アリゾナ・ダイアリー 2005

Aug.
2 / 3 / 5 / 8 / 9 / 13 / 17 / 18 / 20 / 23 / 24 / 25 / 26 / 29 / 31


05/08/02

やっぱ、八月はヒマワリでしょ。夏の代表。

それにしても、頭が痛い・・・このところ、根をつめてネットでアパート探しとかしてるから、目の使いすぎか?
3日ほどまえに「X−ファイル」をテレビで見てたときからそういえばなんとなく頭が重かった。
やっぱり日曜ごとの「トワイライトゾーン」より、「X−ファイル」のほうがはるかに良く出来ている気がする。
しかし、アメリカ人は好きだなぁ、アンビリーバボーなものが。
まえに、ハリウッド版「リング」をテレビで見たけれど、あれもなかなか原作に忠実にできていた。
テレビでは英語で字幕を出すように設定してるんですが、字幕ばっかり追いかけていたら、肝心の画面が見られない。なんか、文字でも理解できないし(単語がわからない)、演技だけ見ててもそれだけじゃ会話が理解できない(聞き取れない)し、「あれ?これどうなってんの?話の筋がわからん・・・」ということがしょっちゅう。
それでテレビみてると頭痛くなるのかな。

うう・・・今日はこのへんで。
ほんとに頭が痛いです。すみません。


05/08/03

昨夜はわりとぐっすり眠ったので頭痛もとれて、今日(まだこっちでは2日)は忙しくしてました。
まず、朝遅い夫を大学まで送っていき、それからコミュニティカレッジ(略してコミカレ)へ。
いや、コミカレというのは、このへんの郡がやってる専門学校と短大の合わさったようなもんです。国があって州があって、郡があって、市があるんですよ。ふだんは郡なんて意識しませんけど。
最初はASUに付属しているESL(English as Second Language)のプログラムを考えてたんですが、行った人の評判もイマイチだし、なんか儲け主義的で、あまりきちんとやる気なしって感じなので、コミカレに行くことにしました。

数学やらアートやら文学やら心理学やら、いろんなクラスがあって、公共の福祉的観点から考えられているのか、いくつかを平行してとってもけっこう費用が安くすみます。スタッフもたくさんいて、みんなわりと親切です。(だいたい、私ひとりで行動しているとみんな親切にしてくれます。隣に夫がいるとなぜか・・・だけど)
今日は申請用紙を持っていってサインアップをして、それから英語のテストを受けました。
このテストの成績でレベル1〜4まで振り分けるんですよ。1がBasic、4はハイスコアで、それ以上のレベルだと、主に移民・外国人向けのESLじゃなくて、ネイティヴに混じって英語の授業も受けられます。
私はどうせ低いレベルから入ったほうが気楽だから〜と行ったんですが、レベル4に。うーん、あのテスト簡単すぎ。っていうか、日本人にありがちなパターンで、いままで学校で文法とか読解ばかりやってるから、聞けない話せないでも、ペーパーテストではいい点取れちゃう。こっちにいるメキシカンのほうが、読んだり書いたりは苦手だろうけど、とりあえずベラベラ喋ってると思うな。
あー、どうしよう。ロンドン語学留学の二の舞に・・・

で、文法はクラスとらなくても参考書見たらわかることだから、週に3日ある Writing with oral practice のクラスをとって、もうひとつその時間帯に合わせてリスニングとスピーキングのクラスをとりたかったんですよ、なんせ一コマ一時間そこそこだから。だけど、そこはもう一杯で入れないと言われたので、仕方なく、Conversation circle というクラスをとることにしました。これが週に2日。いやー、読み書きより、実際に話せるようにならなきゃ、と思って、係りの人と相談したら、これがいいんじゃないかと勧められたんです。でも、そうしたら、月曜から金曜まで、毎日、一時間ずつだけど、授業うけに行くことになるんです。八月の後半すぎから十二月まで。なんか、ちょっとした語学留学してるって感じ・・・
広い駐車場もあるから、車で行けばすぐだし、道路の空いた昼の時間帯で、まあいいんですけどね。
授業、ついていけるかな・・・不安。やっぱり子供っていうか、若い子ばかり来てるのかしら。でも、テストしてるとき、けっこう年配の人も見かけたしなぁ。ま、いいか。三ヶ月、毎日一時間、英語習いに行って、たったの500ドルちょっと。これ、日本で英会話学校に行くこと考えたら、激安ですもんね。進路のカウンセリングがあったり、どのクラスをとったらいいか相談したり、まあ親切にやってくれてますし。

私ももっと英語がきちんと話せる・聞けるようになったら、ビザの関係で働けなくてもせめてボランティアとかできるかなーって。そんなこんなやってるうちに、仕事がみつかったり、実現可能なビジネス・アイディアが出てきたりするかなー、とか。
ま、やってみます。アリゾナまできて毎日学校に行くなんて、ほんと信じられないけど。何年か住む予定なんだから、もっとスローペースで物事を考えてました。車の免許だって、一年ぐらいかけて取れればいいやーって感じで。でも、来て三ヶ月で取っちゃったし。で、免許取れたからこそ、学校だって通えるわけだし。これでよかったのかな。人生、短いのだもの、できることだったら早くしなくちゃね。


05/08/05

一昨日の夜、九時ごろからサンダーストームが来ました。こっちじゃモンスーンとも言います。
なんか、天気予報でもしょっちゅう言ってますよ、今日は来るか、明日は来るかって感じで。雨が珍しいもんだから、みんな待ってるわけです。

東のほうから西に向かって、私たちの頭上もかすめていきましたね。
夕立みたいなものなんですが、ちょっと違うんですよ。風がけっこう強くて、雷がしょっちゅう光る。で、驚いたことに、窓ガラスに石がぶつかってるみたいな激しい音がするなーと思ったら、それ、ヒョウだったんですよ!
パティオにでてみたら、直径7oぐらいの氷の粒がいっぱい落ちてて。びっくりしましたね。短時間だったんですけど、私、こんな暑い最中にヒョウを見るなんて思いませんでしたよ。大阪の冬でも、ヒョウなんか降らないのに。
それで、けっこう激しく降ったものですから、私たちの住んでるあたりは大丈夫でしたが、ところによっては床上浸水。排水が悪いのか、もう道やら家やら泥水でジャブジャブ。はたまたヒョウのおかげで天井に穴が開いたり。TVニュースで見る限り、被害は大きかったみたいですよ。雨が降るっていう前提で、家が建てられてないんですかねぇ。それでも、あれだけ降ると、さすがに翌日はすごい涼しかったですね、曇っていたせいもあって、いつもなら八時にはもうムーッと暑いんですが、十時ごろまでサワヤカでした。お昼にはもう太陽ピカピカで、アリゾナの夏を取り戻してましたけど。

