アリゾナ・ダイアリー 2005

Mar.
 8 / 10 / 12 / 15 / 17 / 18 / 21 / 23 / 24 / 25 / 30


05/03/08

ああ・・・やってきましたよ、はるばるアリゾナへ。

♪あなたといても いや 誰といたって
  やっぱり不毛 アリゾナ砂漠 (元歌「東京砂漠」)

大阪からアリゾナのフェニックスの隣町テンピまで、冗談じゃない長旅でした。こんなん、アリぞな?
オッサン雑誌級の駄洒落でも言いたくなるくらい、ほんと、最初からケチのつき通し。
3日の夕方、関空からユナイテッド航空で飛び立つ予定でした。
サンフランシスコ経由でフェニックスまで。人間ふたりと猫一匹です。この猫連れというのが・・・
海外へ連れて行くにあたり、オコタンには厳しい検疫が待っているので、何回もあちこち電話をかけて手続きを確認し、獣医さんにワクチンやらマイクロチップ打ってもらったり、詳細な証明書を書いてもらったり、とにかくそれだけで大変な作業なんですよ。下準備の煩雑さに疲れ果てて、泣く泣くペットを手放す海外赴任家族もいると思いますね。

オコタン連れてるだけでも気を使ううえ他に荷物も多いので、うちの実家の両親に車を運転してもらい、ちょっと早めに空港まで行ったんです。まずは、こうるさい検疫をパスして、はーやれやれと思っていたら、カウンタで荷物を預ける際に、思わぬ難問が!
あらかじめユナイテッドに電話して、オコタンの席(生き物専用の貨物室)を確保していた(2万2千円!)のはいいけれど、どうも持っていったキャリー(猫を運ぶカゴ)がダメだということらしいんですね。
電話では、キャリーの大きさを訊かれて答えただけで済んだのに、いまさら素材とか形が規格に反してるだなんて。で、どうするのかというと、その場で買わされるんですよ、専用のキャリーを。
そんな規格があるなら、なんで電話したとき言ってくれなかったのかと、ユナイテッドのいい加減さを恨みつつ、もう買うしかないわけですよ、ここまできたら。五千円くらいでしたかね。でも、待てど暮らせど、キャリーを持ってこない。なんと、品切れなので他の航空会社から借りてきます、と(呆)
まあ、おかげで買わずに済みましたけどね、なんだかんだとそのことだけで一時間は待たされてしまいました。

スーツケースとオコタンをやっとのことで預けて、まだ少し時間があったので両親とカフェテリアで軽食をとっていると、そろそろ出発のときが。
手荷物検査のためにゲートを入っていくところでお別れなんですが、なんか涙が出ましたよ、マジで。
だって、今後どうなるかわからない「さすらいの旅路」ですもん。
しかもアリゾナ・・・
去年の夏、夫が二ヵ月半ほど行ってたので、そのとき私も町の写真みてるんですよね。
潤いも風情も、なんにもないやん!
木みたいに伸び放題のサボテンと、手入れの悪いパームツリーしかないやん!
あとは赤茶けた砂漠の大地に無理やり作ったようなだだっ広い道路と、やたらデカイ建物だけ。
リバモアとは大違いですよ。
いや、行った当初はリバモアもけっこう寂しいところだと思いましたが、でも、今ごろの季節なら、町のあちこちにある花壇や道路際には色とりどりの春の花がたくさん咲いているだろうし、近くのプレザントンの家並みも、ちょっとイギリスふうだったり、アーリーアメリカンだったりして美しい。
ところが。ここには私の目を楽しませてくれるもの、なにもないんですもん!
ほんと、景色が殺伐としてますよー。気候もね。
メキシカンの音楽は面白いと思うけれど、食べ物は好きじゃないし・・・
萎えてくる気持ちをあえて引き立てて、ここまでやってきたけれど、やっぱり心から消し去れないのは、「よりによってなんでアリゾナなんかに?」
なんだか自分で自分が可哀想、また、こんな娘の身をなにくれとなく案じてくれる親が有難く、泣けてきたのでした。

涙の別れのあと、手荷物検査と出国審査を済ませ、さあ飛行機の出発ゲートに向かったのはいいんですが、待てど暮らせど乗り込めない。私たちが乗る飛行機はガラスの向こうに見えてるんですよ、でも、なにかトラブルがあって、それには乗れないらしいんですね、代わりの飛行機がくるまで、そこのロビーで一時間も待たされる結果に。
結局、何があったのかはアナウンスされないままでしたよ。ほんと、不親切。っていうか、怖いやん!
それに、問題は、サンフランシスコまで九時間のフライトの後ですよ。そこから乗り継いでフェニックスに行くんですよ?トランジットの時間内に、入国審査を済ませて荷物とオコタンを引き取って、オコタンの検疫をパスして、また手荷物検査しなきゃならないというのに、いったいぜんたい間に合うの??一時間も遅れて。
次の便に乗るにしても、またややこしいことになるでしょうに、訊いても「さぁ〜、こちらではわかりません」って態度のユナイテッドって、もしかして最低?ちったぁ責任てもんを感じろよ!
で、結局どうなったかというと、ちゃんと(?)間に合いました。
オコタンの検疫がめちゃいい加減でサッサと済んだし、それから、フェニックス行きの便も、出発が大幅に遅れていたからなんです。

サンフランシスコでの手荷物検査はすごく厳しくなってましたね。
上着を脱ぐのはまだしも、靴まで脱ぐんですよ。トレイに入れて、X線検査です。私の荷物は二回コンベアに乗せられたし、夫の荷物は開けられて、ひとつひとつ調べられました。んもぅ、こっちは無い知恵絞って、できるだけぎゅうぎゅうに詰め込んでるのに、そんなことされたら、また詰めなおすのが大変やっちゅうねん!
フェニックスまでの搭乗は二時間ほど。オコタンと、またしばしのお別れです。
オコタンは可哀想に、おびえきってましたね。まあ、一日くらい何も食べなくても、猫は死にませんから食事のことは心配してませんでしたが、オシッコだけが心配でした。だって、この日に限って、朝、してないんですもん。もちろんキャリーのなかにはトイレなんかないですから。焦ったのなんのって。
獣医さんなら上手く膀胱を押さえて排尿させてくれるんですが、その朝、真似してやってみた私たちにはできなかったんですよね。たぶん、そんなに尿がたまってなかったんじゃないかと。だけど、そのうちしたくなるのは目に見えてるし、それでなくても、去年、尿道詰まってエライことになりかけてたのに、こんなことでまたぶり返したら・・・
気にかけていたんですが、フェニックスで再会したとき、借りてたキャリーのなかが強烈に臭い。
どうも、我慢できずに敷物のタオルを砂がわりにオシッコしてしまった模様。で、自分自身もオシッコまみれ。
くさー。キャリーを返すと、まだしっとり濡れてるオコタンを自前のキャリーに移し変え、迎えにきてくれた若手研究者の人の車に乗り込み、途中のスーパーでトイレと砂を買いました。
長旅のあとホテルに着いて、まずやったことが猫洗いとはこれいかに。オコタンは洗われるのに慣れてないので、必死で逃げようともがくのを抑えつけ、バスタブのなかで格闘ですよ。私自身も、もう体力の限界でフラフラ、嫌がるオコタンにお湯をかけて洗いながら、意識は朦朧・・・

こんな惨めな旅って、アリぞな?
オシッコまみれの臭い猫をヘロヘロになりながら洗う。それがアリゾナ・ライフのスタートだったのでした。
先が思いやられる・・・その言葉の通り、このあとも、もっとたくさんの困難が私を待ちうけていたのです・・・


05/03/10

ホテルに倒れこんで翌日。
飛行機の中でも少ししか寝てないし、そもそも東行きは時差ボケがきついですよ。
身体は疲れているけれど、気分はなかなか休まらないというのもあるし・・・ときどき目を覚ましたりして、ぐっすり眠ったとは言えない超睡眠不足の朝でした。

朝食をとったあと、こんどの大学にいる顔見知りの教授の奥様が車で来て下さることになっていました。私たちの世話をしに。ここでは車がないとどこにも行けないし、何もできないから、という配慮です。いや、親切なことです。そのうえ、電話会社やら銀行やらの手続きを手伝っていただけるのは、涙がでるほど有難い話。なにしろ、夫も英語が上手くないものですから、電話で何かを交渉するとか、ややこしい説明を聞きながらの契約などは、やはりこちらに住んでいる方にヘルプしてもらったほうが確実に助かるんです。
チェックアウトはお昼までなので、オコタンと私は部屋で待機することにしました。だって、私が行っても何の助けにもならないし、第一、SSN(ソーシャルセキュリティナンバー。アメリカではこれがないと生活できません)は夫しかもってないので、いろんな契約事なんかは夫にしかできなかったりするわけです。私自身ひどく疲れてもいましたし、おびえきってベッドのしたにうずくまったまま、ニャアとも鳴かないオコタンをホテルに放っておくのも不安でした。

