アリゾナ・ダイアリー 2005

June
1 / 2 / 3 / 7 / 8 / 10 / 11 / 14 / 15 / 16 / 19 / 21 / 22 / 28


05/06/01

先週の金曜にドライバーズライセンスをとったんですが、土日月とアメリカでは連休(月曜はメモリアルデーで祝日)だったので、火曜日になってMVDがオープンする朝八時を狙って正式にライセンスのカードを作りに行ったんですが、連休あけのせいか、ものすごい混みよう。
やっぱり考えることは誰でも同じなんだなぁと、しばらく並んでいたら、カウンタの中で仕事をしていた男の人が、いきなり立ち上がって大声で叫ぶんですよ、
「デジタルカメラが故障しているので、今日はライセンスの発行などはできません!」
なんですか、そりゃ。さっさと直せよ。やっぱアメリカやなぁ・・・
フェニックスのほうにもMVDあるんですが、これまでの必要書類をこちらで出してるので、ややこしいことになったらイヤだなぁと、もう諦めて帰ってきました。

それとは別に、ネットの回線が昼間ぶちぶち切れて繋がらない件、プロバイダのほうに文句の電話を入れたので、明日(日本ではもう今日ですね)の午前中に人が来ることになってます。だから、また明日もMVDは行けないかもしれない。
べつに昼から行ってもいいと思うんですが、夫の仕事の都合もあるので・・・
まー、車は一台しかないし、私はそんなに急いでないんですけど、夫はなぜか「早く終わらせたい」って感じで、イラついてますね、またしても。ここはアメリカ、しかもアリゾナなんだから、一日二日の違いでキリキリしても仕方ないんですよ。
明日がダメなら明後日にするしかないじゃないですか。他に方法がなければ。
そんなにまで「困ったなぁ、困ったなぁ」を連発することでもないでしょうに。

先日、ずっと郊外までドライブしたんですが、広がる景色はミニ・グランドキャニオンって感じですね。赤土の岩肌がごつごつ。乾いた感じの低い潅木の茂みがところどころにあって、電柱のようにぱらぱら立っている柱サボテン。まあ、日本ではお目にかかれない光景です。わりと狭い山道になっていて、舗装はされているんですがアップダウンやカーブが多く、制限時速15マイルなんてところは、ほんと、運転してて怖かったです。登り坂の向こうがどうなっているかわからないんですもん。対向車線に大きな車がぬっと現れたら、ドキッとしますよ。手に汗にぎって必死で運転してました。
私がびびってゆっくり走ってるもんだから、背後には五台くらいの車が数珠繋ぎ。しゃーないやん、許してほしいわ。こんな道とは知らんかったんやもん。追い越し禁止のレーンなのに、後ろから無理に追い越して行く車もあって、どうぞお先に行ってください、私はゆっくり行きますからと、心の中で唱えてました。だいたい、こんな道、初心者に走らせる夫も悪いわ。ほんとに怖かったですよ、一方は崖だし、ひとつ間違うとえらいことに。
「もうこんなんイヤ!」
と、途中で引き返しました。もともと山道のうねうねカーブは好きじゃないし、自分が運転してたら周囲の景色もへったくれもありませんよ、とにかくハンドルきってるだけで必死ですから。

ほんと、アリゾナは都市を一歩出ると「地球紀行」って感じですが、私はどうも趣味にあいませんね。
ワイルドすぎて怖いし、ほら、もともとアウトドア志向じゃないですから。ああいうところでキャンプしたいなぁって思える人にはいいんでしょうけど。そんなの考えただけでも面倒な性質だし。
飼いならされた「自然」は、可愛くて好きだけど、むきだしの「自然」は、私の手には負えません。なぜって、そこでは純粋に体力勝負だから。なんでわざわざ、自分が不利になるところに行かなきゃいけないんですか。一銭にもならないのに、何が面白くてやらなきゃいけない?
私のような人間は、エアコンとかバストイレが清潔に整った場所で生息すべき生き物で、なにも苦手な大自然のなかまで分け入って、サボテンの針に刺されたり、虫に食われたりするような不快さを我慢してまで、「ああ、空気がきれい!ああ、雄大なこの大自然のパノラマ!」なんて感動しなくてもいいんです。
ちょっと近くまで行って、「へぇー、こんなところもあるのねぇー」と見学してりゃいいんです。


05/06/02

プロバイダから派遣された人が、わりと早くにきてくれたので、午前中にMVDへ行って正式な運転免許証を発行してもらいました。これで私も免許もち。ひとりで運転できるんです・・・って、まだちょっと怖い。それなのに夫は、「もう一人で帰れるやろ。大学まで行ったらドロップしてくれ。そんで、おまえ、帰りに保険屋によって、免許とったことを知らせておけ」。
ええーっ、いくら免許あるからって、もう一人で乗るの〜〜!!
冷たいやん!
「冷たないやろ、僕ほど優しく面倒みてやってるダンナっておらんで。じゃーな」
ええーっ、ほんとに私ひとりで帰るの〜〜〜!!
マジで不安もありましたけど、いつかはやらなきゃいけないこと。それに、教習車みたいに助手席にもブレーキがついてるわけじゃなし、何をどう協力してくれるでもなし、横に乗っててもだらだら講釈たれるだけ(時々間違ってることも)なんだったら、夫なしで一人で乗ってても大差ないし・・・

で、帰りましたよ、ひとりで。もちろん、保険屋にも寄って。
あはは。ちょっとドキドキしたけど、できるできる。うん。私にも運転できる。
夫に頼らなくても生きていける、これがはじめの一歩。運転技術を磨きながら、次は、もっと英語マスター。それがなんとかなったら、次は、何かこっちで起業でもするか・・・??

♪ 自立したいといつでも 思ってはいるけど 
   どんなふうにすればいいか この私にもわからない そんなもの
  ひとりで歩いていこう 誰かに頼ってた自分の 
   惨めさを忘れずにいれば きっとできる
  いままでで 一番 素敵な未来描こうよ
   もうこんな私で いいかだなんて思わない
  世界で一番 幸せな自分になるんだ
   とりあえず それが私の目標
                (元歌「NO.1」槙原敬之)

何かを固く握り締めていたら、新しいものは手に入れられない。
たとえぼろぼろの毛布でも、なくなったら寒いからと、いつまでも大事げに抱え込んでいたら、新しい羽根布団を手に入れて、もっと心地よく眠ることはできない。
もしも手放して、なくなって、そしてそのまま、何も手に入れられなかったら?
そんな不安に怯えて、人は固く握り締めた両手を開けない。そこにあるのは、もうすでに無価値になってしまったもの、持っていても何の幸福ももたらさないものかもしれないのに。
だけど自分に言い聞かせる、「何もないよりはマシ」。
それが、己の勇気のなさからくる言い訳だということは、自分自身がよく承知しているはずなのに。
私はでも知ってる、握り締めた両手を開かないとダメだと。不必要なものを潔く捨てた「何も持たざる者」こそが、得てして誰よりも多くの恩寵を賜るものだと。そんなふうに見えない神の摂理が働いていることを、私は知ってる。
何もないよりはマシ、わかったような台詞で本当に自分を騙しおおせるのなら、人の心は実にシンプル。
でも、そうじゃないから、いくつもの不機嫌な顔が、洗面台の鏡にへばりついてる。