こっちのローカルニュース番組を見ていると、フェニックス界隈って、そんなに平和な町ではないみたい。
強盗があったり、アメリカお馴染みのカーチェイスがあったり。それが私たちのぜんぜん知らないところじゃなくて、通ったことのある道、知っている場所での事件だと、けっこう危ない町なのかもなーって。少なくとも、大阪で私たちが住んでいたマンション界隈よりは、物騒なことは確かです。
銃をもっている人もリバモアに住んでいたときより多いようですし。リバモアでは、「へ?銃?誰が持ってるの?」って感じでしたけど、こっちの人の意識はまた違うらしいんです。いや、それだけ都会だってことなのかもしれません、フェニックスとその郊外のほうが。

運転していると、パトカーもけっこう見かけます。で、もしも何かあって車を停めろと言われたら、車から出てはいけないし、ましてや警官に自分から近寄ってもいけない。ずっと前に、もう暗くなっているのにライトを点灯してなかったので、パトカーに見咎められて停まらされたんですよね。そのときは、何だろう?って感じで、何気なく夫がドアを開けて外に出たんですよ、そしたら、私は助手席に座ってたので直接見てませんが、すぐに「止まれ!動くな!車の中に戻れ」と言われたらしいですね、腰のガンホルダーにさっと手をやった警官に。
銃を向けられたわけじゃないけれど、なかなか厳しい声でもあったし、ちょっと怖かったと言ってました。
スピード違反でもないし、妙な運転をしたわけでもないし、何だろう?って思ってたんですけど、たかがライトの点灯忘れで、ガンホルダーに手をもっていくんですねぇ。結局、警告だけですみましたが。いやっ、怖ぁ!日本とは違うんやーって感じた瞬間ですね。

警官が撃たれて重体、というニュースがあったりもしますから、やっぱ、ここではもし何かあったら、警官に逆らわない、自分から動かない、というのが常識なんですよ。私たち日本人感覚で、「えっとー、何ですか?」みたいにノンビリ構えてましたけど、こっちじゃ事情が違うんですよね。警官もまず第一に自分の身を守らないといけないんです。


05/08/08

あーー、アパート探しに奔走していて、ハッと気づけばもうすぐ誕生日。
イヤーン。もういらない、歳とりたくない。
だって、頭の中身やら言動が実年齢についていかないんですもの。
思えば、今の私の歳で、うちの母は、高校生の私の面倒をみていたのです。父はといえば、事業を起こして曲がりなりにも軌道に乗せていたわけです。うわ、この違い。
おとーさん、おかーさんは、偉いよ。私は何にもしてないよ。子供も産んでないし、誰かいわく、「生命力のない主婦がお金もってぶらぶらしてる」=パラサイト・ワイフたぁ、この私のことだいっ!
って威張ってどうする。
まあ、お金もってぶらぶらったって、金額しれてるから、羨んでもらうような存在じゃないんだけどな。
こっちでは現金は持ち歩きませんから、カードもってぶらぶら、ですね。財布のなかには十五ドルしか入ってない。んー、もう少し持っててもいいような気もしますが、ほんとに現金なんか使う機会ないんですよ。

まー日本にいるのと違って、こっちではあまり年齢気にしないのは確か。
同じ歳ぐらいの白人やら黒人やらと比べると、やっぱり若く見えるのは事実だから。それに、ディテールは老けてきてるかもしれないけど、昔、自分が想像してたより、幸いにもまだ全体的な体型や肌の質感が崩れてないっていうのもあるな。自分が学生のときは、もう30半ばこえたら太りだして、ぽっちゃりおばさん体型になるもんだと思ってたから。
いま、こっちに来て少し太って40kgぐらい。お腹も出てないし、スレンダー好きならちょうどいい感じ。
アリゾナに来たばかりのころは、こっちの女の人って、目がデカイ、鼻が高い、全体的にハッキリクッキリした顔、睫なんかビューラーいらないと思うぐらい長い、胸なんか牛かと間違うぐらいでかい、うわー、すごいなぁと思ってましたが、見慣れたら、誰も彼も、たいていそんなんですよ。変わり映えしない。ゴージャスかもしれないけど、そういう方向ばかりだとやっぱり飽きる。
そうすると、見るからにアジア人的黒髪、黒目、華奢でちいさな身体つきの自分も、見ようによっては、「これはこれで可愛いじゃん」というように。色とりどりの花を挿したアレンジメントもいいけど、夏椿の一輪挿しもまた涼やかで良し。だいたい、こんなクソ暑いとこで、あんな胸やら尻やら、よけい暑苦しいねん。
とかなんとか言ってると、夫いわく「おまえって・・・ホンマ、幸せな性格してんな」と。
んー、たんに私がもし男だったら、ゴージャスでグラマラスなブロンド美人よりも、清楚で華奢な昔の少女漫画タイプが「萌え」かなと思うだけなんですが。

そう、少女漫画を出すなら、 
男は断然、青池保子の「エーベルバッハ少佐(今は地位が上がったようだけど)」!!
女なら、山岸凉子の描く、線の細い華奢なヒロイン。
要するに昔ながらの、強い男にか弱い女の組み合わせ。これが「萌え」。
いや、自分のことは棚上げしてますよ、もちろん。誰も私のことを「か弱い」だなんて思わないしなー。
だけど。
ふふふ。アリゾナに来てから、私もちょっとか弱い女?
って、こっちの女が異常にたくまし過ぎるだけなんですが、彼女らに比べたら私も相対的に華奢でか弱い雰囲気になって、そういう自分を楽しんでます。
いやぁ、いいですよ、みんなが優しくしてくれるしぃ。とくに男の人。サービス業の分野で何か訊くとか頼むとかいうとき、窓口がいくつかあれば、男の人のところに行くに限る。こっちの女は自分の非を認めなかったり、べらべらめんどくさいことばかり言って、仕事しなかったりすることもあるけれど、男の人はたいてい対応がSweetですね。日本の男性の律儀さとか丁寧さとも違うんだなぁ。あ、これがレディファーストの精神ってやつ?
とにかく気持ちいいです。


05/08/09

♪窓の外は雨 雨が降ってる 物語の終わりに
  こんな雨の日 似合いすぎてる (雨の物語/伊勢正三)

いや、アリゾナに雨が降ってますよ、こんな昼間っから。ここへ来て初めて見ました、こんな現象。
最近、多いんですよ、雨が。だけどこんな昼間から普通に降るなんてね。まるで日本の梅雨時みたいな湿気と気温。ムシーッとしてます。ほんまにアリゾナ?って感じ。
日本の道路には両側に排水溝がついてるもんですが、こっちにはないんですよ。だから、雨が降ると地面の低いところには水溜りができて、アスファルトなもんだから下に染み込んでもいかないし、けっきょくお日様が乾かしてくれるまで、ずっとそのまま。いやー、こんな砂漠みたいなところだからあまり問題にならないんでしょうけど、なんかの拍子でドッと降ったとき、困るんですよね。