夫たちが用事を済ませて戻ってきたあとチェックアウトし、今度は私とオコタンも一緒にレンタカー・オフィスに連れて行ってもらい、金曜だというのに運良く一台借りることができました。夫も私も日本で国際免許を取ってきたんで、一年間はこれが有効に使えるわけです。
暑い日でした。気温はともかく、もう日差しが夏って感じなんですよ。日陰は涼しく、直射日光のもとでは光線が肌にちくちく刺さってくるみたいな。これが典型的な砂漠の気候なんでしょうか。
車を借りたのが、ちょうど昼時、それから大学のカフェテリアで何か食べることになりました。夫にはいろいろ事務手続きの説明とか、これからお世話になる人たちへの挨拶があったし、それに、その日に入居予定のアパートメントのオフィスで、とりあえずスーツケースは預かってもらっていたけれど、四時になるまでは部屋に入れなかったんです。

夫の運転は、まだ慣れてないのでヒヤヒヤものでしたけど、とにかくそのとき私の頭にあったのはひたすら「水!」。すごく喉が渇いてたんです。このあたりでは、乾燥しているので汗はすぐ蒸発して肌自体はべたつかないんですけど、身体の水分は知らず知らず失われていて、こまめに水分補給しないと熱射病になるそうなんです。
とにかく水!!みずをくれ〜〜〜〜!!
大学に着いて、広い校内(なんでもかんでも無意味に広すぎるっちゅーねん!)を歩いて、やっとカフェテリアにたどりついたとき、私はもう限界、ペットボトルを買う時間も待てなくて、ぱっと目に付いたウォータークーラーに飛びついてしまったのです。みず、みず、みずぅぅぅ〜〜〜!!
と、がぶがぶ冷たい水を飲んで、そのときは「はーっ」と落ち着きましたが、あとからそれが災いの種に。
食事のあと、大学の各オフィスをオコタンまで連れていろいろ回った後、やっとアパートに入れる時間になって、例の奥様と一緒にカウンターに座っている夫のほうは契約の説明だの書類にサインだのと必死でやってましたが、私はその後ろの応接セットに腰掛けていました。で、疲れ果てた身体と頭でボーっとしていると、シクシクお腹が痛んできたんです。最初はなんとか我慢してましたが、やがてそれは耐えられないほどに・・・
目の前では夫たちが契約書の内容について、あれこれと話し合ってます。そこへ声をかけることはできない雰囲気。私はひとり、そっと立ち上がってトイレを探しだすと、そのなかへすべり込みました。
うーん・・・あれはこたえましたね。だって、長旅と寝不足で、体力使い果たしてるときに、この追い討ち。

なんとか契約が終わって、荷物とともに部屋に入ったあと、最小必要限の生活必需品(マットレスや掛け布団がないと眠ることもできませんから)を買出しに行く予定だったんですが、私はもうしばらく動けない状態。またもやオコタンと一緒に何にも無い部屋で待っていることに。
いや、ほんとに椅子ひとつないんですよ。
まだちょっと痛むお腹を丸め、やがて日が落ち、暮れていく部屋の片隅で、夫たちが買い物から帰ってくるのを待ちながら、放心したように絨毯のうえにうずくまっていました。あのときはなにも考える余裕はなかったですね。情けなさや心細さすら感じることもできず、ただもうどこかが麻痺したように真っ白な脱力感だけ。鈍い痛みが去るにつれ、気を失うみたいに襲ってくる眠気。ただもう、ひたすらひたすら何もしないで眠りたかったです。

どれくらいたったでしょう、夫たちが戻ってきて、買い込んで来たさまざまなものを運び込むと、例の奥様は帰っていきました。ほんとうに一日ずっとお世話になりっぱなし、有難いことでした。
ガスがきてないのでお風呂にも入れず、鍋でお湯さえ沸かせず、近くのスーパーのデリで何か出来合いのものを買うと、それを食べて早めに休んだと思います。でも、寝つきはいいんだけど、二、三時間で目がさめてしまうんですよね。で、また、一、二時間ぐらい起きていて、それから寝る。そんな途切れ途切れに狂った睡眠じゃ、なかなか疲れがとれないですよ。
眠くても昼間起きていたら、時差ボケが治るって、あれは大嘘ですね。いや、そういう場合もありますよ、ですが、私の場合、たとえばヨーロッパ方面なら、行くときはラクで、帰りはしんどいです。なかなか一朝一夕にはadjustできないですね。
ということで、またまた不安がつのるばかりの二日目でした。


05/03/12

アパートメントに移ってからは、哀愁のサバイバーと化した日々でした。
家具といえば、マットレスと枕と掛け布団、それから小さなテーブルに折りたたみ椅子ふたつ。
食器は大皿が二枚にマグカップふたつ、フォークやスプーンはピクニック用のプラスチック製。
プラスチックのごみ箱ひとつ。小さな鍋と小型ナイフがそれぞれひとつずつ。
そして、ガスはまだ通っていない。したがって、お湯も出なければ、ガスレンジも衣類乾燥機も使えない。
・・・こんなんで、どうやって普通の生活できます?
毎日が、買い食いですよ。スーパーのデリやサンドイッチショップなどで買ってきて食べるんです。
電子レンジでチンするだけのTVディナーというやつとか。
もともと食べ物には固執しないので、それがひどく惨めだとは感じませんでしたが、長くなると嫌になってきたでしょうね。

それよりなにより困ったのは、お風呂に入れないということ。
汗をかかない体質にくわえて、乾燥した気候であることが幸いして、めちゃくちゃ不快ではないものの、やっぱり頭髪はベターっとしてきますし、顔を水で洗うのも、我慢できなくはないにしても、ちょっとつらい。お化粧なんかすると、二度洗いだのとやっかいなので、最低限の基礎化粧品と日焼け止めを塗るだけ。
まぁ、少々お手入れが出来なかろうが元がキレイな人ならいいかもしれませんが、私の場合そうじゃないし、もう若くもないので溜まった疲れが顔に出ますよ。そこへもってきて、ぺたっとアブラじみた髪の毛にスッピンじゃ、どうみても、どこかの避難所の難民。
たいがいの女というものは、身奇麗にした自分を鏡で見て、「おっ、今日は化粧ノリがいい?」とか思うだけでハッピーで前向きになれるものなんです。だけど、こんな姿では外へ出るのも嫌。気も滅入ってきますよ。
結局、ガスが来るまで一週間以上かかりました。五日目ぐらいでもう辛抱たまらず、近くの安モーテルに泊まってシャワー浴びましたよ。やっと昨日から開通。なんでもっと早くできないのかなぁ?ガス栓開けて、ちょっとチェックするだけじゃない?

その他、洗濯すればマシンがぐらぐらしておかしいとか、窓のブラインドが壊れたりとか、リバモアのときもそうでしたけど、全体になんとなく安普請な感じだから写真にとってみればキレイでも、近くで見たり使ってみると日本人的なこまかい神経を逆なでするようなトラブルが続出。言っときますけど、このアパートはプールやフィットネスなどの施設もついてる敷地の広いアパートメント、決して家賃の安い低所得者向け住宅ではないですよ。
ああ、比較してみればドイツは良かった。ドイツのゲストハウス最高。建物自体や家具もしっかりしてるし、洗濯機が壊れたりしない。人々は親切で約束はきっちり守る。それに、清潔好き。
そういえばドイツではゴミのリサイクル分別が面倒だったんですが、こっちで「ゴミの分別はどうするんですか」とオフィスの女性に訊いたところ、彼女、なんとも豪放磊落にアッハッハと笑って、
「みんなひとまとめにして、ゴミ捨て場に捨ててちょうだい。ノーリサイクルよ!」
・・・信じられます?目が点になるでしょ。カンもビンも紙類もみーんな一緒。分別なし!
いや、まあ、ラクでいいんですけどね。だけど、いくらなんでも、こんなん、アリぞな?って感じ。
カリフォルニアのほうが、まだそのあたりは「えーっとぉ、たぶんそういうのって大事なことだから、少しはやんなきゃねー」みたいな空気があったように思いますけど。

電話も通じてなかったんですよ。これも二日前にやっとこさ通じたんですけどね。
日本の家族との連絡に、Skypeがすごく役立ちました。ヤフーメッセンジャーよりも使い勝手がいいです。普通の電話のように話せる。ま、接続の状態が安定していないと、話してる途中で相手の声が聞こえなくなったり、切れてしまったりもしますが、なんといってもタダだし。これ、かなりおすすめです。
ネットはね、実はこれ、知らない人が電波とばしてるのを勝手に使わせてもらってるんです。これもオフィスの女性の入れ知恵。
「あら、インターネットなら、そこらじゅうに電波が飛んでるから、好きなの使えば?」
うん、もちろん自分たちでも申し込んでますけどね、なぜか日本から持ってきたルータの具合が悪いので、それを手に入れるまで私は、ちょっと人のをお借りしています。あの。なかなか調子いいですよ。