05/06/03

今日は、2ブロック先のスーパーマーケットへ一人で行ってきました。
右折・左折・レーンチェンジありの運転、やっぱりまだ緊張します。車をガレージに停めて家のドアを開けた瞬間、「はー、今日もなんとか生きて無事に帰ってこれた〜」と肩の力が一気に抜けていく・・・
一人で毎日、少しずつでもいいから乗る、そう決めてます。だって、乗らなければやっぱりまた、「ペーパードライバー」になっていくだけですから。思わずヒヤッとするときもありますが、そういうのを乗り越えなきゃ、いつまでたっても慣れないし、誰もがそうやって上手くなるんですもんね。うちの弟も、そういえば、免許とりたての学生時代は「運転怖い」と言ってました。でも、何年かして自分の貯金で車を買う頃には、ドライブ大好きになってましたね。

夫は自転車で大学へ行ってます。幸い、今日は曇りでそんなに暑くないから自転車でもいいけれど、これからのことを考えたら、もう一台、車がいるかもって思います。二台目は一台目を買うよりもラク。もう車があるから。ほんと、この国ときたら、車を買うのにも車が必要なんですよ。
昨日、免許をとって、夫を車で大学まで送って、

「帰りはバス使えば?」

と言ってやったんですよね。私がそうされたとおりに。夫が免許とったとき、大学まで二人で乗ってきて、
「おまえ、どうやって帰る?あー、バスで帰れるよな」
と、炎天下に言われたことを根にもってたんで。
そしたら、「急に偉そうになった。誰のおかげやとおもってんねん」とかなんとかむくれて、私がそのあと一人で初めて家まで乗って帰って、夕方に「迎えにいってあげよか」といくら言っても、「いらん。○○さん(共同研究者)に送ってもらうから!」の一点張り。
他にも原因があるのか知りませんが、なんか昨日の夜から、めちゃムクレてます。
「打倒、おまえ!」
「おまえへの怒りをバネにするんや」
とか、訳わからんこと言ってます。
私なんか、打倒する値打ちもない存在でしょうに。笑止な。
ほんとうに打倒したければ、「日本に帰れ」とひとこと言えばすむ話。
まあ、おおかた研究が上手くすすんでないので精神状態が悪いんでしょう。
それで、私のマネをして憂さ晴らししてるだけでしょう。
ほんとに私への怒りを自分のジャンピングボードに昇華して、いい研究ができるんなら、心から祝福しますよ。
「こんな女、いつか捨ててやる」と思いながら、その嫌悪の情をバネに夫が何かを成し遂げられるのであれば、それが成功した暁に、ひとり路上へ追い出されることになっても、私は夫をあっぱれと思いこそすれ恨みません。

私は私で、自分がやらなきゃいけないことをやるだけです。
夫には「おまえは冷たい、優しいのはパソコンの中でだけ」と、ことあるごとに言われてますが、家族と他人、ウチとソトで接し方が変わるのは日本文化の特徴、・・・いや、どこの国、民族だってそんなのあるでしょ。私がわざと自分を優しく見せている、ということはないと思いますよ、しいて言えば、丁寧に接しているかどうかの違いです。家族に対してはどうしてもぞんざいになりがちですからね。
「せめて、自分ひとりで2ブロック先のグロッサリーストアまで行って買い物できるようになりたい。」
そう書いたのは、先月の18日。
半月後に、その願望が実現したことになります。
もっとも、私にとってはそう簡単なことではなかったのですが、多くの人から見れば「そんなことぐらいで」というレベル。マイナスからの出発とわかっているだけに、焦りと期待と不安がないまぜになって、胸のうちを行ったり来たり。今月終わりごろにはうちの両親とお姑さんが三人でアメリカに来るので、その接待(?)で忙しいですが、それがすんだら本腰入れて英語やらなきゃ。

・・・私は自分が「力」や「自由」を手に入れるごとに、もともと少ししかもちあわせていない謙虚さや可愛げといったものを、だんだんになくしてしまうのかもしれない。
いつか自分で身を立てられるくらいに稼げるようになったとしたら、もう私は自分の願望実現のためには、誰をも、何をも、顧みないのかもしれない。本質的には、私はそういう女なのかもしれない。
けれども、そこまで行ってみて初めて見えてくるものがある、そう信じてる。
完全な闇のなかでこそ、遠い星の輝きが際立って見えるように。
寒風にさらされてこそ、かすかな抱擁の温もりが心震わせるように。


05/06/07

車の運転にも少しずつ慣れてきました。前みたいにドキドキしないし、車線変更三段跳び(三車線道路で、一番端の車線からもう一方の端に行くこと)も流れの隙を見てできるように。今朝は夫を大学まで送っていって、また夕方には迎えに行きます。

先週末はこちらの若手研究者仲間のご夫婦のアパートにお呼ばれしてきたんですが、アメリカ暮らしは長いけど、もともとヨーロッパから来た人たちだから、そのへん意識が違うので面白いです。
「暮らし始めた最初はアメリカなんてイヤだと思ったし、みんなそう思うんじゃないかな」
「でも、慣れてくると、そんなに自分の国に帰ろうと思わなくなったよ」
彼らはけっこう訛りはありますけど、もう英語ペラペラだし、何と言っても、見た目が白人だから私たちよりもこの国で暮らすのにアドバンテージあると思いますよ。文化も大雑把にいえば似てますし。私たちがいくら頑張っても、このアジアンフェイスをどうにもしようがないですからね。たとえ英語がすごく上手くなったところで、地域にもよりますが、この国に溶け込んで、そこそこ満足できる生活を維持するには、かなり無理をしなければいけないんじゃないかな。
私に関して言えば、骨を埋める気持ちなんてないけど、数年くらい長居してもいいかなって感じです。まあ、アリゾナじゃなくてカリフォルニアのほうがやっぱり良かったですけどね。気候以外にも、いろんな意味で。
アリゾナでも、べつに差別的な目にはあってないし、いいんですが、やっぱりサンフランシスコあたりと比べたらこっちの現地人はコンサバな人が多いのかなと思います。ブッシュ派とケリー派の違いかなぁ?

アリゾナではリボン型のステッカーなんかを貼ってる車をけっこう見かけます。黄色いリボンは「イラクのアメリカ兵士たちが無事帰還できますように」という思いを込めて、あとトリコロールのリボンなどもありますが、けっきょく、みなイラクとの戦争を支持しているという意味につながります(ひいてはブッシュ派)。星条旗に「God bless the USA!」とか書いてるのは「神よアメリカに祝福を!」という意味。
そんなステッカーや星条旗をつけるのが流行ってるのは知ってましたし、驚きもしませんでした。私たち、アメリカに来たら星条旗を買わなきゃって言ってたぐらいだし。だって、911テロの後、あの夥しい星条旗が各ビル各家に飾ってあるのを見てますから・・・アメリカ国内に住んでるテロとは無関係のアラブ人が襲われたりしてましたし。星条旗のひとつやふたつ持ってないと、何かの折、私たち外国人だから感情的に排斥の対象になりかねないんじゃ?って。もしも思いがけないことがあったとき、行き過ぎた愛国主義者に対する魔よけに買うべきだと思ってたんですよ。

