするか訊かれて、オフィスのなかでチケットを買ってくるように言われます。そこで黒人の男が寄ってきて、いろいろ話しかけてくるんですが、この彼がもう曲者で。あとで書きますが。
小さなオフィスにはレジがあって、そこでコースぶんの料金を払うんですよ。あとは、椅子に座って終わるのを待つだけ・・・なはずだったんですが、思わぬ事態が。

さっきの黒人男が来て、
「お客さん、フロントガラスに小さなキズがあるんだけど、これ、うちで修理できますよ、保険入ってます?」
何のことかわからない私を車のところまで連れて行って、フロントガラスの一点を指すんです。
「ほら、これね、ほっておくとよくないから、こっちで修理しましょうか?簡単にできるし、時間かからないし。いや、保険でカバーできるからお金はいらないですよ、どこの保険屋?GEICO?OK、電話かけなきゃ。このキズ、いつついたんですか?えっ、わからない?大丈夫、訊かれたら今日ついたことにしとけばいいし」
とかなんとか言いながら、自分の携帯を取り出して、保険屋に電話かけるんですよ。
なんか面倒なことに巻き込まれてしまった気分の私。じっと彼を見上げてたら、彼は保険屋となんだかんだ喋って、ハイ、とその携帯をこっちに渡すんですよ。ええーっ、私、電話嫌いなのに、しかもこんな周囲がガチャガチャうるさいところで・・・どうしよう、と思う間もなく保険屋の事務員の女性の声。「hello, how are you today?」ああ・・・もう逃れられない・・・
かなり聞き取りにくくて、「Sorry?」「I'm sorry, but I couldn't understand what you said」「Can you speak more slowly please?」を連発しながら、もう必死ですよ。なんでこうなるの、と思いつつ。

結局、訊かれていることは、どこにどんな損傷があるのか、それはいつどこでそうなったのか、名前と住所と生年月日、電話番号、そういうことなんですけどね、でも、横に立ってる黒人男のサポートがなかったらやり遂げられなかったと思いますよ。
だって、いつどこでそのキズがついたんですか、なんて訊かれてもねぇ。そんなの、さっきまで、そこについてたこともしらなかったんだもん。
「えっと、いつ、ですか?(そんなこと言われても知らないよ〜)」と途方に暮れてたら、隣で男が「今日でもいいですよ、今日の朝って言っとけばいい」と耳打ちするので、そうか、そんなんでいいのかと思い、「ええと、今日です、お昼頃。ええ、場所は××通りで。えっと、原因・・・は、運転していたら突然小さな石が当たって・・・」とか思いつきの嘘八百。それでOK。結局、そんなの検証しようがないし、もう書類をつくる手続き上、訊いてるだけなんでしょうね。
でも、住所氏名、電話番号とかはわかったけど、ZIPコード(アメリカの郵便番号みたいなもの)は?と訊かれて、私の耳にはそれがどうしても「ズィップカード」に聞こえて、カード?ええっ、そんなカードもってないし、知らない・・・とまた黒人の彼に救いを求めてそのまま「ズィップカード?」って繰り返したら、「ああ、ここのZIPコードはxxxxx」と教えてくれて(そんなの暗記してないよ、私は)、なんとかかんとか電話での手続きが終わったときには心底ほっとしました。

あー、もうあとは待つだけ、とまたオフィスに入ったら、さっきの黒人の彼が、まあ座ったら、みたいに自分の隣の椅子を指すんです。で、やれやれと一仕事おえた気分の私に、やたら馴れ馴れしく声かけてくるんです。
「ねえ、お客さん、チャイニーズ?」
「(またかいな)ノー、私はジャパニーズ」
「ええっ、ホント?この店に日本人が来たの、初めてじゃないかな。僕、日本好きなんだよねー、ほら、スシとかね、スパイシー・ロールはいいよ」
「そう?でも、スパイシー・ロールはほんとのスシじゃないわよ、こっちのスシってみんなフェイクだと思う」
「ふーん、あなたさ、いくつ?二十五くらいかな?」
「(さっき生年月日言ってるの横で聞いてたくせに)ええっ、私、もうXX才なんだけど」
「ええーっ、嘘だろ、見えないよ、君は二十五だね」
「あなたは?ずいぶん若くみえるけど」
「僕も二十五なんだ」
「アハハハ」
「ねえ、今晩、一緒にスシ食べにいこうよ、君のぶんまで払うよ」
「えっ、アハハ(何いってんのコイツ、私が結婚してるって知ってるじゃない、さっき、これは夫の車だって言ったし)。あー、私、これから買い物に行かなくちゃ」
「へえ、あ、僕のために服でも買ってきてくれるのかなぁ?」
「・・・私、グロッサリーストアに行くんだけど。それから家に帰って夕食つくらなきゃ」
「僕と君と君のダンナさんの三人ぶんつくるんだよね?大変だな♪」
「(ハァ?)えーと・・・アハハ・・・」
「僕、日本人好きだなぁ〜、君が店に入ってきたとき一目みて『ワオ♪』って感じだったよ」
「あなた、日本人とか中国人とかコリアンとか、見分けられるの?」
「そうだね、たいてい中国人はもっと大きくて太ってる。コリアンも背が高いよ。日本の女性はもっとスリムで、ほんと感じいいね。僕、好きなんだよね、君みたいな・・・」
「私、あなたよりずっと年上なんだけど」
「あ、僕、年上のレディ好きだよ。だって、賢さがあって落ち着いてるからね。あまり若いのは・・・好きじゃないな」
「ほんと?伝統的に、日本の男の人は若くて可愛い女が好きよ」
「ねえ、僕とスシ食べにいかない?今夜にでも」
・・・ずっとこの調子。