とにかくもう、こまごました生活のサバイバルにくわえて、夫は大学でいろんな書類や手続き責め。健康保険や車の購入も考えなきゃなりません。それがまた日本とは事情が違うので一苦労。
海外赴任するとき、夫が研究者で家庭持ちの場合、まず夫が生活基盤を立ち上げておいてから、妻や子供を呼び寄せる、という形をとることが多いようです。妻も同業とか、よほどその国の言語や社会事情に通じているとかだと、また違うと思いますが。でも、普通の奥様がたは、あとから来てるみたいですね。私もそれがいいとつくづく思います。
だって、現実に妻が一緒にきても、できることってほとんどないんですよね。いろんな書類や契約はそもそも夫がしなきゃいけないことだし、SSNもないし。妻ひとりならまだしも、子供がいたりなんかしたら、それこそ大変。当分はホテル暮らしってことになるでしょう。
前のリバモアのときはそうでした。私は体調が悪かったこともあって、後からいきました。そのときには電気・ガス・水道・家具、ぜんぶ使える状態になってました。あとは細々とした食品や調理器具なんかを買えばよかったんです。
今とはずいぶん仕事の状況も違いますが、それでも夫は大変だったと思います。だけど、そのほうが結果的にはよかったんですよね。誰かがいると、「やってくれたらいいな」という甘えが出ますから。
それこそ、自分はフラフラになりながら訳のわからないあれこれの説明や準備に追われているのに、妻は何一つ役に立ってくれないように思う。銀行へいって口座つくっておいてほしい、ガス会社に催促の電話しといてほしい、車をどこでどうやって買うか考えてほしい、できたらこの英語の書類も読んておいてほしい、そしたらもう少し研究がはかどるかも・・・まだ何も仕事できてない・・・いらいらいらいらいらいらいらいら!!
だけど、現実には自分がやるしかないんです。だって、働きに来てるのは自分なんだし、夫と妻のビザの種類だって違うんですから。妻や子はあくまで添え物扱いですよ、書類上も実際も。

相手がそこにいなければ寂しいだけですが、相手が目の前で何もできないのを見ていると、溜まりに溜まったフラストレーションと疲れが、はけ口を見出してどっと出てきます。
喧嘩、喧嘩、喧嘩。
勝手のわからない異国の生活でイラついている感情がとげとげしい言葉になります。
むろん、私だって、イラついてますよ。慣れない気候から、日常のちょっとしたこと、たとえば洗濯機の使い方ひとつとっても、初めはよくわからない。自分で何か食事を作ろうとしても、器具もなければガスレンジすら使えない。おまけにシャワーすらできない。
だけど、前のリバモアでは夫ひとりにやってもらったからと、少しでも何かしようと思って、床にばさばさっと置かれてあった書類や本をまとめて片付けたつもりでいたら、帰ってきた夫に、
「こんなこと勝手にするのはやめてくれや!せっかく仕分けして置いてたのに!」
「私は片付けたつもりやったし、第一、クリップもせんと床にばさっと並べてたら、なにがなんやらわからんやん!」
「疲れてんねんからゆっくりやらしてくれや!余計なことせんとほっといてくれ!少しぐらい散らかってたってどうってことないやろ!こっちはやることいっぱいあるねん!」

何か言えば喧嘩になるし、何かすれば言い合いになる。
携帯もないので、連絡もできない。だから、一人が買い物に行けば、見当違いのものを買ってきたりして、またそこで喧嘩になる。
気持ちの余裕なんて、もうヒトカケラもありません。意固地になって、どっちも引かない。
泣きたいのはこっち。つらいのは自分。より我慢してるのは自分。お互いがそう思ってる。
私、言われましたよ。

「僕がこんなに一生懸命、しんどい思いしながらあれこれやってるあいだ、おまえはただ何もせんと遊んでるだけやないか!」


私にも至らない点は多々あるにせよ、これはないでしょう。
私、一生忘れません。こんなこと言われたの、初めてですもん。あと、喧嘩してぶちきれて、頭のなか真っ白になったまま、大声でわめいたり泣いたり床にうずくまったりしていたら、すんごい冷ややかに言われました。

「おい。そんな妙な演技するの、やめろや。演技過剰やで。冷静に話できへんのか、おまえは?」


私、さぁーっと身体から血がひいていくみたいな感じがしました。
この人の血管には、熱くて赤い血のかわりに氷水でも流れてんのかと思いましたね。
精神的に追い詰められて追い詰められて、どうにも自分をコントロールできなくなった人間が、身体中で怒り、悲しんでいるのを、ツクリモノの「演技」だと考えるのですね。だから、演技はやめろ、と。

今回はどうも話がシリアスな方向に行ってしまいますが、アリゾナ・ダイアリーでは、できるだけセキララな本音を書くと決めています。私の予感では、一冊の本になるほど、いろんなことが起こりそうなので。それを記録しておきたいんですよね。
だから、わざわざダイアリーと名づけています。
私的なダイアリーなど公開しなくてもいいんでしょうけど、べつにしたっていいじゃないですか。いま、人生の岐路に立ってるんですよ。モノを書くのが習性の人間としては、こんなとき腹くくらないでどうします?


05/03/15

12,13日と、この週末は買い物ばかりしていました。
マイカー購入は現在、検討中なので、やはりレンタカーを借りて、あちこちと。
生活するって、大きなものから細々したものまで、嫌というほど、いろんなものが必要なんですよ、ほんとに。必要なものをメモにして、あの店ではこれらを、また別の店ではこれらを、というふうに計画を立ててやっていかないと時間のロスだし、またしても苛立ちの原因になります。
私たちは、土日の二日間で午前中と午後にわけて、メモを見ながら買い物に走りました。
大きなものでは、必要最低限の家具、すなわち、ダイニングセットにソファとテーブル、本棚。
小さなものでは、食品類、ちょっとした食器やフライパンのようなキッチン用品から、洗剤、ゴミ箱にいたるまで、数限りなくですね。

細かいものはいいんですが、案の定、夫と衝突したのは、家具の選択。
だいたい理想とする部屋の好みが違いすぎるんですよ。
あの人の好みはストレートなラインで機能性重視のシンプル派。本棚なんか事務所にあるようなスチール棚でいい、あれが一番丈夫でたくさん入るから、という感じ。自分で材料を買ってきて、ねじ回しや金槌でつくる日曜大工的なもの、ほら、カラーボックスとか。ああいうのが好きみたいですねぇ。
私はもう少しデコラティヴで(夫に言わせると「ファンシー」だって。なんか安っぽい響き)、イギリスのビクトリア調家具のようなものが好み。職人さんが美意識と技を発揮してつくりあげたものを買ってきて愛でるタイプ。
まー、ブルドーザーとオープンカーがぶつかり合うようなもんで、妥協点がみつからない。
そのことで先週末はどえらい喧嘩になったのですね。
なんで家の顔であり、くつろぎの場所であるリビングに、スチール棚やらカラーボックスに毛の生えたような家具を置いて、わざわざ無味乾燥なオフィスみたいにしなきゃいけないのか、私にはさっぱりわからないし、そんなリビングにいると、私としては毎日気が滅入りますよ。かといって、私好みの家具をメインにすると「書類や本が入らん。実用的でない。やっぱり家でも仕事したいからな」と。
あんたなー、アメリカ行ったら大学近いし家で仕事せんからって、この間取りにしたんとちゃうんかい!
そんなこと言うんなら、もう一部屋ある間取りのを借りて、二人別れて個々の部屋にしたらよかったんやんか!

そもそも今まではどうしていたかというと、結婚したときは私名義の3LDKマンションに彼が、いわば私物だけもって引っ越してきたんで、家具なんかは全部すでに揃っていたわけです。とうぜんすべての家具の配置やなんか、私の好みになっているし、大学から遠くなる(通勤に一時間半)ことも相まって、彼はどうもあのマンションに住むのが気に入らなかったらしいけれども、現実にはメリットのほうを取ったんですね。ローンは完済してるから家賃はいらないし、彼の借りてたアパートよりずっと間取りは広いし、一部屋を彼の仕事場として好きに使っていいよ、と。で、気に入らないながらも住み続けてたんです。新しく住居をかまえるより、そのほうがずっと節約になりますから。
それに、彼はリバモア赴任から帰国したら、すぐに助教授の公募を受けるつもりだったんです。どこの大学が取ってくれるかわかりませんから、私も、帰国したらいつか引っ越すものという認識でした。彼もそういう計画でいままできたんですが・・・肝心の公募に通らないんだから仕方ないじゃないですか。
べつに彼の業績がいいか悪いか知りませんよ、私は。公募ったって、いろいろあるんだし、得てして、行きたいところと行けるところが違ってたりしますしね。私はそれはどうでもいいんです。夫にとって、やりたい研究をやるのにベストな環境を探すべきです。・・・で、探していたらアリゾナになってしまったわけですが。

まあ、そんなこんなで、夫も自分の家をこうしたいああしたいという不満があったらしいんです。だから、今回は「二人の」家にしよう、僕の意見も通してくれやと言うわけです。いままでは、「私の」家の居候みたいな気分だったんでしょう。
気晴らしにと行ったはずのショッピングモールで、家具の話から諍いになり、とある生活用品店のなかで言い合いをしていたんですが、もう私がぶち切れて、その店から走って出ました。夫が後を追ってくるかなと思ったら、来ない。巨大なショッピングモールをやけっぱちになって走って出たのはいいけれど、そこでハタと我に返り、さてどうしよう。
所持金は現金で百ドルぐらいあったし、カードも持っていたけれど、自分の住んでるアパートメントの住所も覚えてない。甘いかも知れないけど、私の考えでは、こういうとき、男は追ってくるものなんですよね。なんだかんだいって外国だし、車で来た知らない場所だし、何かあったら?って思うでしょ。いや、私が男だったら一応追いかけて捕まえてなだめすかして車に乗せ、家に戻ってから話し合うなり罵りあうなりします。
でも、夫はどこにいるのやら。ハァ。