ところで、どうした風の吹き回しか、いま、オタクな「モテナイ君」に女の子の熱い視線が集中?!
まあ、どうせ流行を追う出版業界が、これまで無視してきた新しいターゲットをオモチャにして、ちょっとばかり稼ごうっていうハラだと思いますが、もう私は声を大にして警告したいです、普通の女の子が何の予備知識もなく、なんとなくそういうのもいいかもなーってノリだけで、非モテのオタク男にちょっかいかけるのだけは、

ぜったいに、やめとけ。

と。
お互いに傷つけあうし、ロクなことにならない可能性が非常に高いからですよ。
ほんとうに「電車男」は罪つくりですね。あれがヒットしなかったらこういう流れもなかったでしょうに。ほんま、純愛やなんて、笑わせるわ。私もエルメスになろうかな、なんて画策している女の子たち、現実とフィクションは違うんやからね。そこんとこ、よーく考えて。

あのな、初めだけやねん。童貞非モテ男がアンタをちやほやしてくれるのは。
「むさくるしい格好や髪型なら私が改造してあげるわ、根は優しくてウブだから、女の色気と涙を上手に駆使して調教すれば、どこからみても非モテなオタク君だって、そこそこカッコいい彼氏に変わるわよ。うふふ」

甘い!甘すぎるっちゅーねん!

そういう努力をしてくれるのは、初めだけ。
脱童貞した瞬間、涙を流さんばかりにアンタを女神扱いしてくれたとしても、人間、すぐに慣れるもんやねん、哀しいかな。相手がほんとに自分から離れていかないと確信した瞬間から、オタクは徐々にオタクに戻ります。決して決して、「外見改造」なんて長続きしません。考え方も、ライフスタイルも、基本は変えられません。
女の浅知恵を押し付けた結果、非モテでなくなった非モテ君が、またその本質を取り戻すまでに、そう時間はかかりません。
「真実の愛」とやらをゲットした〜、と思った瞬間から、しだいに、しだいに、リバウンドが始まります。
けっきょく、イケてない彼氏をかぼちゃの馬車に無理やり乗せても、

その努力は、すぐに水の泡ですよ。

心から、オタクな彼氏が欲しいんだったらともかく、非モテ男は純でちょろいからゲットしやすいし、見た目や行動は自分好みにカスタマイズすれば問題なしね、という目論見でモテナイ君にアプローチするのは、

双方の不幸だから、やめたほうがいいです。

あのな、例外はあるけどな、普通は「釣り合わぬは不仲の元」なんや。
オタクをなめたらあかん。オタクというのは、ある意味、オタクでありつづけるだけの粘着性と頑固さと根性を、その一見オドオドした外面からはかけ離れたところに内包した存在やねん。あなどってはいけません。
以上。


05/08/13

車の免許とってからもう二ヶ月になりますが、運転も慣れてきました。
まだフリーウェイは走ってないですけど、そろそろ挑戦してもいいかも。テンピ市内だったら、主な通りの名前はけっこう覚えたし、やっぱり道がわかってると一層走りやすくなりますよ。
日本に帰ってもきっと運転はすると思います。左ハンドルから右に変わるのは怖いかもしれないけど、慣れますよね、それも。こんなこと思ってる自分が信じられないですね、一年前なら、誰に勧められたって、「運転?やだー。怖い。私には無理」と言ってたんですから。

運転するっていうひとつの技術をマスターするだけで、開けてくる世界があるんです。
仕事を探すにしても、ずっと昔、花に凝ってたとき、花屋さんでアルバイトしたいなーと思っていて、でも、「要普免」だったんですよ。ペーパードライバーだったので、免許もってることはもってるけど、いまさら乗れない。乗りたくない。だから、応募できなかった。
そういうことって、他にもあるもので、たとえば高校で講師やってたとき。学校ってわりと辺鄙なとこにあったりするんですよ。府教委に講師登録して学校のほうから声がかかっても、そのロケーションによって、「ちょっと電車とバス乗り継いでいくのは時間かかるな・・・」と辞退したこともあります。車ならわりとすぐなのに、とか思いながら、でも、どうしても乗るのがイヤだったんですね。
んー、自分からいろんな可能性を閉ざしてたわけだから、もったいないことしてたんだなぁ。

何でも、知識があるとか技術を持っているとかいうことは、自分の力になるんですね。
運転できると、どこそこへ行きたいから、連れて行って〜と、人に頼まなくても自分で好きなときに行ける。
これが自由・自立なんだなぁって思います。
運転なんか誰だってできる、普通免許なんか誰だってもってる、特別なことじゃない、そう思ってても、私には今までできなかったんだから。
もしも、お金を稼ぐ力があれば、欲しいものを誰かに買ってもらったり、自分の生活そのものを誰かに頼ったりしなくてもいいんです。自分の能力に応じて、好きなときに欲しいものを買い、世間様がどうとかそんなもの関係なく、自分独自のライフスタイルを確立できるわけです。
そんなのとっくの昔にわかってるけど、「知識」とか「技術」とか身につけるのはしんどいし、手間暇かかるわけですよ、もう若くもないしなー、と、延ばし延ばしにしてきた。今がなんとなく快適に過ごせればいいって感じで。でも、それじゃやっぱりいけないわけです。自分自身、納得できないし。
今がもう若くない、だけど、これから先だって若返ることなんかないわけで、もっと「若くなくなる」=「人生の時間がなくなる」だけ。今からでもできること、やりたいこと、始めたらいいんじゃないかと。

英語力っていうのも、ちょっとぐらいの英語なら誰だってわかるし、英会話を習いに行ってる人なんかたくさんいるし、たとえば準一級ぐらいもってたって、あんまり当てにならないかもしれない力ですが、何かほかのことと組み合わせると、役に立つかもしれない。
たとえば京都のタクシー運転手。京都にはガイジンさんがいっぱいいます。タクシーの運転手でも、英語できるのとそうでないのとでは、職場での待遇に差がつきます。
今まで、私には絶対に不可能、と思っていた世界だけど、今度、コミカレを卒業するころ、ある程度の英語力がついたら、そういう仕事だって不可能じゃなくなる(体力的に、あまり「やれる」とは思いませんが)。
アメリカで仕事をする、ということを考えても、物事を円滑に進めるだけの英語力は必要不可欠。それだけじゃなくて、もっとほかの知識や技術と組み合わせてみる・・・

今の私にどれだけの特技があるか?
これまでは「まさか、そんなのお金にならないよ」と思ってたようなことでも、運転力をプラスしただけで可能性が広がるように、英語力とか、ほかのことを足して考えたら、案外できること、あるかもしれない。
「私には絶対無理、怖いし、何の能力もないし、経済的に自立なんかできない・・・」
そんなふうに卑下してみたり、しんどくて面倒なスキルアップから逃げたりしなければ、泣きながらでも運転できるようになったみたいに、一年後には、アレッと自分でもびっくりするほど、変身してるかもしれない。
人生、やったもん勝ち。
この夏、またひとつ歳を重ねて生きていく自分に喝を入れよう!