なんか、文字で見ると「んもー、いい加減にしてよ、このナンパ野郎」って感じなんだけど、なんとなくとぼけた愛嬌があって、その場では憎めないんですよねぇ。嫌味がないっていうか、表情がsweetなんですよ(べつにイケメンということじゃなく)。日本人の一部の女の子で、特に黒人が好きな人っているらしいけど、こういうノリに引っ張られちゃうんだろうな、と思いました。まあ、この場合、しょせん一時的な会話上の「お遊戯」だから、それをお互いにわかってるからっていうのもあります。そういう意味では、私ももっと上手にのってあげて、楽しめばよかったんでしょうね。それにしても、この独特のノリでマジモードだったら、もっと女性に対するアピール力があるだろうし、口下手で気配り下手、相手とシッカリ目を合わせて会話を楽しめない日本人男性は完敗です。
たとえば女性が結婚を意識するような微妙な年齢で一人留学してきて、だけどうまく友達つくれないし、うんと若い子の輪にも溶け込めないし、思ったほど英語も上達しないしってとき、やっぱり寂しいじゃない?そんなタイミングで、たとえば行きつけのコーヒーショップのマネジャーとか何でもいいんだけど、ある程度、顔見知りの男(いちげんさんの「お遊戯」は問題外)に、こんなノリでプッシュされたら、根はコンサバな私でも落ちるかも。
「あなた、私個人が好きなんじゃなくて、たんに『日本人』が好きってだけでしょ?」
まずは意地悪くこう言ってみますよ。で、相手が、
「ああ・・・そんなふうに見えた?違うよ、ぜんぜんそんなんじゃないよ、日本人が好きなのはほんとだけど、それはただのきっかけであって、僕は『君が』好きなんだけどな。いや、べつに君が日本人じゃなくても、きっと好きになってたよ、ごめん、うまく伝えられなくて。でも今の僕はとにかく『君が』好きなんだ、信じてくれるかな」
こんな答えなら、もうパーフェクトに陥落、デートの誘いに応じるな(で、やっぱりこっちの男はこんなふうに答えそうだから怖い)。
上手いんだもん、なんていうか、表現力の差が歴然とありますね。ソフトなんだけど適度に強引で、なおかつ粘り強くプッシュしてくるっていうか。これは夫について海外の学会とか行ったり、自分の今までの海外体験から薄々思っていたことだけど。なんだか、黒人含め、欧米人スキーな女の子がたくさんいることに納得しちゃった。

はじめての洗車体験、まだ続きがあるんだけど、長くなるのでここでいったんUPします。


05/09/20

洗車体験の続き。

やっと洗い終わったみたいなので、オフィスから出てみると、そこには泥よごれも落ちてスッキリした顔のエラントラ君。で、そのそばには、メキシカンの小男がひとり。
この人、なんかちょっと気になってたんですよ、なぜって、表情が暗いというか、笑わないの。

私、こっちにきてから、「極力、(夫を除く)人々みんなに愛想よく振る舞う」ことを実践してます。その一環として、自分からニッコリ笑いかける。スーパーのレジでも、コミカレの教室でも、同じアパートの住人とすれ違うときでも、とにかく会う人には自分から率先して笑顔で挨拶。難しくないですよ、少しにっこりして「Hi」って一言いうだけだもん。たまに気後れするときもあるけど、そこはちょっと勇気を出して、とにかく明るく「Hi」。この一言が出てきたら、あとは何か頼んだり喋りかけたりクレームつけたりするのにも弾みがつくんですよね。