そうか、あの人は追ってこないんだ、きっと向こうもぶち切れてるはずだから、さっさとひとりで帰ってるかも。
私にはできないけど、あの人にはたぶんできるんだろう。ふだん抑制をきかせているつもりの人間ほど、切れるとけっこう・・・ましてやこのストレス蓄積されまくりの状況だから・・・
モールの出入り口に座って、あーあ、これからどうするかなぁと投げやりに思っていました。
モールの中には迷子の保護コーナーとか、インフォメーションカウンタがあるはずだから、そこへ行けばなんとかアパートへ帰る算段ができるよな、みたいな感じで。いざとなったら「夫とはぐれて置いて行かれた。どうしたらいいかわからない」と、ポリスのお世話になってもいい、ぐらいに思ってました。アパートの名前ぐらいはさすがに覚えてましたからね。まっ昼間のことだし、なんとでもなるだろう、でも、このままノコノコ帰るなんて馬鹿みたいだとか逡巡していたら、車のことが浮かんだんですね。もっと早く思いつくべきでしたが。乗ってきた白いレンタカー。どこに停めたか覚えていました。
見てみると、そこにある。
ということは、あの人はまだモールのなかにいる。私はレンタカーを停めた駐車場の前に座り込んで待ちました。すると、とうとうやってきましたよ、我が夫君が・・・
どこにいたのかと訊くと、「おまえが店から走って出て、どっちの方向に行ったかわからんかったから、店の前で待ってた」と。
まるで待ち合わせで迷子になったときのような対応。
激しい喧嘩の末に飛び出してるんやから、おめおめと戻ってくるわけないでしょう・・・ましてや私が。

帰ってからまた話し合いになりましたけど、もう一軒借りて別居しようか、という案も出ましたね。
二部屋ルームメイト案は、やっぱりリビングをどうするかでもめるから・・・
けっきょくのところどうなったかというと、私が譲歩したつもりです。
やっぱりここはアメリカのアパート、この安っぽい白い塗り壁にブラインド、よく考えたら、シックでアンティーク調デコラティヴな家具なんて、このハコには無理があるかも。まず壁からなんとかしないと私のイメージ通りにはならない。シンプル家具のほうが、まだしも理にかなってるかも、と。
でも、スチール棚だけはどうしてもどうしても嫌。そんなものリビングに置いて暮らしてると精神破壊されそう。
そこでIKEAですよ。
北欧家具というと、シンプルなデザインで木そのものの良さや温もりが上手く表現されてるものが多く、質実剛健、日本のデパートで買えば凄く高いです。私は好きじゃないんですけど。
IKEA(アイケア、という感じで発音してます)はスウェーデンの会社ですが、言ってみればユニクロみたいなもんですか。北欧家具の廉価版。ねじ山なんか平気で見えてたりして。
でも、こっちではすごく人気あるんですよ。カラーボックスのような組み立て式がほとんどなので、アメリカ人のDo it yourself精神に訴えかけるもんがあるんですかねぇ。確かに安いし。トラックとかで乗り付けて、テーブルだのソファだの、たくさん持ってかえってる人も多いです。とにかくアメリカでは体力、腕力が勝負。何が無くてもそれ。まあ、お金を払えば配達もしてくれますけど。
北欧家具のデザインが好きじゃない私は、そのさらに廉価版のIKEAなんて・・・と思っていたけれど、スチール棚に壁を占領されないためにはもうそれしかない。夫と私、お互いの妥協の産物がどんな表情の部屋をつくってくれるのか?
選んだのは無難なものばかりですけどね。なんのへんてつもない、白木のダイニングセットとか。だいたい、木の部分はナチュラルな明るい色、ファブリックは白を基調、あとはシルバーメタルで統一したつもりです。

スチール棚を置くかどうかで別居問題にまで発展するとはねぇ。
だけど、笑い話じゃなくて、人生も半ばにきたいま、自分の思いのままに生きたい、という気持ちが強くわいてきますよ、私も。
いつか、こうしたいなぁ、じゃなくて、できればすぐにそうしたい。
理想の人生に向かう気力、それを捨ててしまったら、もう人としては終わったんじゃないかと。
自分の幸福を妥協したくない。間違いなく、自分を生きたと言える日々を重ねたい。
実現するかしないか、それは問題じゃなく。自分に誇りが持てるか?ということが何よりも大切だと。
やっぱりアメリカはパワフルな国だと思います。
失敗から立ち上がりたい、軌道修正を測りたいときには、恐らくうってつけの国。
自由と独立。
真綿でくるもうとするような優しさはないけれど、少なくともきちんとした意思とパッションがあれば、年齢にこだわらず再出発できる用意がある、それを後押ししてくれるような、そんな気がする国。
負けない。私は、私の弱さに負けない。エネルギーが満ちてくるような国。

♪昔はよかったねと いつも口にしながら
  生きてゆくのは ほんとうに嫌だから
 泣きたいくらいつらい気持ち 抱えていても
  鏡の前笑ってみる まだ平気みたいだよ
        (どんなときも。/槙原敬之)

そういえば、最近、心の底から笑ったことあったかな。
鏡の前で見つめてみよう、自分の瞳をのぞきこんでみよう。
何が見えるか恐れないで。それを見るために、ここまでやってきたのかもしれないから。


05/03/17

見苦しいことばかりで、明るい話題にもっていけないのが残念なこのダイアリーですが、なんかね、私、覚悟きまっちゃいましたよ。根性すわってきました。泣いたりわめいたりは、もうやめです。

昨夜は家具問題が片付いたと思ったら、ほんのささいな一言がきっかけで、寝る前だというのにまた喧嘩。
「いろいろ考えたら、やっぱり僕ら、合わへんのやと思う。他に部屋探すから別居しよう。もうこんな状態、嫌や。おまえだってそうやろ?」
ハァ?
性格やフィーリングが合わないのは、とっくの昔から了解ずみでしたが、何か?
もともと精神的な双子のように、打てば響く、ツーといえばカー、魂の底でつながってる感じ、そんなもんはないと、結婚するときからわかってましたよ。しかし、上記のような「ソウルメイト」と結婚することは、楽しいかもしれないけれども、二人で卵の殻に入っているような状況に煮詰まりがちで、ある時期がくれば「ほんとうの他人」と触れ合える外界で自分を成長させるために、殻を出る、つまり別れなければならない、というのが私の経験から学んだことでした。
夫はその点、他人も他人。この人と上手くやっていけるかどうか、というのは、いかにすればアメリカの黒人と白人が心底わかりあえるか、みたいな試みですね。アメリカという国自体が、そういう意味で壮大な実験場なんだと思います。自分の人間的成長(それをただ変化と呼んでもいいわけですが)を、私はこの結婚に託したわけです。

「いったいそれでどうするつもり?この部屋が新住所やと、もうみんなに連絡してるし、いまさら二軒も借りるなんて不経済なことを。そんなら最初からもっと部屋数のある間取りを借りたらよかったんやないの。あんた、ちょっと冷静になったらどう?」
「いや、もううんざりしてんねん。よく考えたけど、別れて暮らしたほうがええと思う。おまえはここに住んだらいい。僕は他に部屋を借りる。もちろんお金の支払いどうするかとか、契約上のことはちゃんとする。別居してからも困ったときは電話くれたらいいし」
「私もたいがいうんざりしてるけど、せっかくお互い譲歩してIKEAで家具買ったりしたんは何やったんよ、ぜんぶが無駄なことになるやんか。あんた、おかしいで。冷静になりや」
「僕はよく考えて冷静に判断してるつもりや」
「あっそう。そうは思われへんけどな」

というような話をしてベッド、というか、マットレスをじかに床に置いてあるんですが、とにかく眠ることにしました。
寝室はひとつしかないんですが、三畳ぐらいのウォークインクロゼットがついていて、なんと私はそこにマットレスを引き込んで寝てるんです。なんでそうなったかというと、来たばかりのときやたら眠くて、昼寝するのに物音のしない静かな暗い部屋が欲しかったんです。寝室はブラインドと窓の隙間から光が差し込むので、けっこう明るいんですよ。それに、喧嘩ばかりしているので、もう夫の隣で寝たくないって気持ちもありました。
夫はしきりに、アメリカ人は早起きだからと、私がまだ眠くないような十時ごろから寝て六時に起きるというのを敢行しようとしてるんですが、まだ体内時計の調整ができてないのか、途中で目が醒めたりして上手く眠れないし、枕が変ったせいか夫がいびきをかくようになってうるさいし、そのくせ私がごそごそしてると夫も眠りが浅いのか、すぐに起こしてしまうのでこっちも神経つかうし、正直、ひとりで寝てるほうがいいって感じなんですよね。たとえそれが窓もない真っ暗な三畳のクロゼットのなかでも。うん、服がいっぱい吊ってある下で寝るのは、窮屈だし、じゅうぶん惨めですけどね。

その寝室に、机とパソコン置いて、夜とか土日は仕事するって言うんですよ。
私が寝たいと言えばやめると言うんですけど、できるだけ家に仕事持ち帰らないっていうのがアメリカ式だと思うのに。そういえばドイツの研究者の人でも、家でご飯たべてまた研究所もどって仕事する、みたいなことがありましたね。そういうスタイルなんじゃないんですか?
リビングと寝室しかないのに、寝室にもっと大きな机や本棚を入れるとか言うんで、私はいったいどこで寝るのかと。やっぱりクロゼットから出て、ちゃんとしたベッドを置いて寝たいですよ、私だって。
まあ、そのことで言い合いになったんですよ。
いま、十二畳ぐらいある寝室には夫ひとりがマットレス敷いて寝てます。