アリゾナに来て、実際に車に貼られてるステッカーを見て、「あー、やっぱり」と思ってましたが、この前サンノゼの友人夫婦のところへ行ったときふと見回したら、そんなステッカー誰も貼ってないんですね。見かけたかもしれませんが、比率がぜんぜん違う。その話をしたところ、サンノゼの友人夫婦いわく、
「ステッカーやら星条旗を買わなきゃいけないなんてことないわよ、現に私たち、テロのときも飾ってなかったし、ご近所だってそんなの飾ってなかったし」
「God bless the USA!じゃなくて、God bless everyone!って言うべきだね」
「いや、それなら、God bless the whole world!と言うべきよ」
とまあ、こんな感じなんです。たんに彼らがそういう人たちなのかも知れませんが、ステッカー比率のこともあるし、やっぱり同じ国でも、地域によって雰囲気はずいぶん違うんじゃないかなと思いました。
そういう意味でも、サンフランシスコ周辺は暮らしやすいような気がします。


05/06/08

今は2005年。3月からこっち、日本を離れアリゾナで暮らす私。
まさか十年前の自分が、こうなっているとはね。身体も、心も。
そのさらに十年前の自分のことも思い出してみると、いやぁー、よもや自分がこうなっているとはね。
人生の年月とは、摩訶不思議なものではありませんか。

こみあげる嬉しさに躍り上がったこともあった、悲しみで何も手につかないときもあった、周りのことなんか目に入らずに突っ走ったこともあった、周りの諸々が気になって立ちすくんでしまったこともあった。
生きていることはなんと素晴らしいのかと涙ぐんだ瞬間もあった、このまま朝がこなければいいと念じながら投げやりに眠った夜もあった。
誰の人生もたいていそんなものなのかもしれないし、もっと順風満帆な日々、あるいはもっと波乱万丈な日々を重ねている大勢の人がいるんだろうと思う。

二十代後半までは、「人を傷つけるのはとにかくいけないこと」と思いつつ、若さに特有の残酷さゆえに、知らず知らず誰かを傷つけてきたのかもしれない、でも今では「傷つけるのはいけないとわかってはいるけれど、避けられないこともあるし、わざと傷つけたいときもある」と思いつつ、やっぱり誰かを傷つけている。
昔は「誠実でないことはどこから見ても悪いこと」と思いつつ、無知や誤解ゆえに、誠実かどうかは怪しい言動をしてきたかもしれない、でも今は「不誠実なことは確かに悪いことだけど、自分に対して不誠実になるより、他人に不誠実になるほうが、まだ真の意味で誠実かもしれない」と思いつつ、やっぱりある種、不実な言動をしているんだろうなと考える。
心の持ちようが変わっていくのは本当だけど、外側だけ見ていたら、現象としては同じ。
だからといって、私がとくに悪い人間だとは思わない。曇りなく磨かれたガラスのように汚れなき心で生きていますと胸をはることもないけれど。
学生時代からの友人と話をすると、お互いに変わったね〜、あの頃はこんなことやらあんなこと言ってたのにねぇ、と笑い合うけれど、お互いに基本的なところをわかってるから不愉快じゃない。同志的感覚かな。

あれから十年。
あれからは、もう十五年。
あれからだと、もう二十年?そんなにたつの?
さまざまに印象的な出来事は、飛び去る時のなかにあっても色あせない。
熱が冷め、物事のエッセンスだけが残って凝縮し、宝石のように小さくきらきらしたものになる。
まるで神話のように、手のひらの輝きを夜空に投げ上げると、それが私の星座をかたちづくる。
少し誇らしい気持ちで、少し哀しい気持ちで、頼るようにそれを見上げながら、私は歩いている、太陽も月も見えない夜には。

私の時間はあとどれだけ?
それまでにたどり着ける?
それまでに掴み取れる?
そして、あのときは突然に?それともだんだんに?
そのあと誰が忘却の河を渡る私を迎えてくれる?

自分のため悪あがきして生きよう、パッションが続く限り。今までのこと考えたら、それも悪くない。
運転は苦手だけど、人生のワインディングロードなら、慎重に大胆にハンドルきろう。
少し勇気を奮い起こして、少し途方に暮れながらも、夜空の星座を頼りに行こう。


05/06/10

今朝、とってもいい夢を見て目覚めたら五時ごろでした。
夢の余韻に浸ってうつらうつらする快感・・・うーん、このなんともいえない甘酸っぱい切なさ。
私はどうも、現実を補償する内容の夢を見ることが多いかもしれない。
例えば、「あのとき素直に思っていることを言えばよかったのに、もうそんな機会は永遠にこない」というようなシチュエーションで別れ、悔恨の情が残っている人の夢なら、お互いに再会して、すごくいい雰囲気のなか、言えなかった事を言うと、相手が快くそれを受け入れてくれる、とかね。
夢の中でも感動しますよ。感動のあまり、泣いたりドキドキしたりして起きちゃったり。もっと夢のなかにいたかったのに。
今朝の場合だと、もう会わないんだけど、過去、ちょっと冷淡にあしらわれた相手が出てきて、その事実とは逆に、やたら好意的。にこにこして何かと話しかけてくれるんだけど、私は化粧もしてない素顔を見られるのが恥ずかしくて、思わずうつむいたり目をそらしてしまう・・・

絶対、ありえない展開。
ありえないからこそ、夢で補償行為をしているのかもね。冷淡にされたことが心のシコリになっていて、もっと仲良くしたかった、という過去の願望を夢で充足させてるんでしょう。いや、わかりやすいなぁ、私って。
うん、こんな夢を見たのにはキッカケがあるんです。昨日、混んだ夕方の道路をひとりで運転してるとき、駐車場からでようと、ウィンカーだして待ってる私を見て、若い男性ドライバーがニッコリ笑いながらスペース開けてくれたんですよね。まだ駆け出しの半人前ドライバーの私には、そういう小さな親切が凄く嬉しくて。うきうきしながら帰ってきた、たぶんその勢いでそんな夢を見たんだと思います。あー、ますますわかりやすいですね、私って。
でもね、その男性が自分の前のスペースを譲ってくれた瞬間、すごい納得したんですよ、「ああ、車って、人が乗ってて、人が動かしてるんだ」ってこと。

いや、今更バカかと思うでしょ、でも、あたりまえのことなんだけど、頭でわかってるだけで、心にまでストンと落ちてない、実感としてわかってないことってあると思うんです。私にとって、今まで運転しているとき、周りの車を見ていても、車は車、ただのメカ、その動きを交通法規に従って判断していただけなんです。頭ではわかってますよ、中に人が乗ってて運転してるって。でも、実際に見てるのは車本体のみでした。なんか、運転していると、頑丈なメカに囲まれているちっぽけな人間みたいな錯覚に陥って、それで「得体が知れない、怖い」という感じがしてたのかも。
だけど、車には人が乗ってるんだ。その人たち、ひとりひとりが、頭と心をもってて、車を動かしてるんだ。いったんそう実感すると、路上でメカに囲まれてる幻覚は消えて、一台一台の車が生き物のように思えてきました。
高層ビルのひとつひとつの窓のなかにも生きた人間がいる、その人間がそれぞれにもっている生があるように、車ばかりで無機質だと思っていたこの町、この広い道路にも、じつはヒトの生があふれていたんですね。