最初に私が洗車場に車を乗り入れたとき、例のメキシカン小男がすぐそこにいて、いつものようにニッコリ挨拶したんですよ。普通は同じような笑顔が返ってくるはずなのに、この人ムッツリと口元を引き結んだまま、なんだか疲れたような、悲しげなような顔をしてこっちを見たの。あら?何この人?まあこんなこともあるさ、気にしない、と思った相手、その小男が何の因果かまた目の前に。
「終わりました?」と訊けば、黙ってうなづくので、キーをもらって乗り込もうとしたら、彼の口からボソッと一言、「small tip」。
そう、アメリカはチップ社会。これがまたややこしいんです、誰にいくら払うべきか、この国の人に訊いてみたって、それぞれに意見が違うんだとわかるだけ。日本人の私に理解できようはずもない。実は、この洗車でもチップ渡さなくちゃと思ってたんだけど、ほら、あの黒人ナンパ師のおかげですっかり勘が狂って、忘れちゃってたのね。急いでバッグの中の財布を開けて、細かいお金がなかったので5ドル紙幣を渡しましたよ。まー、たかが13ドルの洗車に、これはちょっとあげすぎかなと思ったけど、小銭がなかったので仕方なく。

小男は紙幣を握り締めて去っていき、ああ終わった終わったと車に乗り込んでエンジンかけようとしていたら、今度は大男のメキシカン・マネジャーがセカセカと大またにやってくるじゃないですか。
で、私をまた座席から呼び出して、何か言うんですよ。この人の英語、私にはわかりづらくて、ハァ?って感じだったんですが、どうも、「車のボディがざらついてる、このままじゃいけないから、コーティングしなきゃ、時間はそんなにかからない、十五分ですませるから」、と言ってるみたいなのね。スプレーとクロス(?)を持ってきて、一部分だけ実際にやってみせて、私に触らせて、「ほら、感触が全然ちがうでしょ?」と。もういい加減、私も帰りたかったけれど、それ、いくらですかって訊いてしまったのね、そしたらなんと、300ドル!
「ええーーーっ!さん、びゃく、ドル〜〜〜!!ノー、ノーサンキュー!!必要ありません!」
びっくりして叫ぶと、向こうも負けじとばかり大声でベラベラ・・・よくわかんないんだけど、とにかく、「お客さん、絶対やったほうがいいから、やんなきゃダメだよ、車がダメになっちゃうよ」と言ってたんでしょう。私も引き下がらず、だって、300ドルも出せないもの、と言ってたら、しまいに、「よし、ちょっとそこで待ってて」とオフィスに入っていって、すぐ出てきて言うには、あのレジの男とかけあって、半額の150ドルにディスカウントさせたからって。「だからさ、ぜひこれやんなきゃ、半額ですよ、150ドルになったんだから」みたいにまくしたてるの。
ちょうどあの黒人ナンパ師もそこに来てたので、「これ、本当に必要なの?」と訊いたら、彼はちょっと複雑な顔をして「うん、やったほうがいいよ。ボディが傷んでくるからね」と一応は勧めるけど強くはプッシュしなくて、「まあ君次第だけど」というニュアンス。

私は「さっきのチップ、やっぱりあげすぎだったんだ、コイツ金もってると思われたんだわ。なーにがスペシャル・ディスカウントよ、そんなに簡単に半額になるようなものだったら、最初からもっと価格設定を下げてるでしょうに」と舌打ちしたい気分でしたが、なんかもう疲れてきて、まあいいか、これもいい経験ってやつかな、と観念、
「わかった、じゃ、150ドルでやって」
メキシカン・マネジャーは、それを聞くなり、ほいさっさと他のメキシコ人従業員のところに飛んでいきました。
私はまたレジで150ドル払って、オフィスの前の椅子に座っていた年配の男性客に訊きました。
「どう思います?コーティングで150ドルってお得なんですかね?」
「リーズナブルじゃないかな」
というのが彼の答え。
それでも、なんか納得できないまま、自分の車のほうに行ったら、3〜4人がかりでコーティングの作業しているところでした。みんな下っ端のメキシコ人従業員。お互いにスパニッシュで喋ってます。私は、「ああ、あの小男も英語があまり喋れないのかしら、だから無愛想な感じにならざるを得ないのかも」なんて思いながら、彼らが和気藹々と作業してるのを眺めてました。だんだん終わりに近づいてきたので、すぐ前の男に英語で話しかけたんです。だってスパニッシュ知らないし。
「もう終わり?」
「まだです」
「あなたもメキシコ人?」
「ええ」
「私、スパニッシュってたった一言しか知らない。オラ!(「こんにちは」英語のHiのニュアンス)」
「オラ?ははは」
「スパニッシュで『ありがとう』ってなんて言うの?」
「グラシアス」
「あーそう(なんか聞いたことあるある!)、『さよなら』はどう言うの?」
「アディオス」
「へえー(うんうん、これも聞いたことあるある!)」
メキシカン男は、私の大袈裟な反応が可笑しかったのか、くすくす笑ってました。