クロゼットのなかで、眠れないつれづれに「今後の身の振り方」を考えてました。
やたら夫にシンパシー感じてるらしい理系父はともかく、母も弟も「公務員やめてまでアメリカに行かんとあかんの・・・?」と何か言いたげなのを「大丈夫、海外のほうが、あの人の研究、評価してくれてるとこ多いみたいやから(ホンマかいな)」とかなんとかいって安心させ、さあさあこれからが巻き返し!五年後には凱旋帰国やで!とぶち上げつつ、アリゾナまでやってきて・・・いま、その娘が狭いクロゼットのなかで暗い宙を見つめながら、「今後の身の振り方」を考えてるなんて、ほんと、びっくりおったまげでしょうよ。しかし事実です。
私たちのように子供のいない夫婦が別居してまで結婚生活を続ける意味なんてあります?ないですよね。
税金だの、今までの資産だの、いろんなことがめんどくさいから別居夫婦やってる・・・それもいいかもしれないけど、それは自分に誇れること?少しでもプライドのある人間のすること?
嫌になって別々に住むんなら、正式に別れたほうがいいんじゃない?
だけど、アメリカに来るにあたって、言葉の上だけでも親を安心させるよう心を砕き、「じゃあ、あんたたちが帰国するまで、私らもまだまだ元気にしとかんとな」とまで言わせたあげく、いやぁ八割方は成功するよ、これもいい経験やろ、などと、大口たたいてきたというのに、一転して「アメリカ生活で夫婦仲がおかしくなった、もうダメみたい〜」なんて、ノコノコと帰れますか。
いまさら、どのツラさげて帰国の途につけます?
帰れない。そんな不肖の娘、末代までの恥やないですか。草葉の陰でご先祖様が泣くでしょうよ。
このままでは、絶対に帰れない。

前にリバモアで知り合った方たちで、今もときどきカードなど寄越してくれる、知的で人柄のいいご夫婦がいます。サンフランシスコとリバモアの間あたりにお住まいなのですが、とりあえず連絡をとって相談してみるか?
今のビザで働くことはできないし、たとえ働けたとしても、この英語力ではブルーカラーの肉体労働が関の山。
日本の家を売って、値上がりが見込めるこちらの物件に投機してみるか?
それとも個人で小さな商売を立ち上げるか?
何にしても、わからないことだらけ、信頼できるサポートが必要・・・
必要ならば第三国に出てもいいし・・・ハワイならば、もっと日本人をターゲットにした商売の需要があるかも?
とにかく、このまますごすご帰国して親に泣きつくことだけは死んでもすまい、そう思ってました。

浅い眠りを繰り返し、私は早朝から起きだしました。
ひとりでさっさと朝食をとると、パソコンで調べ物を開始。でも、夫なしでアメリカに居残ることは、かなり難しそう。就労ビザが取れなければ、SSNも取れない、カードも持てない・・・。そしてこの英語力・・・
日本のものをアメリカで売るか?日本でアメリカのものを売るか?
ネットショップは・・・始めるのは簡単でも、発送をめぐるトラブルがありがち・・・やはり店舗をかまえたほうがいい・・・
いろいろ考えを巡らせていたら、夫が起きてきました。
もう先に朝食すませたから、というと、
「やっぱりよく考えたけど、別居はやめとこう。おまえ、車も運転できんし、生活範囲すごく狭くなるし。ここまで連れて来て放り出すようで、可哀想やもんな。ごめん、悪かった」
ハァ?可哀想?なにそれ。
・・・まあいいです。そんならそれで。
しかし、いざというときのセーフティネットは絶対に必要だとつくづく思いましたよ。
「可哀想」の一言で、すべてが変ってしまう、私はそんな存在だったのでした。
悔しすぎます。いつかきっと変えてみせたい、私自身の立ち位置。
クロゼットのなかで眠る、この惨めな日々を私は忘れない。いまは呑みこんだセリフを、いつでも必要とあれば笑って言えるようになりたい。
「私は何も『可哀想』やないで。その言葉は、あんた自身のために取っといたほうがええんとちゃうか!」と。

研究者の海外留学やなんかで、結果として家庭が上手くいかなくなる例は多くあるそうです。
奥さんが子供を連れて帰国してしまい、あとには判を押した離婚届だけが残されていた・・・そんな例もあるそうです。これから海外へ出ようと思っている研究者のみなさん、くれぐれも自分の人間としてのキャパシティ、コミュニケーションスキル、危機管理能力を、過大評価しないようにしてくださいませね。
いったんオフィスを離れれば、海外の暮らしのなかで問われるのは、学歴や職歴などでなく、まさにそれらなんですから。
スーパーで物を買うのにも、レンタカーを借りるのにも、購入した車にクレームをつけるのにも、「私は最先端の研究してるインテリなんです」なんてこと、さらさら関係ありません。たんに語学力だけでもないです。人として、もっと別の資質が問われるんじゃないでしょうか。
まー、こんな絶不調の私が言うのも、まずおこがましいってもんですが・・・


05/03/18

昨日のアリゾナ・ダイアリーに目を通したらしい夫からクレーム。
「あれじゃ、僕ひとりが部屋を独占して、おまえをクロゼットに追いやってるみたいに読める。事実と違うやないか。こっちは全然そんなつもりないし、強要したこともないぞ。おまえがあそこで寝るのが惨めやなんて、まったく知らんかったしな」
「だから、自分の判断でクロゼットに寝ることにしたって書いてるやん。何もあんたに強要されてそうしてるわけじゃないし、自分が勝手にやって、その結果、勝手に惨めになってるだけや」
「それでも読んだ印象はそうじゃないやろ。だいたい、なんであんなことばかり書かなあかんねん、はりがやさんとかも見てるのに(ブチブチ)」
で、今夜からは交代して、自分がクロゼットに寝るから、おまえが部屋に寝ろ、と。マットレスやら枕を入れ替えてしまいました。

やってみたら、なかなか寝心地が良かった様子。
なにしろオコタンが夜鳴き・徘徊するもんで、一番奥まったところにあるクロゼットのなかが、最も静かに眠れる場所なんですね。
朝起きて、
「どう?よく寝られた?」
「ああ、静かやし、なかなかええな」
「私はオコタンがうるさくて。ドアあけてたら入ってきて枕もとでニャアニャア鳴くし、ドア閉めたら、ドアのした引っかいてガリガリ・ニャーニャーやってるし。ほんと、何か対策立てなあかん」
「風呂場に閉じ込めとくとか」
「それ、やってみたけど、余計にうるさく鳴きつづけるだけやで。隣にも迷惑やし」
「昼間、できるだけ起こすようにしといたらええんや」
「んなこと言われてもなぁ」
・・・もう別居や!とか言いながら、また何事もなかったように、こんなこと話してる私たちって、やっぱヘン・・・

まあ、あれこれ書くことについては、ええんとちゃいますか。もう開き直りましたもん、私は。
M・デュラスの言うように、著述というものの慎みのなさを庇う手立てはない、のですよ。どこかに隠れて書いていく、書かれていく、そんなことはできようはずもないのです。
私だって一応ハンドル「まりねこ」になってますが、あの人と結婚して以来、もう本名晒してるのと同じです。
それだけでもアレなのに、あの人はわりと簡単に個人情報をぺらっと流しちゃいますからね。
私はそれ、嫌なんですが。しかし公務員、しかも大学の研究者なんて、個人情報漏れまくりでも仕方ないのかもしれません。
あの人に言わせれば、名前や住所を知られるより、個人の内面にかかわることを知られるほうが、もっと嫌なんだそうで。私は逆に、そんなのはなんとも思ってませんから。内面を語る言葉というのは、確かめようもないものだし、第一、ほとんど素で生きてるので、これ以上、「知られて困るような内面」なんて、ないですし。むしろ、テキスト主体のこんなサイト運営なんか続けてるんだから、「知って、もっと知って」というタイプ、いわゆる精神のストリッパーなのでしょう。でなきゃ、なんにせよ小説なんか書かないですよね。

しかし、アリゾナ・ダイアリーとタイトルつけてるのに、醜い夫婦喧嘩の話ばかりで、アリゾナの生きた情報やびっくりハプニング、「へぇ〜」のトリビアみたいなものが書けてないのがなんとも・・・
アリゾナの情報が知りたい向きには、ACE Japan などご紹介しておきます。
まー、どうなるかわかりませんけど、そのうち珍しいアリゾナ見聞も書けるようになる(?)と思いますので、長い目で見てやってくださいな。


05/03/21

オコタンは、四歳になって落ち着いてきたねーって言われてたのに、まるで子供帰りしたみたいに、後追いするやら夜鳴きして騒ぐやら。よっぽど飛行機に乗せたのがトラウマになってるのかなぁ?
アリゾナ一日目は、ホテルの部屋のベッドのしたから出てこようとしなかったもの。それでも、トイレを用意してやると、いつもの砂でなくてもちゃんとそこをトイレと認識できるのがえらい。これまでそっちのほうの粗相はしたことないものね。