車があって、運転できると、ほんとうにこの町では生活が変わります。意識も。
バスでなら暑いし遠いし面倒くさい、と思うところでも車ならスイスイ。だから、そろそろ本格的に英語を習いに行こうと思って、昨日はその施設を見学に行ったんですよ。残念ながら、なかなか希望するようなプログラムがなくて、それに、あったとしても、今すぐには始められません、たぶん夏の終わり、秋からになると思いますけど。
子供というか、若い二十歳ぐらいの学生さんが学校の休みを利用して語学留学に来るようなプログラムより、もっと地域に根ざしたもの、大人のためのコースがいいですね。元気いっぱい、勉強も遊びもと欲張る短期留学生の集団には馴染めそうにないし、もっと落ち着いた人々との出会い、社会的立場・年齢相応の人間関係づくりということを考えたらね。
まぁ、ぼちぼち探してみます。


05/06/11

昨日はアウトレットモールに行ってきました。正直、洋服選びは好みとか流行も違うし、下着選びはサイズを合わすのが難しいですが、スリープウェアは行く度に収穫ありますね。私好みの花柄やレースのネグリジェに、ネマキング魂が揺さぶられます。やっぱ寝巻き買いはアメリカに限る!$20やそこらで、トミー・ヒルフィガーやローラ・アシュレイ、リズ・クレイボーンの可愛いネグリジェが買えるんですよ!スモールサイズやプチサイズが身長153cmの私にぴったり。少しゆったりめが身体を締め付けなくてGOOD。
こっちに来てから、もう四着買いました。あは。でも、常夏のアリゾナでしょ、暑いから寝巻き兼部屋着がいっぱい欲しくなるんですよね。夫は「それ、要するにムームーやろ」と言ってますが、「ムームー」ってあんた、レトロな言葉がでてくるなぁ。いや、昨夜、寝る前に少し言い争ったんですが、こんな言葉知ってるのはもう三十代後半以降で、二十代の人は絶対知らないと思います。私だって忘れかけてたわ、そんなの。今はさ、ハウスドレスとか、ワンマイルウェアとか言うんじゃない?

夫はこっちで知り合った日本人会でテニスクラブみたいなのをやってるから、行こうかなと言ってます。
いいねぇ、行きなはれ、行きなはれ。私は行かないから。テニスできないもん、私。やる気もないし。いくら日が暮れてから始めるとはいえ、こんな暑さのなか走り回ってたら倒れそうだし。
私も友達みつけなきゃ。英語習い始めたら、そこで知り合えるかしら。でも、こういうのって、縁の問題だもんね。恋人も結婚相手も友達も、見つけようと思って見つけるもんじゃないような気がする。こればかりは、縁があるかないかっていう・・・つまり、その場限りの関係じゃなくて、ある程度、双方の気持ちが続いていく交流のことだけど。なんとか見つけられるよう祈ってます。できたら、アメリカでなければ知り合えなかった、そんな出会いがいいな。せっかく運転もできるようになったことだしね。

現時点での私の最高目標は、アメリカで夫のようにSNNと労働ビザをとること。あるいはこのアメリカ生活のなかで、日本に帰国してもできる仕事の種をみつけること。
何の特技もない私がそんなこと、難しいのはわかってますが、まあ知恵を絞れば、いろいろ方法は見つかると思いますし・・・ほんとに難しいけど、達成できたらどんなにいいだろうという夢ね・・・
「あー、しんど。おまえはええな、ラクそうで。今日は何してた?ずーっとパソコンか?(嗤」
たぶん夫がこのセリフを定期的に言ってくれるので、「くっそぉ〜、いつか見返したるっ!」と、ともすれば日常に流されて眠り込みそうになる気分もその度にシャキッとするでしょう。

私、ほんとうに、今までの人生で、こんなこと言われた経験無かったんですよね、周りが、「おまえはいいよ、そのままで。絵でも文章でも、好きなことして生きたらいい。自分がしてきた(している)しんどい思いなんか、おまえは無理にしなくてもいい」みたいな感じでしたもん。親からは、たまに「おまえはええな、恵まれてるな」と言われてましたが、それは言葉どおりの意味じゃなくて、「これからも銭勘定にあくせくする羽目に陥らず、幸せに生きていってくれよ、できるだけのことはしておいてやる」という思いがこもってますから。
裏を返せば、今までの人生で、私を社会的な存在として評価の対象にした(ナンボ稼げる?という意味で)のは夫のみ、ということになります。以前、言われましたもんね、私。パソコンでちょっとしたプログラムを書いてもらったあと、何かのことで諍いしたんですよ、そしたら「さっきのプログラム、プロのSEに書いてもらったらナンボになるか知ってるんか?」って。私、「そのぶんあんたに払うわ、いったいナンボよ?」と訊きましたら、どうせ家のカネから払うんやろ、意味ないやん、と。まあ、そんなこと言われたのも人生で初めての経験でした。

「女だから」と守られることに安住できない相手と結婚したことに、何か意義を見出したいとなれば、私が社会的な存在として彼から合格点をもらったときしかないのかも。
だから、さあ、大志を抱かねば!(ナンボ稼げる?)
もしもそのときがきたら、腹の底から大笑いできるようにね。
心の底から夫に感謝できるようにね。


05/06/14

昨日はフェニックスの北はずれにあるアウトレットモールへ行ってきました。夫の靴と私のサンダルを買うのが目的だったんですけど。一応、買い物は果たしましたが、ショッピングスポットとしては、やっぱりテンピのアリゾナミルズモールのほうがいいなぁ。このアリゾナじゅうで、一番品揃えが豊富で便利なアウトレットモールだと思います。まあ、アウトレットにこだわらないんなら、フェニックスにもスコッツデールにも小奇麗で大きなモールがありますけどね。

先週の金曜日、夕食のことで久々に大喧嘩。
メニューは薄切りのビーフステーキとサラダと冷奴とご飯、それに冷蔵庫にはメロンと葡萄。
帰宅してそれを見るなり、何の前置きもなく、

「おまえ、ケンカ売ってんのんか」

と夫の一言。
男が働いて帰ってきてこんな貧相な食事だされたら誰でも怒り爆発するんが当たり前や!!
ウソと思うんやったら、おまえのサイトでみんなに訊いてみろ!!・・・と。
ってことで訊きますけど、やっぱりNGですかね。

私、自分があんまり食べないし、美味しいものにさほど関心もなくて、食べ物大すき夫とは正反対なんですよ。興味無いのに、もう少し凝った料理をつくれ、と言われてもつらい。思うに、ステーキ肉をもっと分厚くすべきでした。だけど、結婚したときから「痩せる」と口では約束してて、医者からも「痩せろ」と言われてるんだから、夕食を軽く食べるのは健康にいいと思うんですね。私にしても、そのほうが調子がいいし。
でも、問題はそういうことでなく。
「痩せるためやからって、こんなショボイもん食いたくない。美味しいもんやったら少しでも満足感あるんや。僕が痩せへんのはおまえのせいや!!」
ということらしい。すんごい言いがかり。

思えば、日本にいるときはデリで目先の変わったもの買えたし、お鮨の詰め合わせや、○○の素、みたいなのも売ってたし、なにより、秋刀魚とかアジを丸ごと焼くだけで美味しいじゃないですか。こっちでは、そういうのがないので、どうしたらいいかわからない。野菜炒めとかステーキとか、そんなのばっかりになっちゃうんですよ。いや、デリはありますけどね、前にホールフードでアボカド買うと言ったら、
「そんな高いスーパーでアボカドなんか買う必要ない!」
とかいって、もめたし。だから、あそこのデリ、すごく美味しいんですけど、高いから買えない・・・
料理の本みて研究しろ、とか言うんですけど・・・関心ないのにな・・・私はべつに、これでもいいと思って食べてるんですもん。