やがて作業が終わったようなので、また「終わった?」と声をかけると、「終わりましたよ」と。ちょっと触ってみると、車はつるつる。
「わー、ベリー・スムース、うん、ピカピカ光ってる」なんてわけのわからないことを言いながら、その場のみんなに向かって「グラシアス!!」と笑ったら、みんな笑顔を返してくれました。
いつのまにか、もう閉店の時間が迫っていて、その準備をしていたのが例のメキシカン小男。ちょうど敷地で垂れ幕を片付けようとしていて、車に乗り込んだ私がその垂れ幕を踏まないようにと待っていると、気が付いたのか、ささっと布を引っ張って通り道をつくってくれました。笑顔で。
なんだ、笑えるんじゃない、この人。それは5ドルのチップのせいだとわかっていても、なんくなく可笑しくて、なんとなく嬉しくて、なんとなくやりきれなくて、私は車のウィンドウをおろして「グラシアス!アディオス!」と言いたかったけど、間に合わなくて。

5ドルのチップでこんなに嬉しくなる人もいるんだ、と思いました。基本的に、ウェイトレスとかにチップあげなきゃいけないのは、彼らが低賃金で働いていて、チップによる上乗せが必要なんだと聞いたことがありますが、そんなら面倒なチップ制なんかやめて、そのぶん価格と給料を引き上げればいいのに。どうせこっちが払うのは同じだもの。だけどとにかく、現実がそうなっている以上、あの悲しそうな疲れた顔した小男に、「small tip」なんて言わせちゃいけなかったのよ。マナーとして。催促された私も気まずかったけど、言うほうだってもっと気まずかったかもしれない。私も無言のままお金だけ渡しちゃったし。
そして、けっきょく150ドルがぼられたのか、リーズナブルだったのか、私にはわからない。でも、そのお金は、あのレジの白人と、ひょっとしたらメキシカン・マネジャーの懐に入っていくだけで、あの暑い中、汗みずくで洗ったり拭いたりしてる日焼けしたメキシカン従業員の懐に入っていくことはないのかもしれない。もちろん、あの小男の懐にもね。このあたりは立場によって微妙な損得の違いがありそう。白人・黒人のオフィス組VSメキシカン・マネジャーと、彼の指示を受ける下っ端メキシカン従業員、という構図。メキシカン・マネジャーが、オフィス組と下っ端従業員の接点になっているので、彼の立ち位置はバランス感覚が要求されそうね。

あ。そういえば、コーティングしてくれてた人たちにはチップ払ってないわ。今、気づいたけど。私って間抜け。
でも、細かいお金がほんとになくて、まさか50ドル札あげるわけにもいかなかったし。なんか、いかにも「クレクレ」って雰囲気でもなかったので、そのまま帰ってきちゃったんだな。やっぱ、マズかったかしら・・・あの押し売りマネジャーのことだから、下っ端従業員に、「ヘイ、アミーゴ、もうすぐ閉店だけど仕事だぜ、気前のいい客だから、ちゃっちゃと仕上げりゃチップは上々!」とかなんとか言ってそうだし。ディスカウントさせてまで強くプッシュしてたのは、店の売上げより、自分たちのチップ目当てだったのかも。あのレジの白人の態度が、有難そうでもなかったところを見れば。私がチップ忘れたことで、あのマネジャー、下っ端組から「なんだよー、大将、まるっきりスカじゃねーかよ」と文句言われたかもね?
あーあ・・・もともとこんなつもりなかったのに、洗車だけしてもらうはずだったのに・・・orz
今回の教訓。細かいお金はチップとして、いつ必要になるかわからないから、なければくずしておくこと(レストランなどではチップも込みでカード払いできるけど)。
いつもカードばかり使ってると、こういうとき困っちゃうのよ。