♪ほら ためらわないで 手を のばすんだ
   今日という この日は もう 来ないんだから
                (正義は勝つ/小田和正)


05/08/17

ウェブ上で日記とか書いてしまう人は、きっと自己顕示欲が強いんだと思います。
「私ってこうなのよ。ねぇ、わかって、わかって、私のことわかって〜〜〜!!」
みたいな。
文字にするとメチャうざいですが、誰だって心の中にもってる当たり前の気持ち。
それを自分から他人に積極的にアピールしていくか、自分は受身でいて他人からの働きかけを待つか、という違いはありますけどね。

「わかって」とはっきり言われるのも、何かを迫られているようで対処に困るところがあるけれど、「わかって」と心で思ってるのに何もしないで相手の理解力に期待してるだけ、というのも人をイライラさせます。
私は自分が前者の「はっきり」タイプだからか、後者のやりがちなウジウジモジモジした思わせぶりな態度を目の当たりにすると、つい「だーかーらー!!何が言いたいのっ?はっきりしてよ」と言いたくなってしまいます。
うちの母が、ちょっと後者のケがあるんですよね。で、私とのあいだで、たまにすれ違いが起こります。
たとえば電話で、
「今日は、これからデパートに行こうと思ってる」と私。
「今日は天気もいいしなぁ。私も化粧水もう切れかけてるし一緒に行こうかな」
「じゃあ二時の電車で行く?」
「うん、そうしようか。・・・でも、昨日から喉が少し痛いみたいな気がするねん」
「え、風邪?じゃあやめとけば?ひどくなったら困るし」
「そうやなぁ・・・でも・・・化粧水買いたいし」
「・・・どっちにすんのよ?行くの?」
「うーん・・・どうしようかなぁ」
「早く決めてくれんと電車に乗り遅れるやん、どうすんの?」
「喉痛いし・・・でも化粧水買っておきたいし・・・」
「ああ、わかった。要するに、行きたくないけど、私にその化粧水を買ってきて欲しいわけね?」
「うん、そうしてくれたら助かる」
(んもー、そんならはっきりそう言えばいいのに)
(んもー、気のきかん子やねー)

こういう場合、たいてい母には初めっから「一緒に行く」つもりなんかなくて、「ついでに自分の化粧水を買ってきて欲しいな」と思ってるだけなんですね、だけど、ストレートに「デパート行くんなら、私の化粧水も買ってきてくれる?」とは頼まない。
なんだか知らないけど、情報を小出しにして、こっちがそれを察するのを期待してる。私はそんなら「自分も行く」とか思ってもないこと言わずに率直に頼めば、と思うんだけど、まわりくどい言い方をしてるのは、私が母の言葉の端々のニュアンスから何を言いたいのかを察して、私のほうから、「買ってきてあげるわ」と言い出して欲しいわけですよ。人にものを頼むのがイヤなんです。
で、私がなかなか気づかないでいると、「もう、鈍い子やね、アンタは」と不満たらたら。
私は私で、「そんなささいな頼みごとぐらい、さっさと言えばいいのに。親子やねんから」とイライラ。

母のようなタイプは、たぶんアメリカ暮らしに向いてないと思います。
こっちが主体的にどんどん働きかけていかないと、何も察してくれないですから。人にも関係にもよりけりですけどね。ストレートに頼めば、できることはやってくれるし、できないことはできないと断られる。断られても、「どうしても無理?なんとかならない?」とプッシュするぐらいの積極性が必要とされる場面が多いんですよ。言葉さえペラペラなら、私にはそういう国民性というのには馴染めるかも、と思いますね。あはは。言葉の壁がまだ高いので、もどかしい毎日ですが。

自分の気持ちや意見を積極的に外に出していくか、いかないか、という観点からみて、ここの「ネコ耳の思い出」という記事が面白かったです。
いやー、わかる。もうその場にいたかのように、わかってしまう。
この女の子がどんなにバツの悪い思いをしたか、めちゃくちゃわかる〜〜〜〜!!
なんか、うけると信じて冗談言って、見事にコケたときみたいな、もっと悪けりゃ「あたし、嫌われてるの?」みたいな。いやー、ほんと、居心地わるかったでしょうねー。
これって「女慣れ」とかの問題じゃないよ。
こういう研究室の男の子が、女に「慣れ」れば、「○○ちゃんってホントかわいいよね」などと当たり前のように爽やかに誉めまくることができるか、というと、できないだろうと思う。かえって、わざとらしさ満開の勘違いヤローになってしまうんじゃないかと。
「余裕がある男というのは、女を舐めてるから余裕があるんだよ」という言説も、もっともらしそうで、実は違うと思う。
そもそも、女に慣れるとか舐めてるとか、それっていったい何?という疑問もありますが。

女の子を心地よく爽やかに誉められる男というのは、ほんとに心からその行為自体が楽しいんですよ。女の子がいたら、とりあえず誉めてみるのが彼にとっての「当たり前」なんですよ。
それが当たり前だと思ってるし、楽しいから躊躇なくやれる、最初はぎこちなくても、楽しいから続けてやってるうちに上手くなる。営業とかと同じ。営業向きでない性格の人は、いくら仕事のなかで営業に「慣れ」たとしても、ほんとうに向いている人の醸し出す雰囲気とはまた違ってきますよね。相手に与える親近感というか・・・
彼女ゲットのために頑張って「女慣れ」して女の子を誉めまくったとしても、「当たり前のように爽やかに」という独特の雰囲気は出せないと思いますよ。だって、「自分にとって当たり前じゃないこと」をやってるわけだから。
向いてないことに精力つかってないで、自分にとって有利なフィールドで勝負したほうがいいと思うんだけど。
べつに誉めまくったからといって、必ずしも彼女になってくれるわけじゃないんだから。それって八百屋さんで、「そこの別嬪さん、今日は大根安くしとくよ」って声かけられてるのと同じだから。悪い気はしないし嬉しいけど、だからって、それはそれだけのこと、わかってるじゃない、女の子だって。


05/08/18

アリゾナに住んで、こっちの人が私みたいな日本人の女を見て、どう感じるのかなぁと、ときどき思います。
チビで幼児体型で、それでもって大人なんだから、キモチワルイ感じがするのかしら?バランスが悪いという意味で。エキゾチックかもしれないけど、ブサイクだし。いや、自分で言うのもなんだけど、ブサイクなんじゃないかな?
写真十枚とったら、そのうち八枚は「この顔もう少しどうにかならんか?」と思うもの。
ほんと、こんなところで晒したら、どんな罵詈雑言が飛んでくるか、想像つきますから身の程わきまえてます。
でも、リアルではべつに誰からも意地悪されてませんから。自分でちょっと気になるだけで。