それからもう別れるの、死んでやるだの、大喧嘩。
疲れました。
それでなくても、その日は洗濯して、洗面台のまわりをきれいに片付けて、掃除機をかけて・・・でも、夫いわく、
「そんなもんはどうでもいい。汚れてても気にならんから」

時々、アジア系スーパーに行くと、見たこともない魚が泳いでたりするんですよ。だけど、それが何かわからないので、どうやって調理すればいいか見当がつかない。注文の仕方もわからないし、見た感じ、美味しそうでもないし。第一、魚焼き網がない。
「あーあ、こんなにたくさん食べ物があるのに、おまえには無理やもんな、まともに料理でけへんもんなぁ」
という嫌味攻撃を無視しながら、ふと目の前を見ると、仲睦まじそうに笑顔で見つめあいながら、買い物している若いカップルの後ろ姿が。その瞬間、外は40度近くの暑さだというのに、心に吹き抜ける風が凍るほど冷たい。夫のどんな嫌味や説教より、仲良しカップルの笑顔が胸に突き刺さって痛い。

このごろ、「もてない、もてない」と嘆いている30前後くらいの人たちが可愛くみえてきました。
だって、いつかもてるようになる可能性があるじゃない。もてなくても、たったひとりと本当に心のこもった恋愛をすればいいんだから。フリーな男女はたくさんいるんだし、案外、簡単なことみたいに思えるんだけどなー。
少なくとも、とりあえず可能性があるってこと。だって、まだ出会ってないだけ、それだけのことなんじゃない?多くの場合。
もう結婚までしてしまったオジオバ二人が、氷点下なオーラを冷え冷えと発散させながら、お互いに笑いもしなければ目も合わせないで、カート押しながらムスッと買い物してる情景を考えてみてよ。
「なんでもてないんだー」と嘆きながらでも、明日に希望をもってるほうが、なんだかいいじゃない?ある意味、羨ましいよ・・・


05/06/15

なんか疲れる、このアリゾナ生活。
これといって何もしてないのに、なんでだろうと思うんですが、やっぱ英語だ。
生活そのものが、ぜーんぶ、英語だからだわ。
英語で話すのが苦にならないくらい上達したら、しんどさはずいぶん軽減すると思います。だって、買い物にいっても、どこへ行っても、英語だもんね。
「すいません、猫砂についてちょっと説明してもらえます?」とか店員さんに言うのも、商品のラベルや何かの作り方、注意書き、全部英語。あー、もうイライラ。
それで、中華系スーパーに行くと、なんとなくホッとするんですよ、商品のラベルやパッケージの文字が漢字だからね。簡単な中国語なら読めるし、店員さんが中国語で話し合ってたりしてるのも断片的にわかったりするから、リラックスできるんだわ。

避けて通れない英語問題、どこかの教室へ行こうと思ってますが、候補がふたつあって、ひとつは土曜日の半日コース、もう一ヶ所は1レッスン一時間弱で、けっこうフレキシブルに時間帯や内容を選べるもの。
夫は後者をすすめるんだけど・・・そりゃ英語の勉強をやる、という目的と自分の都合を考えたら、それもいいかもしれないけど、どうせ平日の昼間しかないし、そんな時間帯、暇な主婦か子供か老人かしか参加できないじゃない、ふつーに考えたら?
べつにいいけどさぁー、いまいちつまらない予感。
現役男女の混合クラスがいちばん面白いと思いますよ、活気があるっていうか。やっぱり文学学校でも思ったけれど、主婦と老人しかいないって、あまり発展性ないんじゃないかなぁ。なんかこー、まったり保守的な雰囲気になっちゃうのね。すごい退屈しそう。
コミュニケートしたい相手がみつからないと、なかなか外国語会話なんて上手くならない。
毎日のビジネスシーンで使うとか、否応なく喋らなきゃならない状況(夫みたいに)なら、別ですけどね。私なんか、今以上に上手くならなくても、一応の生活はできてるわけだから・・・こっちで何か仕事、というのはまだそんなに焦らなくてもいいんだし。それはちょっと人とも相談しないといけない話・・・
とりあえず、コミュニティに入りたい、この人(たち)と話したい、という動機が必要なわけ。将来のためを考えても、土曜日のビジネスコースぐらいとったほうがいいと思うんだけどな。

あー、もう少し若ければなぁ。
せめて十歳でも、いや、五歳でも若ければ、まだそれだけ時間がある。
なんで私って、こんなにバカなんだろう、ほんとうに大切なことに気づくのが遅すぎ。
諦めたくないけどね、絶対に諦めたくないけど。
こんなもんさとただ人形のように生きていくなら、死んだほうがマシ。いつもそう思う。あと二、三年以内に、思い切ったことをやりたい。ただ、慎重に大胆に、具体的な計画を練る必要があるけれど。
信頼できるパートナーも不可欠。ギブアンドテイクで協力しあえる仲間。
どこで見つかるか、それは縁。だけど、縁をたぐり寄せることにかけては、今までのノウハウが生きるかも。結局、自分の人間としての魅力が勝敗を分ける。惹かれるものが何もなければ、他人は誰もついてこないどころか、まともに話をしようともしない。
ホリエモンが、「女はカネについてくる」と言ったそうですが、カネについてくる女は(男も)、ここぞという難局が訪れたら、潮が引くように離れていく。もっとも人の手が必要とされる場面で、面白いようにきっちりと離れていく。
カネで構築した縁は、しょせんそう。
人は裏切るけれど、カネは裏切らない、まことしやかに言われるけれど、それは逆。実のところ、カネは裏切るけれど、人は裏切らない。カネについてくる男女は、まるで実体のない幽霊みたいなもの。人間としてカウントすべきじゃない。ホリエモンもわかっているんだろうけどね。

自由になりたい。もっと自由に。なんのためにアメリカまで来たんだか。
年齢をいちいち区切って、「今はこれができる、もうこれは無理」などとは、あまり言わない国だからでしょう?

♪明日はきっと おまえのように 飛んでみせるよ 私も
                 (空へ/カルメンマキ&OZ)


05/06/16

物事には順番があって、それを段階的にクリアしていかないと、最終的な目標には達せられないのだと、かたくなに思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。

たとえば、感情は思考よりも早く現象の本質を掴み取る。女性はそれに長けている人が多いんだけど、社会的な存在として感情を殺して生きるように訓練された男性は、たいていそこんところがわからない。
「あの人、なんか嘘くさくて嫌な感じ。あんな人の保証人になるなんて、Aさんの気がしれないわ」
「そう?第一印象でそんなこと決めちゃいけないよ、君は幼稚だな。社会にでてないから人を見る目が養われてないんだ。あれでも○○商事の御曹司なんだぜ」
「ふうん・・・」
三ヵ月後。
「おい、あいつが一千万抱えて行方不明だってさ。Aは青い顔して金策に走り回ってるけど、とても一千万なんてかきあつめられないよ、どうなるんだろうな」
「○○商事にねじこめば?御曹司なんでしょ?」
「それが、驚いたことにまったくの出鱈目だったんだ、なんで見抜けなかったんだろ、Aのヤツ」
「・・・あなただって信じてたじゃない(呆」
女が「なんとなく生理的に不快」というとき、きちんと説明はできなくても、当たってることが多いんですよ。
男は名刺の肩書きに頼ったり、これみよがしに捏造された証拠に惑わされてしまいがち。