05/09/21

ネットで「ツンデレ」というコトバを知りました。
普段はツンツンして高飛車だけど、何かの拍子にしおらしくデレデレした面を見せるという女の子のことらしい。そのツンとデレのギャップが「萌え」なんだそうな。たとえば・・・

「ちょっ、何読んでるの、これ私のアリゾナ・ダイアリー・・・!なんであんたなんかがアクセスしてんのよっ!ったく、頼みもしないのに。・・・なによ、待ってよ、途中でやめなくてもいいじゃない!そ、そんなに読みたいんだったら、読ませてあげるわよ。ほら。あっ、べ、べつにあんたに見て欲しいなんて思ってるわけじゃないんだからね!これは不特定多数の人に向けて書いてるんだからっ。偉そうに知ったかぶりすると承知しないわよ、一読者のくせにっ!・・・えっ、ねえ、どこ行くの?まだここまでしか読んでないじゃない!ちょっ、ちょっとぉ!行っちゃダメ!・・・ほんとは私、あんたに・・・えっ、まだそこにいたのっ!な、なんでもないっ!なんでもないってば!ばかぁっ、もう知らないっ!」

うーむ。こんな感じですかねぇ。
夫が帰ってきたら、ツンデレ化してみようと思って(いや、そういう「なりきりごっこ」が好きなんですよ、実は)、ちょっと脳内シミュレーションしてみたら・・・
「ただいまー」
「おかえり」
「おっ、なんか今日の晩御飯は豪勢やな。僕の好物ばかり」
「さっさと食べたらどう?疲れてるんちゃうの?」
「へえ、おまえも僕のこと気にかけてくれるようになったんか」
「な、何言ってんのよ?あんたって、どうしようもない木っ端学者やないの!そ、そんな夫のことを本気で心配する妻なんかいるわけないやんっ」
「いうたな〜、木っ端学者っていうなってあれほど頼んでんのに〜」
「ほ、ほんとのことやから仕方ないやろ、なぁオコタン、ほら、オコタンもそう思うって。ほらほら」
「オコタン、そっぽ向いてるだけやがな」
「と、とにかく!早く食べたら!」
「僕がおらんあいだ、おまえ、ちゃんと規則正しい生活してたやろな?」
「ふん、一人ですっごい快適やったよ。あんたがおらんからって、べつに、さ、寂しくなんかなかったもん!」
「・・・そんなこと訊いてないんやけど・・・おまえ・・・」
「だからっ!寂しくなんかなかったって!ばかぁ!」
「うわっ、こいつ、とうとう壊れよった、おい、どうしてん、おいおい!」
・・・なんか、書いてる自分が気持ち悪くなってきました。きんもーっ☆

私、ツンデレじゃないもんねぇ。
相手によってツンになるかデレになるか、という感じ。対夫ならツンツンですよ。
「なぁ、ちょっと蹴ってもいい?(・∀・)ニヤニヤ」
「なんで?」
「蹴りたいから。あんたもほんとは蹴られたいんやろ?」
「いいや、蹴られたくないな、うわ、なにすんねんっ、痛いやないか」
「うわははは!痛かった?だって痛くしてるもん(^∀^)」
「やめろや、いきなり。ひどいなー」
「やめて欲しかったら、もっと哀れっぽい声で、『やめてください、まりねこさま』って言え!」
「なんでそんなん言わんとあかんねん、うわっまた、やめろやマジで。おまえのほうが怪我すんぞ」
「ええから、早く言うんや!『やめてください、まりねこさま』、できるだけ哀れっぽく!!」
「おまえって・・・ヘンタ・・・うわっ、いまのほんまに痛かったぞ」
「きゃーはははははっ!!m9(^Д^)」
やっぱ、こうですよ。この展開でないと、自分らしくないなぁ。私って真性S?