思えば子供のころから「ブス」と言われたことがないなぁ。不思議。
「ブス、ブス」と苛めるには、私はあまりに気が強くて反撃されそうだったからか、けっこうクラスの男の子と気軽に冗談言いあったりしてたからか、今みたいに顔のことなんて過剰に気にする時代じゃなかったからか、それとも「本当のブスにはブスとは言えない」という法則が発動したからか・・・
イケメンとかキモメンとかいう言葉が、モテ/非モテの話と不可分になったのは、ここ数年の話じゃない?
昔のほうが、「異性の内面」をもう少し重視してたような気がする。
私の通ってた小・中学校は、公立だけどそこそこのんびりした環境に恵まれていたせいか、ひどいイジメとか「荒れ」とは無縁でしたね。特に小学生のうちは、男女で仲よくドッジボールとか探偵ごっこやってましたよ。そういうのも関係あるのかなぁ。

ずっとまえに、偶然、人を介して元同窓生(中学時代)の男性に会ったけど、中学生の当時、私が「ああ、こんな子のことを美少女っていうんだなぁ」と羨んでいた女の子について、けっこう辛らつなことを暴露したので驚いてしまったことが(この話、ひょっとしたら前にも書いたかも)。
「そういえばAちゃんってすごい可愛い子がいたの憶えてます?男の子の間では憧れの的だったでしょ?」
「え、いや、そうでもないですよ、実際、男連中の間では陰で『あいつ、バカだし』って感じだった」
へええ。そうか。それでか。卒業して十数年目にして謎がとけましたよ。
その美少女は、すらりとした彼女とはとても釣り合わないような短足チビ男(だけどそこそこイケメン)にずっと惚れてたんだけど、そのチビ男はなぜか彼女に冷たかったんだな。それがなんでだか私にはわからなかったんです。こんな美人から惚れられて、もっとありがたく思えばいいのに、という感じで。でも、彼には彼なりの判断が働いたというわけね。

それに、よく思い出すと、彼女がモテモテだった様子もなかった。出て来る噂話は、セクハラまがいのことだし。アイドル的に崇拝されてるようでもなかった。私は顔を合わせる度に「色白でサラサラの髪、華奢でスレンダーな手足、お目目ぱっちり、睫も長いし唇はピンク色、鼻筋とおってて、ほんと綺麗だなぁ(要するに私好み)」と見惚れていたけど、男の子から見た彼女はまた印象が違ってたのかも。
美人なんだけど、ツンとしたところなんかなくて、けっこう頼りなさそうなオドオドした雰囲気、男だったら「守ってあげたい」とか思うのかなぁ、得だなぁ、と勝手に羨んでたけど、そういえば彼女と内容のある話をしたことがない。悪い子じゃなくて優しいんだけど、自分から冗談も言わないし、常に受身で、ノリの悪いところがあった。そういうのを男の子たちはシッカリ見ていて、初めは人目を引くけど、だんだん「この女、ツマラネ」という評価になっていったのかもね。
へー、中学生でも「異性の内面」というのを見るもんなんだ、と目から鱗の瞬間でした。

イケメンでもつまんない人はつまんないもんです。なまじイケメンなだけに、「ツマラネー」感がより印象に残る。
だから、元同窓生の言ってることは信じられるけれど、私も若い頃は「男は女よりバカだから、女の顔と身体しか見てないのが普通」と決め付けてましたから。で、もっと賢い、頭のいい男はいないものかと、常に思ってましたよ。いや、頭の回転がよければ「顔や身体のみに執着することの虚しさ」をちょっとは知っているかと。
ここで賢さと言ってるのは、もちろん偏差値で輪切りにしたモンじゃなくて、ペーパーテストで測れないナチュラルな洞察力・思考力みたいなもののことね、当然。
どんなにイケメンであろうと、やっぱりバカはイヤだわ、私も。キモメンであろうと同じ、バカはイヤ。話せば話すほどつまらないなんて。んー、真面目に話しているとき、目の奥に知性のきらめきがある人でないとね。それでもって自分にも他人にも誠実。この二点は私のツボだから譲れない。
昔、読んだ本で、「どんなときに女は男に見切りをつけるべきか?」という文章があって、その著者(忘れました)は、「女が成長しようとしているとき足を引っ張るような男には見切りをつけろ」と言っていました。そりゃ当然だわなー、と思いつつ、私なら同じ問いに、「その男が真性のバカに思えてきたとき」と答えます。まー、どっちも結局は同じことだろうけれど。バカだから足をひっぱるような結果になるんだし、足をひっぱるようなことをするのはバカなんだし。

「おまえはそんなに賢いんか?」
と、つっこまれそうですが、私が人よりバカだったとしても、その私から見てダメなもんは、よっぽどダメでしょ。
瞳の奥に垣間見える知性とユーモアと誠実さは、まるでダイヤモンドの輝き・・・
あーー。だけど、人に求めてばかりじゃダメだ〜〜!そうそう、手鏡!手鏡を見なくちゃねっ!


05/08/20

だいたい、何か上等なことを成し遂げられる人間というのは、もう三十半ばまでには、その萌芽がはっきりと周りにも見えているはずなのよ。二十代の成果が現実に目に見えるカタチになって、出てきてるはず。
各界の有名人とか、偉人の人生を見てみると、おしなべてそういう感じ。
だから、私はもうそんな大それた望みを持っても、叶わない確率のほうが高いと知るべきなんです。
親の背中さえも超えられない。両親が私のこの歳のとき何をしていたか振り返ると、自分の弱さ・小ささがわかる。

「大変やったなぁ、あの頃は。しんどくて、ちょっとでも暇があれば休みたかった。でも充実してたよ。私らは、人の二倍生きたような気がするな。あのままサラリーマンやってたら、経済的には今の半分以下も蓄えられんかったやろ」
母は懐かしそうな顔で、仕事に子育てに、燃焼しつくした日々を振り返れるけど、私は?
いつも「何もやってない」「人生を無駄にしたんじゃないか」と思いながら生きてる。ほんとうに、子供ひとり産めなくて、人の二分の一ぐらいしか生きてないんじゃないか?と思います。
それなのに母も父も、私を責めない。
「まあ、好きなようにやりぃな、あんたの人生やから。あんたもそんなにバカじゃないから何かできるよ」
・・・お母さん、そう言い続けてもう何年?
親の背中をちゃんと見て育っていたら、私もいま、さほど後悔するようなことにはなっていないだろうに、哀しいかな愚かな私は、愛され慣れ、甘やかされ慣れて、歳をとるごとにどうしようもなくなってきたみたい。いいかげん、見切りをつけられてもいいような気もするけど、親というものは絶対に、子供を見放したりしないものなんだな。
「もうあんたには失望したわ。もうちょっとしっかりした子になると思ってたのに。どこで育て方を間違ったんやろうね?」
そんなことは絶対に言わない。どんなに私がみじめな状況でも、なんとかなる、あんまり深く思い煩うことはない、と言うばかり。口先だけじゃない、いよいよ私がダメになってきたら、なんとかサポートしてやろうという気さえある。
こういうのが無償の愛ですよ。

♪空を見て 考えてた 
  きみのために いま 何ができるか
 忘れないで どんなときも
  きっと そばにいるから (たしかなこと/小田和正)