論理的思考は、A→B→C→Dと順に進んでいくものだけど、感情のひらめきというのは、いきなりA→Dみたいなことを、何の証拠もないのに確信させます。もっとこの能力を使ったらどうか?と私なんか思いますよ。
A→Dが真ならば、そこで無視されたB→Cというのは、あとからついてきますね、必ず。真でない場合は、当然のことながら、赤っ恥の大失態。

それは一種の賭けですよ。でも、追い詰められてもう時間が無い、というときには第六感というようなものも研ぎ澄まされていますから、非常時でも冷静にその感情をみつめられるなら、使って正解かもしれない。

過去のある時点、人生の曲がり角において、私にもA→Dのひらめきがありました。それはあまり芳しくないかたちで。
案の定、B→Cはあとからついてきた。A→H→K→L→N・・・というように、読めない展開だとまだ良かったのに、きっちりA→B→C→Dが予想通りに展開される。ほんとに笑いそうになりますよ、なんでこんなに律儀なのかって。
もうすぐC→Dを踏んで行くことになりますが、わかっているんなら、わざわざやらなくてもいいじゃないかって。
楽しいことなら別として、さっさとすませたいことなら、順番を待たなくても、さっさとDへ行けばって。
そこを新しいA地点として、また別方向に進めるわけだから。
けれども、新しいA地点からどうなるかがわからない。しばらく様子を見ないと、先が見えない。こういうときは、無理に動くべきじゃない。
アンテナを鋭くして、ささいな妨害電波に惑わされないように。
水底に横たわり、ぽっかりと目を開けて魚群の動きを読むように、確信が芽生えるまでは無理に動くべきじゃない。


05/06/19

もうこんなに日にちがたってしまった。
今度うちの親たちが来ます、アメリカに。サンフランシスコでいったんヨセミテ一泊観光をして、それからフェニックス行き。なぜか私も一緒にヨセミテ観光に呼ばれてます。
「英語わからんし、年寄り三人、不安やから」と。私も日を合わせてサンフランシスコまで出なきゃいけない。
もちろんもう飛行機は手配済みですが、旅行社を通さずに、ヤフーで直接E−チケットを買ったんですね、だから、手元には何も無い。ほら、あの飛行機のチケットと引き換える用紙、あれがない。もちろん買ったことがわかるレシートみたいなものはプリントアウトしてますけど、こんなのでちゃんと乗れるのか、ちょい不安です。でも、前にサンノゼに行ったときも、それは旅行社で手配しましたが、パソコンのモニタ使って自分でチェックインするんですからねー。レジでもなんでも客にやらせて、そのぶん人件費をうかせてるんだなぁ。

ついこの前、リリースされたばかりの小田さんのCD「そうかな」を持ってきてくれることになっているので、それが楽しみ。やっぱりこっちではなかなか手に入らないし。いやー、いまツアーやってますが、あの小田さんも、もう歳だから、これで引退かも知れないでしょ、それでなくても、病気になったり・・・いろいろあるじゃない、歳をとると?これがラストアルバムかもなぁと思いながら聴くことにします。だけど、大半が何かのタイアップ曲で、ほんとうに新曲と言えるもののほうが少ないなんてね。それってズルくない、小田さん?オリジナルアルバムってもはや言えないじゃない。「個人主義」みたいなほんとのオリジナルをもうひとつつくってから、引退するならしてほしい。

んー、そんなこんなでなんとかやってます。
九月にはまた二週間ほどドイツに行くかもしれないんだけど、オコタンをどうするか?
私はやめとくかもしれない。九月のドイツ、まさにベストシーズン。いいんだけどねー。今回はユーリッヒじゃないそうです。行きたい。でも状況次第。そのときには私のESL(英語学校)通いも始まってるだろうし。
ほんとに早く始めたいです、学校。やっぱり英語もっとできないと不便だし、退屈。
このまえも、かかりつけと決めたドクターを訪れて、持病のことなど相談して、薬の処方箋をもらいましたが、医学やなんかの専門用語、簡単なことでも難しいです。糖尿病って、英語で?水疱瘡は?リンパ悪性腫瘍は?
日本語ならあたりまえに知っているそんな言葉も、いちいちわからない。
友達とショッピングやレストランに行くだけなら、英語でも、「わあ、このドレス可愛いわね!」「このドレッシング、少し塩辛くない?」などと言っていればいいのでしょうが、生活するとなるとね。いろんな局面があって、なかなか大変です。

処方箋をもって薬局へ行くと、薬を出してくれるわけですが、こっちの薬って個包装になってなくて、ラベルを貼った小さなプラスチックビンにタブレットがザラザラっとそのまま入ってるんですよ、まるでビタミン剤みたいに。
持ち運びに不便だし、うっかり落として中身をぶちまけてしまったり、飲み忘れたり、複数の薬を飲んでいる場合は誤飲したりしやすいと思いますよ。なんかアバウトっていうか、配慮の足りない感じがしましたね。それでいて、けっこう高いんですよ。保険入ってるのに。
第一、かかりつけのドクターといってもアポが必要なので緊急時には役立たず、あれじゃ処方箋くれるだけの「薬屋さん」じゃないですか。で、普通に病院へ行くと、待たされるうえに緊急医療費をとられます。
ちょっと風邪ひいたとか、おなかが痛い、熱が出たぐらいで、医者にもかかれませんよ、この国じゃ。
すごい高額保険に入っていたら、また扱いも別なんでしょうけど。
ほんと、「貧乏人は死んでね♪」って感じです。医療に関しては、非人道的かも。
ホリエモンじゃないけど、健康な生活だってカネ次第なんですよ。


05/06/21

一昨日の明け方、見た夢は面白かったです。
初めの舞台はどこか田舎の純和風豪邸。そこで、親戚一同が集まってる。みんな黒い喪服やダークスーツ姿。私も黒いベルベットのスーツを着ているんだけど、それは学生時代につくったものだから、当時にしてみれば安物ではなかったけれど、もうちょっと今では古すぎるな、とか内心思っている。
みんなでゾロゾロと広い道へ出て、墓参りか寺参りに行こうとするんだけど、すぐに空が曇ってきて、土砂降りの大雨になるのね、そこで、濡れないように、だだっ広いプレハブの倉庫のようなところに雨宿りするんです。
そしたら、いきなりとても高い倉庫の屋根と私たちの間を、複数の小型戦闘機がバリバリバリとものすごい音をたてて壁を破って突っ切るんですよ(現実にはありえない展開)。ぎゃーって、みんなそこにひれ伏すような形。また戦闘機が引き返してきて、爆撃されないかとビクビク恐れてる。ひとりだけ集団と少し離れていた私は、そりゃびっくりはしたけれど、みんなのように怖くはない。わりとあっけらかんとしているのに、みんなみたいに怖い怖いと言っておいたほうがいいと思って、そう口に出している。