さて、怒涛の二週間あまりが過ぎ去り、なんとなくこのへんの土地事情がぼんやりわかってくると・・・
やっぱり好きになれない。
やっぱり、心のなかでいつも、サンフランシスコとかリバモアと比べてしまう。
まるで、別れた男と今の彼氏を比べるみたいに、「ああ、リバモアでは〜〜〜だったのに・・・それにひきかえアリゾナは」みたいな感じです。
だいたい南国ムードって好きじゃないし。椰子の木とかサボテンとか、可愛くないし。
それに、ここはフェニックスのすぐ隣のテンピですが、やっぱ僻地っていうか田舎っていうか、日本人向けのマーケットだってすごい小さいし。町自体の歴史が浅いからか、縦横に走る道路は覚えやすいけれど、なんせ人工的、車のために作られたような町なんですよ。
ちょっと歩いて行けるところって、ほんとにどこにもないし。
リバモアだったら、一応、市の中心にこぢんまりとした通りがあって、ぶらぶら歩けば個人店が軒を並べてましたが、ここにはそんなのなし。Fry’sとかスーパーはあるけれど、車かせめて自転車がないと、買い物もできない。

それこそ、パンひとつ、手に入れられないです。
私は自転車で買い物に何度か行きましたが、前カゴつけてナップサック背負っていっても、こっちの商品ってやたらデカイから、最低必要なものしか買えないんですよ。
シャンプーもジュースの瓶も、トイレットペーパーも、肉のパックも、欲しいけど全部が大きすぎるので、買おうと思っても持って帰ることを考えると買えない。いったい十六個パックのトイレットペーパーなんかどうやって持って帰ります?猫のトイレ砂だって、日本なら紙製の軽いものもあるけれど、こちらでは鉱物性かシリカゲルみたいなものしかない。で、たくさん入ってるから重い。要は車で来る客のためのものしか売ってない。
だいたい、道路の信号機からして、歩行者のことなんか考えてないし。こっちの道路って六車線あるんですよ。その一車線ごとが日本の1.4倍ぐらいと思ってください。そんな長い距離を渡るのに、十秒ぐらいしか「進め」マークにならないんですよ。自転車で渡っても、半分過ぎたところでもうマークが変ってしまいます。道路には歩行者がいる、という前提がないんですよ。実際、歩行者なんていないに等しいですね、バスストップで座っている人はたまーに見ますが。
アパートを出て道路を渡ればすぐ向かいにガソリンスタンドのコンビニがある、といっても、行って帰ってくれば1kmは歩かされるような勘定。ほんと、人間が暮らしてるって雰囲気ないですよ、みんなドライブスルーだし・・・
だだっ広い道路で出来た町を、ただただ車が走ってる感じ。こんなの、なんかおかしいですよ、人間の暮らし、人間の顔が見えない。どこかイカレた近未来都市って印象。
あー、サンフランシスコやニューヨークの雑踏が恋しい。
ドイツのユーリッヒも小さな田舎町でしたが、車がなくても何でも買えるし、ずっと暮らしやすかったです。

「車がないと何もできません。まずは運転免許を取りましょう」
ガイドブックには必ずそう書かれてるけど、だから「そんなもんか」って思ってきたけど、「車がないとパンひとつ食べられない町」、そんな町って、そんな暮らしって、なんかおかしくないですか?非人間的じゃないですか?
免許が取れない子供は十六になるまで、すべて親の送り迎えに依存ですか?私、こっちに来てから親とスーパーで買い物してる以外、小学生くらいの子供が遊んでるのを見たことがないですよ。
ユーリッヒにいたときは、乳母車を押した母親たちが公園の木陰をゆっくり歩いていたし、週末のメインストリートは買い物をする老若男女や、カフェでアイスクリームを食べる人々で賑わっていました。スーパーの商品も、大きすぎず、週末だからってあの大きなカートいっぱいに買い物をして行く人なんか少なかったし・・・ああいうのがニンゲンの住む町っていうもんなんだと思います。
ここでは建物のなかに入らない限り、人間の姿を見かけることなんか、ないもの。
車、車、車ばっかり。こんなに天気がいいのに道を歩く人影もない。
誰かとすれ違うこともないから、ふとした機会に他人と触れ合うこともない。
絶対、おかしい。機能的かもしれないけど、私たちは機械じゃない。生きてる自分の足を売り渡して車輪に変えろ、そうしないと何もできないぜ、と迫るような町って、なんか壊れてないですか?

先日、自転車でターゲット(スーパー)に行ってレジに並んだとき、前の人が白髪のおばあさんでした。もう七十は過ぎてるだろうなって感じの。その人が、カートから他の商品と一緒に、よろよろと1ガロン入りのミルクを取り出してるんです。びっくりしちゃいました。
1ガロンって、ほとんど4リットルですよ?
うちの母も運転しますけど、1ガロン入りのミルクなんて、絶対に自分で買うことなど想像できないでしょうね。「こんなの持てない。ぎっくり腰になりそう」って顔をしかめるに決まってます。私だってそう、ガロン入りの水、ジュース、傍目に見るけど買う気になんかサラサラなれない。
だけど、あのおばあさんにとっては、それは「自分で買うもの」なんですね。
たとえ重さに耐えかねて、よろけてもね。
まー、アメリカの「自由」「独立」はいいですが、それは強いもののための理想。
ここでは、「強さ=善」なんです。単純に身体が強くても、それは善。生きるに最も必要なこと。
体力でかなわない人間は、ガロン入りの水が欲しければ誰かに頼むしかありません。経済力という強さを身に付けることが必要。それもなければ?七十超えた老人になろうと、ますます足腰が弱ってこようと、生きるためには自分でそれを持ち上げて買って帰るしかないのです。それができなくなったとき、「自由」と「独立」の理想が、じつは強靭な若者、経済的勝者のためにあったことに思いを馳せるのでしょうか。

まるで弱肉強食のジャングル。「共存共栄」という概念はなし!
だから、ノーリサイクル!
だから、オイル欲しさの戦争!
強ければそれでいいんだ、力さえあればいいんだ・・・って、あんた、「タイガーマスク」ですか?


05/03/23

今日は近くの動物病院に行ってきました。数日前、電話でアポとってあったんです。
去年、猫泌尿器症候群と診断されてから、オコタンには専用の処方食を与えなきゃならなくなりました。それ、病院でないと買えないんですね。もともとアメリカの会社のものだし、こっちのネットショップで売ってないかなと探しましたけど、買うとき「処方箋のコピー」を送らなきゃならなかったり、意外と面倒なんです。動物飼ってると、やっぱりかかりつけの獣医さんが必要だし、探さなきゃいけないなぁと思っていたら、たまたま夫の研究者仲間で猫を飼っている人がいたので、そこの病院を教えてもらったんですよ。
電話では処方食を買うだけだったら医者の診察はいらないと言っていたので、オコタンは連れて行きませんでした。受付のおばさんに「あのぉ、初めてなんです、予約入れてあるはずなんですけどぉ」と言うと、「今日はどうされました?」みたいな感じで、カルテにいろいろ書かされましたが、すぐに売ってもらえました。日本で買ってた値段の半額!同じ会社の同じ商品なのに。

夫は学会に行ってます。参加する人と何人かで車に乗って、ロサンゼルスまで飛ばしたみたい。朝九時ごろ出て、何時に着いたのかなぁ?もう夜にさしかかってたんじゃない?つくづくこの国は体力勝負っつーか、だいたいヨーロッパみたいに鉄道網が発達してないのが諸悪の根源ですね。
ひとりひとりに車が必要不可欠な町ばかりつくってしまったから、石油がたくさんいるわけだし、二酸化炭素だって減らせないわけだし、お年寄りになって身体的に運転するのが危ない状態になってもハンドル握らなきゃ生活できないわけだし。飲酒運転も当たり前みたいになるわけだし。人が歩いてないから何が起きても目撃者がいないってことで、犯罪を誘発する原因にもなるわけだし。
こんな見知らぬ町にひとり留守番で寂しくないかって?
ぜんぜん。オコタンいるし。このアパートのなかにいる限りは、安全だと思うし。昼間、何か不都合なことが生じたら、オフィスに駆け込めば誰かが話を聞いて対処してくれるだろうし。まあ、マイペースでのんびりさせてもらってます。夫が帰ってきたら、またそこから怒涛の日々が始まるでしょうから・・・

しかしだんだんわかってきたけれど、学者とかいうのも因果な仕事ですね。
それにつきあって一緒に生活してるこっちもじゅうぶんアレですけど。
アカデミックポストの公募なんていうのも曲者で、夫はそんなにたくさん受けたわけじゃないですが、それでもまさかアリゾナに来ることになろうとは、結婚した当初は自分でも思ってなかったでしょうよ。ちょっと、のんびりしすぎてたかもね。似たような歳で、やっと期限なしの助教授にめでたく採用された人も知ってますが、やっぱりもっと必死感が漂ってたんじゃないでしょうか。
夫をふくめ、そういう悲喜こもごもを見るにつけ興味深く、私は即興で替え歌をつくっては歌ってました。一曲ご披露しましょうか?
じゃー、中島みゆきのずいぶん昔の歌ですが、「怜子」で。
(呼びかけの「怜子」の部分には適当な人名を入れてください)