「お父さんお母さん、いい宿を予約したから温泉でも行っておいで。何もたいしたものはないかも知れんけど、今の季節はカニがすごい美味しいらしいよ」
それぐらい言って、さりげなく旅行クーポン券とちょっとしたお小遣いを渡してもいいような歳になったというのに、私ときたら、まだ心配ばかりかけてる。何かに耐えられなくなったら、愚痴の聞き役はきまって母。母は人を励ますのがとても上手いから。
「将来なんてなんとかなる。あんたはアリゾナみたいなとこでも生活できるんやから。私らようせんわ、そんなこと。何もビクビクせんでもいいんや、大丈夫、もっと気を大きくもって、ドンとかまえていき」
・・・お母さん、誰でもできるよ、ここで生きていくことだけなら。
私みたいなブロークン・イングリッシュぐらい、誰でも話せる。
車の運転だって、誰でもやってる。
とくべつなことじゃない、そんなの何の特技でもない。もっとちゃんと勉強してきて、私から見れば輝かしい経歴を履歴書に並べたてられる人だって、この世界で生き抜いていくのはそれなりに不安でしんどいものなのに、なんで私に、なんとかなるわけがあるの?
私には、オコタン一匹、養ってやれるかどうかってとこやん。そのまえに、自分で自分を養っていけるかって・・・
螺旋状の滑り台をするずる落ちていってる気分。

私にはまだ「たしかなこと」が見えてないし、わかってないのかもしれない。
やらなきゃいけないとかたくなに思い込んでいたことは、実はやらなくてもいいことで、もうダメだと思い込んでいることは、案外だいじょうぶなことなのかもしれない。
そんな大それた望みなんかもってない。それは心の奥に息づいているほんとうの望みをカムフラージュするためのオフィシャルな宣伝なのかもしれない。あまりにもシンプルで、だからこそこんな世の中ではあり得なさそうに見える望みは、思うだけでも胸が痛くなるから、社会の潮流がつくるマニュアル通りの望みでカムフラージュしてしまう、木の葉を森に隠すみたいに。誰にも見つけられないように。誰からも傷つけられないように。


05/08/23

今日、(まだ22日の午後)はコミカレの初登校日。
少々は緊張していたものの、先生(初老の女性。イケメン男性じゃなくて残念)の言うことはまあまあわかりやすいし、ついていけないことはないんじゃないっすか。
明日は会話のクラスだし、少し時間も長いのでまた違った雰囲気だと思いますが。
しかし、いまさら、「センテンスは単語の集まりでできてますね、パラグラフはセンテンスの集まりです。このクラスでは、パラグラフを書くことに焦点をあててやっていきましょう」とか言われてもねー。
簡単な起承転結のあるエッセイぐらいは書くのかと思ってましたよ。宿題でるって聞いてたけど、それも簡単なことだし。毎回、英語で日記やエッセイを書いてくる、ぐらいのレベルでもよかったのにな。そのほうが面白いし、勉強してる感じがするし。それがパラグラフどまりじゃ・・・まあいいわ、みんな、どれくらいの事を書いてくるのかわからないし。最初は様子見。

クラスメイトは十数人で、日本人は私だけ。もう一人や二人いると思ったのに。自己紹介のとき、あーアジア系がたくさんいるなー、どの子が日本人かなーと思ってたら、私だけ!あとはみんな韓国人。ひとり中国人もいたけど。土地柄、メキシカンも多かったです。韓国人とメキシカンが二大勢力かな。あと、めずらしいところではロシアとかイランとか。年齢はさまざまですね、二十代から四十代?若い子ばかりじゃなかったのは良かったかも。って、関係ないですけど。授業中お喋りするわけじゃなし。ひさびさに、大学の授業を思い出しました。
明日に期待!そんなにイケメンじゃなくてもいいから、やっぱモチベーション上げられるだけの男の先生がいいなぁ。もしくは、そういう生徒がいる、とか。って、生徒に期待できないよね、平日の昼間、そんな時間に授業うけられる男なんて、子供か年寄りに決まってるじゃない。あーあ。

しかし暑いよー。夜間にモンスーンが来たりしてる間はわりと涼しかったのに、また暑さがぶり返してきたみたい・・・


05/08/24

コミカレ二日目。といっても別のクラス。
会話サークルで、先生はやたらハイテンションな中年(?)女性。なんか、いかにもアメリカンな感じで面白いです。彼女、夫が日系だそうで、日本で英会話を教えてたこともあったりして、親日家。日本語は喋れませんけどね、アリガトゴザイマス、ドーゾヨロシク、ぐらいかな。

来てた生徒のほうはというと、昨日にくらべたら全体的にレベル低いです。日本人も多いという点で、昨日とは反対の雰囲気。お勉強って感じでもない。まー、楽しくやりましょ、試験もなんにもないし!という先生だから。
ほんとにほとんどの人が、たどたどしい英語で、「いやー、これでも生活やっていけてるんだなぁ」と感心させられてしまうレベル。いや、私も喋れないけどぉ、それに輪をかけて、だからね。人事ながら「んー、この人たちはどうやって、日々の生活をこなしているのか」と。だって、買い物行ったり、病院へ行ったり、ガソリン入れたり、いろいろあるじゃない?

ガス(ガソリン)といえば、こっちはセルフサービスなんですよ。
いろんなやり方があるけど、一般的にカードで払うなら、まずカードを差し込んで暗証番号を打ち込み、で、入れたい種類、普通は「レギュラー」と「プラス」と「プレミアム」のなかから選びます。それから、おもむろにあの重い給油ノズルをもちあげて、車のタンクに注ぎ込みます。
まー、いたってシンプルなことなんですが、昨日はちょっとトラブル。
もうガスが減ってるなーと思って、クソ暑いなか、スタンドに立ち寄ったんですよ。で、機械の指示に従って、カードを差し込んで、暗証番号いれて、さあ給油と思ったら、どうしてもガソリンが出てこない。あれー、この機械、こわれてんの?と思いながら、いろいろやってると、あれっ?もう51ドルも入れたことになってる??
えーっ入ってたのかなぁと思いつつ、ガソリンスタンドから出ても、いっこうにメーターが上がってこない。

こりゃおかしいと、速攻で引き返して、そこにいた店員に、
「あの機械つかってガスいれたんですよ、でもメーターあがらないし、入ってないんです」
「え?お客さんの車は?あれ?ふーん・・・」
と、エンジンかけて試してくれたはいいけど、やっぱりメーターあがらない。
「メーターの位置が変わらない。私は51ドル払ったのに、これはおかしい」というと、
「そんなはずない、入ってますよ、このメーターが故障してるんじゃない?」
明らかに「それはあんたの車の問題であって、うちには関係ない」って態度。
引き下がれないと思って、「じゃーどうしたらいいの?これを見て、(と給油機のところへ連れて行く)私は確かにこれだけ払ったの、だけど実際はノーガス。入ってないと思うんだけど」
「お客さん、これ、ほんとに払ったの?うちのトラックだってこんな値段にならないのに、おかしいよ、あの普通車に51ドルって」
「は?えーと。言ってることがわからないんだけど・・・」
「だからー、51ドルも入るわけないって言ってるんです。あ、お客さん、混乱してきました?」
「ええ、少し・・・」