喪服は死の象徴。田舎の純和風豪邸だの親戚一同だのは、家系とか共同体としての家。墓参り、法事という行為で、「家」制度というのは綿々と受け継がれていくのだけれど、そこへ降る大雨、さらには戦闘機。
大雨は事態が急変する暗示だし、戦闘機というのは何らかの力が行使されることでしょうね。
私ひとりがみんなとちがって怖がっていないというのは、この変化を受け入れているということ?だけど、一応、周りに気を使って、怖いと言ってみせたりしている。
いや、気遣いとは違うんですよね、自分が予期していたこととか、自分が仕組んだことなら怖くない。そういうニュアンスかな。

さて、電波男のレビュー関連で、モテナイ系ブログめぐり(といってもたいしたことはない)をしていたら、何でこの人たちがモテナイのかほんとうにわからなくなってきました。
(電波男・本田透・しろはた、このキーワードをググると私のレビューがけっこう上に来るのはなぜ。いいんだか、悪いんだか)
ほんとに脳みそイカレてる人も若干いるけれど、たいていは文章も面白いし、考えてることもその年齢なりに練れてるし、なによりもうっかり触ればビリビリくるような神経の尖り方が新鮮(繊細ということ)。
二十代前半くらいのお嬢さんたちは、恐らくそれを持て余してしまうというか、扱いかねると感じるんだろうけど(実際、自分のその頃を思い出しても、たぶんそうだわ)今の私のように、「おばさん」なんて呼ばれる(好きで呼ばれてんじゃないよ!そう呼んでいるのは甥っ子たち−彼らにはそう呼ぶ権利がある−と、一部の顔も知らないネット上の名無しで、現実の生活ではまだそう呼ばれたことはないけどね!)ようになると、そういうデリケートさというのを必要以上に意識しなくなっちゃって、だからかえって「まー、若いわね。可愛らしいこと。ホホホ」という感じになるんですよ。

「まりねこさんには容姿で差別をうける『モテナイ男』のことが全然わかってないんですよ!これからもわかることなんかできないでしょう」
とか叱責されても、ハイハイ、そうでございます、だってお互い立場が違うしねぇー、という感じ。そもそも相手の容姿もこっちの容姿も見せ合ってるわけじゃない、対面して話してるわけじゃないので、何も判断できないですよ、容姿なんてすごい主観的なものだし。「自分は不細工だからイジメにあうんだ。女からもてないんだ。このやり場のない憤りがわかってたまるか!」とルサンチマンタップリタラタラの人だって、私とか他の人から見ればごく一般的な容姿じゃない、イジメはともかく、もてないというのはその言動のせいか、「何の誰のせいでもないけど、たんに今はもてない時期」ということじゃないの?というだけの話かもしれないし。
たとえばプロフィールの欄に写真が貼ってあって、これはちょっと・・・いやー、恋愛市場に参入するのは難しいだろうな・・・と感じたら、もう何も言えませんけどね。

まー、でも、それ以外の人たちについては、ほんとうにわからない、なぜ彼女のひとりもできないのか。
私がもう十歳ほど若ければ、つきあいたいなぁと思う人、けっこういるもの。
たぶん、実際の生活のなかで、ちょっとばかり無口だったり、ちょっとばかり不恰好に見えたり、ちょっとしたマナー(ドアを開けたら後ろの人のために手でささえる、エレベータに乗っているとき急いで来る人があれば、開のボタンを押しておいてあげる、など)ができてないとか、あからさまに若い女の子の前ではキョドってしまうが、不細工な女の子やおばさんには手のひらを返したように無神経だとか、何かあるんでしょう、ちょっとしたことが。それでなければ、それがその人の運命なんだわ。愛する女とめぐり合えない、という。生まれもってどこかに不自由がある人もいるでしょう、そういう感じで。少ないと思いますけどね、そういう運命的な人は。
たいていは、知らず知らずのうちに、自分を守って守りすぎて、誰も寄り付かないようにしてるだけなんじゃないかと思う。自意識過剰。棘だらけのヤマアラシ。ほんとうにささいなことが原因になってる人が多いんだろうと推測します。

昔から、東西どこでだって容姿で差別をうけてきたのは女でした。
シンデレラ、かぐや姫、眠り姫、みんなみんなその容姿だけで(つきあって話もしてないのに)王子様に関心を持たれて結婚相手に選ばれます。女は容姿だけで充分という存在だったんです。
そんな時代、ブスに生まれれば、そのルサンチマンたるや、どんなものか想像つくでしょ。
中国四千年の歴史どころでないルサンチマンの歴史ですよ。
だけどブスは怪しげな成分を含んだ化粧品やこれまた怪しげなダイエットに励みます。コンパで仲間ハズレにされて哀しくても笑顔で黙ってます。人からそっけなくされても、礼儀を忘れません。そうして、歴史から得た教訓をもって、自分のルサンチマンを人に悟られないようにしてきました。
本音が言えるようになったのはごく近代からのこと。
もちろん、男も強くたくましく、そのステイタスやお金持ちであるかどうかで差別されました。病弱で色白だったり、貧しい家に生まれたり、気が優しくてどうしても人を出し抜けないような男は、何度も人生で煮え湯を飲まされることになったわけです。だけれども、そんなことに不平を言おうものなら「男らしくない」の一言でばっさり切り捨てられ、みっともないから泣いてはいけないと、自分の感情まで抑制しなければなりませんでした。
本音が言えるようになったのはごく近代からのこと。

で、お互いのルサンチマンを恥も外聞もかなぐり捨てて、あらいざらいぶちまけているのが今日。(マスコミは例によって煽りすぎですけどね)
それをお互いの涙で洗い流し、男と女が相手に対してほんとうにもっている優しい気持ちや憧れを打ち明けあい、手をとりあって、助け合いつつ生きていく、まー建前だけでもいいから、そういう風潮になれる明日が来ないものかと思います。
もう容姿うんぬんは、あともう少しエスカレートしたら、徐々にクールダウンするんじゃないですかねぇ。だって、けっきょくのところ、飛びぬけて目立つ人以外は、みんなどこかしらヘンな部分があったり、きれいな部分があったりする普通の顔だと思いますもん。整形が流行したら、みんな同じような顔になるだろうし。

んー・・・私、何かヘンなこと言ってるかな?どうもこのあたりの話題はデリケートで・・・やめとこ、このへんで。


05/06/22

やめとこと言いながら、前回の話の続きですが、どうも男の人のモテナイ・ルサンチマンには、満たされぬ感情とわかちがたく、満たされぬ性欲もからんでいるようで。
つまり、
「なんでオリはもてないキモオタに生まれちまったんだよぅ、愛が欲しいよぅ〜」
という上半身のルサンチマン以外に、
「もてへんってめちゃ損やんけ。彼女もちは皆タダでヤッてるがな。誰かワシにもヤラせろ!ゴルァ!」
という、下半身のルサンチマンがあるようなのです。

たとえばフーゾクでも満たされないルサンチマン、なぜって「一時の快楽」にお金を払う瞬間、それが「無償の愛やら、見返りを求めない行為」ではないということを嫌でも自覚させられるわけで。
「もてるヤツらは彼女とタダでヤってるやんけ」
この痛いほどの羨望から逃れられない(素人)童貞のモテナイ男。
そういう複雑さが女にはわからない男の業とでも言いましょうか、モテナイ女ってたぶん「彼氏がいたらとっくにアタシだって処女卒業してるのに!」とか、あまりそこんとこは心の中でクローズアップしないと思うんですよ。
いや、ひそかに悩むだろうけど、男性の「童貞」と違って、「処女」ってまだちょっと貴重な感じしますもんね?
マニアックにそれが好きな人だっているだろうし。