05/09/22

月水金のクラスでは、最近、イタリアンおばさんと、メキシカンおばさん、そしてコリアンの女性たちと仲よく(?)してもらってます。イタリアンおばさんは、あの独特の節回しに身振り手振りまで交えての本音炸裂トークが面白い。今日の授業が始まる前のお喋り。
「私はねーえ、フランス人って嫌いなのよー」
「なぜ?冷たいから?フレンドリーじゃないから?」
「いやいや、フランス人はねーえ、ヨーロッパでは自分たちが一番だと思ってんの」
「自己チュー?ああ、自信があるのね」
「すごい自信よ、特にパリの人は。彼らは自分たちの町がファッションの本場だと思っているの、イタリアのミラノだってファッションの町だっていうのにねーえ」
「あはは、知ってる知ってる。でも、南フランスの人たちは親切なんじゃないの?」
「そう、南フランスはいいわよ、海岸はきれいだし。知ってる?イタリアから南フランスまですごく近いの。でも、パリはダメ、私は嫌いだわー」
「ドイツはどう?」
「ああ、ドイツはいいわよ、ドイツ人は好き」
「私も」
・・・日独伊同盟。
彼女は母国語(イタリアン)のほかに英語、フレンチとスパニッシュが話せるんだそう。
四ヶ国語ってすごい。でも、みんな同じルーツだから、私たちがそれらの言語を習得するより、ずっと早いんじゃないかな?だって、「ありがとう」がイタリアンでは「グラッツェ」、スパニッシュでは「グラシアス」、似てるじゃない。で、「さよなら」はスパニッシュで「アディオス」、フレンチでは「アデュー」、これも似てる。
私たちが中国語を習うとき、欧米人よりずっとアドバンテージがあるのと同じかもね。

夫は明日の夜、こちらに帰ってきますが、久しぶりに電話があって、今いるところ(二番目の学会)では、インターネット環境が悪く、ネットカフェでしかパソコン見られない、自分のマシンからメールも出せないって言ってましたね。そんなんでどうしてるんだろう?かなり大きな規模の学会なのに。みんな当然、パソコン持ち込んでるだろうし、仕事かかえてるだろうし、メールも使えないところだなんて。不便すぎ。あの湘南の悪夢ふたたび、ですよ。ま、あれよりはずっとずっとずーーーっとマシだと思いますが。しかし、なんでもっと設備の整ったところでやらないのかしら。

あーあ。オコタンと一緒の、自由で静かできままな日々も終わりかぁ。
また束縛と喧騒の日々が始まる・・・そうそう、Fタンの写真とってきてって頼んでたので楽しみ。あと、フランスの可愛い学生の男の子がどうのこうのって、さんざん人に気をもたせといて、写真とってきてくれるはずだったのに、撮る暇なかったって。んもぅ〜、せっかくカメラもってったんだから、貴重なイケメン君はちゃんと写してきてよ。期待してたのにぃ。あんたの顔はもう見飽きたの。


05/09/23

会話サークルのメンバーに、ひとり広東省出身の男の子がいるんですが、彼に中国語で話しかけてみると、えらいびっくりされました。まさかこんなところで中国語のできる日本人がいるとは思わなかったんでしょう。
「(中国語で)あなたは広東から来たんなら、中国語は話せるんでしょ?」
「えっ、なんで中国語喋れるんスか?ほんとは中国人?」
「いや〜、私は日本人よ〜。昔ね、上海に一年ほど留学してたことがあるの」
「中国語、上手いっスねぇ。親とか親戚に中国人がいるんスか?」
「いない、だから私は日本人だって」
「なんでそんなに早く喋れるようになるんスか?僕、他にも日本人で中国語習ってる人知ってますけど、みんなすごい上達が早いっスねー」
「それは当然、日本語と似てるからよ。同じ漢字を使うし、ああ、でも、あなたたちの使ってるのは簡体字だけどね。香港や台湾では繁体字よね」
「そうっス。でもわかりますよ、繁体字も」
「日本の漢字はちょうどふたつの中間ぐらいかもね。まあ私たちが中国語を習うとき、それだけアドバンテージがあるのよ」
・・・とかなんとか話していたら、忘れかけてた中国語の感覚がちょっと蘇ってきて、頭が中国語モードになります。で、先生が入ってきたら、Hi, how are you today? でしょ、そこからまた英語モードに切り替え。このスイッチのオンオフがなかなか難しいんだけど、あの男の子とときどき喋ってたら、いい練習になるかもね?
せっかく勉強したんだし、めざせトライリンガル。って、どれも中途半端になりそう。まあ、今のところ英語を第一にやることが大事だけど。