♪○○、いい男になったね、昇進した学者はほんとに変るんだね
   ○○、ひとりで女も口説けない、自信のない男だったおまえが嘘のよう
  ひとの不幸を祈るようにだけは、なりたくないと願っていたが
   今夜、おまえの幸せぶりが、公募落ちつづける私の胸に痛すぎる〜

ついでだから、もう一曲、中島みゆきシリーズで「化粧」の替え歌もいきましょ。
これは若いポスドクの人向けかな。

♪公募なんてどうにか 通ると思っていたけれど
 今年 死んでもいいから アカポスにつきたい〜
 こんなことなら企業へ 行っときゃよかったと
 最後の最後に 後悔したくはない〜
   流れるな 涙 心でとまれ
   流れるな 涙 ボスの前では
 馬鹿だね 馬鹿だね 馬鹿だね 私
 学者になれると 思ってたなんて
 馬鹿だね 馬鹿だね 馬鹿のくせに ああ〜
 採用してもらえる つもりでいたなんて

うひゃひゃひゃ。
夫の前で歌うと、まー怒ること、怒ること。人を愚弄する気ィか、おまえは、と。
いゃあ、べつにそんな深い意味なくてー。
ただ、たんにおもしろいからでーす。
しかし、こういう哀愁ただよう替え歌をつくるとき、なぜか中島みゆきは似合いすぎる。


05/03/24

暇なつれづれに、こちらで家を買ったらどうかと、ネットでいろいろ調べてみました。
何年かいるんだったら、家賃を払いつづけるより、家を買ってまた売ったほうが結局は得、アメリカ人の感覚では家というものはどんどん転売するものだ、ということをどこかで読んだので。
日本よりは安いだろうと思ったんですが、やっぱり家自体が大きいし、そんなにお得な感じはしません。
とくに、アリゾナは冬場の気候が温暖で年間を通じて雨も降らないという利点のため、ゴルフ場がたくさんあって、スコッツデールなんかは、もう社会から引退した人たちの高級リゾート地になっているとか。そんなこんなでこのところ不動産価格はぐんと値上がりしたそうで。で、今現在、高止まりしてこのままか、さらにもっと上がるか、様子見してる状態。

家を買えば買ったで、メンテナンスや税金などの対処を考えなきゃいけないし、そう簡単に投資、というわけにはいかないなぁと。あと十年住むとか決まってるならいざ知らず、先がわからないんじゃねぇ・・・
それに、何もアリゾナにわざわざ買うことはないって気もするし。
家というのは、もっと自分が惚れこんだ場所に納得するものを買って、壁紙から調度品から自分の思うようにしていくのが楽しいんじゃないの?これってヨーロッパ人的かもしれないけれど。
まー、なんにしても、車ひとつ買うのにもあれこれ迷ってハアハアゼイゼイと必死になってる私たちには無理だわ。まず、そんな高額商品をきちんと売買するための交渉のテーブルにつけっこない。

賃貸なら賃貸で、もっと間取りのいい広めの部屋にしておけばよかったと悔やまれることしきり。
たとえば一ヶ月に三万円違っても、一日にしたら千円の違い。
千円余分に払って優雅な気分と心の余裕を買うか、千円やりくりしたつもりでそのぶん逃げ場の無い不快さを耐え忍ぶか。
千円で広さを買って外食などを控えるようにするか、それとも、家の狭さが原因でイライラしながら過ごすか。
私なら、前者を選ぶなぁ。主婦だからでしょうね。家にいる時間が長いから。その長い時間を快適にしたい。
そういえば、もうすぐ日本からの荷物が着く予定なんですが、どうなるんだろう。
お気に入りのボタニカルアートの額やウェッジウッドの絵皿なんかも持ってきちゃったけど、どこに飾れば・・・っていうか、賃貸って壁に穴あけちゃいけないとか、傷つけないようにとか、いろいろルールがあるじゃない?そういうの、いちいち気疲れしちゃう。
第一、夫が飾らせてくれるかどうかわかんないですから。私の趣味で買ったものだもん。それに、飾る場所とか飾り方とか、お互い気に入らないかもしれないし。また、家具のときみたいに・・・
ダンボール箱から出さずに置いておくことになるかも。

夫はほんとうに下町の一軒家で畳とちゃぶ台と布団で育った人。大学生活の下宿も、就職してからの一人暮らしのアパートも、やっぱり同じパターン。床にごろんと寝転がるのが好きで、このアリゾナのアパートでも土足禁止。
私は小学生のころは弟と二段ベッドで寝てたし、ちゃぶ台なんかもなかったし、小さいけど一応ダイニングセットがあって、リビングには当然のようにソファ、そこでごろんとくつろぐものって感覚だけど、夫と家具を買いに行ったりして今更ながら知ったのは、「そうか、この人、私と結婚してから家にソファってものがあるという生活を始めたんだなぁ」ということ。あのマンションが気に入らなかったのは、そんな生活に慣れてないのに加えて、地面に足がついてない感覚、隣近所の関係が希薄で下町長屋的な情緒がない、そういう理由もあったと思います。
だけど・・・ここはアメリカなんだし、しょうがないですよね、やっぱりソファ買わないと。それに、日本で住むとしても、私は畳の部屋なんか欲しいと思わないなぁ。布団敷くよりベッドのほうが断然ラクだし背中も痛くならないし。中途半端な「和」より、中途半端な「洋」のほうに慣れてしまってる。

私のほうが海外生活、とくに家の間取りや家具のレイアウトに馴染みやすいのは、こういう育ち方っていうか、ルーツの違いから来てるのかもしれない。だって、あんなにいたれりつくせりで立派だったユーリッヒのゲストハウスでも、彼は「こんな家具とか部屋は好きじゃない。ベッドも好きじゃない」って言ってましたもんねぇ。私なんか、これで文句があるんなら、どこへ行っても満足なんかできっこないと思いましたが。
これからどうなることやら・・・


05/03/25

アリゾナにきてから三週間。
あっという間に過ぎてしまいますね。
明日は夫がロスから帰ってくるじゃないですか・・・数日後にはラクラクパックのダンボール箱が届くし。
服やお皿をしまったりするの、一苦労だと思いますよ。ああ、今は嵐の前の静けさなんです。
お皿はね、収納スペースはあるんだけど、全体的にこのキッチンの高さが日本よりも高いので、収納できても手が届かないという事態にならざるをえないという恐ろしい現実に気づいたんです。お皿を仕舞ったり取り出したりするたびに脚立が必要になりそう。冗談じゃないですよ、もう。

いや、アメリカ生活って、普通以上の体力ないとしんどいです。
買い物ひとつとってもモノが大きすぎ、重すぎて、気軽に買えない。歩くことひとつとっても、地図ではたかがoneブロックなのに延々と歩かされる。
前にリバモアにいたとき、独立記念日にこっちの研究者ご家族と一緒に花火を見に行きました。芝生に敷くものと、ちょっとしたお菓子なんかを持って、車を降りたんですが、「すぐそこだよ」という言葉で、気楽に歩き出したのはいいけど、なかなかたどり着かない。私なんか、普段の生活から歩き慣れてないし、体力もないので、しまいにハァハァいいながら、ついていくのに必死。子供たちもそろそろ疲れたのか、道すがらふざけているのにも飽きたのか、「まだぁ?」とか言ってるんですね。でも、パパは「もうすぐだよ、後ちょっと」。・・・って言いながら、もうさっきから二、三十分は歩いてるやん!!
「すぐそこ」の概念が違う。これは中国人もそうですけどね。大陸人同士、気質が似るのかなぁ。

あのー、私、身体が小さいでしょ、だから歩幅もそれなりなんですね。その人と私では、その人の一歩が私の二歩なんだと思います。縦も横もデカイ人ばかりのこの国では、子供と同じなんですよ、まるで。
アメリカじゃなくても日本でも、医者にかかると、痛み止めなんか処方するとき、「体重何キロ?え、39?そしたら・・・」って、子供用を出そうか大人用でいいかと、一瞬迷われてしまうときありますもん。
実際、薬はよく効くほうだと思いますよ、市販の風邪薬(抗ヒスタミン入り)なんか飲むと、鼻水は止まっても、そのかわり猛烈に眠くてだるくて仕方ないんですが、うちの夫なんか「眠くなる?うーん、べつに」とか言ってますもんね。だって、体重が倍違うでしょ、薬の成分のまわり方も違って当たり前なんじゃないでしょうか。
成人の分量では、あまりにもだるさが強くてたまらないので、三分の二ぐらいでちょうどいい感じですね。

ほんと、体力的にはコドモなんです。恐ろしいことに。
「身体は子供、頭脳は大人、名探偵コナン君!」じゃないけど、あれもつらいと思いますよ。この生きにくさは、小さく生まれた者にしかわかってもらえないでしょうね。
そうそう、この前ジーンズを買いに行ったんですね、アリゾナに来てから初めての洋服買いですよ。ブランドとかこだわらないし、普段着だから自分にフィットするものならなんでもいいと思ってましたが、婦人服売り場を探しててもないんですよ、私に合うサイズが!
なんか、いろんなサイズ表記があって、SMLとか012・・・いろいろあるんですけど、一番小さいSや0でもまだウエストゆるいんですね。焦りましたよ、あのときは。ちゃんとしたブランドものだったら、ひょっとしたらSのしたにもうひとつ小さいpetitサイズがあって、まあSSってことだと思いますが、ワンピースとかだとそれで合うんです。あと、ボトムスじゃなく、上半身に着るものだと、多少袖が長すぎますけど着られるものはたくさんあるんです。でも、ジーンズみたいにちゃんと身体にフィットして欲しいものって、誤魔化しがきかないじゃないですか。