いやー、昔、ある男性が、
「高校生の童貞の頃は、『人生、一回はヤらんと、死ねん!』と本気で思ってた」
と笑っていましたが、そのすさまじい欲求っていうか思い込み、どこからでてくるの?
女の子でそこまで思うのって、ごくごく少数のレアケースなんじゃないかな。それより、そっと抱きしめられたいとか、大切な壊れ物のように扱ってほしいとか・・・たとえそのことを考えるにしても、もっとメンタルな面で妄想してますよね。第一、初めてのとき、即、「きゃー、快感!」になるとは期待してないものね。それより、どれだけ相手の気持ちがこもってるか、ちょっとした動作や言葉のなかに感じとってるものなんじゃないかな。

モテナイ、モテナイと嘆いてるその底に、「彼女がいたら、いつでもタダでヤれるのに」みたいな勘違い(というか本音)が潜んでるとイヤですね。私でもそう思うのに、もっと若い女の子たちなら、かなり露骨に毛嫌いするんじゃないかな。で、そういうのはやっぱり雰囲気に出て気持ち悪いから、いつまでもモテナイでしょ。
確かに「愛されたい」だけのキレイゴトではない問題だけど、雰囲気に出しちゃいけないよね。そこはサワヤカに努力しなきゃいけないところですよね。だって、女にはそれはわからないもの、生理的に。一般的には、キモイと思うだけで。いや、それを「ギラギラしてる」「飢えてる感じ」と表現してるんじゃないかな、女の子たちは。
生理的なそのエネルギーが多少枯れてきて、女の子を見ても軽軽しく欲情しなくなったとき、案外「モテ期」が来たりして。
「たとえそうなったとしても、それでも、若くて何回もできたときにモテたかったんじゃ、ゴルァ!」
って、・・・そんなん知らんがな。運命のなせるわざやがな。

でも、多少枯れた感じならいいけど、まったく女に関心ありませんって雰囲気になると、それはそれでまた・・・
うん、本当にいるの、いるんです、そういう男の人。
「ホモか?」という雰囲気でもない。
上半身だけで生きてます!みたいな感じ。
簡単になびかないクールな男って、女にしてみればちょっと突付いてみたくなるんだけど、それを釣りたければ、いい加減な頃合を測って「自分もやっぱり男なんですよ、いいんですか」というのをチラッと出していかないと、「なーんか、まったく脈なし!何考えてんだかわかんない。次いこ、次!」と思われて、ささっと引いていかれるかも。
本人にしてみれば、お行儀良くしているつもりなんだろうけど、逆効果になってモテナイ。この場合、顔が良くてもモテナイ。安全圏から一歩も踏み出す気がない、そこが問題。
でも、この手の人たちの場合、「人生、一回はヤらんと、死ねん!」みたいなね、根源的な欲求が薄いのかもしれない。だからモテナイと嘆いてはみるものの、そんなに本気で女が欲しいと思ってないのかも。
うーん、神秘、神秘、神秘の現象〜♪ 
繁殖にともなう情動にいまだ振り回されて生きるホモサピエンス。
脳の中身がPCにダウンロードできるようになったら、その情動は、どうなるのかしら?


05/06/28

ええと、先週は日本を発ってサンフランシスコに着いた親たちと、フェニックスから行った私が日航ホテルで合流し、ヨセミテ一泊ツアー(アメリカの旅行会社主催)に参加しました。

結論から言うと、サンフランシスコの日航ホテルはサービスの質が低下してるんじゃないですかね。予約していたミールクーポンくれなかったり、夜遅いのに部屋の用意ができてなかったり、いろいろと信じられないような不備があって、必ずしも値段に比例した満足感が得られるホテルではありませんでした。
ヨセミテ公園は確かに雄大で素晴らしいですが、ツアーはしんどいです。
日本のH.I.S旅行社で手配してもらったんですよね。で、山道の具合や服装が心配だった私はサンフランシスコ支店に電話をかけて(日本人社員が出ます)、いろいろと質問したんです。が、やっぱり行ってみるまでわからないですねー。説明されたことからは、ほど遠い難行苦行でした(大袈裟か)。

まず、きれいに舗装されているとはいえ、山道は山道ですから、ある程度のワインディングは覚悟しなければいけません。それに、こちらのバスというのがわりと何でもない道でもゆらゆらしてイヤでした。
車ってけっこうメーカーによって癖あるんですね、シボレーなんかほんと乗り心地イヤです。こっちでレンタカー借りてみて、アメ車より日本車のほうが絶大な信頼を築いているのはなぜか、よくわかりました。なんせアメリカ人でさえ、車を買うんなら日本車にしろ、という始末。
とにかく、酔いやすい人は薬!これ必要です。私は普段、酔わないんですが、それでも早く降りたい感じでしたもん。お姑さんは軽い酔い止めを飲んでましたが、途中で効果が切れかけて、追加して飲んだりしてました。
それから、服装ですが、サンフランシスコはわりと初夏でも涼しいし、日によっては肌寒い感じです。山へ行くのだから、と厚着したくなりますが、晴れていれば向こうはけっこう暖かいんですよ。海沿いと内陸の違いですかね?
とはいえ、バスの冷房が効き過ぎていたり、夜は冷えたりするので、いろいろ重ね着して調整できるようにしておくのが望ましいです。半袖シャツのうえに長袖のブラウス、そのうえに軽めのジャケット、ぐらいですか。フリースとかはいりません。大判スカーフなどあれば、ひざ掛けとかに重宝します。

まー、ここまでは誰でも注意するようなことですよね。
でも、朝出て、ヨセミテの滝を回るツアーに参加するなら、朝八時ぐらいから午後二時まで、落ち着いて何か食べる機会はありません。途中のコンビニみたいなところで20分休憩はありますが。何かバスのなかでちょこちょこと食べられるものを持参するといいでしょう。スナック菓子でもいいし、カロリーメイトのようなものだとすごい助かります。
あと、蚊!
これはなんで前もって教えてくれなかったのかなぁ、H.I.Sの人。ほんと恨めしい。
公園の景色の美しさをだいなしにしてくれる蚊の襲撃!
ロッジから出て、ちょっと散策していると、どこでも蚊が寄って来てうるさいぐらいまとわりつき、私なんかあっという間に五、六ヶ所も噛まれてしまいました。ジーンズの上からでも噛みに来る、血に飢えた蚊の恐怖!
こうなると、景色もへったくれもありません。虫よけスプレーや塗り薬は、日焼け止めと同じほど重要な必携アイテムですよ、みなさん。ロッジの売店でも売っています。あっ、忘れた、と思ったら、散策に行く前にお買い求めください。

親たちはもう「行きたかった場所に来られた感激」で満足満足だったようですが、もともと非アウトドアな私にはキツいツアーでした。今でも蚊の噛み跡が足首に残ってますし。やだなー、もう。
疲れましたよ、とにかく。親たちが英語ほとんどできないし、そのくせ「あれもしたい、これも」とアクティヴなので、私はツアコン嬢よろしく、オプショナルツアーのチケットを手配したり、ガイドさんや売店の人にものを尋ねたり、あれこれなんやかんやとこき使われました。私だって英語ペラペラってわけじゃないのにぃ。
これからASUが見たいというので大学へ行ってきます。当分ツアコン嬢やらねば・・・



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