こんなやりとりをしてるともう一人、年配の人が来て、私のカードからお金が引き落とされてるか調べてくれたんですね、そしたら、
「おたくのカードから引き落とされてないよ、これは前の人のじゃない?別の給油機で試してみたら?」
で、そのおじさんと一緒に別のマシンで給油しましたが、今度はベリー・スムース。ノー・プロブレム。
「いやー、ありがとうごさいましたー」
で、時間はかかったし暑かったけど、まあ、一件落着したんです。
そう、少なくなったなーと思って入れたら、たいてい20ドルちょっと超えるぐらいなんですよね。空から満タンでも、51ドルはおかしすぎ。いくらこっちでガスの値段が上がってきてるといっても。私ってば、すっかりそんなこと忘れてたっていうか、念頭になかったんですよ。これだからシロートは。

うん、何が言いたいかというと、日常生活やってたら、こういうことがいっぱいあるんです。
英語できなかったら、おかしいなーと思っても店員さんに伝えられないでしょ?
私だって必死ですよ、

"I used this machine to buy gas, see, this is my purchase, but I couldn't get gas, see, meter doesn't change, huh! what can you do for me? what should I do?"

もうね、こんな感じ。あとは身振り手振り、表情。困った感をどう伝えるか?
ま、こんなレベルですよ。だけど、これでもなんとかなったので、みなさん、なんとかしているんでしょう。


05/08/25

コミカレ三日目。やっぱ、Writing with Oral practice の授業が面白いです。
今日はみんなの名刺を作るとか言って、小さなカードに名前と趣味と自分の出身国で誇れるもの、などを書かせるんですよ。で、私たちはそれを持って、みんなの前に出て、自己紹介をちょっと長くした感じのスピーチをするんです。そのあとは、動詞についての宿題を点検して、その紙を集め、新しい宿題は「何かひとつトピックを決め、それについて最低でも10以上のセンテンスを書いてパラグラフにまとめる」というもの。
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!! 英作文!
そうそう、こういう宿題うれしいですね。トピックは、自分の趣味でも家族についてでも何でも、人を不快にさせたり、政治的なややこしい内容を含むものでなければ、自分で考えていいそうです。うん、イイネ!
自由作文って、子供の頃から好きなんですよ。だからいまだにこんなチラ裏サイト維持したりしてる。それもこれも何か書くことが好きだから。高校のころは英作文なんて嫌いだったけど、どうせ勉強しなきゃなんないんだったら、他人の書いた文章をチマチマ訳すより、自分で自由に考えて書くほうがずっと気分的にはいいや。

そこそこクラスメイトのレベルがそろってるので、スピーチしたり、先生に当てられて答えたりするとき、ヘンにビクビクしたり退屈したりしなくてすみます。日本人が誰もいないのもいいかも。だって、他の人に話し掛けようと思ったら、絶対に英語使わなきゃなんないし。
ロシア人とかメキシコ人とか、それぞれに訛ってるけど、それはそれなりにけっこう流暢に話してたりして、見てるといい意味で刺激になりますね。比較的、年齢層が高いからか、みんなわりとシャイでなくて積極的だし。
ほら、テニスでもなんでも、「上手い人とやると上手くなる」じゃないですか。マラソンだって、自分よりちょっと早い人と走ると、つられてタイムが良くなる。実力が離れすぎていてもダメだし、自分より少し上ってとこがポイントかな。そういう観点から、このクラスは私にとって良かったと思います。
早くもっと英語がちゃんとわかるようになりたいなー。
ぐうたらだから、やっぱりこういう授業でも受けないと、やっぱり独学ではねぇ・・・こういう語学系は。言葉って、相手あってこそのツールだし。
明日はまた元気で陽気な先生の会話サークル。そっちはそっちで明るく楽しむことを主眼にしよう。毎日、月曜から金曜まで授業受けに行くって、車で十分以上はなれてるし、宿題もでるしで、新しいことに期待する反面、なんか面倒だなーと思ってましたが、自分のためにはなりますね。
いつかこっちでアメリカ人の友達をつくって、いろいろディープな話もできたらいいなぁ。


05/08/26

今日の会話サークルでは、先生がこのへんのローカル新聞を持ってきて、いろいろ話してました。
つい2日ほど前に、テンピからずっと北西のほうにあるグランデイルという町のウォルマート(スーパー・マーケット)の駐車場で、ウォルマートの店員が二人撃ち殺された事件があったんですよ。犯人は翌日すぐ捕まったんですが、どうも精神科の患者だったそうで、つい数日まえに買った銃で凶行におよんだということです。理由はわかりませんが。
「よその国では、普通、銃を買うのにいろいろと身元を調べられるものなのに、アメリカでは誰でも簡単に銃を手に入れられるから、みんなも気をつけなくちゃ」
先生は嘆いていたけれど、気をつけるもなにも、昼間からこんな普通のスーパーの駐車場で・・・何が起こるかわかりませんねぇ。ここから少し遠いとはいえ、べつに「特別な町の事件」じゃなくて、たぶんどこで起こっても不思議はないんですよ。このまえは家のすぐ近所の道で車三台が衝突事故やってるの見ましたし、リバモアみたいなのどかな田舎町とは違うなぁって思います。パトカーもたくさん走ってて、一日に二台ぐらいは見ますよ、たった20分ぐらい走ってる間に。まあ、物騒といえばそうですけど、ロスとか行けば、もっと物騒なんだろうし、まだマシなんだろうなーと。

毎日、学校に行くのは面倒だけど、人と話したりコミュニケーションとれるから、刺激になっていいです。
なんでもっと早く行かなかったの、と思われるでしょうけど、こっちに来たのが3月で、春からの学期には間に合わなかっただろうし、4月、5月は生活そのものの立ち上げ、涙の運転練習だのなんだかんだと忙しく、6月になると学校は休みだし、秋のコースに入るしかなかったんですよ。どうせ車の運転できないと、通えないですしね。バスだったら乗り換えなきゃいけないし。昼間、炎天下のバス停でバス待ってたら、それだけで消耗しすぎますって。

こんなふうにギコギコとぎこちなく回りだした歯車だけど、いつかもっと慣れられればいいな。
いろんなことに。一年後、もっとしっかりして、自分に対する信頼感を取り戻して、精神的にも実際的にもタフになっていたい。まだ遅くない、諦めなくてもいい、努力すればそのぶん報われるときが必ず来る、そう自分に言い聞かせる日々を通り過ぎて。いままでの埋め合わせを。
そのときには笑いながら駆け出して行こう。羽根のついたサンダルで。
時の束縛をすり抜けて、わかったような顔した鬱陶しい誘惑の数々をはねのけて、誰にも誰にも捕まらない、誰のものでもない、私のなかに縮こまっている私を解放したら、ふたり手をつないで、溶け合っていこう。もう離れないように。もう二度と無視したりしないように。暗いどこかへ押し込めたりしないように。
いつも曇りガラスごしに見つめていた、誰の、誰のものでもない大切な私を、思い切り抱きしめよう。
太陽のしたで。
明るい太陽の、そのしたで。
私がうまれた日のような、力強く輝く太陽のしたで。笑って。