純粋に自分のためにやる勉強っていうのは、自分を裏切らないから気分的にラクですね。
テストに合格するため、とかだと、裏切られる(失敗する)こともあるけど、自分がその分野で向上することを目的にしてるんなら、少しずつでも努力すれば、それはやっぱり少しずつでも報われる。
特に、語学とかだと、こんな環境にいたら即使えて実用性があるし、音楽だの文芸だのと違って、主観が入り込まない。例えば、ピアノの練習なら、聴く人の主観しだいで「小手先のテクニックよりも、叙情性あふれる演奏が素晴らしい」とされる場合もあれば、「感情が入りすぎてひとりよがり、テクニックが貧相で聴いていられない」という場合もあるでしょう。
そういう意味では、コトバというのは、通じるか通じないか、だもんね。まあセンスの問題もあるけど、まずはコミュニケートできること。ツールですから。それを使いこなせること。もちろん、そのツールで何を表現するかというのはまた別の問題。
裏切られることがないから、心置きなく続けられる。こつこつ貯金するみたいなもんですか。
派手な面白みはないけど、必ず報われるという保証がある。こういうのはなかなか貴重なことじゃないでしょうか。この先の見えない時代、自分の抱いている信念や思いが、今現在、どんなに正当性のあることや善意あふれることのように見えても、必ずしも将来、やっぱり同様に認められ、そして報われるもの、とは限らないのが常ですから。


05/09/24

夫が昨夜、帰宅。
バッグを開けると、洗濯物がどっさり。で、おみやげは、なんと、スーパーで売ってるチューブ入りのちゃちな ハンドクリーム 一個だけ。

「おどりゃ、人をなめくさっとるのんか、このヴォケが!!」

・・・なーんて、はしたないこと、私は言いませんけどね。ええ、言いませんとも、ホホホ。でも、自分は綺麗な町の豪勢なホテルに泊まって毎日おいしいもの食べてて、それにひきかえこんな殺伐としたアリゾナで、一人侘しく冷凍食品とかデリのサラダやサンドイッチで食いつないでいた私へのおみやげには、この安モンの ハンドクリーム 一個だけであった、という事実は生涯にわたって私の記憶から消えませんから。ええ、消えませんとも。

何買ったらいいかわからんかった、と言い訳してますが、この5年にわたる結婚生活で、いったい何を学んできたんや、ええっ?己の妻の好きそうなものも、まだ把握してへんのか?
「空港で香水とかもみたけど、どれにしたらいいかわからんかった」
ハァ?そういうときのために、ミニボトルの詰め合わせセットとか売ってるでしょうが。気転がきかんっていうか、けっきょくどケチなんでしょうねぇ。はなっから、真面目に選んでないんですよ。何の因果か、どうしてもハンドクリームしか思いつかんのやったら、せめてシャネルとかディオールのカウンターで買ってこいや。こんな安モンじゃなくて。それだけで、もう、印象が百倍は違うのに。だいたい普通にスーパーで買えるクリームやローションは、もうすでに持ってるがな。
人の話聞いてると、他のダンナさんなんか、もっと気がきいて優しそうなのになぁ・・・なんで私はこんな扱い・・・しくしく。

そのくせ、「一緒の便で帰ってきた共同研究者のASU教授の奥さんが車で空港まで迎えに来てた、僕もついでに送ってもらったんやけどな。ええなぁ、あそこは仲がええんやろなぁ、おまえなんか、迎えに来てもくれんもんな、冷たいから」

そんなもん、しらんがな!!凸(`Д´*)

喧嘩の種まいてるのはいつもそっちやろ。
まだ空港まで走ったこともないし、空港内の道なんかめちゃわかりにくいのに、しかも夜、迎えに来てくれっていうほうが無理。できることはするけど、できへんことはできへんな。
そもそも事前の荷造りから私に全部まかせてたくせに、どこまで甘えてんのや、この木っ端は。
人の話聞いてると、他のダンナさんなんか、もっとシッカリしてそうやのに・・・なんでコイツは・・・

あーあ・・・ 脱力。


05/09/25

今日、夫と「人付き合い」について、いかにお互いの感覚ややり方が違うか、ということをあらためて確認していました。私は何か利害関係がない限り、「(いろんな意味で)つきあう気になれなかったら、きっぱりと付き合わない」派ですが、夫は「それでは世間が狭くなる、おまえは人間として不寛容で『井の中の蛙、大海を知らず』や」というレッテルを貼りたがるんですよね。
だけどー。つきあってもお互い成長するでなし、楽しくもなし、会っていても、はぁー、世の中にこんなつまらん人いるんやなぁ、早く時間が過ぎへんかな、帰りたいなぁって思うだけの関係を、我慢してまでする気なんか私にはありませんよ。人生の無駄。そんな関係でもキープしとこうと思うほど、私は寂しい人じゃないし。それに、いったいぜんたい、世間が広いって何?
携帯のメモリに山ほど自称トモダチの番号がつまってること?
おごるから、飯でも食いに行こうぜ、と言ったら、わーっと十人も二十人も人が寄ってくること?
自分のお葬式に、神妙な顔つきで泣くふりをしに来る人がたくさんいること?