しょうがないから子供服売り場に行きましたよ、ええ。
そしたら、表記が10か12のものなら、しっくり馴染みました。あーこれこれって感じ。手にもった瞬間から、わかるじゃないですか、これくらいなら合うだろうなって。
試着して、結局シンプルなサブリナタイプの12号を買いましたけど、そこはほら、子供用っていうかティーン用だからチャラチャラした造花のついた安っぽいベルトなんかもついてるんですね。それで、紙のタグをよく見たら、女の子がそのジーンズを嬉しげに穿いている写真が載ってて、明らかにローティーン向けなんですよ。この12って数字・・・やっぱ「12才用」ってこと?私、この国では身体的には12才なのか・・・でも、哀しいけど、ちょうどそんな感じ。
・・・いいんですけどね、前もユニクロで子供用フリース買ったことあるし。それ、身体にぴったりだったし。でも、なんかちょっと・・・ほら、やっぱし素材とかデザインが子供向けじゃないですか。
この国で、夜、私がアクセサリーとか香水つけてお洒落して出かけたりすると、ひょっとしたら後ろ姿は少女売春婦に見えかねないんじゃ?ほんと、そんなシチュエーションがあれば、安っぽい派手な格好はやめなければ。さすがに、前から見れば歳はわかると思いますが・・・

巨乳好きの男の方。こっちにきたら、巨乳の女の人多いですよ!っていうか貧乳を探すほうが難しい。私なんか希少価値かもしれませんね(って、ほっといてくれや!)。
まだちょっと日陰は涼しいのに白人種は寒さに強いのか暑さに弱いのか、みんな半袖だったりキャミソールです。薄着だから、スイカみたいな胸をゆさゆさぶるんぶるん揺らして大またに歩いてますよ。私が男なら、ちょっと勘弁、あそこまでの迫力はいらない、とか思うところですが・・・
ちょっとちょっと、そこのアナタ。
いやいや、やはりオッパイは大きいにこしたことはない、うん、スイカップなんていうアナもいたっけな、などと唇の端でニヤニヤしている、そこのオジサン、お兄さん!!アナタですよ、アナタ。
あのね、妄想全開にするまえに、ひとつだけ聞いて。
あのぅ、こっちで巨乳を選べば、たいていもれなくその大きさに見合った巨腹と巨尻もついてきますけど、それでもいいんですよね?


05/03/30

オコタンと留守番しているときは、ああ、学会から夫が帰ってきたらまた・・・と思って、
「亭主元気で留守がいい」
という使い古された文句を、今更のように噛み締めておりましたが、ロスから帰ってきた夫は、なんとなく「こっちは必死やねんぞ、きぃーっ!!」って感じが薄らいでて、怯えていた私も、いまのところまあまあ機嫌よく暮らさせていただいてます。たぶん、車でロスへの行き帰り、ほんとに何にもない荒野の一直線道路を走ってきますから、その間にUFO(エイリアンクラフトの意味ね)に拉致されて、同乗していた人間みんな、頭にチップでも埋め込まれてきたのかもしれません。そうとしか思えない夫の変貌ぶり。いや、学会の発表がどうも上手くいかんかった、失敗やった、みんなもっとちゃんとやってるなぁ、などと言っていたので、自分の身の程を知って謙虚になった、ということかもしれません。

もう明日には日本からの荷物がドドッと来るので、本来の収納という役割を果たさせるべきクロゼットのなかに寝ているわけにもいかず、夫とマットレスを並べています。私、夫が帰ってくる日に、ふたつのマットレスの間を20cmくらい離しておいたんですよね、何か言われるかなぁと思ったけど、とりあえず普通に「学会どうだった?」とかわざとらしく明るく話してたんですよ。それで、さあもう休みましょうという段になったら、いつのまに!マットレスがひっついてる〜〜〜!!
もちろんこれは夫の仕業。
「なんか微妙に離れてるし、くっつけた」と。
あんた、この期におよんで、まだマットレスくっつけて寝たいんか!驚き桃の木やな!
私はあの20cmで「夫婦の溝」を表現してたのに。すると、
「やっぱり助け合って生きていかんとあかん。喧嘩せんと、仲良くしなあかん」
ひぇぇぇぇ、やっぱ宇宙人にチップ埋め込まれてきたんや!何かの新興宗教みたいじゃないですか。
いままでのことを思えば、こんなことツルッと言えるわけないのに。不気味な夫。

♪ねえ オコタン 夫のやさしさも 不気味に見えてしまうんだ Uh
   こんなときは どうすればいい? 
  喧嘩したことだけ思い出して やけにひねくれた気持ちになる
   とはいえ暮らしのなかで もうすでに動き出してる
  歯車のひとつにならなくてはなぁ (元歌「くるみ」ミスチル)

とにかく、私は再び溝をつくるだけの気力もなくて、そのままに寝てしまいました。

レンタカーは月曜まで借りてたので、週末はまた買い物に走りました。
例の喧嘩してぶち切れた因縁のアウトレットモールへも行きました。嫌な思い出を塗り替えに。で、ちょっとした小さなテーブルと、そのうえに乗せるランプを買ってきました。
夫は「家が暗い」としきりに言うんですが、フロアランプもあるし、キッチンのペンダントランプもあるし、私にしてみれば暗くはないんですね。だけど、そもそも間接照明の美なんか、彼には理解の範疇外ですから。できれば天井にドーンと大きな蛍光灯をつけて、夜でも部屋中、まっしろけにしたいんだと思いますよ(呆)。もう日本でも間接照明の暖かい黄色っぽい明かりが普及してるというのに、いつの時代の人や、この人。
だけどね、アメリカに来たからには夫が泣こうが喚こうが間接照明なんですよ。ははは。アロマキャンドルとかもね。こっちの人たちは香りのついたキャンドルが大好き。日本では部屋が狭くて天井が低いので、キャンドルやお香に火をつけると煤がつきそうなんですが、こっちでは気兼ねなく楽しめます。私たちの部屋は二階(最上階)なので、リビングルームは天井が斜めになっていてより高いんですよね。フロア面積自体は日本のマンションと変らないのに、こっちのアパートメントが広く感じるのは天井と間取りのせいでしょう。これを3LDKなんて細かくわけたら、そりゃせせこましい感じになりますよ。

そうそう、買い物に走っているとき、昼時になったんで、もう何か買って帰ってたべようと、スーパーに車を止めたそのとき、事件は起こりました。なんと、夫がまだエンジンをかけっぱなしにしたままキーを車の中に閉めこんでしまったんです。もちろんスペアのキーなんてないし。
ちょっと、どーすんの?ですよ。だけど、もう何も言えませんでした。疲れすぎてたし、何を言うエネルギーもなかったんですよ、そのときは。もうどうでもいいって感じで。
結局、研究仲間の人に電話して来てもらい、AAA(JAFみたいなもの)に連絡してもらって無事に解決しましたけどね。でも、彼が家にいなかったらと思うと、すごく面倒なことになってたと思います。その日はイースターサンデーで、閉めてるお店やモールも多かったし、出かけても、あまりろくな事なかったです。ほんとにその人にはお世話になりっぱなしなので、何かの機会をみつけてお礼をしなくては。

昨日の月曜日も、けっこうトラブルつづき。
まずオコタンをクリニックに連れて行って、何かあればいつでも日本に帰れるように狂犬病ワクチンを打って血の検査をしなきゃいけないんです。それは滞りなくすんだけれど、日本で埋めてきたはずのマイクロチップが読み取れない!これが読めなきゃ個体識別の意味がないんです。なんだかんだと話し合ったあげく、X線写真をとったら、ちゃんと首のうしろに入ってましたから、きっと読み取り機が悪いんだと思います。ちゃんと読み取れる機械を用意してもらわないと、必要な書類が書けないんで、困りました。結局、病院側が読み取り機を用意して、連絡をくれるということになりましたが。
昼からは、目をつけていた個人売買の車の持ち主に会う予定だったのが、電話すると「もう売れてしまった」。
仕方が無いので、ディーラーで買うことにして、車の構造に疎い夫はやっぱりこっちの研究仲間に頼んで、夕方、一緒に行くことに。で、もうそれでいいんじゃない?ってことになったので買いました、コリアン・カーだけど。ヒュンダイ。誰に訊いても日本車がいいというんだけど、高いんですよ。こっちの中古車、とんでもなく高いです。まあ、アメリカ車よりもまだヒュンダイのほうが信頼できるということで、決めたんですけどね。
買ってしまってから、夫は「良かったんかなぁ」とグズグズ言ってましたけど、もうこっちでは車がなかったら生きていけないんですから、そこそこのものなら早く買うほうがいいんです。私はやっぱり日本車がよかったけれど、このさいヒュンダイでも仕方ないです。ある、ということがはるかに大事ですから・・・

さて、これから車の保険に入るだの、健康保険もまだ手続きしてないから急がなきゃいけないし、SSNのない私はITIN(Individual Tax Identification Number:個人納税者認識番号)を取る必要があるし、また書類地獄。



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