05/08/29

今こちらでは日曜の朝ですが、先週金曜日の授業では、なかなか厳しいことを言われました。
いや、私個人にでなく、これからの授業の方針やら予定、成績のつけ方とか、そういうことなんですけど。これから週に三回、十二月の頭まであるのに、「三回」しか休んじゃいけないんですよ。えーっ三回??三回を超えて欠席すると、最低ランクFの成績になる、遅刻三回は一回の欠席とみなす、とかね、そのほかにもいろいろ細かいんです。たかがコミカレのESLクラスじゃん、とあなどっていたら、「うわ、このおばあさん先生、『喉が弱くて大きな声がだせないの、ゴホゴホ』とか言いながら、生徒に対する要求きついなぁ」って感じ。もちろん、毎回提出した宿題を採点したり添削して点数つけたり、それだけ細々とやってたら、先生のほうもしんどいと思うんですけど。いやー、よーやるわ。

アメリカの大学生はよく勉強する、そうでないと成績とれない、とは聞いてましたが、その一端を垣間見た気がします。で、授業の最後に、ドバッとデタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!宿題が。
週末だからって・・・先生、こんなに宿題だすの?
いやぁ、ひとつひとつはわりと簡単なことなんだけど、量が・・・
これぐらい、たいしたことないっちゃない気もするし、私は二科目しかとってないからいいけど、他にたくさん取ってると、それぞれの科目でこれだけ出されたら、かなーり時間とられますよ。
私もまだやり終えてない。今日はまた英作文にとりかからなくちゃ。

んー、Writing with Oral practiceのクラスで扱う文章というのは、日本の「国語」の授業で扱うものとは違って、「文芸」的要素はないんですね。まるで論文を書くみたいな・・・まずトピックがバーンとあって、それを説明するセンテンスがいろいろあって、結論がある、という構成重視。感動とか面白みを盛り上げるテクニックを鑑賞するより、「いかにわかりやすく、読者に書き手の意図を伝えるか」という目的が大事で、「このセリフから、主人公はここでどんな感情を持ったと推察できますか?」式の曖昧さが入り込む余地がない、もっとストレートでテクニカルなライティングを目指すみたいです。だから、日本式の「国語の授業」に慣れた私には、教科書を読んでもイマイチぴんとこない設問とかあるんですが、そのうち慣れるかな。とにかく、この例文のテーマは何?どういうふうに構成されてて、どんな結論になってるの?ということを徹底的に繰り返し分析して、それを模倣する。そうして「文章を構成する技術」を身につけさせることが狙いみたいです。
まあ、文芸というのは「何かを書く」ということ全体からみれば、特殊な小さい一分野にすぎず、他の大部分は、上司に出すマーケティングのレポートだったり、商品についてのマニュアルだったりするわけで、そこでは「目的に沿ってわかりやすく書く」ということが一番求められることですから、授業も実践的なものになるんでしょう。
「この口紅の新色を二十代向けに売リ出します。○○という雑誌に広告載せるんで、X字X行で書いてね」
みたいな要求にキッチリ応えられることを目指しているというか。

もちろん、文芸路線の授業はそれはそれで別にあります。クリエイティヴ・ライティングというようなクラス。
まー、でも、そこにたどりつくまでに、まずはこれが基礎になるのかな?絵でいうと、デッサン。
もののカタチを忠実に描く、それができてはじめて、いろんな「効果」を付加したり、果ては抽象的な表現法を試したり、ということができるわけだから。そんなに面白くはないけど、必要なこと、ですね。


05/08/31

月水金のWriting with Oral practiceですが、昨日、先週に提出した英作文の宿題が、さっそく点数をつけて返却されました。いやー、あの先生、赤ペン先生やわ。けっこう細かく採点基準が定めてあって、そのとおりに赤ペンで添削されてます。内容について、全体のまとまり、語句の使い方、句読点、時制、ぜんぶチェックされて、点数化されます。一クラス、十五人くらいで、これだけ丁寧にやってたら、けっこうな仕事量だと思うんだけど。うん。思ったよりプロ。
で、私の点数は、78点。成績表では、
A 90-100
B 80-89
C 70-79
D 60-69
F 59以下(ドロップアウト)
となっていますから、まずはCということ。でも、72点でCならまだ諦めもつくけど、78点でCってイヤすぎ!
どうせAは難しいだろうから、なんとかBをとりたいところ。今度からは、もっともっと慎重に書こう。

なんかねー、日本人は欧米人と思考回路が決定的に違うから、自然と文章の組み立て方も違ってきて、それがすごい不利ですよ。たとえ文法とかボキャブラリーを習得していても、頭のなかで考えること自体が違うんだもん。「かもしれない」とか「どちらともいえない」というような曖昧さを極力、排除するようにしないと、で、どんなバカでもわかるように簡潔明瞭な文章・構成にしないと(つまり、行間を読ませる、結論をぼかして余韻を残す、というような、読者に想像力や推察力を要求することはすべてNG)、それは結局、「書き手の考えがしっかりしていない」と見なされるんだそうです。
だってー、日本人的発想でいくと、子供ならいざ知らず、大人なら白黒つけがたい物事が存在する、善か悪かでなりたつほど世の中シンプルじゃないだろって思いますよね。中庸の美徳というか・・・でも、あえてYES−NOをはっきりさせないと逆に「大人でない」ということになっちゃうんだな、欧米では。
たかが英作文なんだけど、そういう考え方の違いをわきまえないと、絶対にいい成績はとれない。んー、英語書くときは、頭のスイッチきりかえないとダメなんだわ。

ところで、昨日、ブッシュがこっちに来て遊説していたらしいけれど、もうどこかに行ったのかしら。
テロリストにとっては歩くターゲットじゃない、できるだけアリゾナから離れてて欲しいんですけど。ロンドン爆破テロの恐怖とか、まだ記憶にありますからねー。
ここから少し離れた空軍基地(?)に降りたみたいなんですけど、昨日はそういえば町なかにパトカーが少なかったかも。みんな向こうに集まってたのかな?

八月ももう終わりだけれど、アリゾナはまだ暑いです。今も42℃。誰かなんとかしてーー。でも、最近、赤とんぼが飛んでるんですよ。どこから来るんだろ。赤とんぼといっても、日本のとは全然ちがってますけど。もっと小さくて、でも赤いとんぼだから、赤とんぼとしかいいようがない。昆虫に詳しくないので、わからないです。



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