いらんわ、そんなん。
私はそんなの、いりません。ほんとに、心の底からいりません。ノー・サンキュー。

スクールカーストっていう言葉があるそうですが、私は常にその最上位でなくても、その次ぐらいのグループに属していました。でも、そのグループに属しているといってもお弁当を食べるとか班をつくるとかのときに便宜上そこに入っているだけで、私はけっこう渡り歩きタイプでしたね。どこにでもふらっと顔を出して、誰とでも話はできるんだけど、誰か特定のクラスメイトとの固い絆というようなものはなかったです。大学生になって今でも続いている友人と出会うまでは。
最下層の人たちについてはよく知りません。用事があったとき話しかけてみても盛り上がらないし、休み時間なんかは教室の片隅でひっそり固まってこそこそ喋っているだけ、みたいな印象ですね。まー、いつもキャーキャー騒いだり笑い転げたり怒ったりしていた私は、そういう大人しくて目立たないクラスメイトとの接点はなかったです。
で、夫が言うんですよね、自分は幼稚園のころからカースト下層で人間関係に悩んできたから、人と出会うと、それがどんな関係でもとりあえず大事にしようと思うんや、おまえは上位層でチヤホヤされるのに慣れすぎてて、自分が主役になれんと気がおさまらんのやろ、と。って、しらんがな、そんなこと言われても。あんたの歩んできた人生と私のそれが違っていても、そんなん誰のせいでもないがな。自分のルサンチマンをへんなところで持ち出すなよ。

まあねぇ、べつに主役になりたいとまで思わなくても、そこに入ると自動的にカーストの下層に置かれて、歯牙にもかけないような扱いを受けるんだったら、そんなグループいらんわって感じです。だって、それって自分に「合ってない」ってことじゃない?合ってないところでストレス感じながら作り笑いしなきゃならないんだったら、ひとりでいるほうがよっぽどマシ。だって、世の中にはもっと「合う」人たちが、他にたくさんいると思うもの。それが日本人でも何人でもね。
努力すればわかりあえるとか切磋琢磨とかいうレベルの話ではない、根本的に「合わない」人間関係ってありますよ。そのなかで自分が磨耗すると、知らず知らず卑屈になったり、果ては病気になったり、百害あって一利なし。利害関係がないなら、私はそんなとこにへばりついていたくないですね、たとえささやかなメリットが期待できたとしても、やっぱり精神的な苦痛のほうが大きかったら、仕方ないじゃないですか。どうしても避けられない関係なら、なんとか工夫して少しでも快適になるよう努力もしますが、避けても実質的な生活に、さほど損失を被らないのなら、べつに無理することないんじゃないの?それこそ世の中広いんだし。

私に対し、「自分の主観に閉じてしまって付き合いの幅が狭い、他人に不寛容で社会性ゼロ」という烙印を押したそうな夫の断定口調に、一時は私も「そうなのかな?私って、そういう了見の狭い人間なのかな」と戸惑うこともありましたが、どうも納得がいかないんですよねぇ。だって、夫自身が確かに「誰にでも寛容で見識の広い社会性のある人物」であって、私がその在り方を羨ましい、そうなりたい、と思わない限り、彼の言葉には何ら説得力を感じないじゃないですか。
他人の考えを変えるなんて、そうそう容易ではないということですよ。


05/09/28

突然ですが、もうここで夫に関わることは一切書かない、ということを決めました。
私は意思が弱いので、はっきりと宣言しておくことにします。
もう夫がどうしたこうした、夫と一緒にどこへ行った、喧嘩した、話し合った、これからは一切、書きません。
夫の知り合いも見ているみたいで、もし楽しみにされていたらお気の毒ですが、これは夫の要望ですので。
どうしても日常生活、身の回りのことを書くと、夫が出てくるはめになるわけですが(そうでないと、独身生活みたい)、極力、自分のことだけを書いていくように努めます。

この部屋の契約がもう今月いっぱいなので、引越しの準備をしなければいけませんが、まだ手つかず。十月一日に別のアパートに入る予定なのですが、間に合うのか心配。ほんとに何もやってないんですもん。ラクラク引越しがあればいいんだけど、同じ市内での引越しなので、そんなに頑丈にパッキンすることないだろうと高をくくっているのですが、でも、家具なんかも、一応分解できるものはして、となると、けっこう時間かかりそう。どうなることやら・・・・




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